神風に手を引かれながら、深雪は
伊豆提督のモットー、福利厚生はしっかりするという部分がそこかしこに見えるくらいに綺麗な艦内であり、掃除が行き届いている。
基本的に、この鎮守府に所属する者は、外に出ることも出来ずに艦内で過ごし続ける。気持ちよく過ごすためには、汚い場所で暮らすなんて以ての外だ。
それもあるからか、ちゃんと所属している者達で艦内清掃もやっていると、神風が語る。広い艦内であるため、毎日持ち場の者達が10分程度掃除をしているとのこと。
「ハルカちゃんは綺麗好きってことか」
「それもあるわね。生活の基盤は綺麗な環境からって言ってるわ。で、私達もそれに引っ張られてるって感じ」
艦娘達もそれには賛同しており、最初は文句を言う者もいたとしても、最終的にはこの綺麗な空間を維持することに積極的になっているそうだ。
同調圧力というわけではないのだが、そもそもの仕事が掃除であるというところから、少しの汚れが気になるようになってしまうらしい。海上の穢れは死活問題であるため徹底的に掃除する。それが流れで自分の周りにも影響を与えるというわけである。
「面倒でもやっとけってことか」
「そういうこと。貴女も何処かしらの当番に組み込まれるから、今のうちから覚悟しておくようにね」
「お、おう、部屋くらい片付けられない奴が、海上清掃なんて出来ないってことだもんな」
この鎮守府の一員になるということは、そういうことなのだ。環境から徐々に綺麗好きになる。ちょっとした汚れがどうしても気になってしまう感性に引っ張られる。
潔癖症ではなく、
「まぁみんながみんな徹底してるってわけではないけど、それでも大体小綺麗ではあるわ。貴女も、あまり散らかさないようにね」
「りょーかい。後から痛い目見るってことだもんな。肝に銘じとくぜ」
「よろしい。それ以外ならかなり自由な空気だから、貴女も馴染みやすいと思うわ」
それに安心していいかはまだわからないが、神風がこれなら、この鎮守府の仲間達は似たようなものではないかと深雪は予想した。取っ付きやすく、すぐにでも打ち解けることが出来そう。そう考えると、緊張はしても不安は薄れていった。
2人はその足で工廠へと赴く。すると、先程まで海上清掃の作業をしていた艦娘達がそこに集まっていた。後始末をする時は、余程のことがない限りは鎮守府に所属する者全員で取り組むようで、ここに来たことで深雪を全員に紹介することが出来る。
回収した廃棄物を一箇所に纏めて、さらなる事後処理に向けての準備をしているところ。廃棄物を廃棄物として残しておくわけにもいかないため、工廠である程度加工や処理までしておくのが後始末の最終段階である。
筆頭駆逐艦が工廠に戻ってきたことで、今回の清掃作業が終わったと安堵の息が漏れる。だが、その直後に神風が連れてきた深雪の姿が目に入ったことで、安堵は一気に緊張感へと変わった。
ドロップ艦として拾われ、部屋で眠らされていたのだから、ここにいる全員が深雪のことは知っている。だが、動いてここにいるとなれば話は変わる。
「海上清浄化率が100%になったので、本日の作業は終了よ。各自、洗浄と休息をお願いね」
「その前に言うことがあるんじゃないか?」
真っ先に口を出したのは、この面々の中でも最も汚れており、最も力仕事をしたであろう艦娘──戦艦長門。少々言いづらいようなことも、あえて空気を読まずにズケズケと言い放つ。
その言葉がきっかけになり、他の者達もそうだそうだと頷いた。仲間になることは全員予想済みだったようだが、ここに連れてきておいてまず業務の終了を進めるというのはどうかと苦言を呈する。
「さっき私が発見して運び込んだドロップ艦、特型駆逐艦の深雪がご覧の通り目を覚ましたわ。で、ハルカちゃんとイリスさんと話をした結果、この鎮守府の一員になるということが決まったから、鎮守府の案内ついでにここに来てもらったの」
