深雪からの通信、伊豆提督からしたら三度目の連絡の時には、鎮守府側としては準備が出来ていた。それもあって、深雪にはなるべく路地裏に入らないでほしいと伝えていた。その準備というのが、水風船による爆撃と、冬月が乗り込むオート三輪。
伊203からの連絡で武器と煙幕を寄越せと言われてはいたものの、三度に渡る通信によってそれどころではないことを察し、最初から迎えに行くつもりで行動を起こしていた。また、水風船の爆撃は牽制の意味もあるが、それ以外にも試すために
「防空駆逐艦、兼、定係工作艦、冬月、推参! 深雪よ、援軍に来たぞ!」
都市の路地ではあるのだが、凄まじい勢いで突っ込んでくるオート三輪。その勢いは狂気すら感じるほどであり、目の前にいる者ならば轢いても構わないと言わんばかりでブレーキすら踏んでいない。
現に、冬月の運転するオート三輪は、そのまま真っ直ぐ時雨に突っ込んできている。深雪のことも考えず、時雨を轢くために。
「おいおいおいマジかアイツ!?」
深雪からは見えているので素早く回避を選択するが、時雨からは冬月の声しか聞こえていない状態。しかし、その勢いは見なくてもわかるほどであるため、深雪のことは構っていられなくなって回避を選択。振り向き際に冬月を睨みつけたようだが、当人は全く悪びれることなく、元々時雨がいた場所を猛スピードで通過。
「深雪、手ぇ伸ばして!」
「なっ、っらぁ!」
すれ違いざまにオート三輪の荷台に乗っていた何者かに手を伸ばされたため、深雪はそこにすぐさま手を伸ばした。すると、艤装の基部のみを装備しているらしく、そのスピードの中でも深雪を軽々と引き上げ荷台に確保。
腕が抜けるかと思ったが、ここから助かるにはそれくらい我慢しなくてはならない。怪我をしていないなら多少の痛みは許容する。
深雪を引き上げた者は、フルフェイスのヘルメットに全身を覆うラバースーツを身につけていたため、ぱっと見では誰かがわからなかった。
「え、おま、誰……」
だが、それを聞いている暇なんて何処にもない。冬月の運転はさらにヒートアップし、今度は電達を助けるために急ブレーキをかけながらハンドルを回す。
荷台に乗っている深雪は、その何者かと共にてんやわんやになるが、しっかり手を掴み、荷台の手摺りを握り締めているため、振り落とされるようなことは無かった。
「ま、マジかよ!?」
強引なドリフトをしながら電達の前に回り込みつつ、車体の横っ腹を舞風と清霜にぶち当てようととんでもない動きを見せた。
水風船の爆撃を受けたばかりの2人はそんな冬月の強引な運転の餌食になりかける。だが、瞬時に反応した那珂と子日が、無理矢理引っ張ることで轢殺は回避。舞風も清霜も、このやり方を目の当たりにして、目を見開いて驚いている。一歩間違えたら死んでいたと、恐怖すら感じていた。
その冬月の行動を見て、三隈が表情を濁らせる。その目は、明らかに想定外な行動をされたと語っていた。
いくら軍港鎮守府の艦娘とはいえ、ここまで強引に突っ込んでくる、むしろ轢殺まで狙った行動をするとは思わなかった。自分達の立場を利用した作戦を、そんな
「よし、乗れ!」
そんなことをしたというのに悪びれることもなく、冬月は電達にすぐに荷台に乗るように指示。車体が壁になっているおかげで妨害はされない。
それをサポートするように、涼月がすぐさま助手席から降り、荷台に積み込んであった自分の艤装を装備すると、向かってこようとする那珂や子日に対して、一切の躊躇なく砲撃を放った。
「ちょっ!? 街中で物騒過ぎない!?」
子日が文句を言い出したが、涼月はまるで聞く耳を持たない。そもそもこの砲撃は演習弾。しかも、地面や壁に直撃したところで水浸しになるだけの水鉄砲である。とはいえ、強化されているとはいえ生身の者に直撃したら当然だが痛いし、吹っ飛ばされるくらいの威力はある。
