仲間達が特異点の存在を善性として認めてくれたことで、深雪はもう後ろを見なくなった。前を向いて、この戦いを終わらせるんだという強い気持ちを持った。
同時に漂い始める深雪の煙。それを強く感じていたのは、深雪と手を重ねている電。とても心地よく、そして力強い感覚。
「深雪ちゃん、電は……梅ちゃんを助けたいのです」
「ああ、当然そのつもりだ。あたしだってアイツを元に戻したい。でも、どうやってやりゃあいいと思う」
問題はそこである。ああなる前のただ量産化を施されているだけの状態ならば、洗浄液で無力化出来るくらいの穢れが重ね塗りされているだけみたいな状態であったため、まだ可能性があった。
しかし、今の梅はグレカーレと同様、深海忌雷に寄生されたことによって変質した存在。グレカーレが現状、すぐに治すことが出来る見込みが無いという状況で、梅をどう治せばいいのかはわからない。
「グレカーレちゃんは確か……基本的には艦娘のままだって言われていたのです」
「だったな。外見と脳味噌が深海棲艦になっているんだったっけか」
「だから、せめてその脳味噌の部分だけでも元に戻せたら……」
勿論身体も戻せれば御の字だが、せめて頭の中だけでも治すことが出来れば、この戦いは終わってくれる。攻撃の意思を引き剥がすことが出来なければ、最悪命懸けでも挑んでくるだろう。
深雪達としては、梅を殺すわけにもいかない。怪我を多少負わせたところで自己修復で元通り。無力化するにも、深海棲艦化してしまっているために洗浄液も効かない。
そうなると、どうにかしてあの忌雷を引き剥がすしかないのだが、それが出来るのならばもうやっているし、今頃グレカーレは元の姿に戻っているだろう。
だから電は、
だが、深雪はそれはそれでと少し考える。本当にそれでいいのか。姿はそのままでいいのか。
「……みんながグレカーレみたいに受け入れられるわけじゃあないし、グレカーレだって今の姿を受け入れるのにちょっとあったくらいだ」
「そうなのです?」
「ああ……あ、悪い、これ他言無用で頼む」
グレカーレが弱みを見せたのは深雪と丹陽の前だけだ。そのことをうっかり口を滑らせてしまったものの、電なら言いふらすようなことはしないから、今はとりあえずいいやとまた考えを巡らせる。
グレカーレは今の姿であることに吹っ切れており、艤装の強みも使いこなしているくらいには受け入れている。敏感肌なのは諦め気味ではあるようだが、もう今ではそこまで悲観していない。思い切り泣いたことでスッキリ出来ているというのもある。
だが、梅が同じように変わり果てた自分の姿を受け入れられるだろうか。ひとしきり泣くだけで前を向けるだろうか。そこがわからない以上、出来る限り元の姿に戻してやりたいと思う。
「梅を取り戻すためには、梅の姿になってもらわないとダメだと思う。前みたいに笑えないかもしれないけど、でも、笑うためには今の姿じゃダメだ」
「そう……ですよね。梅ちゃんは梅ちゃんじゃないとダメなのです。脳味噌だけじゃ足りない。電は、梅ちゃんに全部元に戻ってほしいのです」
「あたしもだ。艦娘の梅を取り戻したい。元に戻したい。ここで、今すぐにだ」
強い意志が深雪と電の心に芽生えたことで、より強く煙が溢れ出した。だが、これまでとは雰囲気が違う。戦場を包み込むほどに溢れ、この場を有利にする煙幕ではなく、深雪と電だけを包み込むような、範囲が狭い分、かなり
自分の力なのに、それが何なのかわからない深雪。それ以上にわけのわからない電は、煙に巻かれて少し混乱し始める。
「なんなのです!?」
「わ、わからねぇ。いつもこうだけど!」
初めて出した敵味方問わずに味方しか視認出来なくなる煙幕から、直近の視えない敵を仲間達に認識させる煙幕まで、深雪が意図して煙幕を出したことは無い。しかし、その煙幕は必ずこの現状を打破するために発生している。
それが深雪の願い。他に何も考えていない、一点だけを見つめた願いだから。その願いを叶えるために、無意識的に
そして、今回の煙幕は特に今までと違った。戦場を変える煙では無い。煙で巻くだけでは、梅は元に戻らないとわかっていたから。だから変えるのは戦場ではない。
電だ。
「ふぇっ!?」
深雪から溢れ出た煙は、電の中に収められていく。口から侵入し、これがベストであると体内に収められていく。
今回の件は、深雪だけ、たった1人の特異点だけでは解決出来ない。だから、
その素質を持つのは、同一のカテゴリーである電。そもそもが準特異点であるため、こうなるのは必然と言えた。
「い、電!?」
「大丈夫なのです。ちょっと煙たいかなって思ったのですが、なんだか温かくて気持ちいいのです。深雪ちゃんに包まれているみたいな、そんな感じが……」
以前、ケッコンカッコカリの際に明石が立てた仮説。電は深雪が望むように進化する。それが今、深雪の目の前で起きていた。仮説ではなく、それが真であった。
それは、ケッコンカッコカリによって限界を突破したことによって可能になった、準特異点としての性質。これまでは制限されていた、
深雪の願いを実現するため、深雪だけでは叶えられない願いを叶えるための
「……あ」
この煙に呑まれたことで、電は自分がどういう理由でこの世界に生を受けたかを自覚した。この世界に2人しかいないカテゴリーWの片割れとして、深雪のために生まれることとなったこと。そして、その本質。今から何をするべきか。
「深雪ちゃん、電達なら、梅ちゃんを救えると思うのです」
「お、おう?」
