後始末屋の特異点   作:緋寺

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雨風の夜

 そのまま夜となり、うみどりの一日は終わっていく。雨が強くなり、それに応じて波も高くなったものの、うみどりのスペックの高さから煽られるようなことは無かった。乗組員として活動している妖精さんの働きが非常に頼もしく、この時化の中でも問題なく突き進めているのは、艦としての記憶を持つ深雪にとっては凄まじいとしか思えなかった。

 

 夕食後、食堂の窓から外を見る深雪。昼よりさらに雨が強くなっているように思える。夜なので少し見づらさはあるものの、周囲の海も若干荒れているように見えた。見た目よりもうみどりが揺れていないのが不思議で仕方ない。

 

「結構降ってるよなぁ。でも、そこまで揺れを感じないのはマジですげぇよ」

「うみどりは艤装の技術が取り入れられているの。だから、深雪ちゃんの時代の艦からはかなり進化しているのよ。多分だけど、この世界にある艦の中では、これが一番性能が高いと思うわ」

 

 夕食後の後片付けをしている伊豆提督に最新鋭の艦であると説明されれば、深雪はもう納得するしかない。細かいところは見てもわかるわけではないし、現にこの雨風の中でも艦内の揺れを最小限に抑えているのだから、その超性能が実感出来る。

 

 それだけの艦が扱えるのは、やはり後始末屋という役割を担っているからだろう。最前線で戦うわけでは無いにしろ、戦場の片付けをし、何処の戦場にも顔を出し、万が一()()()()()があればそれを処理し、現れてしまったドロップ艦の対処をすることも他の鎮守府よりは多い。

 あらゆる鎮守府よりも苦行をこなしているのがうみどりだ。何処よりも優遇されるし、何処よりも頼られている。

 

「ただ、こういう雨の日は注意しなくちゃいけないのよ」

「やっぱり何かあるのか」

「廃棄物が散らかるの。想定外なところで後始末が必要になるかもしれないのよ」

 

 後始末が必要になる場所は、他の鎮守府が深海棲艦と戦ったところだけでは無い。深海棲艦が()()()()()()()()()()()という生命の循環をするだけで、そこに穢れを撒き散らす。

 

 深海棲艦がどのように生まれるかは、未だ解き明かされていない。それ故に、穢れが散らばるのを抑え込むのはかなり難しくなっている。何処かで蓄積されて巣のように深海棲艦を無限に生み出してしまう、みたいな場所があってもおかしくないのだ。

 世界は終戦を二度迎えているのだが、それも数ヶ月現れなかったことで、戦いは終わったとしているだけ。人類の手が届かないところで、深海棲艦は常に増え続けていたと考えてもいい。

 

 激しい雨風は、その増え続ける穢れを本来よりも早く他の海域に流してしまう。そうなってしまえば、戦いの範囲はより一層拡がっていくことになるわけだ。

 後始末屋が動き回っても間に合わない。そのため、悪天候はむしろ最も緊張感が増すタイミングでもある。

 

「夜の間も航行する予定だけれど、あまり危険なら停泊するわ。深夜に何か音がするかもしれないけど、気にしないでちょうだい。アナタ達の安全は保障するから」

「ん、わかった。よっぽどのことが無い限りは、無理矢理起こされるようなことは無いってことね」

「ええ、そう考えていてくれて構わないわ。よっぽど……例えば、緊急性のある後始末とか、()()()()()()()()()()()()とかになるわね」

 

 前者はわかるが、後者は本当に予想出来ないこと。それこそ交通事故みたいなモノである。

 

「何も無いことを祈ってるよ。まずはこの雨風の中で寝られるかってところだけど」

「アナタ達の部屋の窓は強化ガラスで出来ているから、突然何かがぶつかって壊れるなんてことはないつもりよ。一応だけれど、その強化ガラス、ある程度の砲撃も耐えられるようになってるから」

「それ本当にガラスか」

 

 ともかく、私室として提供している艦内の部屋は、それぞれがかなり強固な造りとなっているらしい。シェルターとは言わないまでも、うみどりが戦闘に入っても、早々破壊されるようなことがないように。そういうところも、艤装の技術を取り入れた結果と言える。