それに、この水鉄砲は何やら普通の水とは違う匂いがした。爆撃される水風船と同じ、少し色の付いた水。それにいち早く気付いたのは、やはり三隈である。だが、それに対して言及する前に、他の者達が苦言を呈する。
「ちょっとちょっと、アイドルにそんな乱暴なことしちゃダメだよ!?」
那珂の言葉に、涼月は首を小さく傾げて返した。
「アイドル以前に敵ですし、貴女方はどうせ自己修復を持っていますよね。どうせ治るのですから、多少怪我くらいしても大丈夫でしょう。そうですよね、お冬さん」
「うむ。死ななければどうせ治る。涼、徹底的に撃ってやれ。もう嫌だ帰ると言いたくなるくらいに、徹底的に痛めつけてやれ。帰ってもらっては困るがな」
もう一度ニコッと笑みを見せた後、涼月は更なる猛攻。砲撃は止むことは無い。生身の相手にやることではないと思うのだが、冬月がやっていいと言うのだから、涼月も良しとして容赦なく撃ち続けた。
たった1人で眼前の6人を食い止めてしまっており、三隈がより顔を顰めたのがわかった。この2人は
量産化された者達は、今でこそ米駆逐棲姫の妹だが、元々はあちら側の仲間だ。その立場も利用して、攻撃を躊躇わせ、悠々と攻め込むつもりでいたというのに、この2人は躊躇いが無いどころか、しっかり敵認定をしている。
「んのクソがぁ! ネノヒ、アイツ先に止めっぞ!」
「ほーい! これくらいの砲撃なら避けられるもんね!」
まだダメージを受けていないスキャンプと子日が率先して涼月を止めるために動き出した。砲撃を拡散させるために分かれ、挟み撃ちにするように。あわよくば涼月ではなくその奥にいる電達を餌食にするように。
しかし、涼月の主砲──長10cm砲は、艤装の左右に接続されているが、完全な別稼働、そして
涼月が狙いを定めているわけではない。長10cm砲自体が、2人を敵認定して始末するために撃ち続けている。サポート妖精さんもノリノリだ。その結果、子日もスキャンプも迂闊に涼月には近付けない。
「本当に避けられるのならどうぞご自由に。ですが、近付くことは禁じます」
「ちょっ、ちょちょちょ、完全にこっち狙いになったよ!?」
「何なんだテメェは! あたい達を何だと」
「私達の街の平和を脅かす敵ですが、何か間違っていますか?」
ここで涼月は更なる攻撃手段、爆雷を投げた。防空駆逐艦であれど、駆逐艦なのだから対潜装備はしっかり使える。ただし、その使い方は普通では無い。
両サイドに分かれて突撃したために、ど真ん中が空いている。それを隙と見たか、那珂と舞風が2人がかりで涼月を止めようとしていた。それに対して牽制と
あまりにも正気では無い攻撃方法に2人は目を丸くしながら急ブレーキ。那珂に至っては、その爆雷を退かすために咄嗟に蹴り飛ばした。それが大正解であり、爆雷はあらぬ方向へ飛んでいき爆発。
流石に街中でホンモノの爆雷を使うことはなく、中に含まれていたのはこちらも水。しかし、爆雷は
「なんて無秩序な……。艤装を持たれるだけでなく、躊躇が無いとここまで……」
「ど、どうするの!?」
「いえ、今でこそ拮抗されていますが、すぐにそれも覆ります。躊躇なき者がいたところで、我々には仲間がまだまだ増えるのですから」
そんなことを言っている三隈も、涼月のコレには手を焼くことになると内心思っていた。
電達の盾となっているオート三輪の逆側にいる者──時雨だけは、涼月の妨害を受けることなく攻めることが出来る。暴走するオート三輪を回避した直後から動き出しており、乗り込もうとする電を狙って走り出していた。
深雪は既に荷台の上。電よりも後ろにいるため、簡単にはそれを食い止めることが出来ない。そのため、白雲とグレカーレが電の前に躍り出る。
「君達から先にこちらに来てもらおうか。特に白雲は都合がいい」
「お姉様を苦しめるためでしょう。この外道が」
「
電の量産化が最も精神的に苦痛を与えることはあちら側も理解している。その次に苦痛になるのは白雲かグレカーレ。どちらかと言えば血縁である白雲の方が苦しむ。そう考えるのもおかしくない。
