「特異点がわざわざここまで近くに来てくれるだなんて思いませんでした。甘ちゃんで助かりましたよ。こちらを救うために命を投げ出すなんて。余程特異点の方が愚かでしたね」
秋月の『連射』の曲解による弾幕が、酒匂と睦月を救った深雪に襲い掛かる。誰も死なせないため、今は敵だとしても仲間を救うため、咄嗟に動いた深雪に対して、嘲るように笑いながら秋月は砲撃を止めなかった。
そこに2人がいたとしても、特異点が始末出来るなら仲間を殺しても何とも思わない。そこまで外道に堕ちているのかと、こんな状況でも思ってしまった。
こんなところで死ぬわけにはいかない。だが、目の前には弾幕──いや、もうそれは
電は避けてと叫ぶことは出来たが、動き出すまでにどうしても時間がかかった。他の者もすぐに動けなかった。それだけ弾幕が酷かった上に、足下までこの弾幕のせいで崩されており、まともに駆け出すことが出来なかった。自分を守ることに手一杯にされていた。
その中でも、深雪が酒匂と睦月を救い出せたのは、むしろ誘われたのではないかと思えるほどだった。深雪の性格を知った上で、自分の仲間を巻き込もうとする事で、1人だけ孤立させる。
救ったら今の通りに甘ちゃんだと嘲り、救わなかったら自分の身可愛さに見捨てたと罵る。どちらに転んでも深雪の精神を抉ることが出来る、あまりにも性格の悪い選択。それを考えて行なったのか、結果的にそうなったのかはわからないが、現実にそうなっているのだから、秋月としては儲け物だった。
「深雪ちゃんっ!」
電が咄嗟に手を伸ばす。煙が溢れる右腕を。思いの強さに応じたそれは、電が出したとは思えないくらいに勢いを増した。
「こんなところでっ、死んでたまるかぁ!」
そして、深雪の叫びと同時に煙が一気に溢れ出す。思いに呼応したそれは、向かってくる弾幕に触れた瞬間──
「なっ……」
真っ直ぐにしか進まないはずの砲撃は、煙だって突き破って真正面にいる深雪に直撃するはずだった。その布石は全て整っていたし、邪魔もされないように弾幕を張り続けていた。秋月は深雪の特異点としての力が煙によるモノだと理解した上で、ただの空気では干渉出来ない弾幕による対応で始末しようとした。
しかし現実はどうだ。深雪に直撃どころか掠めることすら出来ていない。煙がまるでバリアのように深雪を守っていた。弾幕は幕を成さず、撃てば撃つほど霧散する。あらぬ方向へと飛んでいき、それ自体がもう攻撃として認識出来なくなっていた。
「な、なな、なんですかそのインチキは!」
「し、知らねぇよ!」
流石の秋月もこれにはあからさまに動揺を見せる。深雪自身もこうなるとは思っていなかったので驚きが隠せていない。今は敵となってしまった秋月に対しても、本音からの動揺の言葉を出してしまっていた。
実際思っていたのは、
そこに、同じように思いの篭った電の煙も混じり合ったことで、事情が変わった。死にたくない、死なせたくないと
「……そうか、これ、
思い至ったのは深雪。その煙に覚えがあった。
見えない敵との戦いで溢れ出たその煙は、見えなくても触れるという敵の特性から、煙に触れたモノのカタチから場所までハッキリと把握出来る力だった。その上で、敵からはこちらを視認出来ず、こちらからは丸見えという、相当インチキな力。
そこからわかったことは、深雪の煙には
「煙で触れるなら、弾幕だって薙ぎ払えるってことだよなぁ!」
煙が溢れる左腕を横に払う。すると、煙も一緒に移動し、まるでそれ自体が
「そんなっ、バカなこと……!?」
見た目はただの煙。しかしそれは、
秋月がどれだけ撃ち続けようが、その煙は全てを弾き飛ばす。誰を狙おうと、何処を狙おうと、全てを無効化していた。
「特異点っ、やはり危険な存在! こんな力があるから世界の平和をっ」
「この力は、仲間を守るためにあるモノなのです。これでどうやって世界の平和を乱すのです」
秋月の言葉に対して疑問をぶつけるのは、意外にも電だった。握りしめた右腕からは常に煙が溢れ出し、深雪から溢れ出す煙と混じり合っている。
「深雪ちゃんは、敵になってしまった秋月ちゃん達も救おうと戦っているのです。それの何処が平和を乱すことなのです。答えてほしいのです」
凛とした、それでいて怒りも篭っている電の視線に、秋月はビクッと震える。
秋月の知る電は、こんな目をする艦娘ではなかった。いつも後ろからおっかなびっくりついてくるような、弱腰の性格をしていた。しかし、今はそんな雰囲気は何処にもない。その感情を秋月にぶつける目は、強く眩しい。
「答えられるわけないよな。ただ特異点は悪いモノとしか思ってねぇんだ。あたしが何をやっても、自分達にとっては都合の悪いモノ。中身のない悪口だ。理由のない否定なんて、あたしにはもう通用しねぇ」
深雪からの視線も合わさり、秋月は余計に後ずさる。神の導きによって得た無限に撃ち続けられる高次の力は、特異点の力によって全て封じられたようなもの。
