後始末も6日。昼過ぎとなり、ついに海上の残骸が全て姿を消した。軍港からの援軍としてやってきた貨物船もフル稼働で海中の残骸を掬い上げてくれているので、これが終われば残骸回収は全て完了となる。
そうなると残るは海に拡がった穢れ。海水の浄化をやれる者全員の手で行う事で、本日中の完全完了を目指す。
「あともう一息だな」
「なのです! ようやく終わりなのです」
ここまで来ると、大発動艇は不要となったため、深雪は先んじて海水の浄化を実施中。電もそれに倣って横並びに作業を進めている。
この作業は、うみどりの面々が一丸となって一気に進めていく。潜水艦勢やおおわし、榛名友軍艦隊や軍港都市援軍では、この作業は出来ないため、残された仕事は後始末屋がキッチリ終わりに持っていく方向。
とんでもなく難しい作業というわけではないのだが、やはり効率などを考えると、手慣れた者がこの機材を使った方がいいし、そもそも機材の数が限られているのだから、より効率よく処理できる者が使った方がいい。
「いやぁ……長かったな、ホント」
「こんなの初めてなのです。いくら大きくても、丸一日あれば終わったのに、なんだかんだで6日なんて」
「1週間近くここにいた上に、敵まで来たんだもんな。メチャクチャ過ぎるぜ全く」
これまでの後始末を思い返しながら出てくるのは、達成感もあるが溜息の方が大きく出ていた。
発生した深海棲艦と戦い、その片付けをするというのならば、後始末屋としても普通な仕事。しかし、今回は人為的に攻め込まれた挙句、本来やらなくてもいいような作業をこれでもかというほど詰め込まれているのだから、溜息の一つや二つは出ても当然。
量だけで言えばやりがいのある現場ではあるのだが、経緯があまりにも酷く、やりがい以上に気分の悪さが目立った。
これは何も深雪や電だけの話ではない。今回の後始末に参加した者達が全員同じようなことを思っていた。この理不尽な現場もようやく終わりとなり、達成感より先にやっと終わるという疲労感の方が強い。
「でも、これが終わったら軍港だ。うみどりも修復しなくちゃいけないし、少しの間はあっちで休むことになるみたいだぜ」
「またあの街を散策出来るのですね」
「ああ、これまで酷いことばかりだったし、羽を伸ばせって感じみたいだな。ありがてぇ」
うみどりの修復には2~3日かかるという目測を軍港都市の家具職人妖精が立てている。それが終わるまでは軍港からは出るわけにはいかないため、強制的に休息となる。
これまでのことを考えたら、それくらいの休息があってもバチは当たらない。過酷過ぎる戦闘を繰り広げ、心身共に消耗してしまっているのだから、むしろこれでも短いと思われるレベル。
「それに、軍港の鎮守府に少しの間住ませてもらえるらしいしな。艤装もそっちに運ぶみたいだし、身体が鈍らないように訓練も出来るっぽいぜ」
「電はまだまだ暁ちゃんに聞きたいことがあるので、それも嬉しいことなのです」
「だな。あたし達はまだまだ強くならなくちゃいけねぇみたいだ」
練度は既に限界まで上がっている。ならばやることは、技術を高めることだ。
本当ならばVRを使って多種多様な技術を学んでいきたいところなのだが、うみどりの修復中はそちらも使えない。せっかく陸の鎮守府にお世話になるのだ。仮想空間ではなく現実で技術を学ぶ方がより効率的だろう。軍港鎮守府には学ぶべきものも多そうである。
作業は続き、日が暮れる。本来なら探照灯を使いたいところだが、それも破壊されているので、嫌でも薄暗い空間での作業になるのだが、誰もそれを気にしてはいない。
なぜなら──
「これで最後かな?」
酒匂が機材で吸い取った穢れを浄化したことで、海面の穢れが全て失われたからだ。これによって、残骸集めと海水の浄化がついに完了。残すところ、あと空母隊による薬剤散布のみとなった。