 安全性と居住性を兼ね備えた、最新鋭の技術の結晶。それが、海上清掃艦うみどりである。これほどまでの艦は、人類が技術を手に入れた今でも、量産されていない。

 

「雨は深夜のうちに止むって予報だから、それまでは我慢してちょうだいね。それでも波は高いだろうから、揺れだけは気をつけなくちゃだけど」

「うす。肝に銘じとく」

「深雪ちゃんは初めてのことだから、どうしても眠れないということもあるかもしれないわ。そうだったら、明日はお休みにしていいからね」

 

 もしかしたらゆっくり寝ることが出来ないかもしれない。そう思いながら、深雪は今日という一日を終わらせるために最後の行動を始めた。

 

 

 

 

 時間にしたら、日を跨いで少ししたくらいの時間。うみどりは雨と風、そして波の中を突き進む。悪天候特有の高波も、うみどりを制御する妖精さん達の尽力で、極力影響を与えないように乗り越えていた。

 それでも揺れは無くならないのだが、眠っている者達にとっては揺籠を揺らされているような感覚。慣れてしまえばむしろ眠りやすいまである。外の音も子守唄程度に感じる。

 

 だが、これを初めて体験する深雪にとっては、やはりどうしても気になるモノ。電気を消して暗くなった部屋に、バチバチと雨が窓を叩きつける音。ビュービューと風が吹き、うみどりがザバザバと波を掻き分ける音。その全てが気になる。伊豆提督の忠告通りになってしまった。

 身体も頭も比較的疲れているのに、変に冴えてしまっている。目を瞑っても眠りに入れそうにない。そんなこんなで時間が経過して、もうこんな時間である。

 

「眠れねぇ……」

 

 いつもなら、目を瞑ればそこまで時間がかからずに眠りに落ちていた。しかし、外の音が気になって全く眠れない。航行の音は別にそこまで気にならないのに、雨と風の音は気になってしまう。これも、()()()()()()()()が影響していた。

 雨と風というのはどうしても艦の沈没に影響を与えるモノ。整備が行き届いていないと、煽られるだけで横転したりする。いくら最新鋭で、どれほどの嵐に巻き込まれても沈むことは無いと裏付けられていても、深雪には艦としての本能が、それに対して恐怖のような感覚を植え付けている。

 

 これはトラウマなのではなく、艦娘としての本能。元人間とは違う、根っこに植え付けられたモノ。安心を知らないだけ。

 慣れることが出来れば乗り越えられるレベルのモノだ。最初はこうなってしまうかもしれないが、深雪には刻み込まれているトラウマに比べれば、今日が乗り越えられればもう大丈夫と言えるくらい軽い。

 

「沈まないとわかってても、気になるもんは気になるな……」

 

 ガバッとベッドから身体を起こし、改めて外を見る。やはり雨が叩きつけられていた。

 部屋に灯りを点けた後、時計を見て溜息をついた。ここまで夜更かししてしまっているのは初めてのこと。うみどりの取り決めを破っている行為ということで、少しだけ罪悪感もある。

 伊豆提督からは、初めての雨の夜なのだからこうなっても仕方ないと前以て言われているが、それでも良い気分ではない。

 

「なんだっけ……羊を数えるんだったか。そんなことで寝られるとは思えないんだけどな……」

 

 小さく身体を伸ばした後、もう一度横になろうとしたその時である。

 

 波とは違う大きな揺れが発生した。

 

「うおっ!?」

 

 明らかにドカンと音がした。砲撃が直撃した音としか思えないそれによって、眠れなかったことも加えて完全に目が冴えてしまった。

 

「なんだなんだ!?」

 

 大急ぎで部屋から出ると、深雪と同じように外に出てくる者達が多数。その中でも長門と妙高、そして那珂は、脇目も振らずに工廠へと駆け出していた。

 

「何があったんだ!?」

「わ、わかりません。でも、あれはどう考えても砲撃の音です」

 

 近くにいた梅に聞くも、それが砲撃であることくらいしかわからないという。むしろ、それがわかれば充分ではある。

 問題は、()()()()()()