「この……っ」
「動くな」
自棄になって撃ち続けようとしたところに、一本の鎖が飛び、4基の両用砲の1つに絡み付いた。また、同時に屋根の上の川内が鎖に向かって水鉄砲を放ち、周囲を水浸しにする。その瞬間、砲身を一気に凍結させ、放とうとしたことで内側から暴発。自らの行為によって1基を失うことになる。
鎖で凍結させるなんてことが出来るのは白雲だけ。秋月の動揺の隙に鎖に力を通しておき、それを今使うことで攻撃を止めた。残り3基からの砲撃は煙によって防がれ、1基が爆発したショックで弾幕が成立しなくなった。
「うあっ!?」
「ナイスだよシラクモ! それじゃああたしがもうひとーつ!」
その爆発で怯んだところに、グレカーレが接近。その剛腕を振りかぶって、全力で殴り飛ばす。本来ならば強靭な兵装として簡単には破壊出来なかっただろうが、そこはグレカーレも同じモノ。その強度を無視するかのように殴って破壊した。砲身が中折れし、砲撃なんて出来ないくらいにグシャグシャに。
「特異点の仲間が……っ」
「傷付けないだけマシだと思いなさいな」
さらに接近していたのは神風。居合の構えから繰り出された一刀は、まだ破壊されていない両用砲の2基を同時に斬り飛ばす。神風の前に、強靭な装甲など無意味。
一度動揺してしまえば、あまりにもガタガタだった。深雪の想定外の能力に思考を揺さぶられ、ただ連射しか出来ない攻撃手段は街を傷付けるだけで終わり、結果として何も成果は得られていない。
「夕立、一緒に行ける?」
「ぽい! アレをどうにかすればいいんだよね?」
「そう、深雪と電のために、ね」
一瞬で4基の両用砲が全て破壊されたことで攻撃の手段を失った秋月は、どうしてこうなったと悔しさを滲ませながら歯軋りをしていた。
破壊された艤装は自己修復されるが、完全に直るまでは当然時間がかかる。故に、真正面から突っ込んでくる伊203と夕立の対処は、自らが行わねばならない。そして、秋月は徒手空拳の経験は全く無い。
「直るまでなんて時間、絶対に与えないから安心して」
「当然! 今の秋月は、まな板の上のぽい!」
「鯉、ね。でも、本当にその通り」
伊203の速さにはついていけない。抵抗出来ない秋月は、動けないままに後ろに回り込まれ、蹴り飛ばされることで無理矢理前に押し出される。そこに夕立がしゃがみ込んで真上に蹴り上げた。
その衝撃は並ではなく、深海棲艦化しているから耐えられたものの、そうでなければ内臓がズタズタにされていてもおかしくないくらいの一撃。蹴り1つで身体が浮く経験などない秋月は、驚愕の中、痛みで顔を顰める。
「今だ、電!」
「秋月ちゃんを、元に戻すのです!」
時間をかければ艤装が元に戻ってしまう。だが、もうそんな時間も与えない。2人同時に地を蹴って、深雪は秋月の頭を、電は秋月の脚を掴む。梅の時ほどしっかりとホールドするわけではないが、ただこれだけでも
「ひっくり返す!」
「なのです!」
そして、上から下から一気に煙を流し込む。黒を白にするため、秋月を
「っあっ、あぁああああっ!?」
やはりこのひっくり返す時の衝撃は、今の秋月にとってはかなり辛いようで、否が応でも叫び、ジタバタと震えてしまう。今は頭しか掴んでいないため、暴れる腕はどうにも出来ない。すぐさまその腕もロックしようとするが、その前に白雲の鎖がもう一度飛んできて、秋月の身体に巻き付いた。
「申し訳ございません秋月様、今は雑に拘束させていただきます。凍結などしませんのでご安心を」
「ありがとな白雲! このままっ、いけぇっ!」
そして、そのまま秋月は光に包まれたかと思うと、姿が艦娘に戻っていた。梅の時と同様、どうしても全裸になってしまうようだが、最低限身体を深海棲艦では無くすことが出来た。
「……ふぅ、これでヨシ、だな」
「なのです。秋月ちゃんもこれで元通りのはずなのです」
気を失って瓦礫の上で眠る秋月だが、今回ばかりは上にかけるモノがない。それに、流石にここに放置しておくわけにもいかないため、通信によってどうすればいいかを保前提督に聞く。
『すぐに回収させる。少しの間だけ待っていてくれ』
「了解」
『彩もこちらで確認出来たわ。梅と同じで、今はカテゴリーWとなってる』
治療に関しては上手く行っていると明言出来ないものの、少なくとも忌雷に寄生されている疑似的なカテゴリーKでは無くなっていることは確実。しかし、梅と同じならばまだ目覚めてみなければ治療が完了しているかはわからない。不安要素は残しつつも、最低限の脅威は去ったと言える。
「あのさ、暁1つ気付いたんだけど」
「どうしたんですかぁ?」
このやり取りの最中、ここまでの敵の行動、思考を見続けてきた暁がボソリと呟く。近くにいた綾波が耳を傾ける。
「米駆逐棲姫って……実はとんでもなく……