これは既に始まっており、範囲が広いため時間はかかるものの、確実に海を埋めていっている。
「長かった後始末もこれでおしまいよ!」
そんな言葉が伊豆提督からも出てしまうくらい、今回の後始末は過酷だった。同じことをやり続けることは別に問題は無かったのだが、その量が異常といえるほどであり、増援が無かったらさらに時間がかかっていたと思うとげんなり感が拭えない。
終わったことの喜びから歓声が出てもおかしくない程なのだが、全員が全員、やっとか……と大きく息を吐いたくらいである。
「本来ならここで清浄化率を丸一日確認しなくちゃいけないんだけれど、うみどりが壊されているというのもあるから、薬剤散布が終わって少ししたらもう出発することになるわ。ここから軍港まではそこまで遠くないから、曳航しながらでも明日の朝には到着予定よ」
清浄化率の確認は今回省略。これまでに溜まってしまった後始末のこともあるが、今はこの現状をいち早く打破するためにも、省略出来るところは全てしてしまおうというのが今の見解。
以前に立て続けにいくつもの後始末を攻略していった時があったが、スピードのために清浄化率の確認を全てショートカットし、巻きに巻いて終わらせていったことがある。今回もある意味それと同じ。
むしろ今心配なのは、この超規模後始末の間に溜まった他の後始末であるのだが、ここは実は対策が多少されていた。
うみどりの一大事というのは真相を全て語られていなくても全鎮守府に通達されている。過去に類を見ない規模の後始末が発生したため、それを終わらせるまでは他の現場には向かえないこと、戦闘に巻き込まれたことによってうみどりそのものにダメージを受けてしまい、その修復も必要であること、この辺りも全て知られている。
そうなると、後始末にはすぐには向かえないから、出来ることならばそこの後始末は多少自分達の手で頼むというのが通例。そしてその度に、後始末屋の存在にありがたみを感じるという流れである。
早く来いなどという文句を言う鎮守府は何処にもいない。そんなことを言いそうな鎮守府は大概、管理する提督がその資格が無いような者ばかりである。そういうことを言う前に罰を受けているのが流れとして出来ていた。
「みんな、本当にお疲れ様。今日はゆっくり休んでちょうだい。セレスちゃんも腕によりをかけてご飯を作ってくれているわ。しっかり食べて、しっかり休んで、この超規模後始末を終わりにしましょうね」
その日の夕食は、これまでに無いくらいに豪華だったという。心の疲労はこれによってある程度は癒やされたのだった。
完全に陽は落ちて、空母隊の薬剤散布も完了。それが確認出来たことで、ついにうみどりはこの海域からの離脱を始める。
おおわしや、ここまで手伝ってくれた貨物船も動き出しており、本当にこの後始末が完了したのだと実感させられた。
本当ならばその光景をデッキから眺めたかったのだが、そのデッキが破壊されてしまったためにそれも叶わない。自室の窓から眺めるとかくらいしか手段が無かった。
「ふぃー……落ち着くぜぇ……」
「なのですぅ……」
深雪は疲れを癒すために風呂へ。電だけでなく、いつもの面々はみんな風呂に浸かって癒されていた。
移動中であるために小さく揺れることもあるものの、気にならない程度。風呂にも別状は無い。
「風呂に浸かるとどっと疲れが出るよな。白雲見りゃわかる」
「面目次第もございませぬ……白雲、あのような作業は無論初めてですので、戦闘よりも疲労が溜まっているのです」
後始末が終わったということで誰もが気が抜けてしまっている。そこに風呂なんて入ろうものなら、その感覚で腰が抜けてしまうのもわからなくもない。力を抜いて、ゆっくりまったりしてもいい時間なのだから、そうなっても誰も咎めないし、むしろ推奨するくらいだ。こういう時に気を抜かないでどうするのだと。