電の突然の自信を持った発言に少し驚きつつ、自分の煙幕の効果もまだわかっていない深雪に、いち早く理解した電が説明をした。
これからやることは至って単純。そして、深雪と電ならば簡単とは言わないが可能であること。これまでの経験が全て活かせる。
「ま、マジか。電、なんで突然それを……」
「後から説明するのです。でも、深雪ちゃんのおかげで電は自分が何者かわかったのです。電がカテゴリーWなのも、電が深雪ちゃんみたいな強い特異点じゃない理由も、この煙を吸ったことでわかったのです」
「……そ、そうか。じゃあ、電の言うことを信じればいいんだな」
「なのです。本を正せば、全部深雪ちゃんの力なのです。電がこれがわかったのは、深雪ちゃんの力なのですよ?」
これだけ言われても理解も自覚も出来ないが、それを先んじて理解した電から言われたならば、それを信じるしかない。
それに、電の言葉だからこそ信じることが出来た。共に艱難辛苦を乗り越えてきた、たった一人の相棒だからこそ、いきなりわけのわからないことを言われても納得が出来た。
「じゃあ、行くか」
「なのです!」
電に入り込んだ煙は、電の身体中から溢れ出して両腕両脚を包み込む。深雪の左腕から溢れ出した煙も、同様に四肢を包み込んだ。願いを叶える四肢となる。
その願いは、『梅を救うこと』。2人だけではない、ここにいる者全員の願いを汲み取った、この場の仲間達全ての願いが集約した煙。
不安と苦痛が取り除かれたことで、とても身体が軽かった。前を向かうとしか考えられないことが後押しになる。仲間達の声援が、より四肢に力を込めさせた。
「梅、必ず救ってやるからな」
「なのです。深雪ちゃんと電なら、絶対救えるのです」
「みんなの願いも、背中を押してくれるからな!」
2人揃って地を蹴った瞬間、これまでにないくらいの力を発揮して梅の眼前に接近していた。
加賀達からぶちまけられる洗浄液にイラつき、破壊された魚雷発射管を修復しつつも手持ちの主砲で空母隊に狙いを定めていた梅は、突如現れた特異点に驚きを隠せなかった。
「特異点っ」
「今のあたし達なら、お前を元に戻せるんだ。だから、ちょっと痛いけど我慢しろよ!」
接近からの強烈な蹴り。狙いは顔面である。
攻撃に躊躇が無くなったところを見て、梅は小さく舌打ちをしながらも、空母隊への砲撃をキャンセルしながら深雪の蹴りを主砲で食い止める。
「水鉄砲は効果がないからと、直接殴りに来たんですか? 流石特異点、自分の望みのためなら手も足も出るってことですね」
「おう、本当にな。論破されて言い返せずに駄々捏ねて砲撃しようとする奴みたいになっちまった」
深雪からの当てつけに、苛立ちを隠さない梅。だが、深雪だけに気を取られていては、
深雪に視線が行っていることで、その裏側に回り込んだ電が、艤装に跨る梅の脚を強引に掴む。煙に包まれた四肢のお陰でか、艤装のパワーアシストを超えた膂力を発揮した。
「なのです!」
「ちょっ!?」
それは、潜水艦に初めて向かった時に深雪がスキャンプに仕掛けた技。飛龍竜巻投げ、またの名をドラゴンスクリュー。
身体の回転を活かしたことによって、梅は遠心力まで使われて艤装から引っ剥がされた。
「このっ、放せ……っ」
そのままアンクルホールドに持っていこうとした電を流石にまずいと感じたか、手持ちの主砲で殴り掛かろうとした。
しかし、ここにいるのは電だけではない。その主砲は深雪が瞬時に蹴り飛ばした。こちらも煙に包まれているおかげか打撃が異常に上がっており、その蹴り一発で持っていられない程の衝撃を喰らって手から離してしまった。
その存在そのものが手加減を強要するモノ。そして、深海棲艦化によって絶望させ、十全の力を発揮させなくし、自分だけが持つ実弾搭載の主砲と魚雷で一方的に蹂躙するつもりだったのに、それが一番刺さるであろう深雪が、十全どころか覚醒したくらいの動きを見せている。
梅が手に入れた力、『解体』の曲解は、装備を崩壊させることが出来る非常に強力な力ではあるが、当然ながら欠点も存在する。それが、
「壊す力を手に入れた代わりに、量産化する力は無くなっているのですよね」
「っ!?」
「使えたら、真っ先に狙ってくるのです。その手で触ってスーツを壊して、そのまま爪で突き刺しちゃえばいいんですから。でも、それをしなかったってことは、その身体になったことで、
妨害を深雪が止めてくれたおかげで、電のアンクルホールドが完成。いくら深海棲艦化していても、人型であり、関節を持っているのならば、これが効かないわけがない。
「っぎっ!?」
「深雪ちゃん!」
「おうよ。あたしがやらないと完成しないからな」
主砲を蹴り飛ばした深雪が、悶絶する梅の前方へと移動してからかけるのは首四の字。手を動かされないように手首をしっかりと掴み、その脚が完全に梅の首に入った。
攻撃することを躊躇わなくなればこんなもの。そして、近付いても問題ないことを見抜いてしまえばさらに楽。確かに無機物は全て破壊されるかもしれないが、それは関節技には関係ない。入ってしまえばこちらのもの。
そして、こうしなければいけない理由もある。
「行くぞ電」
「なのです! せーの!」
「戻れぇっ!」
2人同時に力を込めた瞬間、四肢の煙が一気に膨張。梅を包み込むように拡がっていく。
「な、なっ、何!?」
「お前がこの願いの第一号だ。あたしと電、2人で挟むことで……」
「
それは、オセロのように自分の色で挟んだら敵性艦娘も自分の色に変えられないものかと考えたあの時。それが無意識に願いとなり、それが叶った結果、生まれたのが電である。