ようやく鎮守府まで辿り着いた深雪達だが、落ち着く暇など与えられず、空からの監視によって量産化を施された梅が率いる軍勢が鎮守府に向かっていることが判明した。
現在の鎮守府は、主力となり得る存在がかなり出払ってしまっている状態であり、すぐにでも戦えるのは帰ってきたばかりの深雪達くらいである。
現在は加賀達空母隊が牽制のために空爆を繰り出しており、洗浄液の爆撃によって戦力を減らすことは出来ているはず。
「……梅を含めてだけれど、屋根があるところを優先されているわ」
「中身がどうであれ、当たらないようにするのは当然……ですよね」
「ええ。それもあってか、あの子達、私達の艦載機が見えた途端に路地裏に入るようになったわ」
あちらはあちらでいろいろと考えているようで、その情報が向こうに漏れていなくても、空爆に当たりたいとは思わないだろう。艦載機が飛んでいるとわかれば、隠れるのも当然のこと。
そうこうしている内に少しずつでも近付いてきているようで、準備出来る時間もそこまで残されていない。
「あたし達はすぐにでも戦えるようにする! アイツら、向かってはくるけど艤装は装備してないんだ!」
「ええ、申し訳ないけどお願い。最悪、アタシも抵抗するわ」
そう言う伊豆提督だが、向かってきているのが深海棲艦でも何でもなく、自らの意思で出洲に下ったわけでもない、本来ならば仲間である者。まず間違いなく本気で抵抗が出来ない。
存在そのものが情けをかけさせるため、徹頭徹尾メンタル面では不利であることは変わらない。優しければ優しいほど本気が出せない敵。そういったところも、敵の狡猾さ、
伊豆提督も、深雪達に頼り切らねばならない状況を悲しみ、仲間達をことごとく手駒に変貌させている
深雪達の準備は、早急に行われた。工廠まで向かう時間も惜しいと、なるべく近くまで運んでもらってすぐに装備する。
一番面倒なのは、爪対策のラバースーツ。後始末の際に身につけるインナーとはわけが違い、着てしまえば自由に動けるのだが、着るまでが大変。妖精さんのサポートがあっても、どうしても時間がかかってしまうもの。
「ふぅー……ふぅー……敏感肌のあたしにはこれもなかなか厳しい戦いだね……」
「だ、大丈夫か、グレカーレ……」
「だいじょぶだいじょぶ。これしないと最悪なことが起きかねないんだから、我慢出来るよ。ていうか我慢くらいする。やっと反撃出来るんだから」
特にグレカーレにはこれが苦行である。深海棲艦化の影響で肌が非常に敏感になっており、普段の生活に関してはようやく慣れてきているものの、今回のような例外はかなりキツイ。ラバースーツを身に纏った時点で、汗ばんでしまっている。
しかし、これが無ければ爪が掠めるだけでもアウトなのだ。ならば、これくらいは許容しなくてはならない。洗脳の辛さを特に知っているのはグレカーレなのだ。
「主砲は全て水鉄砲だ。だが、元凶を始末するためには近接武器も必要だろう。水鉄砲で終わらせることは出来ないからな」
冬月もその準備を手伝ってくれており、これまでに用意した装備のことを簡単に説明してくれていた。
全員が持つことになる主砲は、全て演習用の模擬弾を装填している。実際はペイント弾ではなく洗浄液が含まれた水鉄砲。直撃するだけでなく、掠めるだけでも効果があると思われる。
魚雷は流石に装備せず、攻撃はあくまでも主砲のみ。代わりに精度が高い電探を装備することで、確実に狙いを定められるようなシフト。その電探も、今回は軍港鎮守府からの貸与であり、ここにある中でも特に性能の良いモノを装備させてもらっている。
そして各々の個別の兵装。深雪は勿論、発煙装置。緊急時はこれで撤退出来るように。
白雲は『冷却』の曲解を扱うための鎖。冷却を伝えやすい素材に変えられており、長さもこれまでより長くされていた。あらゆる用途でその凍結能力が役に立つだろう。
グレカーレは特殊兵装とは言いにくいが、艤装に接続それた巨腕をグリグリと動かし、整備されたことでより取り回しやすくなっていることを理解する。
そして、電は──
「試作品ではあるが、電専用のマルチツールだ。使ってみてくれ」
