隠れることも難しくなったため、路地裏には行かずに鎮守府への撤退を図る深雪達は、既に量産化を施されてしまった妙高の策により、その撤退のための道を封じられていた。
そこに待ち構えていたのは、同じように量産化済みの時雨。そして、長門とタシュケント。深雪達は6人ではあるが、ここで足止めを喰らっている間に、あちら側は援軍がいくらでも来そうな状態。
だが、こちらも時間を稼げば鎮守府からの何かがありそうな状況。どうにかそれまで耐えることさえ出来れば、鎮守府への撤退は可能であろう。
「っの野郎……っ」
「しぶといね特異点。早く終わりにしたいんだけど」
いつもの皮肉も、今は刺々しさが増していた。殴り合いになっても、爪で傷つけられたらおしまい。そのせいで、深雪はいつものように戦うことが出来ていない。時雨を傷付けることに対して抵抗が無いのがせめてもの救いなのだが、殺すわけにはいかないため、常に手加減状態。
それに比べて、時雨は何をやっても勝ちになるようなものであるため、精神的に揺さぶりをかけながら手刀を繰り出す。少しでも隙を作ることが出来ればいい。殺してしまっても構わないのだから、やりたい放題である。
「うるせぇよ。お前にだけは絶対にやられねぇ」
「どうだか」
拳を突き合わせるのも厳しいため、その攻撃は大きく避けるしかない。返り討ちにしたいところだが、手を出しても足を出しても、それをガードされた時に爪を立てられたらアウト。
しかもあちらは自己修復まで備えてしまっているため、多少の傷なら戸惑わない。重傷であっても時間経過で元に戻るのだから、その動きを止めるには気絶させる以外の手段がない。
「君はこの世界に必要ない。平和を乱すだけの愚か者だ。君のせいで何人が傷付いているんだい」
時雨としての記憶も持っているが故に、痛いところを突いてくるような発言が多い。だが、最初を知っているために、この物言いもまだマシに思えた。
言われるのは辛いし悔しいが、カテゴリーMの呪いがある頃に戻ってしまったと思えばギリギリ。その対象が自分になってしまっているだけ。ならば耐えられる。
繰り出されるキックは爪が関係ないため弾き飛ばすようにガード。量産化されていても身体の硬さはどうにもならないようで、ハイキックが来ないというのは読みやすくはある。
だが、その攻撃から即座に手が出てくるのが厄介極まりなかった。特異点は始末すると言いながらも、しっかりと量産化の手段は見せてくる。素手で殺すことが簡単には出来ないというのがあるため、まずは深雪に量産化を施す方向で死に至らしめようとしているように見えた。
「君の存在が全てを狂わせている。そうだろう」
「わからねぇな。あたしにゃ、お前の姉ちゃんの方が余程狂わせてると思うぞ」
米駆逐棲姫のやり方によって全てが狂わされている。それは時雨にだって当てはまる。
人様の生き方を勝手に捻じ曲げ、自分と同じにし、姉に忠実な妹に仕立て上げることに、褒められるところなんて何処にもない。
「世界の悪である君にはわからないだろうさ」
「何処がだよ。お前はヤツに変えられちまってるだろうがよ」
「それで僕は幸せだからいいのさ。だが、君の存在はそれだけで不幸だ。ならば、生きている資格なんて無いだろう」
支離滅裂としか思えない返し。これも量産化によって本心にされていると思うと、深雪は悔しくて仕方なかった。
時雨だって長い時間をかけてうみどりの仲間になったというのに、それを全て台無しにされたようなもの。元に戻せたとしても蟠りは残るし、元に戻らなかったとしたらリセットどころの騒ぎではない。
「……くそ腹立つな。あたしはお前とは仲間……友達になれたと思ったんだけどよ」
「はっ、なんで僕が特異点なんかと友達にならないといけないんだい。過去の自分に虫唾が走るよ。みんなもそう思っているだろうね」
言葉にされると本当に辛い。だが、ムキになることもなければ、言い返すこともない。今の時雨の言葉は、米駆逐棲姫の言葉。ただ揺さぶりをかけるための言葉に過ぎない。だから、響かない。