 

 バタバタし始めたところでイリスによる艦内放送が響き渡る。

 

『敵性物体の姿を確認。カテゴリーはRよ』

 

 カテゴリーR──Raider(急襲者)というのならば、それは深海棲艦である。この雨の中、たまたま通りかかったうみどりに対して、たまたま発生した深海棲艦が襲撃をしていると考えられる。もしくは、深海棲艦自体もこの雨風の中流された結果、たまたまこの海域に来てしまったということなのかもしれない。

 どちらにしろ、このままであればうみどりがやられる可能性があり、延いては後始末出来ずに人類の脅威として陸に向かってしまうだろう。ここで対処しなくてはならない。

 

『数は4。軽巡1、駆逐3。長門、妙高、那珂が工廠に到着したみたいだから、そのまま対処してもらう。それでも全員工廠に向かってちょうだい。そのまま後始末に入るわ』

 

 自分達の戦闘で発生した廃棄物も、当然ながら後始末の対象。そのまま放置するわけにはいかない。

 対処が完了したら、戦場に出ていない者達で事後処理に入るため、参加せずとも工廠で準備しておく必要があった。

 

「このまま行けばいいのか?」

「はい、制服はあちらにも用意してありますから。まずはすぐに向かうべきです」

「了解。ちょうど寝られなかったし、程よく疲れてグッスリ寝るぜ」

 

 焦らず、しかし急いで、深雪は工廠へと向かった。

 

 

 

 

 深雪が到着した時には、工廠の門が開いており、長門達が出撃していた。門の向こう側は夜の闇が広がり、風が強く吹き込んでくる。波も立つため、工廠内に海水が入り込んできていた。

 こういうことはよくあること。海上の状況、天候に関係なく、後始末はすぐさまやらねばならないことなので、荒天の中でも全力で取り組む。

 

「うし、着替えたぜ。今は待ちか?」

「ええ。長門さん達が殲滅するまでは、私達は待機よ」

 

 艤装を装備した状態で工廠での待機となることを伝える神風。しかし、その手には後始末だけではなく、戦闘が出来るように主砲を握りしめていた。当然実弾が装填されている。

 

「もしかしたら私達も戦うことになるかもしれないわ。深雪はまだ難しいかもしれないけど、自分の身を守るためにも装備だけはしておいて」

「わかった。主任、主砲だけ用意してくれ!」

 

 深雪の言葉に主任がサムズアップしながらいつもの主砲を運んできた。当然ながら、こちらの主砲にも実弾が装填されているため、遊びでも仲間に向けてトリガーを引いてはいけない状態。

 深雪にはトラウマがあるため、仲間に向けて主砲を向けることなんて出来ないのだが、暴発などで仲間を傷つけないように、細心の注意を払うことを刻み込む。

 

「直に見るのは初めてだけど……すげぇな長門さん達」

 

 門の向こう側では、激しい戦闘が繰り広げられている。しかし、長門を筆頭とするうみどりの部隊は、相当な手練れ。軽巡洋艦と駆逐艦の部隊では手も足も出ていないように見えた。

 敵の攻撃を的確に避け、お返しと言わんばかりに砲撃は見事に直撃する。それは海上の状況や天候に左右されることはない。

 また、敵との立ち位置も細やかに計算されており、砲撃を避けてもうみどりに当たらないようになっていた。那珂が踊るように戦場を駆け抜けることで注意を引いているからである。そこに妙高の先読みまで入れば、圧倒は間違いなかった。

 

「すげぇ……」

 

 ただただ、深雪からは感嘆の息しか出なかった。自分もこうなれるのか不安になりそうだったが、それ以上にやる気が出てきた。

 

 

 

 

 だが、この戦いはそれだけでは終わらない。

 

『新たな反応を確認。敵の増援……え?』

 

 艦内放送でもイリスが少し困ったような声を上げる。そして、その後の言葉で、工廠内でも騒然とした。

 

『カテゴリー……W()よ』

 

 

 

 

 奇しくも、この戦場は()()()()()()()()()であった。

 




新たなるカテゴリーW登場。まずは何者かになります。
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