この短期間でカタチになっている、特殊兵装を装備。自らを守るために艤装に接続される盾には、現在3つのシステムが格納されている。
1つ目は煙幕。深雪と同様の発煙装置によって、二重に煙幕を張って退避をしやすくしている。2つ目は修理施設。移動しながら修理などは出来ないが、ある程度休憩が出来るような場所があれば、軽傷までなら応急処置が可能。そして3つ目は夜偵である。
「艦載機……電に扱えるでしょうか」
「大丈夫だ。小型のドローンが飛ぶようなもので、全て妖精さん制御だからな。電は、
本当は盾を甲板のカタチに改造して発着艦をよりやりやすくしたかったようだが、その時間は無かったと、冬月は悔しそうに語る。しかし、盾内部から飛び立つドローンにより偵察が出来るようになったのは非常に大きい。しかも夜偵であるため、夜にも観測が出来るとなれば、今の戦いにはもってこいの装備である。
「ありがとう、なのです。ぶっつけ本番ですけど、使いこなしてみせるのです」
「ああ、妖精さんもやる気満々だ」
電の肩に乗るサポート妖精さんも、今回のマルチツールが装備されたことで勇ましく敬礼をしていた。電の思いを汲み取り、サポートアイテムの詰め合わせを完璧に使いこなすと、サムズアップまで見せた。
「よし、準備は出来たな」
深雪が周りを見ながら拳を打ち鳴らす。近接戦闘になる可能性も考慮して、軽くストレッチまで終わらせた。あとは、戦うのみ。
深雪達が伊豆提督達の元へと戻ると、鎮守府正面に梅が率いる
空母隊の懸命な牽制もあって、到着時間をどうにかここまで遅らせることに成功はしているのだが、路地裏を経由して向かってこられたため、その大半が濡れることなくピンピンしている。一部は無力化出来てはいるものの、それによって空爆の洗浄液が有効打になることを知られてしまったようなものだった。
「ギリギリだったわね……追い払うことが出来なくてごめんなさいね」
「いやいや、充分すぎるぜ。加賀さん達だからここまで出来たんだろ」
本当ならば空爆をもっとひっきりなしに放ち、そもそもここに来させないというのが目的だったのだが、それだけは止めることが出来なかった。
悔やむ加賀だったが、ここまで時間を稼げただけでも充分。もしかしたら、こうしている間に明石達が間に合う可能性だってある。
「……こんなことがあるのね……」
ここで梅達を視認出来たことでボソリと呟く。その目に入った、つまりは
「今の梅の彩……カテゴリーは……
カテゴリーKは出洲達選ばれた者だけが持つカテゴリーの筈だ。しかし、今の梅はそのKに属しているとイリスは語る。
「いや、単純なKではないわね……。おそらく、本来のカテゴリーCに、深海棲艦の穢れ……Rが混ぜられたことで、擬似的に黒く染まっているだけみたい。混沌の黒じゃない。どちらかといえば……
シアンの上に赤を薄く重ねて塗っているために黒く見えるという、擬似的なK。純粋に黒くされているのではない、
ここから考えられるのは、『量産』の曲解はあくまでも赤で薄く塗るということ。
ここから、イリスの目によっておかしなことが起きていないと判断された者は、全員が信用出来るということが確定した。
「梅ちゃん、そんな険しい顔をしてどうかしたのかしら」
まずは伊豆提督が牽制を込めて語りかける。その目の奥は、一切笑っていないが。
「ハルカちゃん、大人しく特異点を引き渡してもらえますか」
梅も当然うみどりにいた頃の記憶を持ち合わせているのだから、伊豆提督に対してそれらしく話す。しかし、こちらも敵意を隠していない。姿形からして、もう量産化されていることを曝け出しているくらいである。
「お断りよ。今のアナタには深雪ちゃんを預けることなんて出来ない」
「そうですか。では、
そう言いながら取り出したのは──
瞬間、鬼のような形相を浮かべて深雪が主砲を放つ。深雪だけではない。電も、白雲も、グレカーレも、それだけはやらせるわけにはいかないと砲撃を放った。
また、伊豆提督も動いていた。撃つだけでは止められないと判断したか、相手が元艦娘であってもお構いなしに殴り飛ばすために。
