変わり果てた梅を前に、深雪達は何も言えなかった。『量産』の曲解によって心を米駆逐棲姫に囚われている梅にとって、それは喜びの中でやるべきこと。そして、特異点に絶望を与えるためのこと。その全てが出来ていることで、歓喜にも震えていた。
「ふふ、ふふふ、本当にすごい。戦う力も無かった梅が、こんなに、こんなに漲るだなんて。流石高次の力、姉さんと同等の力……!」
自分の身体を抱きしめながらうっとりとしている梅。未だに深海棲艦と化した衝動は治っておらず、頬を赤らめながら恍惚とした表情を浮かべていた。
だが、それも束の間、ギンと深雪を睨み付ける。緑がかった青い輝きは、心臓を貫くかのように冷たい。
その視線に射抜かれた深雪だが、呪いによって失われつつある表情で睨み返す。冷ややかな視線がぶつかり合うが、先に梅が鼻で笑った。
「この力で、特異点を始末してやりますよ。それが姉さんの、この力を授けてくださった方の望みなんですから」
ニヤリと笑みを浮かべた瞬間、跨る艤装の後部に備え付けられた
直撃なんてしようものなら、肉片一つ残らないだろう。自分はその爆発の炎に巻かれても、自己修復で全てが元通り。死ななければ確実に負けない一撃。
「テメェ……っ!?」
「それじゃあ、死んでくださいね」
撃たせる前に動こうとした深雪だが、さらに一手早く梅が放つ。巨大なミサイルの如く、それは勢いよく飛ぶ。特異点を始末するためなら、後先考えない。今そこに始末すべき存在がいるのだから、何を躊躇う必要があるのか。
今は深雪以外は見えていなかった。周りで動く者達など知らない。とにかく、この溢れんばかりの力をぶつけたかった。昂揚が止まらず、力を誇示したいとまで思えてしまっていた。
「ちっ……!」
触れた瞬間に爆発するかもしれないと考えると、避ける以外の選択肢は無かった。前進を考えていたために、本当に紙一重の回避となってしまったものの、辛うじて魚雷に刺激を与えずに回避することに成功。
「あーあ、避けちゃいましたね」
しかし、梅の狙いはそれだけでは無い。深雪の後ろに何もないわけではない。そこには鎮守府があるし、そもそも後ろから艦載機を飛ばしている空母隊や、当然生身の伊豆提督、そしてここにいる者の中では最も
伊豆提督以外は邪魔にならないようにとかなり下がっているものの、魚雷はミサイルのように飛んでいく。流石に飛ぶ方向をコントロール出来るようなことはないものの、一直線に向かったことで、そのまま鎮守府の方へ。
「っなっ!?」
そして、とんでもない音と共に、鎮守府の外壁が破壊される。深海棲艦の襲撃を耐えるために、頑強に造られているのが鎮守府なのだが、梅の魚雷は見た目通り、その壁を簡単に破壊するほどの力を持っていた。
こんな陸上で放たれる雷撃、直撃したらひとたまりもない。掠ってもそれがトリガーとなって爆発しかねない一撃である。防御しようだなんてカケラも考えていないが、あまりの威力により大きく避けねばならないと思わされた。
「避けなければこんな被害が出なかったのに」
しかし、ここで飛んでくるのは梅の当てつけ。深雪が避けたから鎮守府の壁が破壊された。深雪が防がないから他のモノが壊れてしまう。そうやってチクチクと心を責めてくる。
「避けたから迷惑がかかるんですよ。貴女のせいで、みんなが迷惑を被るんですね」
自分で撃っておいて何を言いやがると深雪は内心思ったものの、ここで声を荒げようものなら、あちらの思うツボだ。そうやって冷静さを失わせて、より戦いやすくしようという魂胆なのは見え見え。
強い力を手に入れ、傲慢に意地悪く、状況を理解した上で言葉を紡ぐ。読書家の梅による、陰険な精神攻撃。
「やはり特異点はいない方がマシです。貴女がいるから世界は平和にならない。全部貴女のせいだ」
自分の行いを棚に上げてこの発言。特異点が存在することによる被害だと言い続ける。わかっていても、深雪の心にはダメージが蓄積する。
梅はその辺りを徹底している。自らこの姿になることを選んだ時も、今この時も。
「深雪ちゃん、虚言に惑わされないで!」
そんな梅の言葉に反撃するように、伊豆提督が叫ぶ。伊豆提督は生身でも出洲と対等に戦えるほどに強力な力を持っているが、今はそれを攻撃ではなく守備に使おうとしていた。何故なら、この場に最も非力な者、イリスが存在するから。
先程の魚雷の爆発の余波をモロに喰らい、爆風に煽られたことで倒れており、気を失ってはいないものの怪我はしてしまっていた。伊豆提督は何よりイリスを守らねばならない。自衛が出来る艦娘には自分の身は自分で守ってもらい、自衛が出来ない者を率先して守る。
「アナタのせいだなんて誰も思っていない!」
「そうよ……そんなこと、あるわけがない」
その隣、加賀が梅に向けて弓を構えていた。空母隊も爆発の余波を喰らっており、加賀も破片が当たったか、額から血を流していた。翔鶴と祥鳳も道着がところどころ破れているほどである。
「どういう状況であっても、ここで攻撃する側が悪いに決まっているでしょう。存在自体が悪なんて者は存在しない。全ては、
深雪に言い聞かせるように語り、例えそれが梅であっても容赦なく矢を放つ。艦載機に変えることもなく、ただ刺し貫くために。
