軍港に到着し、まず真っ先に行なうことになったのは、自分の部屋にある大事なモノを運び出すこと。とはいっても、そんなに大荷物になるわけではなく、用意された私服や、訓練に使っているトレーニングウェアなどの衣服と、以前から集めていた趣味嗜好のモノくらい。深雪と電はカバン1つに収まる程度、白雲に至ってはまだ一度も袖を通したことのない私服くらいしか持ち運ぶものなど無かった。
この作業で一番手こずっていたのは、趣味が趣味だけに本がかなりの量を占めていた梅。流石に全て持ち運ぶことは出来ないと、何が起きても傷が付かないように、うまく固定してから向かうこととなった。本棚などは揺れ対策が万全であるため、あとは本だけだったのは救い。
「いやぁ、ありがとうございました。こういう対策は常日頃から大事大事ですね」
「流石にここまで本があるとは思わなかったぜ……」
「多分今回も何冊か増えます、はい」
笑顔で言うものだから、何も言い返せなかった。休暇の度に本を買い足し、溜まり溜まってこの冊数だと思うと、まぁ仕方ないかと話はそれで終わり。
人の趣味にケチをつけるほど、心が狭くはない。むしろ、こういう趣味が無くては、まだまだ終わりの見えない戦いで心を強く持つことは出来ないだろうから、もっとやれと応援出来るくらいである。
同じように手芸というわかりやすい趣味を持つ秋月も、持ち運びが難しいモノだけは部屋に置き、しっかりと固定してからうみどりを出た。
「私達はまだこれで大丈夫ですが、問題はあちらですね」
少しだけ荷物が多い秋月が苦笑するのは、どうしても持ち出さねばならない荷物を運ぶために用意された大型のトラック。
主に持ち出されるのは、うみどり内でまだ残っていた食糧や消耗品。そして基部を除いた
装備しながら移動することも考えられた。軍港都市のど真ん中を突っ切るようなことはなく、港から鎮守府に向かえる直通の道もあるため、市民の邪魔になるなんてこともない。
しかし、艤装を装備して移動するということは、その分、余計な燃料を使ってしまうということにもなる。基本的に安全である軍港都市内で、艤装を装備しなくてはならない状況というのはまず無いのだから、そういう時は
オフの時は私服に着替えるというルールを設けているのと同じ。非戦闘時は戦闘に用いるモノは使わない。常在戦場は疲れるだけである。
現在、軍港都市に敵が侵入しているかどうかわからない状況ではあるので、常在戦場でもいいかもしれないが、砲撃などは流石にまずい。そのため、全員基部だけは装備した状態となっている。深雪は発煙装置も装備中。
「ああ、艤装積み込んでるな。人数も多いから、車もえらい来てるじゃねぇか」
「それもそうなんですけど、その奥です奥」
艤装が積み込まれているのも大変そうではあるのだが、秋月が言っているのはそこではない。誰がどう見ても艤装ではないモノが運び込まれているのが見えたのだ。
艤装は何かに梱包されるとかそういうことはされていない。大型のトラックも、艤装を運ぶための特別車両のようで、中に妖精さんも乗り込んで準備万端。そのため、いわば
だが、そんな中でも艤装よりも大きいコンテナが運び込まれているのだから、アレは何だと思ってしまう。艤装ではないのにそこまで大きいモノは何かあっただろうかと深雪が頭を捻るが、答えは秋月がすぐに出してくれた。
「あれ、
白雲のツノは何度か深雪を傷つけることがあったとはいえ、そこまで目立つようなモノではないため、用意された帽子で隠すことが出来ている。今も既に被っており、睦月や子日に可愛い可愛いと弄られているくらいである。
しかし、平瀬と黒井兄妹が変えられてしまった姿、港湾棲姫と港湾水鬼は、どう足掻いても隠せないくらいの場所と長さであるため、白雲のような妥協案が出てこなかった。
セレスは比較的短いツノだったのだが、やはり額から生えてしまっているのが問題点。髪色と同じであるため、ぱっと見では目立たないのだが、それでも凝視されるとどうしてもわかってしまう。髪飾りと言い訳するのも少々難しい。
そのため、艤装が積み込まれている車両に、大型のコンテナも積み込まれていた。中に入っているのは、ツノが目立つメンバー。
「し、仕方ないかもしれねぇけど、またアレかよ」
「ここから直通の鎮守府までの道のりで、一般人に見られた場合、言い訳が出来ませんから……」
代替案が浮かばない以上、最も安全な手段はアレである。誰にも見られず、外部から何かあってもある程度は耐えられる、機密物資と言い張れる梱包。一応中では比較的快適に居られるようにと、クッションや空調システムも完備しているとのこと。こういうところでも妖精さんの技術に唸らされる。
今はまだこうするしかないが、この少しだけ多く手に入れた休暇の内に、堂々と外を歩けるようになってもらいたい。そうでなければ救われない。深雪は心の底から
直通の道を進む間も、やはり街の市民と顔を合わせることはあった。世の中には艦娘にはなれずとも艦娘に魅せられ、それこそアイドルを推すかのようにその姿を一目見たいと集まる者もいるものである。
そういった者は非常に残念なことに、モラルがあったりなかったりするのだが。
今ここでうみどりの面々を見に来ている市民は、モラルがある方。遠目で、その行動を絶対に邪魔せず、声をかけることすらしない。
ちなみにモラルのない悪質なファン達は、優良なファンと軍港鎮守府の艦娘達に全員淘汰されている。こうして軍港鎮守府に向かうのを自分の欲で妨害し、艦隊行動を邪魔することは、今の世の中では刑罰に処されてもおかしくない。
