深雪から発生した煙を体内に取り込んだことで、自身の出生について知ることとなった電。その結果、梅を救うために大胆な手段に出ることとなった。
もう梅が『量産』の曲解が使えないことを看破したことで、真正面から突っ込み、
「あたしと電、2人で挟むことで……」
「
2人が四肢に纏った煙が一気に膨張し、梅を包み込むように拡がっていく。これが何を引き起こすのか、梅には全く想像がつかなかった。
特異点に絞め上げられていることが気に食わず、どうにか脱出しようと試みるものの、そのロックは完璧なもの。深雪には首だけでなく腕もロックされているために振り解くことが出来ず、ジタバタと脚を動かそうにも電の入れ方が完璧で動かすことすら出来ない。
「っあ、あぁああっ!?」
絞め上げられる痛みによって悲鳴を上げる梅。しかし、それ以上に煙が染み込んでくる感覚が気持ち悪かった。敵対する、世界の悪である特異点から発生した煙幕を体内に取り入れるだなんて、考えたくもない。しかし、意思に反して煙は勝手に体内へと侵入する。
深雪が絞め上げる首と電が絞め上げている脚から、今の梅に蔓延る忌雷を一刻も早く殲滅するために、上から下から染め上げる。
「あっ……っ!?」
その染め上げる煙が体内、その真ん中の位置で重なり合った瞬間、梅の身体が大きく跳ね上がる。2人のカテゴリーWによる挟み込みが完了したことによって、梅の体内の黒の要素を
その衝撃は生半可なものではない。忌雷に寄生される際に体内を暴れ回る痛みとも快感とも全く違う、ただただ熱い。
黒を白に変えることは、闇に染め上げるのではなく、光で焼き尽くすようなもの。その熱量が、梅の体内を駆け回り、黒という黒に光を照らし、真っ白に染め上げる。
「っあっ、あぁあっ!?」
「悪い、こんな手段しか出来なくて」
「ごめんなさい。謝ることしか出来ないのです」
苦しむ梅を見ても、ロックは外さず、むしろ逆に強く絞めた。ジタバタすることで自傷行為に発展しても困るし、最後の最後に何かやらかされても困る。それこそ、一度黒く染め上げた者が再び白くなるとき、自らの命を絶とうとする、だなんてことが起きたら目も当てられない。
だからこそ、2人で絞めた状態でこの処置を進めた。悪足掻きはさせない。苦しむ姿を見ても手を緩めないのは心苦しいものの、それも梅のためだと心を鬼にする。
せめて痛みもなく元に戻してやりたいと思って煙幕を撒き散らしているのだが、最も強い願いは
「うぁあああああっ!?」
一際大きな叫びが上がった瞬間、梅が光に包まれる。それはまるで、忌雷に寄生された時に黒い靄に包まれながら変化していくのとは真逆の反応。身体の内側から漏れる光によって梅の姿が見えなくなっていき、その光が晴れた時──
「……戻った……のか」
「なのです。ひっくり返して、黒を白にしたのです」
梅は、元の艦娘の姿へと戻っていた。
その光景は、見る者に多種多様な感情を抱かせた。
この戦いの最中に洗浄液で無力化されている量産化を施された妹達には、忌雷による
逆に特異点の仲間達には、ついに見つかった深海棲艦化の治療方法を目の当たりにしたことで言葉も無かった。あの2人にしか出来ない裏技のようなモノであるため、正式には治療法とは言い切れないのだが、元に戻れるという希望が見えたのは非常に大きい。
「……やったな」
「なのです。深雪ちゃんと電が合わされば……黒も白に出来るのです」
「みたいだな。オセロなんて言い出した時は、どうしたんだと思ったけどさ」
電は少し困ったような笑みを浮かべるが、実際それが真意なのだから仕方ない。
「にしても……流石にこのままにしておくのはまずいよな」
元に戻った梅は、ついさっきまであった深海棲艦の名残が全て無くなっている。艤装も消し飛んでおり、それらしいモノは何もない。生えてしまったツノもちゃんと消えており、髪の色も肌の色もしっかり艦娘としての梅に戻っている。それはよかった。
深海棲艦化の際、むしろ量産化の際に崩壊してしまった服も戻ってきていない。つまり、今の梅は
「今はこれで我慢しておいてくれ」
そこにこれまでの状況を見続けていた冬月が、自分が羽織っているケープコートを梅に被せた。流石に全部隠せるほどのサイズは無かったものの、要所は隠すことが出来たためひとまずは良しとした。
「しかし……君達カテゴリーWが2人揃えば、ここまでの奇跡を起こすことが出来るんだな」
「奇跡……っつーか、多分これは、あたし達の共通の願いを叶えたって感じだよな」
「なのです。深雪ちゃんと電が出来ることは、願いを叶えること、なのです」
それを奇跡と呼ぶんだぞと冬月は苦笑。
今回の件は、元より深雪が願っていたこと、敵性艦娘を仲間にするという願いを叶えたに過ぎない。ただし、深雪1人では限度があり、1人だけだとその願いは絶対に叶わないモノだったため、
それが、元々その願いを叶えるために生まれた電の、真なる覚醒。準特異点ではなく、第二の特異点となることで、白同士で黒が挟めるようになった。2人分の力を受ければ、身体を完全に書き換えてしまっている忌雷すらも取り除ける力が発揮出来る。単純計算でも二倍、むしろそれ以上の力を発揮しているだろう。
「それじゃあさ、もしかしてあたしの身体も元に戻せるのかな? かな?」
