高次の存在となった梅が新たに得た力は『解体』の曲解。その手で触れた装備をことごとく崩壊させる力。これにより、放たれた加賀の矢も、凍結の力を込めた白雲の鎖も、触れられた時点でボロボロと崩れ落ちてしまった。
白雲の鎖の崩壊は全てにまでは届かず、おおよそ半分程が砕け散る。その力が届く範囲はそこまで広くはないようだが、少なくとも物理的な攻撃は軒並み無効にされると考えた方がいい。
「やっば……あたしがパンチでどうにかしようと思ったけど、これ腕ごと壊されちゃうんじゃないかな。近付いて大丈夫かな」
グレカーレの艤装の巨腕で全力のパンチを繰り出してやろうと考えていたようだが、当然ながら巨腕は兵装みたいなもの。今の梅に触れられたら、そのまま粉々に砕かれる可能性が高い。
とはいえ、グレカーレにも自己修復が仕込まれているので、砕かれたところで時間を掛ければ修復はするだろう。だが、そもそも効かないとなれば、やる意味もない。
そもそも、直接触れられるのは大丈夫かがわからないのが厳しい。水鉄砲でどうにも出来ないならば、徒手空拳でどうにかするしかないのだが、近付いて触れられたらアウトとなっても困る。
「電様、絶対に触れられないよう」
「なのです。せっかくの新しい……
電のマルチツールも当然破壊されるだろう。試作品とはいえ、煙幕と修理施設、そして夜偵まで入れてくれている装備を破壊されるのはまずい。特に修理施設。緊急時の応急処置なども出来るので、継戦能力に繋がるのだが、それが破壊されるとジリ貧になった時点で詰む可能性もある。
そもそも、そんな能力を梅が嬉々として使っているということにショックが大きい。電は終始辛そうな表情を浮かべていた。
「何をされても、全てを壊しますよ。どうせ貴女達も水鉄砲しか持っていないんでしょう。そんなもの梅には効きません。好きなだけ撃てばいいですよ」
そう言うと、梅はそこからついに動き出した。艤装はやはり僅かに浮遊しているようで、ここが陸だというのにポタポタと泥のようなオイルを垂らしながら進み出す。
海上で動くよりは遅いようだが、だとしても跨った艤装のまま行動をしてくるということが問題。今は背部の大型魚雷が再装填中とはいえ、咄嗟に放ってくる可能性が出てきたということに他ならないからだ。
接近し、触れることによって兵装を破壊し、回避も何も出来なくしたところで魚雷を撃ち込まれたらひとたまりもない。
「特異点、何度でも言ってあげます。貴女がここにいるから、他の者達が痛い目を見ているんです。貴女が屈して、この場で命を絶てば、これ以上はやりません。償いのチャンスをあげようと言っているんですよ」
「ふざけたことばかり抜かしやがって……お前の意思で攻撃してるのに、それをあたしのせいにするんじゃねぇよ」
「梅が攻撃しなくてはいけないのは、貴女がいるからなんですよ。全部、貴女のせいなんです。ここから、この世界から消えてください。今すぐに」
何度も何度も、これは深雪のせいだと連呼する。心を追い詰め、苛立たせ、本来の力を発揮させずに始末するため。
実際に深雪の苛立ちはかなり膨れ上がっていた。冷静にと自分に言い聞かせようとしていても、一度芽生えた
深雪は無力化出来る一縷の可能性にかけて水鉄砲を放つ。洗浄液によって穢れを洗い流し、ただ量産化を施された者ならば力が抜ける。
そんな水鉄砲を梅は一応は避けていた。ただしそれは、喰らったらまずいからではなく、単純に濡れるのが面倒だから。あの艤装は小回りも利くらしく、まるでステップを踏むような機敏さで回避をしていた。
「誰が消えるか」
「なら、貴女のせいでもっと壊れるところを見てもらいましょう。貴女に付き従ったせいで不幸になるんです。貴女以外が死ぬのだって、ここに貴女がいるからなんですよ。申し訳なさで自殺でもしてください」
深雪を睨みつけながらも、その電探で深雪以外に狙いを定める。
「まずは危ない貴女からにしましょうか。貴女にはイラついていたんですよ。せっかくその身体を手に入れることが出来たのに、何故特異点についてるんです? 」
陸を駆けながらもターゲットに選んだのは、グレカーレ。自分と同じように忌雷によって姿を変えられているにもかかわらず、謎の理由で正気を取り戻し、深雪と共に行動していることが、内心気に入らなかった。