「ああいう人達を見ると、平瀬さん達はコンテナに入れざるを得ないのです」
電は少し複雑な表情をしていた。ただ移動するだけでこれだけ衆目に晒されるのなら、カテゴリーYはどうしても目立つ。もしそれで騒ぎになってしまったら、これからのことが一気に難しくなるだろう。
とはいえ、隠しながら運んでいるというのも後ろめたさを感じる。本当ならば、見られることも覚悟の上で堂々と行きたいところ。
「信用していないわけじゃあ無いんだけどな」
「なのです……万が一を考えると」
「だな。白雲も気をつけろよ」
しっかり帽子を被った白雲は、勿論ですと頷く。
イリスが用意した帽子だが、実は内側にちょっとした仕掛けが施されていた。生やされてしまっているツノを有効活用するため、帽子をそこに引っ掛けて動かないようにしているのだ。
ツノそのものに引っかかるところは当然無いのだが、そこは周囲の髪なども巻き込んで固定している。おかげで、強めの風が吹いても簡単には動かない。突風が吹いたとしても大丈夫というお墨付き。
「みんな白雲くらい目立ちにくかったらよかったんだけどな」
「港湾棲姫のツノは、ちょっと目立ちやすすぎるのです。額だし、長いし、とっても鋭いのです」
「アレ、結局折れるんだっけか」
「おそらく無理かと。白雲でもわかっていることですが、外部は何もなくとも、内部は神経が通っております故」
「折ったら痛いってことだな」
ある意味、体外に飛び出してしまっている骨みたいなもの。とはいえ、本来の骨とは性質が違い、外側には触覚がなく、少し内側にあるという感じ。
この辺りは、黒井兄妹、特に蛍が興味本位で触り続けたことでいろいろわかったこと。伊豆提督がその触り方はやめなさいとやんわり注意したくらいであり、透の方は少し顔を赤らめながら俯いていた。
「外科手術で取り除くとしても、どんな影響があるかわかりませぬ。それこそ、猫の髭のような」
「平衡感覚に影響があるのです?」
「かもしれない、ということですね。白雲は場所が良かったのです。彼の方々は、前に突き出す形ですので、もしかしたら……」
ただでさえあまりバランスがいい身体とは言えないのが港湾タイプの身体。あまりにも豊満すぎる胸部装甲も込みにすると、ツノ1本のバランスの欠如で、立っているのも難しくなるかもしれない。
「白雲としては、それは必要だからあるのだと考えております。お姉様を傷つけるようなツノは不要だとは思いますが」
「自分で言ってんだから答えはわかってんだろ。また折ろうとするなよ。だったらあたしの顔が傷つく方がマシだ」
「お姉様の美しい御尊顔を傷付けるような愚かなツノは不要だと思うのですが、お姉様がこれも含めて今の白雲だと仰っていただけるのならば、甘んじて受け入れましょう。本当は今すぐにでも叩き折りたいのですが」
「やめろっつーの。あたしはお前のそれ、結構好きなんだぜ?」
好きと直接言われたことで、白雲は少し頬を赤く染めた。
「ともかく、ありゃあどうにかしてもらいたいよな。せっかくの軍港なんだし、お日様の下をのびのびと歩いてもらいたいもんだ」
「なのです。助かったのですから、気にせずこの街を堪能してほしいのです」
「それこそ、先日の敵……彼奴の迷彩を利用して、ツノだけ見えなく出来ればよろしいのですが」
白雲のそんな大胆なアイディアを聞いて、深雪と電は目を見開いた。確かにあの『迷彩』の曲解、見ることも聞くことも出来なくなり、機材すら欺くという恐ろしい効果を持っていた。しかも、航跡なども欺き、辻褄が合っているかのように見せてくる。
それをツノにだけ施した場合、そこにツノはあるが誰にも見えず、そして辻褄合わせでツノの部分は普通の肌に見えるようになるかもしれない。
「クソムカつく敵の技術も、そうやって使えば困ってる人の役に立つんだな」
「白雲ちゃんの凍らせる力だって、使い方次第ではお役立ちなのです。傷を冷やして痛みを無くしてくれたり」
「これまで戦ってきた連中の力だって、いいことに使おうと思えば使えるんだよな……」
白雲やグレカーレも持たされた曲解の力。グレカーレの『羅針盤』の曲解は当人もどんな力か理解出来ていない謎の力になってしまっているが、それ以外の力は使い方を誤らなければ非常に役に立つ力と言える。
それを特異点を始末すること一点に使っているからよろしくないのだ。
「……あいつら、改心させられると思うか?」
深雪の素朴な疑問。それだけのことをやってきた、死んでも祈りたいとすら思えない相手に対してそんな言葉が出た深雪に、今度は白雲も驚いた。
「電は……ごめんなさい、無理だと思うのです」
即答。こればっかりは電もお手上げだった。救えるモノは救いたいと考える電ですら、出洲一派は無理と判断してしまっている。
「……だよな、あたしもそう思う。あたしがいてもいなくても、あいつらは自分達のやりたい放題やるよな。なら、許しちゃおけねぇ。今こうやって辛い思いをしてるヤツだっているんだ」
「なのです……救いたくても救えない存在を電は知ったのです。なら……救えるモノを救うために……電は戦うのです」
「ああ、あたしもだ。一緒に行こうな」
心落ち着ける前に、決意を新たにする深雪と電。白雲もそんな2人を見て、小さく微笑んだ。
コンテナの中では、蛍がギャーギャー騒いでそう。一方、透はすごく落ち着いてそう。