敵の考え方は根本的に捻じ曲がっていると理解しているのだから、そんな言葉も妄言と払い除けることは出来た。
だが、時雨にぶつける拳には、怒りが含まれるようになっていた。それは時雨が気に入らないのではない。時雨をこうした米駆逐棲姫が気に入らない。
何故自分を直接狙ってこないんだと怒りをぶちまけたのに、同じ怒りがまた身体の中に溜まっていっている。怒り、苛立ち、憎しみ、カテゴリーMの呪いのように、深雪を苛む。
「君は僕にばっかり構っていればいい。ほら、
「……チッ」
「彼女がすぐにこちら側に来てくれたのはありがたいよ。この戦いは将棋みたいなモノだと、姉さんのためにその頭脳を使ってくれている。君達は完全に掌の上だ」
時雨の言う通り、ここで足止めを喰らってしまったせいで、敵側の増援が同じ路地に近付いてくる。電達に頼んでいる警戒も、あまりに数が増えたらどうにもならなくなるだろう。
妙高の策は、かなり早い段階から始まっていた。
実際、梅と秋月の捜索が始まってからすぐに妙高は量産化を受けてしまっている。その犯人は、未だ鎮守府に戻らない、歓楽街の監視をしていた軍港鎮守府側の艦娘。
そこから姉のために特異点を追い込む策を練り、それを実行している。時雨に量産化を施したのは、他ならぬ妙高。その時には子日も量産化済みだったため、合流後、深雪達の潜伏場所を読み、嗾しかけた。
そこからの行動は完全に読み通り。潜伏していても見つけられるのなら、隠れる方が逃げ道が無くなると、大きな路地を選択する。そして、最初の潜伏先から鎮守府に向かうのならば、この道を通るであろうと最初から目星をつけて、時雨を筆頭とした
「余所見はさせないよ」
時雨の猛攻はさらに激しく、厄介になっていく。自分の得意な近接戦闘の殴り合い。掴みかかってくることが無いのはわかっているため、間合いを取ることなく真正面からぶつかってくる。
深雪が時雨に徒手空拳で勝てるのは、オールラウンダーとして
「っの……」
「別に焦らなくてもいい。君以外はみんな、どちらが正しいかわかるんだ。姉さんが正義で、君が悪だとね」
この発言からして、あちらの狙いは深雪以外の全員に量産化を施すこととわかる。最終的には物量作戦。圧倒的な数に押し込まれたら、強者とて潰される。
今でこそ長門やタシュケントを抑え込み、深雪達を厄介事に巻き込まないようにしているが、ここで何人も参加させられたら、全てをカウンターすることは出来なくなる。
その敵は全てが元々仲間だった者。そうなってしまったことを知っている者から、知らない間にあちら側にされている者まで、妙高からの策を聞いてココに集結しようとしている。それ以外も、まだ量産化を施されていない艦娘を引き込むために行動し続けているだろう。
うみどりの仲間達も、潜水艦の仲間達も、全員が一斉に牙を剥いてきたとしたら。そう考えると、深雪の中に芽生えている呪いが強く燃え上がるように感じた。
「ヤッバイね……あんまり見たくなかったよ」
警戒を続けているグレカーレが、微笑みは絶やさないものの冷や汗を流しながらそれを見た。電は悲しそうな表情をやめることが出来ず、白雲も拳を握りしめて怒りを抑え込んでいた。
後ろから向かってくるのは、どう見ても
「最悪だよ……ただでさえ作戦をミョーコーが立ててるってのに、現場にもう1人軍師が来るのはインチキじゃない?」
現れたのは、三隈。妙高と同じように既に量産化を受けており、しかし姿形はそうなる前と同じモノでここに来ている。だが、その目は青く輝いており、いつもの笑顔のまま後ろに従えた仲間達に合図を出した。
押し潰すための物量を集めてきているのはわかる。現在警戒をしている3人を潰すなら、その倍を持ってくることが出来れば充分。道中で出会った子日とスキャンプの他に、同じように量産化を施されているのは、舞風、清霜、そして──
「那珂ちゃんさんまで……酷いのです……」
