保前提督からの方針が語られてからすぐ、ギャリギャリと音を立てながら戻ってきたのは、明石が運転するオート三輪。かなり足止めをされたようで、随分と遠回りをさせられたようである。
何とか妨害と追っ手を撒いて鎮守府前に辿り着いた時、その凄惨な状況を見て驚いた。ドリフトしながら急ブレーキをかけることになったため、荷台に乗っていた者達はその衝撃に備える。
と見せかけて、神風と伊203はその勢いのままに荷台から飛び降りて華麗に着地。暁と涼月はその光景に唖然とする。艤装を装備していない者の方が、動きがしなやかで強靭となると、街を護る者として立つ瀬が無い。
「こっちは大丈夫!?」
「ああ、大丈夫。その前にイリスに見てもらってくれ」
神風と伊203が達人であることは理解しているものの、それを確定させる要員はイリスしかいない。そのため、到着直後にすぐさま彩を確認。神風や伊203は勿論、運転手の明石も、荷台の暁と涼月も勿論量産化を受けておらず、知っている彩のまま。
安心は出来たものの、ここの惨状は目を見張るものがあった。洗浄液によって無力化され、道路の奥に寄せられている量産化を施された軍港鎮守府の艦娘達はもういいとして、ボロボロになった服で辛うじて身体を隠しているグレカーレと全裸に剥かれて伊豆提督の上着を被せられている梅は流石に許容出来ない。
「……こっちは何があったの」
「簡単に説明するわ」
その説明をするのは、ここで一部始終を見ていた伊豆提督。梅が忌雷を寄生させて深海棲艦化したこと、その戦いで鎮守府前がボロボロになったこと、そして、深雪と電の力によって深海棲艦化が治療出来たこと。全てを隠すことなく。
梅が忌雷によってグレカーレと同様に深海棲艦化したこともそうだが、それ以上に、深雪と電がその治療を成功させたことに驚きを隠せなかった。不可逆の変化の可能性が高かった分、その光が見えたことはこの戦いにおいても非常に重要。とはいえ、無理をすることではないのだが。
その梅も、まだ目を覚ましていない状態。全員が戻ってくるのを見届けてから鎮守府に運ぶ予定らしく、今は寒くないようにと保前提督の上着も使ってしっかり包んで端に寄せているくらい。
「そう……でも、一応はみんな無事だったのね。安心したわ」
「全員戻ってきたら再出撃だってさ。それまではあたし達も休憩する」
「そうね、万全を期して、少しでも英気を養っておいた方がいいと思うわ。私も艤装と武器を持ってくる」
未だ艤装無しの神風と伊203は、次の戦いのための準備として、工廠へ艤装を取りに向かった。それには工作艦の力も欲しいだろうと明石もついていく。
伊203はさておき、神風はなんだかんだで体力が少々減っていた。出来ることなら鎮守府で休息としてもらいたいところだが、陸上での戦いでは非常に有用、それどころか屈指の力を持っていることもあり、保前提督も頼らざるを得ない。
「冬月、涼月、お前達は出撃ではなくここで待機だ。鎮守府防衛をしろ」
「ふむ、確かにこうなってしまったが、ここの防衛は必要だろう。引き受けた」
「お冬さんと共に、皆さんの帰るべき場所を守らせていただきます」
冬月はじっと電の方を見ていたが、それに気付いた保前提督が溜息を吐きながら出撃ではなく防衛を指示。そうでもしないと、覚醒した電の調査に専念してしまいそうだからである。
これから反撃の時といえど、鎮守府を空にしてまでの反撃は流石に危険だ。主力が外に出払っている状態で、今の鎮守府を攻撃されたら、為す術もない可能性がある。また梅のようなことをされたら、今度こそ危険。
そしてもう少しだけ時間が経過して、調査隊が駆る護送車が鎮守府に帰投。こちらも量産化を施された者からの妨害を受けたようだが、夕立と綾波、そして調査隊の神通が容赦なく洗浄液で叩いてきたらしい。
勿論全員の彩は問題無し。問題があるとしたら、その中に詰め込まれた元仲間達だけ。その人数が相当だったため、元々護送車で現地に向かった者達は、その天井に乗ってここまで移動してきているくらいである。海防艦の3人もいたのだが、それは流石に響や白雪がしっかり掴んで振り落とされないようにしていた。