グレカーレが満面の笑みで近付いてきた。真正面から魚雷の爆発を受けたものの、自己修復は完了しているため、傷ひとつなくピンピンしていた。代わりに制服がボロボロになっており、隠せるところが隠せていない。一応残った制服をあえて脱いで前側に持ってきて隠しているものの、あまりよろしい状況では無いだろう。
だが、グレカーレは裸を見られるとかそういうの以上に、自分も元に戻れるという希望が与えられたことでテンションが上がっており、笑いが止まらないようである。
元に戻りたいという願いはグレカーレにもある。しかも、深雪と電に絞められながら治されるというのならば、グレカーレとしては願ったり叶ったりである。
首四の字とアンクルホールドを極められることを想像してニヤニヤしているグレカーレに、深雪も電も若干引きつつ説明する。
「出来るかもしれないけど、今はまず梅がどうなっているか次第だ」
「電も、元に戻したいと願いを込めたのですけど……電達も初めてやったことですし……」
やれると確信を持ってやったとしても、それがどういうカタチで成功しているかはわからない。元に戻すという願いが、何処まで作用しているか。見た目だけだった場合、梅はこの見た目に戻っていても、中身は敵性のままなんてこともあり得ないわけではない。それに、そうではないにしても、何かおかしなことが起きてしまっている可能性だってある。
まずは目が覚めてもらわなければ、その確認が出来ない。その梅は今は安らかに眠っているようだが、時折小さく震えているようにも見える。単純に、夜に地べたで横になっているというのは寒いというのもある。
「とりあえず、梅は鎮守府に運んだ方がいいだろ。このままにはしておけねぇ」
「なのです。まだ戦いは終わったわけではないですけど、梅ちゃんだけは運んでおかないと……」
「それは、アタシがやっておくわ」
戦いが終わったことで、伊豆提督達も前に出ることが出来た。イリスも目に見えて傷を負ってしまっていたが、歩けないわけではないようで、現状を確認するために共に来ている。
「冬月ちゃんのコートよりも、こちらの方が大きいでしょう。こっちを着せてあげて」
そう言うと、伊豆提督が梅から目を逸らしながら軍服の上着を脱いで梅にかけさせた。少々心許なかった冬月のケープコートより大きく身体が隠すことが出来たため、より安心出来る。
「電、貴女の彩……深雪と同じくらいに強く濃くなってる。もう貴女も特異点として認識出来るようになったようね」
それはイリスにしか判別出来ない要素。カテゴリーを分別出来る目で見ても、電は今、深雪と同等であると言えるくらいに変化しているらしい。
「そうそう。後光がミユキ並みに強くなったんだよね」
「はい、白雲にもハッキリと見えるようになりました」
そして、深海棲艦の目を持つグレカーレと白雲からの言葉。特異点特有の後光は、深雪と電で大きく差があったのだが、今はその差が随分と小さくなったらしい。あくまでも深雪の方が光は強いようなのだが、だとしてもこの戦いの前と比べると雲泥の差。
「イリス……今の梅ってどうなってるんだ? さっきまでもわからないんだけどさ」
「なのです。元に戻すために挟んでひっくり返しちゃったので……少し嫌な予感がしているのです」
2人の問いに、イリスは言っていいものかと躊躇うものの、言わなければ先に進めないこともわかっているため、意を決する。
「今の梅は、
やっぱり、と深雪と電は溜息を吐いた。
元に戻したいという願いを叶えるために想像していたのは、深雪の最初の願いと同様にオセロである。白と白で挟めば、挟まれた者も白になる。想像通りに行けば、そうなってしまうのは必然であった。
つまり、完全に元に戻ったわけではない。カテゴリーCだった梅はもうここにはいないのだ。
「忌雷を埋め込んだ時……梅はカテゴリーKだったわ。全ての要素をグチャグチャに混ぜ合わせた、
そもそも彩をグチャグチャにしていたのは、重ね塗りされた量産化と忌雷だ。深雪と電によってその要素が取り除かれたとしても、変化してしまった体質を完全に人間に戻し切ることは出来なかったのかもしれない。そのため、願いを叶えるための窮余の一策として、その要素をうまく整列させることで見た目は整い、しかし深海の力は内包したままとなってしまったとも考えられる。
「結局のところ……起きてもらわないとわからないってことか」
「でもでも、電達の願いは、元に戻ってほしいなのですから、頭の中におかしな影響はないと思うのです」
「……いや、違う意味で影響はあるかもしれないわよ」
今度は伊豆提督からの言葉。
「これまでの記憶をそのまま持っていたなら、仲間達を陥れてしまったことも、ここで忌雷を寄生させたことも、これまでの全ての言動も、感情も、何もかも覚えているということになるわ。忌避すべき感情に押し潰されたら……梅ちゃん自身が耐えられるかどうか……」
「……そんな」
「忘れてくれていたら御の字、でもそうじゃなかったら……最悪の場合、壊れてしまうかもしれない」
心が壊れてしまったら、もうどうにもしようがない。どう壊れるかというのもあるが。
梅がどうなってしまっているかは、まだわからない。最悪な方向に向かわないように、祈るしか無かった。