後始末屋の特異点   作:緋寺

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圧倒的な力の差

 水風船による空爆、そして徹底的に濡らすことを目的とした砲撃と爆雷。その効果はついに現れ、この場にいる量産化を施された艦娘達は、その悉くを完全に無力化。力が抜け、その場に立っていられなくなり、もう動かないものばかりとなっていた。

 その中でも強い力を持つ那珂と、司令塔としてそこにいた三隈がやられたことにより、もう軍勢は総崩れと言えるだろう。

 

 それでもまだ戦いが続けられている者も存在した。その効果を知ってか知らずか、水飛沫をなるべく受けないように躱しつつ、自ら高次へと至った神風相手にも引けを取らない力を発揮している長門である。しかし、かかっていないわけではない。

 

「神風、貴様は頑として特異点につき続けると言うのだな」

 

 神風が振るう鉄の棒を払いながら、合間合間に爪を突き出す。神風にも量産化を施そうとしているのが目に見えていた。

 だが、神風は並ではない。いくら艤装を装備していなくても、長門が量産化を受けてしまっているせいで本来以上の力を発揮出来ているとしても、その攻撃を軽く払い除けていた。

 

 神風と長門が拮抗出来ているのは、神風が長門を傷つけないようにしているからだ。加減に加減を重ねているだけ。そうでなければ、長門は最初の段階で上半身と下半身に分かれている。

 

「当たり前じゃない。深雪は私達の仲間。見捨てるなんて出来るわけないでしょ。ただでさえ、こんな(こす)い手を使ってくるようなヤツの思い通りになんて、させるわけがないわ」

 

 量産化された者の性質として、米駆逐棲姫が侮辱されることに怒りを覚えるというものがある。長門も例外ではなく、苛立ちを表情に見せた。

 だが、ムキになるようなこともなく、あくまでも冷静さを持ったまま、神風との拮抗を保とうとしていた。

 

 長門だって気付いている。この神風には勝てない。しかし、爪を掠めるだけでいいという圧倒的有利な状況を使って、相手を多少でも及び腰に出来ればそれでいい。最終的には数で押し潰し、この神風にも自分達と同じく敬愛する姉のために働いてもらおう。そう考えながら、猛攻を続ける。

 

「先に言っておくけど、数は増えないわよ。貴女は私と一騎討ちしかない。それに、ジリ貧なのは自分でも理解してるでしょう?」

「はっ、だからどうしたというのだ。私はまだ戦える。それだけで充分だ」

「周りが見えていないのかしらね。いつもの長門さんなら、もっと視野が広いはずだけど?」

 

 そう、長門は周りが見えていない。神風との拮抗を保つために、かなり必死になっている。神風が自分に釘付けになるように戦っているというのもあるが、量産化によって()()()()()が薄れている。

 米駆逐棲姫の『量産』の曲解のある意味弱点。精神的な部分が量産というだけあって均一化されること。米駆逐棲姫の目的を達成するために動くだけの、米駆逐棲姫と同じ力と心を植え付けられた存在へと変えられる。勿論、基礎スペックというものがあるので、誰を素体にしたかで戦闘力は大きく変わるが、精神性は洗脳という大きな負荷がかかることで、本来のモノから劣化してしまうようだった。

 

「そろそろでしょ。貴女も、あの爆撃の余波を喰らってるんだもの」

「何を言っている。私はまだ……っ!?」

 

 ここで、長門にも洗浄液の余波が影響し始めた。増援に直撃した水風船による爆撃の水飛沫が、露出度の高い腕や背中にしっかりと付着しているのだから、ジワジワと蝕まれても仕方ない。

 戦闘中だというのに、脚から力が抜けたかのようにカクンと崩れ落ち、膝をついた。

 

「洗浄液よねコレ。貴女達にはこれがすごく効くみたいで助かるわ。なるほどね、貴女達のそれは穢れなんだ。それで全部が浄化されればいいんだけど、どうなのかしらね」

 