簡単に、簡潔に深雪の状況を伝えた。目が覚めてやったことなんてそれくらいなので、深雪自身が補足するようなこともない。
「今目が覚めたばかりと言うのならそれくらいしかないか。了解した。深雪、我々は君を歓迎する」
ここでも長門が中心となって事を運んでいく。全艦娘の前に出て、深雪のことを仲間と認め、全員の意思がそうであると伝えた。
深雪と比べると、身長差は歴然としていたが、これまでの傾向──イリスとの始まりや先程の伊豆提督とのやりとり、神風の案内からして、この長門も心の底から歓迎していると思えた。
だからこそ、深雪も本心のままに応える。今の深雪には疑うという感情が無さそうではあるが。
「よろしく! 今日から仲間になる深雪だぜ!」
「元気が良くてよろしい。まだまだわからないことが多いだろうが、その都度我々が教えよう。まずはこの鎮守府……と言っても、特殊な場所であることはもう知っていると思うが、ここのやり方に慣れてほしい」
神風は筆頭駆逐艦という事だが、長門は所属している艦娘の筆頭のように見えた。それくらい、カリスマ性があった。
「見ての通り、我々はそこまで規模の大きい組織ではない。後始末が可能な最小限の組織となっているのでな」
「みたいだね。でも、これだけの人数でも完璧に仕事をこなすんだよな。すげぇと思うぜ!」
作業後のため、誰もが疲れているはずだ。無論、それは神風にも言えることでもある。
だが、目をキラキラさせながら仕事っぷりを褒めてくれる深雪の態度を見て、単純に喜び、笑顔が溢れた。疲れが吹き飛んだような感覚も得る。
「戦艦1名、空母1名、重巡洋艦2名、軽巡洋艦2名、駆逐艦5名、補助艦艇1名、潜水艦2名。合計14名の小規模な組織ではあるが、後始末屋としての作業は十全に行なえているつもりだ」
長門の後ろにズラリと並んでいる艦娘達。紹介を受けて小さく手を振ったり、にこやかに見つめていたりと様々な反応を見せる。
間違いないのは、全員が全員、深雪に対して敵対心など持っておらず、新人ということで興味津々であるということ。多少は警戒をしている者もいるものの、概ね好意的である。
「まだ洗浄が出来ていないから手短に紹介しておこうか。話はまた後からという事でいいか?」
「いやもう全然構わないよ。作業お疲れ様でした。あとからあたしに時間ちょうだいって感じでお願い」
深雪も艦娘達を拘束しようだなんて気持ちは一切ない。顔合わせを今すぐしなくてはいけないわけではないのだ。
それに、ここから仲間となり、共同生活をしていくのだから、顔を合わせて話す時間なんていくらでもある。
とはいえ、せっかくここに全員揃っているのだから、ざっくりとでも顔を合わせて自己紹介くらいはしておいてもいいと長門が判断した。他の者達に意見を求めたところ、それでいいという反応が返ってきたため、洗浄に向かう前に手短に名乗りを上げていく。
「戦艦は私、長門だ。そして空母は」
「加賀です。貴女には期待しているわ」
「うす! よろしくだぜ!」
大型艦として所属しているのは、リーダー格として話をしていた長門の他には正規空母である加賀。なんでも、清掃に艦載機を使うとのことらしい。
「重巡は私、妙高と」
「三隈ですわ。くまりんことお呼びくださいまし」
「く、くまりんこ……」
2名いる重巡洋艦は、見ただけでも真面目そうであると伝わってくる雰囲気を持つ妙高と、何処か不思議な感覚を齎す三隈。後者は航空巡洋艦という若干特殊な艦種らしく、それもまた後始末に役立つことがあるそうだ。
「軽巡は! 艦隊のアイドル、那珂ちゃんと!」
「酒匂だよー! よろしくね深雪ちゃん!」
「よろしく! で、艦隊のアイドルって?」
「それは後からしっかり教えてあげるね。深雪ちゃんも気にいると思うから」