米駆逐棲姫の服装をステージ衣装のように見せつけ、ニコニコしながら向かってくる那珂。
舞風と那珂は一緒に行動しており、片方がやられたことで、もう片方もやられた。清霜は元々長門と行動していたが、長門がここにいる時点で既にやられており、別行動を取っていてもおかしくはない。
「……2人ずつ相手出来る……?」
「出来ないのです……三隈さんと那珂ちゃんさんは特に厳しいのです……」
「だとしても、甘んじて彼奴等のいいようにされるわけには行きませぬ」
深雪も時雨にかかりっきりになっている時点で、後ろからやってくる6人には3人で対応しなければならない。しかし、生身での戦闘力だけで言えば、この3人は下から数えた方が早い。
電はおそらく3人の中では一番戦えるだろうが、そのスタイル、
白雲の強さは艤装があってこそである。生身では凍結も不可能。『冷却』の曲解は艤装の出力を回して初めて凍結まで持っていける。今ならば精々、触れた部分の熱を奪うくらいしか出来ないだろう。
そういう意味では、一番戦力になるのはグレカーレなのだが、彼女は自分の曲解の力を正しく理解出来ていない。主任に『羅針盤』と伝えられているだけで、それが何を意味しているのかがわかっていないのだ。
総じて、この3人で相手取るのはかなり厳しい。周辺警戒は出来ても、敵が来たとしか言えない。これが1人や2人ならまだマシだろうが、自分達よりも多い人数となると、御することは出来ない。
「どうにかして逃げ切る算段をつけなくちゃ……」
「逃げなくていいよー。3人とも、那珂ちゃんのバックダンサーになってもらうんだからね♪」
いつもの軽いノリで話す那珂だが、その瞳は青く輝き、笑顔の向こう側には敵意しか無かった。目だけが笑っていない。那珂のそれが一番怖かった。
「お行きなさい、お姉様のために。策は先んじて伝えた通りでしてよ」
「はいはーい! 一番弱そうな3人を妹にする!」
「特に電をね!」
三隈の指示は、優先的に電に量産化を施すこと。深雪にとって致命的な精神ダメージを与えると共に、準特異点を手元に置いて以降の戦いもより優位にすること。
舞風と清霜が先陣を切り、3人に──むしろ電一本狙いで突撃してきた。
「イナヅマ狙いって言ってるね……絶対守ったげるから」
「お姉様を悲しませるために電様を利用しようとは、言語道断。我が身に変えてもお守りいたします」
「いやそれはダメだよ。白雲がやられても深雪は悲しむから。ミクマめ……そこまで狙ってるね」
誰がやられてもダメな状態を作り出して、最後は数で押す。作戦と言っても、自分達の立場をいいことに、弱みを握りながら戦っているようなもの。頭を使っているようで使っていない、三隈らしからぬ策。
だが、この場においてはそれが一番効率的でもあった。誰にもダメージが入る手段はコレである。
「どうする……どうする……この状態を打開するには……って、あれ?」
グレカーレが頭を回している時、それが起きる。上空から不思議な音が響き始めた。その音は、明らかにこちらに近付いてきている音。
「何か来る……?」
「
その音をすぐに判別したのは電。この戦場となった路地に向かってくるのは、誰かしらの艦載機としか思えないモノ。だが、その動きは予想を遥かに越えたものだった。
夜の空でもわかるほどに近い場所から繰り出したのは、なんと
その狙いは、真っ先に突撃してきた舞風と清霜。正確無比な爆撃が2人のほぼドンピシャな位置に着弾した瞬間、爆発ではなく
「うわっぷ!?」
「な、なになになに!?」
その水をモロに被った舞風と清霜は何が起きたのかと驚く。それを目の当たりにした者全てが驚いていた。
「はっはは、そこにいたか! 上からの目ならば、すぐに見つけられるぞ!」
そして響く何者かの声。からの、鎮守府方面から爆走してくる荷台付きのオート三輪。そこそこ広めの路地であることをいいことに、猛スピードで向かってきていた。
「防空駆逐艦、兼、定係工作艦、冬月、推参! 深雪よ、援軍に来たぞ!」
その運転手は、軍港鎮守府の