艤装も深海のモノ。得た力も忌雷のおかげ。それなのに、それを与えた者に感謝もせずに、平和を望む者達を邪魔するだなんて言語道断。今の梅の中では、深雪の次にグレカーレが気に入らない。
「はは、そんなの決まってるでしょ。そっちが間違ってるからだよ」
グレカーレはいつものテンションを崩さずに梅を迎え撃つ。それが通用するかどうかは後から考えることにして、その剛腕でまずは殴る方向で行く。破壊されるのももう仕方ないが、振るうことで梅の能力の一端が見えるかもしれないのだから。
梅もグレカーレには警戒していた。この戦場の中では、剛腕による徒手空拳が最も攻撃力を持つとして考えている。加賀達の弓はそこまで脅威としては思っておらず、白雲の鎖は既に対処済み。あとは深雪も含めて水鉄砲である。そうなれば、単純な物理攻撃力を誇るグレカーレの腕が一番厄介だと思うのは自明の理か。
「間違っている? それは貴女達ですよ。この世界の間違いが特異点なんですから、それに従う者も間違っているんですよ」
「じゃあ何を以て間違いだと断言出来るのかな。あたし達には、何もしてないミユキをイジめてるようにしか見えないんだけど。その方が間違ってんじゃない?」
梅からの砲撃を回避しながらも、グレカーレは自ら接近を選択。触れられてもいいやと、その剛腕を振るう。砲撃そのものを弾くことも考えたが、それで無理をして先に剛腕が壊れても厳しい。
「子供じゃないんだから、駄々捏ねてないでちゃんとした理由を言ってもらえる? ミユキの何が間違ってるのさ。存在そのものとか意味わからないからさ」
梅を殴り飛ばすように拳を突き出した瞬間、梅は紙一重で回避しつつ、その腕を軽く撫でるように押し退ける。瞬間、梅が触れたところから剛腕が崩れていき、その勢いによってボキリと折れて分断された。グレカーレから離れた拳側は、梅の力を受けたことによって全てが粉々になる。
すぐに修復が始まるものの、これでわかったこともある。大きな質量のものであれば、崩れ落ちる前にダメージを与えることは出来そうだった。しかし、それをしっかり理解してか、梅はそれを受けるのではなく避けている。
矢や鎖のような軽いものならキャッチしてから崩壊させるようだが、一定の質量を超えると、受け止めて壊すことは出来ないようである。ただし、触れればいいのは変わりないため、回避しながらも触れるのみ。
ここでわかるのが、
しかし、それは無いものねだり。今実弾を持つ者は、ここには誰一人としていない。
「何度も言わせないでくださいよ。間違っているのは貴女達であって」
「私も聞きたいものだな、深雪の存在が悪である理由を!」
グレカーレの剛腕が修復されている間に、冬月も梅に対して砲撃を開始していた。
梅が連れてきた妹達は、片っ端から砲撃を受けている。電や白雲もそれをサポートしており、全員が洗浄液によって無力化されていた。所々で倒れている量産化を施された艦娘達がいるため、戦場が狭くなってしまっているものの、すぐに退かすことも出来ないため、冬月はそのまま放置する方向で今は終わらせている。
動くにしても足下に注意しなくてはいけなくなるため、片腕を修復している間に、もう片方の腕で拾い上げては邪魔にならない場所に投げ飛ばした。かなり強引ではあるものの、今は敵なのだからグレカーレも容赦はしない。これで握り潰さないのだから感謝してほしいモノであると、ベーと舌を出しながら次から次へと投げた。
「貴女には関係ないことでしょう。特異点にかまけていないで、大好きな工廠仕事でもしていてください」
「そういうわけにはいかん。ここにいる以上、その艤装の整備は私が手を入れている。ならばもう仲間だからな。だからこう言わせてもらおう。
冬月の砲撃は梅の進軍を止めるには充分すぎる密度。それが水鉄砲だったとしても、2基の長10cm砲が交互に放つお陰で、簡単には攻めることが出来ない。
特に冬月は、牽制のためというのもあるが、梅の艤装から滴り落ちるオイルに向けての砲撃を優先している。深海棲艦が滴らせる液体はおそらく穢れがたっぷりと含まれているだろう。それを先んじて洗浄するためにも。
「深雪がいなければ君達が攻撃をしないというのはわかった。