だが、時雨が2人に襲い掛かろうとした瞬間、深雪と共に既に荷台にいたもう片方が、そこから飛び降りながら時雨を迎撃。流石にそこまで堂々とした攻撃に当たるわけがないと軽々回避。
「君が先にこちらに来たいのかい?」
その珍妙な姿を鼻で笑いながら手刀を繰り出すが、時雨はここで気付いた。身に纏っているラバースーツは
つまり、こんな冗談みたいな姿をしていても、これが量産化に対する完全な防備となる。ナイフか何かがあれば、それを切り裂いて突き刺せる部位が作れるかもしれないが、量産化を施されただけでは武器も何もない。その立場と、強くされた膂力だけで戦うことになる。
「いや、そんな巫山戯た格好、僕ら対策か。愚かだね」
「そう簡単にそっちに行くわけないでしょ」
時雨の手刀を軽く払い、爪を突き立てられるであろう距離にまで詰め寄った挙句、渾身の拳を腹に叩き込む。その衝撃がモロに突き刺さり、悶絶するほどの痛み。だが、量産化によって深海棲艦の力を手に入れている時雨には、傷一つ付いておらず気を失うこともない。
そもそも艤装を装備してここに来ているのだから、量産化を施されて力が上がっているとはいえ、今の時雨は生身に過ぎない。艤装を装備する艦娘と比べれば雲泥の差。
「っぐ……!?」
「
フルフェイスのヘルメットを被っていることをいいことに、殴りつけた後にそのままヘッドバットまで繰り出した。顔面にぶち当てようとするが、流石に勘付かれたか、すぐにバックステップで回避。まずいと感じたか間合いを取った。
「ふん、だが、君も僕ばかりに構っていていいのかい」
ここで小競り合いをしているうちに、まだまだここには量産化を施された仲間達が向かってきていた。
三隈と共にやってきた6人だけでは済まない。刻一刻と増え続けている米駆逐棲姫の妹達が、鎮守府に辿り着けるが着けないかの瀬戸際の路地で、物量によって押し潰そうとしている。
神風が抑え込んでいる長門の方にも、伊203が抑え込んでいるタシュケントの方にも、1人、また1人と増援が駆けつける。いくら人の域を超えている2人とて、圧倒的な人数差を
そんな量産化された者達は、再び飛んできた艦載機による度重なる爆撃によって足止めをされている。いくら水風船とはいえ、直撃はダメージに繋がるのだから、回避しなければと考える。
しかし、それだけで完全に止められるわけではない。爆撃を乗り越えて戦力となるために群がってくる。むしろ、水風船ならば死ぬことはないと喰らいながら突撃してくる者も現れる。
「電、乗ったな!」
「なのです! 深雪ちゃんは白雲ちゃんを!」
「おう! 電はグレカーレを引っ張りあげてくれ!」
これ以上増えられても困るため、早々に撤退するためにも、最初の目的通りオート三輪の荷台へ乗り込んだ。しかし、4人乗った時点で定員ギリギリ。追加で乗れても後1人くらい。
「冬月、あとはどうすんだ!」
「大丈夫だ。我々は君達を撤退させるために準備をしてきた。しっかり掴まっていろよ」
涼月が充分に離れていることを確認したことで、冬月はアクセルをベタ踏み。急発進を開始したオート三輪が群がる元仲間達を轢こうと暴走を開始。
「ひいっ!?」
「電、あたしから手を離すなよ!」
「キャー、こわーい」
「グレカーレは余裕あるな!?」
白雲は言葉もなかったが、荷台の揺れ方は尋常ではなかった。気を抜いたら振り落とされるほどの激しい動きに、深雪達は掴まっているのが精一杯。
「逃げるのかい? 流石は悪の特異点だ。仲間を見捨てて──」
「時雨よ、君はそうなってから本当に愚かになったようだな。少し考えればわかることだろうに」
冬月がニィッと笑みを浮かべる。
「誰が私達だけでここに来ると言った」
その瞬間、
「工作艦が全員こういうこと出来ると思わないで下さいよ!? 私が出来たからいいものをぉっ!」
潜水艦勢の苦労人、工作艦明石である。