 万が一を考えて、神風は数歩間合いを取る。長門はそれを追おうとするものの、脚に力が入らず、その場からヨロヨロとしか動くことが出来ない。そうしている間にも爆撃は止まらず、トドメと言わんばかりに長門に直撃した。

 

「っああっ!?」

 

 洗浄液の効果がより増し、自分を支える腕からも力が抜ける。その場に横になることしか出来ず、どうにもこうにも行かなくなった。

 

「おしまいよ。私は深雪を護らなくちゃいけないんだけれど……うん、うまく逃げ果せているようね。でもまだ安心出来ないから、すぐにでも追わなくちゃいけないけど……っと、いいタイミングよ」

 

 ここで爆走する明石のオート三輪が神風を拾うために突っ込んできていた。このままだと危険ではあるのだが、神風は伊203も乗っていることを確認すると、このままここから離れると判断して、ブレーキすらかからない車に暁の力を借りて飛び乗った。

 人間業じゃないと暁は驚いていたものの、伊203も夕立を使って似たようなことをしていたのだから、もう過剰に反応するのはやめた。

 

「逃げるな……っ」

「はいトドメ」

「あぶっ!?」

 

 そんな神風を逃すまいと手を伸ばしていた長門だったが、暁が顔面に水鉄砲をぶち当てることで何も言わせなくした。

 

 

 

 

 同様に未だ戦闘中なのは綾波と時雨。しかし、神風のように甘くない綾波の猛攻を、時雨は避け続けるだけで必死だった。拮抗も何もあったものではない。何せ、綾波は()()()()()()()()()()()

 

「君はっ、気でも狂っているのかいっ!?」

「そっくりそのままお返ししますよぉ。この街で暴れようだなんて、気でも違えたんですかぁ? 貴女達は一応平和を目指して活動しているんですよねぇ」

 

 コンバットナイフを振るい続ける綾波の猛攻は続き、時雨の肌は何度も斬られていた。その都度自己修復が発動して無傷の綺麗な肌に戻っているのだが、痛みだけは蓄積していく。

 幸運艦として有名な時雨が、この戦いでは貧乏くじを引き続けているせいで、泣き言しか口から出なくなってきていた。こういったところも、量産化を受けたことによる弊害か。

 本来の時雨なら、こんな状況でも口だけは余裕を持っているはず。敵を罵るのではなく、味方に皮肉を放って鼓舞するようなことを言うだろう。それすら出来ないというのは、量産化による精神誘導のせいと考えられる。

 

「謝れば許してあげることを考えてもいいですよぉ? 街を滅茶苦茶にしてごめんなさい、お馬鹿なお姉ちゃんのせいでこんなことをやってごめんなさいと、頭を地面に擦り付けて懇切丁寧に謝ってくれれば、考えてあげますよぉ?」

「その言い方が、許さないと言っているようなものなんだよっ」

「よくわかっているじゃないですかぁ。少なくとも、貴女をそうしているミジンコ以下のお姉ちゃんは、死罪じゃあ足りませんねぇ」

 

 綾波のスピードがさらに上がる。艤装も持たずに自身のスペックだけで戦っている時雨と、全てにおいて対策をしながらも艤装まで装備し、十全な力を発揮出来る綾波の力量は、雲泥の差である。時雨には、万に一つも勝ち目など無かった。

 綾波がその命を奪うか奪わないか。ただそれだけの戦い。綾波の前では、時雨はまな板の上の鯉である。

 

「指を一本一本刻んでみましょうか。その爪がダメなんですよね。そういうことをしたくなくなるくらい後悔してみましょう。どうせ自己修復で元通りなんですから、指の一本や二本貰っても問題ないですよねぇ。その爪のことを調査したいですし」

 

 猟奇的なことも言い続けている綾波に、時雨は心底ゾッとした。()()()()()がこの街の守護者だなんておかしい、これだから特異点の仲間はと、ここでも深雪を罵る思考しか回らない。

 

「この……っあ!?」

 