「何度も言わせないでください。特異点の存在そのものが」
「その理由を教えろと言っているんだ。深雪の存在がこの世界の何処に影響を与えている。自然か、機械か、人の営みか。納得出来る理由ならば、私は君を支援しよう。それほどまでに深雪こそが悪だと言うのならば、勿論それを理論立てて説明出来るよな。説明してくれるならば、攻撃を止めてやるし、いくらでも深雪を排斥することを手伝ってやるさ。本当に世界にとって悪だと言うのならな」
とんでもないことを言い出した冬月だが、それくらいしてもいいくらいに思っているというのが重要。正しく深雪が悪だと話せもしないで、悪であると断言するのならば、それ自体が悪だ。
これだけ深雪に対して面と向かってお前のせいだと罵っているのだ。当然そうしている理由がないとおかしい。理由があったところで命を奪うところまで行くこともおかしいのだが。
「特異点が存在していることで、平和に辿り着けなくなるんですよ」
「その平和とは何だ。君達の中ではどういうことを平和と言うんだ」
「戦いの無い世界ですよ。特異点はそれを拒んでいます。この海に戦いを呼んでいるんです」
「深雪からは戦いを作ろうとはしていないようだが? むしろ、後始末屋で次の戦いを生まないようにしているくらいだぞ。毛嫌いして戦いを挑んでいるのは君達だ。君達が戦わなければ、戦いの無い平和が訪れそうなものだが」
梅の顔に、苛立ちが浮かぶ。対する冬月は飄々としたものである。
「深雪はどのように戦いを呼んでいるんだ。存在しているだけでダメなんだろう。深雪は何かそういった能力を持っているのか? いるだけで深海棲艦が増えてしまうだとか、いるだけで人間が闘争を求めてしまうだとかか? 少なくとも深雪が生まれたのはそこまで昔ではない、むしろ最近だ。だが、深海戦争はもう10年続いている。深雪がきっかけで戦いが混迷に向かっているわけでもない。むしろ乱しているのは君達だと思うが。で、どうなんだ。深雪がいるから平和が訪れない理由を、わかりやすく理論立てて素人にも理解出来るように説明を頼む」
ここまで来ると、誰も梅を攻撃していない。冬月の言葉に聞き入ってしまっていた。グレカーレに至ってはクスクスと笑い始めている始末である。
ちょうどいいと、電は深雪に寄り添うように近付き、慰めるように手を重ねる。ずっと勝手に戦いの発端のように扱われた深雪に、そんなことはないと信じるように、電は気持ちを伝える。
深雪はそれだけでも少し落ち着けた。苛立ちは電の温もりで緩和され、表に出ようとしていた呪いはまた心の奥へと引っ込んでいく。
「まさか、まともに返せないわけがないよな。命を奪うという最大級の行動をするための大義名分を持っているからここまでやっているんだろう。説明出来ない、感情的なことで、ただ気に入らないから深雪を攻撃しているなんてことはないだろう。ちゃんと説明してくれ。今、ここで求めているのは、
腕を組み、梅からの言葉を待つ冬月。自分に間違いがないのならそれを証明しろと言っているだけだ。
だが、どれだけ待っても梅の口からその証明が語られることはない。考えているのかもわからない。言い訳も何もない。
もう、誰が勝者かはどう見ても明らかだった。
「もういい。話さなくてもわかった。君は、君達は、自分達は間違っていないと駄々を捏ねるだけの子供であることはよくわかった。だから、私は君達を信用しない。感情論だけで他者を虐げることが出来る者など、信用に値すると思っているのか。もしそうだとしたら、君達は本当に愚かな存在だ。本当に正しいなら、この私を説き伏せてから語れ」
既に冬月の目は、梅のことを完全に
そんな連中から言われた言葉なんて、真実味も何もあったものではない。それこそ、伊豆提督の言う通り、虚言もいいところ。そんな連中の言葉を真に受けてショックを受けるなんて、意味がない。
そんなメッセージを込めた冬月の舌戦は、完全勝利を収めた。
「薄っぺらい平和云々を語るだけで、中身が何もない奴の話なんぞ、聞いていてもつまらん。時間の無駄だ。実力行使でしか話し合えない奴は、そもそも浅はか極まる上に、暴力で恐怖政治をするような奴が平和だの正義だの、ちゃんちゃらおかしい。ちゃんと人間の言葉を覚えてから出直してこい、馬鹿者」