梅と秋月に続き、睦月と酒匂までもが『量産』の曲解の餌食となってしまい、米駆逐棲姫の妹となってしまった。
今はその時の隙をついてどうにか撒き、路地裏の空き家に逃げ込んでいる状態。そこから、現状を打破するために作戦を練らねばならない状況となっている。
まずやらねばならないことは、伊豆提督への連絡。梅と秋月は発見したが、敵の手に堕ちており、情報は全てあちらに渡ってしまっていること、そして、イリスも狙われかねないことを伝える。
全員が端末を持っているが、落ち着いたところですぐさま端末を弄り出したのは、相変わらず速さを尊ぶ伊203。説明もそのまま進めていく。端的に要所だけを伝えるのは、伊203の得意技。
幸いにも、この空き家は2階建だったため、2階に上がってから通信開始。
『了解したわ。考えられるべき最悪な事態が起きていることはよくわかった』
声色からして、伊豆提督も怒りに震えているのがよくわかった。一般市民すら巻き込んだ敵のやり方は、筆舌に尽くし難い。その上、仲間すらその餌食になっているのだから、伊豆提督すら声色にその感情が出てしまうほどである。
『狙われているのは深雪ちゃんということでよかったかしら』
「今の感じは。私達は始末じゃなく、妹にされると思う。気に入らないけど」
あちらのやり方からして、特異点は始末するが、それ以外は量産化の餌食にすることが目的のように見えた。伊203は間違いないと断言する。
あちらの戦力をかなり奪っていることもあり、量産というカタチでこちらの戦力を奪いつつ、あちらの戦力の拡充を狙っているのではと考えるのは、割とあり得そうなこと。嫌らしい事この上ないのだが、精神的な面でも非常に効果的な戦力となってしまう。
もし深雪が最後まで逃げ切ることが出来ても、仲間に手を上げることは出来ない。それすらも見越して、仲間を増やしていると考えるのが妥当。
『そちらに必要なのは何かしら』
「最優先は煙幕。隠れるためには必須。あと、私と神風の武器。艤装は難しいと思うから、最低限武器だけでもいい。私に向いてる武器、見繕って」
『……わかったわ。でも、運ばせることが難しいわね……鎮守府に戻ってこれるのが一番いいけれど』
「かなり難しい。むしろそちらも注意して。あの敵、姿も変えられる。イリスの目で無いと、やられてるかどうかわからないと思うから」
これが一番恐ろしいところである。
そもそも、彩に影響が出ているかもわからないというのもあり、本当に見分けがつくかも怪しい。とはいえ、米駆逐棲姫がイリスのことを警戒しているのは間違いなく、何かしら変化している可能性はある。
「連絡出来る時はなるべく連絡する。それが一番速い」
『ええ。こちらも動けるように尽力する。だからお互い』
「無理はしない。その方が遅くなるのがわかってるから。遅いのは嫌い」
一旦通信を切ると、伊203とて一度一息吐いた。速く動くためには、適切な休息も必要。本当なら動き続けたいのだろうが、現状は敵の動きが活発な以上、少しの間だけでもジッとしておくべき。
「クソが……何なんだアイツらは。またテメェを狙ってんのかぁ?」
「だろうな……でも、だからって何てやり方しやがる。何であたしじゃなく周りを巻き込むんだ」
スキャンプの悪態にも言い訳は出来なかった。だが、その心の中の怒りだけは口にして発散する。
今は確実に冷静さを持っておかねばならない。興奮して無茶をしようものなら、あちら側の策に足を掬われることになるだろう。それこそ、怒り狂って真正面から突っ込んだら、爪を突き立てられておしまい。あちら側の戦力全員がその力を持っているのだから、迂闊に近付くことが出来ない。
「みんな……2人を探すために外に出ているのです。もしかしたら、今も誰かが犠牲に……」
「可能性はあるよ。それこそ、ムツキとサカワが動き回って、みんなを1人ずつ妹にして回ってるかもしれない。むしろ、あたし達があそこに突入する前から、誰かが犠牲になってたかもしれない」