白雲はどっと出た疲労感で足腰が立たなくなってしまっており、今は深雪にもたれかかるカタチで湯船の中。
「ああ、お姉様の肩をお借りして浸かるのが、ここまで気持ち良いとは。白雲、ずっとこうしていたい気分でございます」
「そうしてやりたいのは山々なんだが、流石にあたしも逆上せちまう」
「残念です」
逆上せなかったらずっと入っているつもりだったのかと、深雪は苦笑した。
「グレカーレも結構疲れたんじゃないか? なんだかんだ今回が本格参戦なわけだし」
「まぁねぇ。でも、意外とそこまで疲れてないんだよね。この身体になって体力がついたのかな」
むしろ、湯船が揺れるだけで敏感に反応してしまう身体の方が厄介だと愚痴るくらいである。
疲れが少ないのは与えられてしまった自己修復の機能が影響していると考えた。この身体は継戦能力をかなり強くされているようで、敵と互角の戦いを繰り広げられたとしても、体力勝負で粘り勝ちなんてことが可能。大きな傷であっても自己修復で勝手に治ってしまうのだから、こと戦いにおいては屈指の戦闘力と言えるだろう。
敵対されたら非常に厄介で、即死以外の対処方法が無いのだが、味方となればこれほど心強いものはない。だからといって怪我をさせるような戦い方はさせるつもりは毛頭無いのだが。
「そんなことよりさ、明日から軍港なんでしょ?」
「ああ、そんな感じみたいだな。で、うみどりが直るまでは向こうの鎮守府に泊まらせてもらうって感じだとか」
「めっちゃ久しぶりなんだよね陸。30年ぶり」
人間不信が無くなった今、グレカーレにとっては陸での休息は非常に楽しみなものとなっているらしい。それが少しの時間であっても満喫する気満々のようだが、今回は3日は滞在することになるため、それこそ隅から隅まで見て回ってやろうと躍起になっているようだ。
「いや、多少は鎮守府で訓練とかさせてもらうつもりだぞ?」
「そうなの? 真面目だねぇミユキは」
「今回の戦いでいろいろ痛感したろ。あっちはやりたい放題やってくるんだ。どんなことをされても対策出来るような、あたし達自身がもっと強くならねぇとさ」
昼に電と話していたことをここでも話す。白雲は感銘を受けたかのように深く頷くが、グレカーレは少し違うことを考えている表情。
「あのさミユキ、イナヅマもだけど、練度っていくつ?」
「多分99だな。テッペンだ。もう練度は上げられねぇから、技術を磨くしかない」
「電も多分ですけどそこまで行ってると思うのです」
「じゃあ、とりあえず
気軽に言うグレカーレだが、深雪も電も何言ってんだという顔で見返す。
「いやいやいや、艦娘としてはコレ、結構常識だと思うんだけど。もしかしてうみどりってそういうことしてない?」
「何のこと言ってるのかさっぱりなんだが」
「なのです。グレカーレちゃんは何のことを言っているのです?」
本当に知らないという表情だが、深雪は以前に神風から練度の限界を越える手段はあるみたいなことを言われたことを思い出した。タシュケントと初めて会い、話をした時のことだ。
「そういや、神風がそんなこと言ってたな……すっかり忘れてた」
「これ忘れる事出来ないくらいインパクトある名前なんだけどなぁ。だからカミカゼはミユキに隠してたのかな」
隠す必要なんて無いのにと苦笑するグレカーレ。
「で、どうすりゃ限界を越えられるんだ?」
「テートクと話さないとダメだけど、あたし達って、練度が限界になると、ちょっとしたことで限界を外せるようになるんだよ。ただ、それがちょっと名前的に躊躇いも出たりするんだよね」
「名前……?」
「そう」
グレカーレが妙な笑みを浮かべて語る。
「
練度限界突破システム、このタイミングでついにお披露目。