こちらも2名いる軽巡洋艦。揃って明るく元気なイメージの那珂と酒匂。特に那珂は、自身のことをアイドルと称するくらいにテンションが高く、こうやって話しているときでも自分を魅せるようにポーズを取ったりするほど。
「潜水艦、伊203」
「と、伊26だよ。数字で呼びづらいと思うから、あたしの事はニムでいいよ」
「私はフーミィでいい。よろしく」
「ニムとフーミィ、ね。了解。よろしくな!」
潜水艦2名は少々特殊な名前ではあるが、
「補助艦艇は私、
「いらん……何?」
「こんにちは、という意味よ。彼女、アイヌ系の人なの」
変わった言葉を使う補助艦艇、補給艦の神威。この鎮守府では唯一の補助艦艇であり、基本的には雑務を担当する。後始末の際には、補給艦である特性を活かしてサポーターに徹している。
「そして駆逐艦。私、筆頭駆逐艦の神風以外にはご覧の通り4人よ」
「駆逐艦だけは多いんだな」
「まぁね。小回りが利くし、後始末の時にも大活躍なんだから」
神風の紹介で前に出てくる4人。
「睦月にゃしぃ!」
「子日だよ!」
「秋月です!」
「梅です。よろしくお願いします」
四者四様の挨拶を深雪に投げかけた。小動物のような愛らしさを持つ睦月と子日、それとは逆に大人びた雰囲気を持つ秋月と梅。綺麗に2グループに分かれた4人である。神風はどちらかといえば後者のグループに含まれるが、見た目だけで見れば前者に含まれるというなかなかに稀有な存在。だからこそ筆頭駆逐艦としてもやっていけるのかもしれない。
「ひとまず自己紹介はこんなところでいいだろう。作業後の洗浄の後、改めて話をしたらいい。今日は深雪の歓迎会になるだろうからな」
「歓迎会……流石に気分が高揚します」
「お前は美味い飯が食べられればいいというだけだろうに」
「無論です。食は人間の文化の最高峰と私は考えていますので」
「主役は深雪だからな?」
歓迎会というのも、伊豆提督が率先して執り行うのだろう。心身共に万全な状態を維持するために、時にはストレスを発散出来るような会を催す。
とはいえ、常に海上にいる鎮守府では、娯楽と言えるモノもあって無いようなものである。そうなると、どうしても食に行き着くのである。
「そっか、ご飯か。あたし、生まれてすぐだから、食べるって感覚がよくわからないんだよね」
深雪は生まれたばかりのドロップ艦であるが故に、人間の文化がわからない。頭には入っていても、実行したことが無いのだから、それが自分にどういう感覚を齎すのかは理解していないのだ。
そんな反応を見せた深雪に、早速神風がニコニコしながら話す。
「そういう意味だと、初めて味覚を刺激するご飯がハルカちゃん手製のご飯となると、後が大変よ。あの人の作る料理、美味しすぎるくらいだから、他の物が食べられなくなっちゃうかも」
「そ、そんなに美味いのか……」
「それはもう。あのクールな加賀さんが一瞬で絆されるくらいなんだもの。私達も、ハルカちゃんのご飯は大好きなのよ」
話題を振られた加賀は、何の躊躇もなく頷く。絆されるという表現はあまりよろしくないように思えるが、食をきっかけに2人の仲が良くなったと考えれば、それは間違っていない表現なのだろう。
「さ、ひとまず我々は身体を清めなくてはな。神風、あとは頼んだ」
「ええ、一足早く上がらせてもらってるんだもの。まずは深雪にここをしっかりと知ってもらうわ」
「そうしてくれ。じゃあ深雪、また後から話をしよう。みんなで、飯を囲いながら、な」
笑顔で手を振り、長門を先頭に全員が工廠の奥へと向かった。
「こんな感じよ。長門さんが言ってた通り、みんなと話すのは後からってことで、今はここを案内するわ。良かった?」
「ああ、よろしくな」
この鎮守府の在り方を、これだけで充分に理解出来た深雪。これなら、自分でも馴染むことが出来ると確信して、神風と共に鎮守府の案内に従うことにした。
まず名前を出すだけですが、うみどりのメンバーが並びました。詳細は次回以降で。