「ならば貴女が悪ですね、加賀さん。平和のために正義を振るう梅達に矢を放つなんて、それこそ行いじゃあないですか?」
しかし、さも当然のようにその矢を回避、それどころか飛んできた矢をそのまま掴んでしまった。本来の梅ならば間違いなく出来ないしやらない行為。それだけ自分が強くなっているのだという誇示。
「これの何処が平和だと言うの? 静かに暮らす者、この街を守る者の居場所を壊しておいて、何を正義だと言うの?」
「特異点を匿うからですよ。悪の肩を持つ者はまた悪。善意を向ける義理なんてありません」
すると、梅の握る加賀が放った矢が艦載機に変化することなく
握りしめて破壊したわけでもない。明らかに、握力ではない何かで破壊された。
「貴女達はまだ更生出来るチャンスがあります。特異点を守ることをやめて、真の平和のために、姉さんと共にやっていきましょうよ」
梅が顎で合図をすると、まだ無力化されていない
その全てが軍港鎮守府の艦娘であり、一般市民を使ったそれよりもスペックは高い。とはいえ、水鉄砲で洗浄液をかけることで無力化は可能なのだから、今の梅よりはまだマシと言える。
「私の顔も忘れたと言うのか? 私も、君達には躊躇わない性格だぞ!」
そんな軍勢に対して真っ先に砲撃を放ったのは冬月だ。涼月と同様に自律型の長10cm砲を扱い、そのことごとくを撃ち抜いていく。
ただ量産化されただけならば、艤装も持たないただ精神攻撃をするだけの存在。撃つことに躊躇が無ければ、それはただ人数を揃えただけの群れに過ぎない。前に進ませることなんてさせず、思惑通りに動かすことを食い止める。
しかし、砲撃をそちらに持っていかれるということは、その分戦力を割かねばならないということにもなる。
ただでさえ今は梅をどうにか出来る兵装が無い。水鉄砲でも牽制にはなる。それすらも回せなくなるというのは、かなり厳しい。
それに、無力化した者達がそこで動かなくなることも厄介。当然ながら、群れの誰もを傷つけたくない。それなのに、
「ハルカちゃんもそうですよ。いるだけでこれだけ迷惑をかけている特異点を匿う必要が何処にあるというんです? 特異点がいなければ、うみどりは何も不都合なく後始末屋を続けられたんです。こうなってしまったのは全て、特異点のせいですよ」
さも当然のように手持ちの主砲を使い始め、深雪を中心に砲撃を開始する。その火力も普通ではなく、戦艦のそれかと勘違いしてしまいそうな威力。
避ければそれがまた鎮守府の外壁を破壊し、それが無くなったところはその内側の空き地も爆発させた。流石に鎮守府そのものにまではまだ砲撃は届いていないが、壁が失われた今、先程の魚雷をまた撃ち込まれたら、鎮守府であってもただでは済まない。
今の鎮守府には、非戦闘要員のカテゴリーYなどが避難している。鎮守府を破壊されたら、そちらにも被害が出てしまう。
「迷惑をかけているのはアナタであって、深雪ちゃんは何もしていないわよ」
「特異点がいるから梅はここを攻撃しなくてはいけないんです。本を正せば、特異点の存在が迷惑なんですよ」
「屁理屈ばかり……あちら側に行くと、そんな単純な思考すら狂わされてしまうのね」
伊豆提督もそろそろ苛立ちを隠さなくなってきていた。イリスを守りながらも戦況を確認し、どうすれば次の一手になるかを考えに考える。だが、打開策が見つからない。
だとしても、今ここで諦めることはしない。梅を奪還することまで考え、何もかもを丸く収める方法をどうにか考える。
「どうする……どうする……!」
深雪も同じく、この梅を止めるためには何をすればいいかを考えていた。深雪だけではない、電達も思考を巡らせていた。
梅の狙いは基本的には深雪だ。今も魚雷の再装填をしながら深雪に対して手持ちの主砲で牽制の砲撃を放っている。どちらかといえば、深雪以外は後回しでもいいとすら考えているようだった。
「お姉様はやらせません。いくら梅様であっても、その行為は万死に値します」
その中でも、真っ先に動いたのは白雲。その攻撃手段は、『冷却』の曲解の力を込めた鎖。
殺すことは出来ないが、動きは止めなくてはいけない。そんな時に重宝するのが、白雲の凍結。艤装を急速に凍らせ、機能停止に陥らせれば、少なくともあの異常な火力の砲撃は止められる。
「あっははは、白雲ちゃん、そんな鎖で何が出来るんです? 梅を凍らせようとでも?」
しかし、深雪だけを見ていたはずの梅が、手だけを白雲に向けていた。
梅の今かけている眼鏡は深海製。艦娘達が扱うそれより数倍の性能を持つインチキ兵装。だからか、目を向けることなく白雲の動きを把握しており、その鎖に対してすぐさま手を出し、加賀の放った矢と同じように鎖を掴む。
「わかっているのならば……」
「わかっていても、そんなもの効かないんですよ。だって梅には──」
白雲が凍結の力を一気に込める。本来ならばこれで梅の手は氷漬けになるはずだった。
しかし、凍ることはなく、逆に白雲の鎖がボロボロになって崩れ落ちる。先程の矢と同じように。
「何も効かないんですからね!」
梅が高次の存在へと変えられたことで手に入れた力は、『解体』の曲解。手で触れた装備を崩壊させることが出来る力である。