「トシパイセン、出張ってるってことは陣頭指揮っスか」
「当然だ。ここは俺の管轄する街だ。お前にも従ってもらうぞ」
「勿論スよ。ハルカ先輩もそうするんですよね。なら問題ねぇっス」
こういうところの上下関係はしっかりしている昼目提督。この街で一番偉いのは、軍港鎮守府のトップである保前提督。昼目提督はあくまでも外部から来ているものであり、街のことをどうこう言える立場には無い。
「綾波、お前どうせ反撃の攻めに出たいだろ」
「よくわかっていらっしゃいますねぇ」
「暁と一緒に攻めだ。元凶の米野郎は、完膚なきまでに始末しろ。軍港を襲ったことを確実に後悔させてやれ」
そんな保前提督の言い方に、綾波はフルフェイスのヘルメットの向こう側でニンマリ笑顔を見せた。街を守りたいという気持ちが人一倍強い綾波としては、今一番欲しかった指示を貰ったのだから。
保前提督もその辺りは完全に理解しており、綾波の使い方もよく知っている。暁と組ませたのも、それで十全以上の力を発揮出来るからだ。
「忠犬、調査隊は鎮守府防衛に参加してもらうが良かったか」
「うす。手が足りなくなったら言ってくださいよ」
「勿論だ。確実に追い詰めるためにな」
保前提督の目を見て、昼目提督は悪い笑みを浮かべる。ああ、この人
「全員ここに運んできたか?」
「うす、拾える分は全部拾ってきました。ほぼうみどりの面子っス」
護送車を開くと、そこには洗浄液によって無力化され、ぐったりと横たわる艦娘達が多数。その全員が保前提督に敵意を向けるものの、逆にその冷たい視線を受けてビクッと震える。生殺与奪の権利を持っている者の目ではないと各々は思ったことだろう。
「元凶を始末すればこいつらは元に戻ると思うか?」
「まだ何とも言えないっスね。不可逆の可能性も全然あり得るんで。量産化は量産したオリジナルが無くなってもそれが元の素材になることは無ぇし」
「だよな。俺もそう思ってた。だから、その場合はこいつらをどうにかして戻さなくちゃいけないわけだ」
この予想は誰もがしていたものの、口には出していなかったこと。量産化を施された者達は、元に戻せるかどうか。
梅の場合はそれに加えて忌雷まで入れられた結果、特異点による治療でカテゴリーWとなることで元の姿には戻れている。しかし、未だにその影響がどうなっているかわからない以上、迂闊に特異点の力を借りるのはやめた方がいい。特にカテゴリー変化は何も考えずに実施するには不安が大きすぎる。
「まずは元凶である米野郎を始末する。確実にな。後のことは後に考えるぞ」
この量産化を受けた者達の前で堂々と、お前達の姉を徹底的に追い詰めて殺すぞと言ったのだから、無力化されながらも敵意と殺意を隠さずに向ける。
「君のようなただの人間である提督がどうやってやるつもりだい」
その中でも特に減らず口が多い時雨に至っては、その感情を口に出してしまうほど。他の面々も時雨に釣られてそうだそうだと口を揃えてブーイングをし始めた。
伊豆提督は、自分が愛してきた艦娘達がこんな姿にされているのを見たことで、とても悲しい顔を見せた。それと同時に、米駆逐棲姫への怒りが沸々と湧いてくる。
「力も出ないのに口だけは達者だな。お前、喋れば喋るほど、元に戻った時に後悔が激しくなるぞ。恥ずかしさで死にたくなるだろうな」
「はっ、何を言ってるんだか」
鼻で笑う時雨に対して、保前提督は足をガンと護送車に乗せ、わざわざ大きな音を立てて威嚇しながら時雨に顔を近付ける。
「よく覚えておけよ。お前達の命は俺の掌の上だ。この街を、戦争の中にある癒しの空間を、お前らと米野郎はぶち壊したんだ。本来なら死罪でもいいくらいの蛮行だ。それを、洗脳されているからという浅はかな理由だけで生かしてやってるんだぞ。ハルカの部下だとかそんなの関係ない。状況が許せば、今すぐにでもお前の首をここで捩じ切っている。そうされないだけでもありがたいと思え」
保前提督の目は本気だった。綾波と戦った時にも感じた薄寒さを、時雨は今もまた感じることになる。
綾波と同様、この街を守るためならば何でもやるという感情を、言葉と共に目でぶつけてきた。