電の言葉にグレカーレが返す。敵の手に堕ちる辛さを一番よく知っているのはグレカーレだ。そう返す時も、とても悔しそうに話していた。
「スキャンプ、流石にアンタは大丈夫だよね」
「あぁ? あたいがあのクソ共と同じだってのか」
「あっちは姿を変えられるの。一応聞いただけだよ」
「……そういう疑心暗鬼にも陥れさせようという策なのでしょう。まこと卑劣、許し難い存在です」
梅と秋月によって、量産化を施される前の姿でいられることも実証されている。そのため、合流出来たとしても、既に敵の尖兵と化している可能性だって拭い切れない。
ただし、あの時から瞳の色だけは本来とは違っていた。もしかしたら、あの場所にいたからこそ既に瞳の輝きだけは隠さないようにしていただけかもしれないが、そこすら隠せるのならば、誰がどうなっているかを判断出来るのは本当にイリスしかいない。
「でも、そろそろ移動した方がいいかもしれないわね。ここでじっとしていても事が進むわけじゃないもの」
「そうは言うけど、外はアイツらが彷徨いてるだろ。どうするよ」
「まずは鎮守府に戻る道を探すわ。ただ、それも見越して行動されてはいそうだけど」
神風すらも、動きたいがどうしようかと考えている状態だ。
そこで伊203がゆっくりと2階の窓の近くに向かい、そこから外をこっそりの確認する。すると、量産化された姿では無いが、一般市民の女性が近くを歩いているのが見えた。その顔に見覚えがあり、廃ビルの中の1人と一致している。
「外にいる。アレを気絶させてからなら出られるけど」
「その前に、もっと周りの情報を確認出来る?」
「ちょっと行ってくる。ここでじっとしてて。もし誰か入ってきたら、神風が容赦なく気絶させて」
それだけ言うと、伊203はそのままスルリと窓から飛び出し、空き家の上へと上がっていく。深雪達は何が起きたのかわからなかったが、それはまるで忍者のような身のこなしで、空き家の屋根の上に上がったらしい。
「フーミィって何者なんだ……」
「流石にまだ聞いてないわよね。私からは話せないけど、ああいうことが得意なの」
「生身だってのに、すげぇな……」
伊203もまた、神風と同様に自ら人としての皮を剥がした者。それこそ、高次の存在へと至った者であるため、尋常ならざる力を持っている。
神風の持つ能力が完全に戦闘特化。対して伊203は万能というか、戦闘も今のような隠密も何でもこなす。本当に何者なのかが気になってしまう。
「……頼むぜ、フーミィ。あたし達には何も出来ねぇから、お前だけが頼りだ」
深雪はもう、今はそう願うしかなかった。
屋根の上に上がった伊203は、そこからアクロバティックに屋根を伝って、建物の上を駆け回りながら周辺の情報を確認していく。生身でそれをやっているのは異常な身体能力と言えるのだが、それは神風と同様に艦娘となる前から手に入れているモノである。
神風は愛すべき家族を失ったことにより心が壊れてしまい、自らを痛めつけるほどに鍛え続けたことで、人間を超越してしまった。それは、本来ならば不要である破壊と殺戮の才能を開花させてしまったというのが理由。
伊203も近しいことが起きたことにより、心が壊れた結果、速さに拘る性格になった上に、自らの本来開花しない才能が開花した。それがこの、人間離れした身体能力である。
「ぅっ、あぁああっ」
外に出たことで、声が聞こえた。伊203はすぐさま反応してそこに向かう。するとそこには、自らの指を伊26の首に突き刺す酒匂の姿があった。
「こんな暗いところで一人で行動してるなんて危ないよニムちゃん。でも、人探しをしてるんだからそういうこともあるよね。だから、ニムちゃんも酒匂の仲間にしてあげるね」
「さか、わ、さん……なんで……はぁあんっ」
酒匂は量産化を受ける前の制服姿。だが、その瞳は青く輝いていた。偽装はしているが、そこは隠れていない。もしくは、『量産』の曲解を使っている時は輝いてしまうモノなのかもしれない。
