後始末屋の特異点   作:緋寺

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叱咤

「おはよう深雪ちゃん。もう朝よ」

 

 目を覚ました深雪のベッドの横には、伊豆提督が座っていた。傍には、深雪に見せておきたい資料などを積んで。

 深雪が目を覚ましたところで、穏やかな微笑みを見せながら読んでいた資料をパタンと閉じる。ひとまず目を覚ましたことに喜んでいるようだった。

 

「あたし……」

「工廠に戻ってきてから気を失ったみたいね。大きすぎるストレスを一気に受けたから、頭の中がパンクしちゃったんでしょ」

 

 夢を見ていたこともあり、自分がどうなったのかはすぐに察することが出来た。目の前に電が現れたことで、錯乱した。ただそれだけで、自分がなんてことをやらかしたのだと頭を抱える。

 

 新たなカテゴリーWが見つかったと聞き、深雪は焦ってしまったのだ。自分と同じ存在がそこにいると思っただけで、早く会いたいという気持ちが強くなり過ぎてしまった。

 よくよく考えてみれば、長門があれだけ隠そうとした理由は明確だ。未だに電の顔すら見る勇気が無かったのに、本人が現れたなんて特大なトラウマ抉りが確定するのだから、深雪に知られないようにしたいと考えるのは理解出来る。

 先に名前だけ聞いていれば、また違った反応になっていたかもしれないが、今になってはそれはもうたらればの範囲。

 

「調子はどうかしら。アタシの話、聞けそう? 辛いならまた後からにするけれど」

「……今でいい。今話さなくちゃいけない気がする」

 

 今からの話は、基本的には電の話になるだろうし、そうでなくても電と対面するまでの深雪の行ないについての話になることはわかりきっていた。深雪の本心としては、避けて通りたい話ではあるのだが、考えるまでもなく向き合わなくてはいけないこと。

 故に、逃げずにこの場で進めていきたかった。それくらい、深雪の心には強く影響を出している。

 

「そうね、早いに越したことは無いでしょ。それじゃあ、まずは……」

 

 真正面に見据えるように座り直した。深雪はまだ体調があまり良くないかもしれないと、身体を起こせるなら起こせばいいし、横になっておきたいならそれでいいと話す。

 対する深雪は、こういう時はちゃんと聞いておきたいと、身体を起こしてベッドに座るカタチに。

 

「アタシは深雪ちゃんを叱らなくちゃいけないわ。このうみどりに所属している艦娘として、あまり良くないことをしたもの。自覚はあるかしら」

 

 淡々と話す伊豆提督に、深雪は言い知れぬ恐怖を感じた。いつものノリのいいハルカちゃんは鳴りを潜め、うみどり艦長の伊豆提督として、深雪にこの艦内での身の振り方を教えている。

 厳しく取り締まることもないし、実際は好きに生きていいという放任主義なところもあるが、()()()()()()()()()()をやったのなら、正しく伝えて直してもらう。それだって、艦娘達の口伝でいいとすら考えていたが、今回は少々度が過ぎていた。

 

「……うん」

 

 深雪はそれくらいしか口に出せなかった。深雪としても自覚はある。焦り、工廠を飛び出し、長門に食ってかかり、電を見た瞬間に砲撃までしてしまった。その全てが、このうみどりではよろしくないことではないかと思える。

 パンクしていた頭が眠ったことにより多少スッキリしたことで、自分を振り返ることが出来た。そして、考えれば考えるほどなんてことをしてしまったんだという後悔が湧き上がる。

 

「そう、それならよかった。これでわからないと言われたら、アタシは深雪ちゃんを()()()()()()()教え込まなくちゃいけなかったもの」

 

 冗談のように言っているが、本気にも聞こえる伊豆提督の言葉。こう言った後に、女の子に手を上げるわけがないと付け加えるものの、それだけされてもおかしくない失態を見せたのだと深雪は理解した。

 今回の深雪の行動は、一つ間違えばうみどりの誰かの命に繋がっていた可能性があるのだ。深雪自身が砲撃を放ってしまっているし、電も錯乱して砲撃を放っている。あの時に妙高と神風が対応していなければ、その砲撃が誰かに当たっていた可能性すらある。当たりどころが悪ければ、勿論その先にあるのは死だ。

 

「深雪ちゃんが知らなくちゃいけないのは、いつどんな状況にあっても冷静でいること。これが出来ない限り、ドロップ艦の説得どころか、戦場にも出せない。後始末に参加するのも控えてもらわなくちゃいけないかもしれないわ」