「わかったなら余計なことを口にするな。お前達が話してもいいことは、米野郎を追い詰めるために必要な情報だけだ。幸せに這い寄るゴミムシを徹底的に駆除するための礎にしかなれないんだよ」
ここまで徹底出来るのが保前提督である。
「トシちゃん、あんまり脅してあげないでちょうだい。その子達も、本当ならそんなことしたくてしているわけじゃないの」
「わかってる。だけどな、こういう連中は俺達がなんだかんだ命を奪わないとわかると、すぐに調子に乗りやがる。だから、一度ちゃんと
舌打ちをしながらも、伊豆提督には苦笑を見せる保前提督。伊豆提督も保前提督のこういう一面を知っているからこそ、物言いはこれでおしまい。
「こ、怖ぇ……」
「なのです……」
深雪も電も、この保前提督にはただただ怯えるだけである。軍港都市を楽しむだけなら、トップとして正しく優しく管理する提督なのだが、それを壊す者は確実に追い詰めて殺してやるという強い意志を感じた。
しかし、これだけされても何もわかっていない者も中にはいる。
「はっ、結局のところ、あたい達を殺すつもりなんて無ぇんだろうが。口では言ってるだけであたいらが怯むと思ってたら大間違いだっつーの」
スキャンプである。元々の男嫌いというのもあるため、こういう時に反骨心が溢れ、余計なことを言ってしまった。
それが耳に入るや否や、真っ先に綾波がすぐさま護送車の中に入り、スキャンプの髪を掴んで外に放り投げる。
「ってぇ!? テメェ、何しやがる」
「ご自分の立場をわかっていないようですのでぇ、ちゃんと理解してもらおうかなぁと。自己修復があるなら、いくらでも傷付けられますよねぇ?」
無力化されていることをいいことに、しっかりマウントポジションを取った綾波は、コンバットナイフをスキャンプの眼前に突きつける。
「目玉くらいくり抜いても治りますよねぇ。人を睨むことしか出来ないような目なんてあっても無駄ですし。それとも、減らず口しか出ない口を縫い合わせましょうかぁ? こちらの言うことも聞けない耳も何度か削いでみましょうかぁ。あとは一番気に入らない爪を1枚ずつ剥いでみるのもいいですねぇ」
勢いよく振り下ろし、スキャンプの頭のスレスレで止める。やられると思ったか、スキャンプは反射的に目を瞑っていた。
「あれぇ? 何目を瞑ってるんですぅ? 怯まないんじゃないんですかぁ? 綾波は貴女の言う、殺すと言いながらも殺すつもりもないヤツですよぉ? 絶対に貴女を殺しませんから、もっともっと反抗的にしてくれても構わないんですよぉ? 結局のところ、ただのビビリちゃんですかぁ」
「て、テメェ……」
「口だけなのは自分だけということをちゃんと自覚してくださいねぇ。そうじゃ無かったら、さっきの言葉、また言ってくれても構いませんよぉ? 一言喋れば、指を一本落としますけどね。ほらほら、早く早く」
ここまでされたら、スキャンプですら恐怖に陥れられる。表情どころか、顔自体が見えていない綾波だが、声色からして向こう側にある表情は
「なぁんだ、つまらないですねぇ。それだけ粋がっておいて、最後はだんまりなんて。貴女達のお姉さんとやらも高が知れてますねぇ。ここで待っていてください、ちゃぁんと、お姉さんと再会させてあげますから。まぁ、多分貴女達と再会出来るのは
スキャンプから離れると、思い切り蹴り飛ばして護送車の中に戻した。あまりの容赦のなさに、全員がドン引きしていた。
「綾波、やりすぎ」
「きゃんっ」
そんな綾波の後頭部をチョップした暁。ヘルメットの小気味良い音が鳴り響くが、綾波は暁に止めてもらえたことを喜んでいるようにも見えた。
「まぁいい。これで全員集まったな。じゃあ、準備をして再出撃だ。護送車のバカ共は全員降ろして、あいつらと同じようにしておけばいいぞ。定期的に洗浄液をぶちまけてやれ」
そう言われると、護送車の妹達を降ろしては、梅と共に攻め込んできた者達と同様に路肩に投げ飛ばし束ねておいた。オマケと言わんばかりに暁が水鉄砲を引っ掛け、再度無力化もしていった。
この一連の流れだけでも、保前提督を見る目も変わってしまっただろう。怒らせたら最も怖い者を怒らせたことがよくわかる。軍港鎮守府所属の妹達が何も出来ずに言うことを聞いたのも、