恍惚とした表情の伊26が一際大きく喘ぐと、髪も肌も染まっていき、服が米駆逐棲姫と同じモノへと変化する。オーバーニーソックスの完成と同時に、瞳が青く輝いた。
「量産化完了。ニムちゃんも一緒に行こうね」
「んあっ……うん、お姉ちゃんのために特異点を見つけて始末するんだよね。頑張る!」
変わり果てた伊26は、もう深雪のことを敵としてしか見ておらず、いつもの笑顔も酷く歪なモノに見えた。
すぐさま変貌前の見た目に戻ると、酒匂と顔を見合わせてニヤリと笑う。2人とも、そんな表情を浮かべたことはない。そういうところも、米駆逐棲姫と同じモノになってしまったのだろう。
「……
その様子を見てしまったことで苦しい表情をしながら、この場所だけは覚えてすぐに違う場所の様子を見に行く。特に、鎮守府に向かう道の安全性を知ることは必要。
「む、ムツキ!?」
しかし、別の場所は別の場所で違う悲鳴が上がる。ギリッと歯軋りをしてその場所へと向かうと、そこでは元の姿に戻っていた睦月が不意打ち気味に子日の首に爪を刺していた。悲鳴を上げていたのは、目の前でそんな事が起きたことに驚いたZ1。
「んふふ、まずは子日ちゃんにゃし。睦月達だけだと大変だから、子日ちゃんが仲間になってくれたら心強いのね」
「っいっ、ふぁあああ……っ」
Z1に見えるように恍惚とした表情を浮かべる子日が、そのまま変貌を遂げていく。ビクンビクンと震えながら染まっていく姿は、Z1には恐怖でしかなかった。それを仲間である睦月がやっているのだから尚更である。
「っくぅんっ!?」
大きく震えたことで、全てが終わる。米駆逐棲姫と同じ服装になった後、やはりオーバーニーソックスが完成した瞬間に瞳が青く輝いた。
「量産化完了。子日ちゃん、一緒にお姉ちゃんのために働こうね」
「っひぃ……うん、勿論! お姉ちゃんのためなら、子日身体張るよ♪」
変わり果てた子日は、そのまま視線をZ1に向ける。腰が抜けてしまったのか、そこから後ずさるZ1だが、子日は満面の笑みで近付き、首にその爪を立てる。
「はぅっ!?」
「レーベちゃんも一緒に、子日達と働こ♪」
すぐさま恍惚とした表情を浮かべるZ1。ああなってしまったら逃れることは出来ず、これまでと違い、カテゴリーCではなく Bでも同じような餌食になってしまうことを知ることになってしまった。
伊203は、それを止めることも出来ず見ているだけになってしまっているのが悔しくて仕方なかった。本当なら救いたかったのだが、この場に出たら、自分が未だに逃げ回っており、最悪な場合、今も空き家に待機している深雪達の居場所がバレてしまう可能性すらある。
故に、伊203は建物の上から降りることなく、それを見続けるしかなかった。それは、仕方ないとはいえZ1を見捨てるような行為。伊203は自分の心が壊れてしまうのではないかと思えるほどに苦しく、拳を強く握り締める。
「っあはぁああ……」
そうこうしている内に、Z1への処置が終わってしまう。全てが染められることで震え続け、最後に一際大きく震えたところでその瞳が青く輝いた。
「量産化完了。ふふ、レーベちゃん、どうだった?」
「っひぁ……凄かったよ。これも姉さんのおかげなのかな」
くくと意地が悪そうな笑みを浮かべた後、子日と共に元の姿に戻った。Z1は我慢が出来なかったのか、オーバーニーソックスだけをそのままにしていたが、睦月にちゃんと隠そうねとやんわり言われて、吐息を漏らしながら改めて元の姿に戻った。
「特異点を探せばいいんだよね」
「そうだよ。で、見つけたら始末すればいいにゃし。周りの子も、妹にするか始末でいいよ。出来れば神風ちゃんかフーミィちゃんは妹にしたいけど」
「
そして3人は散らばって深雪の居場所の捜索にあたる。人海戦術が逆転し、こちらが追い詰められるのは気分が悪いモノだった。
「……
怒りを堪えながら、ある程度の鎮守府までのルートを確認して、空き家へと戻る伊203。だが、その表情は、ずっと悔しさに満ち溢れていた。