しかし、梅の後ろに控えていた妹達が、それを食い止めるように前に出る。深雪の砲撃にも、伊豆提督の拳にも、身を挺することで梅の邪魔はさせないように立ち回った。水鉄砲の直撃を受けて無力化されていく何人もの艦娘。伊豆提督の猛進を身体を張って止める艦娘。
梅が連れてきた妹達は、このためと言っても過言では無かった。ここでやることを邪魔させないため。梅1人でここにいても、伊豆提督1人に妨害されていただろうが、これだけ人数を連れていれば、それは最後まで邪魔出来ない。
「やめろ梅!」
「特異点の言うことなど聞くわけないでしょう。梅はここに、特異点を始末するために来ているんですから。姉さんのために、梅は──」
そして、梅は忌雷を自らの胸元に押し込んだ。忌雷は胸の谷間に忍び込んだかと思うと、そのまま体内に侵入。グレカーレの時と同じように、あっという間に外からは見えなくなってしまった。
最初は痛みを感じていた梅だが、それもすぐに終わる。忌雷が侵入した胸を押さえながら、潤んだ瞳でニヤリと笑みを浮かべ始めた。
「特異点を渡さなかったハルカちゃんのせい、素直に死ななかった特異点のせい、抵抗し続けた、貴女達のせい……ううん、貴女達の
グレカーレと同じ、激しい快楽と共に深海忌雷が梅を蝕む。その衝撃に耐えられないか、その場で膝をつくものの、顔だけは深雪達の方を向けていた。
これまでの梅からは考えられない、悪意と愉悦に満ちた顔。心を染められ、こんなことですら受け入れてしまうようにされた末路。
米駆逐棲姫の『量産』の曲解の最大の強みは、姉の意思が絶対となること。本来なら拒むようなことも、姉が言うのだから正しいと思ってしまうこと。故に、忌雷を自らに植え付けることに対しても、一切の躊躇がない。
高次の存在へと、姉と同じ存在へと至れる喜びと悦びが梅を突き抜けた。
「変わるっ、変われる! 高次の存在、姉さんと同じ、ところへぇっ!?」
一際大きく震え、惚けたような表情を浮かべた梅、大きくのけぞりながら叫んだ。ここまで来てしまったらもう戻れない。黒い靄に包まれていくことで本当の変化を見せつける。
これまでは米駆逐棲姫の妹、量産化された存在として、同じ姿をしていた。だが、忌雷によって変化したことにより、独自の深海棲艦としての姿へと変わっていく。梅にはその姿に酷似した深海棲艦、深海梅棲姫という存在がいるためか、それに似たような姿へ。
靄がこれまでの衣装を泥のように変えていくと、新たに現れたのは、袖口に深海棲艦特有の歯のような意匠が目立つ黒いセーラー服。通常の深海梅棲姫ならば、かなり余裕のある作りなのだが、量産化の名残からか、やたらと身体にフィットするサイズで生まれた。
下半身も深海梅棲姫と同様に裾に歯の意匠が施されたショートパンツ。こちらも量産化の名残か、余裕のない締め付けるようなサイズ。そして、本来なら消えてなくなるはずのオーバーニーソックスもそのまま残っていた。
量産化を受けた状態の思考回路をそのままに、新たな深海棲艦として生まれ変わったかのような見た目。その姿になれたことに歓喜し、またもや大きく震えた。
「んひっ、まだ、まだ変わるのぉおっ!?」
それだけでは終わらない。量産化を受けたことでグラデーションがかかっていた髪は真っ白に染まり、頭頂部付近から丸みを帯びたツノがミシミシと生える。
梅の原型は残しつつも、誰がどう見ても深海棲艦という姿へと変わる。そんな光景に、伊豆提督は血が出そうなほどに強く拳を握りしめていた。深雪に至っては、心に溜まっていた呪いが表に出てきそうになっており、表情が失われていく。
「っはぁああ……っあんっ!」
最後の変化、艤装の出現。足下に溜まった泥から、まるで生えてくるかのように艤装が生まれ、梅が跨るような形状で完成した。陸にいるのに、その艤装そのものが浮いているかのように立ち上がる。
ポタポタと泥のようにオイルを溢し、そこからはその名の通り梅の木の枝が生え、ポツポツと蕾を作った。
「……っふ、ふふ、あはははは! すごい、これが高次の存在! 姉さんと同じ世界! すごいのぉおっ!」
その漲る力に呑まれた梅は、当てつけのように笑った。その目は、これまでとは違い、緑がかった青で輝いていた。