 そして、このタイミングで時雨にも洗浄液の効果が現れ始める。これだけ動かされているのだから、水飛沫は当然肌に付着している。その効果がジワジワと時雨を襲った。

 全力で身体を動かさないと逃げ切ることも難しいのに、力が抜けるのはただ死に向かうだけ。

 

「あらあら、もうおしまいですかぁ? 呆気ないですねぇ。洗浄液が効くだなんて、文字通り穢らわしい存在だったということ。そんな連中は、この街にはいらないんですよ」

 

 徐々に動けなくなる時雨に向けて、徹底的に侮蔑の視線を向ける綾波。フルフェイスのヘルメット越しでも、時雨には今の綾波の表情がわかるくらいだった。

 手元でコンバットナイフをクルクル回しながら時雨に近付く。ただでさえ勝ち目が無いようなモノなのに、身体が動かないとなれば勝ちも何も無い。ここからは一方的な虐殺を受ける。

 綾波の発言からして、簡単には殺さない。ジワジワと、これまでの行いを後悔させながら、許しを請うても一切の慈悲もなく、ゆっくりゆっくりとその命を摘み取る。

 

 時雨は初めて、強い根源的な恐怖を感じた。

 

「全く、何故こうならないと思えるんでしょうかねぇ。自分達の策が完璧だと思っているなら、思い上がりも甚だしいと思いませんかぁ? 必ず勝てる戦いなんてないんですよぉ。それも、精神攻撃を主にしてるなら尚更ですねぇ」

 

 動けなくなった時雨の前に立つ綾波。絶望すら与えるその立ち姿だが、時雨は何とか一発逆転が無いかと考える。例えば、ラバースーツに傷がついており、そこから爪を突き立てるとか。

 

「もしかして、まだ爪を刺してやろうとか考えてますかぁ? このスーツ、工廠特製のとっても頑丈なモノなので、穴なんて空いていませんよぉ?」

 

 綾波の言う通り、どう見てもそんな隙間は何処にも無かった。あれだけ激しく動き回っているのに、傷はおろか、汚れすら見当たらなかった。故に、逆転は不可能。

 ついに時雨はガタガタと震え出した。本来の時雨ならば、最後まで気丈さを失わないだろう。それなのに、精神を蝕まれたことでそんな弱さまで見せた。

 

「よぉくわかりました。貴女は時雨ちゃんであって時雨ちゃんではないんですねぇ。なら、()()()()()()()()()()()

 

 動けない時雨に向けてナイフを振り下ろす。もうダメだと、食いしばるように目を瞑る時雨。

 

「……殺すわけないじゃないですかぁ。そんなことしたら、この街が汚れちゃいますから」

 

 ナイフを時雨の眼前に突き立てられていた。あと数センチズレていたら、時雨の頭は縦に真っ二つになっていた。

 

「それに、暁ちゃんにまた怒られちゃいますからね。念入りに、すごく念入りに殺すのだけは絶対にダメだって言われましたから。時雨ちゃん、暁ちゃんに感謝してくださいねぇ」

 

 もう動けない時雨に興味を失ったか、突き立てたナイフを抜いてそのまま時雨の前から離れた。

 恐怖に続いて屈辱まで与えられ、時雨の心はグチャグチャにされた。敬愛する姉のために働いていたのに、絶対的有利が覆され、挙句の果てにはコレである。

 

「くそ……特異点の仲間が……えらそうに……」

「何故地面に這いつくばっている貴女がそんな偉そうなことを言えるんですかねぇ。元に戻ることが出来たら、恥ずかしすぎて人前に出られなくなっちゃいそうですねぇ」

 

 ケラケラ笑って手を振る。その向こうには、神風を回収した後のオート三輪が向かって来ていた。

 

 最終的には時雨も暁によって水鉄砲を顔面に放たれたことで気を失うことになる。

 

 

 

 

「……お姉ちゃんに知らせないと」

 

 そんな様子をこっそり見ていた者が1人、水飛沫の影響を受けることなくその場から立ち去っていた。

 

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