 

 戦うなというのはまだわかるが、後始末すら参加させないというのは、うみかぜの仲間であることの完全な否定だ。

 

 深雪の行動は、焦りがあったとはいえ、完全な独断先行。仲間達から落ち着けと言われても聞く耳を持たず、結果的に仲間のことを考えずに突き進んでしまった。その結果がコレだ。

 如何なる時でも心を落ち着かせ、冷静でいられなければ、後始末はやっていけない。何も心を殺せと言っているわけではない。熱くなる時はなってもいい。ただ、()()()()()()()()()()()()()()()と、伊豆提督は深雪に伝えた。

 

「落ち着いてアタシの言葉が聞けているのなら大丈夫。これでムキになっちゃう子だっていたもの。言い訳もないんだから、深雪ちゃんはよくわかっていると思うわ」

 

 これだけ言われたら、伊豆提督に反論する者もいるだろう。でも、だって、と言い訳がましく自分のその時の行動が悪くなかったと訴え、中にはそこまで言われる筋合いはないと逆ギレする者までいた。()()()()が元人間であり、駆逐艦は見た目通り子供であることから起きる事件である。

 だが、深雪は純粋な艦娘。生まれたばかりであっても、ある程度は成熟した思考回路を持ち合わせている。見た目通りの反応をする時もあるが、軍属という意識もあった。それ故に、伊豆提督の言葉は重くのしかかった。

 

 優しく話してくれているとはいえ、その真意は深雪の行動を咎めており、二度とこういうことをするなとやんわりと刻み込んでいた。

 口調は変わらずとも、声色が違う。怒りを持っていないのはわかるが、それは提督としての指示。モノを知らない子供に言い聞かせる親のようにも思える。怒りではなく叱り。

 

「今回みたいな行動は慎むこと。頭が熱くなったら、まず深呼吸をする。その後、周りを見る。深雪ちゃんは自分がまだまだ未熟であることを理解しているんだから、先達の選択に身を委ねることが大事よ。アタシがいつも指示出来れば気が楽だとは思うけれど、常に出来るわけじゃあないから、そういう時は仲間を信じて指示に従いましょ」

 

 深雪はまだ自分の考え方が絶対に正しいと言えるほど強くはない。だから、今は仲間に自分の行動を委ねる。勿論、こちらの方がいいのではという意見を言うのは一向に構わない。そうやって仲間と意見を出し合うことは間違っていないのだから。

 深雪だって仲間のことを信じていないわけがない。むしろ、信じているからこそ、同じように歩こうとしただけだ。だが、今回は暴走に近い状態になってしまったのは否めない。

 

 反省すべきところは、まさにそこだ。周りの話を聞くことが出来ず、突っ込んで行ってしまった。それが良くない。

 

「……うん」

 

 深雪はそう返事することくらいしか出来なかった。伊豆提督にハッキリと言われたことで、苦しくなっていた。しかし、反論もない。伊豆提督の言葉に間違いがないことがわかっているから。全面的に、自分の()()()()が今回の事態を引き起こした。

 自分のせいだと理解しているからこそ、辛い。泣きそうになるが、それだけは堪えた。弱い自分を見せたくないとかそういう理由ではなく、ここで踏ん張れなかったら今後は泣きっぱなしになりそうだったから。

 

 深雪が落ち込んでいるのがわかると、伊豆提督も小さく息を吐いて立ち上がり、慰めるように頭を撫でる。

 

「わかっているのなら充分よ。誰しも失敗するモノだもの。それも、一度や二度じゃないわ。本当に重大な場面で暴走しなくてよかった。人間だって、失敗して覚えていくものだもの、深雪ちゃんだって失敗していいのよ。失敗は成功の母って言葉もあるくらいだもの」

 

 お叱りのムードはここから薄れ、深雪の気持ちを解きほぐすように優しく話す伊豆提督。

 深雪はただ知らなかっただけだ。それを教えるのは、先達の仕事。伊豆提督はその役目を率先して行なっているだけ。提督として、艦長として、ここにいる者達を前に進ませる義務を持っている。

 

「今回でよくわかったと思うけれど、辛いことがあったらまず仲間を頼りなさいね。みんなが力になってくれるわ。今回のことをとやかく言う子もいない。むしろみんな心配していたわ。みんなに元気な顔を見せてあげなさい」

 

 ポンと頭を少しだけ強く撫でて、部屋の前へと向かう。ここからは一人で落ち着くことになるかと思いきや、扉を開けた瞬間、駆逐艦の仲間達がわっと中に入ってきた。

 

「深雪ちゃん大丈夫にゃし!?」

「調子悪かったら今日はお休みしていいんだよ!?」

 

 真っ先に突っ込んできたのは睦月と子日である。ギリギリまで深雪の動きを止めていた分、見送って戻ってきたところで気を失ったのは気が気で無かった様子。

 

「後始末はちゃんと終わらせていますから、今日はゆっくり休んでくださいね」

「はい、心を落ち着かせたいなら、良さそうな本とか見繕いますからね」

 

 秋月と梅も倒れた深雪のことを心配しており、その間に全てを終わらせておいたことを報告しつつも、今日は丸一日を休養に使うべきだと提案する。

 

「まぁ、今日は本当に身体も心も休めておく必要があると思うわ。だって……ねぇ」

 

 そして、神風が意味深に呟く。そして、視線は隣の部屋に向いた。

 壁があるのだから向こう側がわかるわけが無いのだが、何を言いたいのか、深雪はすぐに察することが出来た。

 

「……電は、隣の部屋にいるのか」

 

 深雪にはもう一つ気になることがある。今までは自分のことに手一杯ではあったが、伊豆提督からお叱りを受け、それを心から反省したことで、少しは落ち着くことが出来たため、次の自分への試練について思い出している。

 今いる部屋の隣の部屋には、あの時に発見されたカテゴリーW、電が休んでいる状態。深雪の時と同じように、イリスがついているらしい。

 

「ええ。あの後、彼女も気を失ったのよ。で、貴女と同じように運び込まれて、隣の部屋で寝ているわ」

「……そうか。無事、ではあるんだな。まだ起きてないのか?」

「多分ね。でも、時間の問題だとは思うわ。貴女が目を覚ましたんだもの。電も同じように目を覚ますわよ」

 

 つまり、これ以降はトラウマを抉る相手が同じ艦内にいることになる。深雪にとっても、電にとっても、それは大きなストレスとなり得ること。いると知っているだけでも、心に影響を与えかねない情報である。

 お互いに必要なのは勇気と覚悟。深雪はまだ生まれて少しとは言え時間が経っているため、心を落ち着ける手段を知っている分マシかもしれないが、電はまだ生まれて間もない状態。しかも意図的ではないにしろ、心優しい電が()()()()であることがさらに厄介な案件。

 

「……ハルカちゃん、一つお願いいいかな」

「何かしら?」

「あたし、電と仲良くなりたいんだ。お互いにこんなことになっちまってるけど……やっぱり同じ艦娘なんだし、二人しかいないカテゴリーWなんだからさ」

 

 トラウマの()()かもしれないが、それは艦の頃の話だ。今は艦ではなく艦娘。その時と同じ運命を辿ることは無いのだ。

 だからこそ、ここから正しくやり直したい。艦の時のことは水に流して、新たな道を歩きたい。これが深雪の本心。

 

「ええ、アタシも応援するわ。アタシだって、艦の時の記憶で顔を合わせるだけで苦しむところを見るのは忍びないもの。でも、それは電ちゃんの意思も尊重してちょうだいね」

「勿論。アイツがあたしの顔を見たくないって言うなら、その意思を尊重する」

 

 顔を合わせないようにするというのは難しいだろうが、なるべく電のことを考えて行動すると話す。

 

「深雪ちゃんは本当に優しいわね。普通なら逆でしょうに」

「あたしの方が被害者だからっていうなら、別にいいんだ。電だって自分の意思でぶつかりに来たわけじゃ無いんだから。だから、水に流す気満々だ」

 

 力は無いものの、ニッと笑顔を見せる深雪に、伊豆提督は感動していた。人間であっても一生根に持つようなことを、笑って流そうとしている深雪は、冷静にさえなれば心が相当強い。

 これがカテゴリーWなのかと心の中で呟きつつ、深雪の意思も勿論汲み取った。

 

「わかったわ。仲良くなれるように、アタシ達も力を尽くしてあげる。あとは電ちゃんだけね」

「ああ、アイツのこと、頼んだ」

 

 

 

 

 深雪と電の関係がどうなっていくのかが、今後のうみどりの在り方に繋がるのかもしれない。

 




深雪と電は仲良くなれるでしょうか。この組み合わせ、よりによって心優しく、どちらかと言えば心が弱い電の方が加害者になってしまっているのが難しいところですね。

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