特異点が挟んでひっくり返したことによって元に戻った秋月が回収されるまでに、次の戦いに向けて準備を進める。
川内はまた先んじて米駆逐棲姫を探すと夜の街へと駆け出し、他の者達は傷がないかを確認しながら現状確認。
「……こっ酷くやられちまったな……」
「弾切れ無しで撃ち続けられたんだもの。これはもう仕方ないわ。秋月達を回収してもらいつつ、ここの瓦礫の撤去のことも考えないと」
深雪のぼやきに暁が答えた。秋月の『連射』の曲解によって、ただひたすらに砲撃を放たれ続けたことで、戦場となった路地は滅茶苦茶。建物は瓦礫の山へと変えられ、本来ならば道として成立していた場所も土が見えるほどに抉られてしまっている。
この建物にも人間が住んでおり、今は地下シェルターに逃げ込んでいるために無事ではあるのだが、このままでは外に出ることも出来ない。声掛けしたいと思っても、被害が無いように分厚い壁で覆われているため、外からの音はほぼシャットアウトされている。
「司令官、見えてると思うのでぇ、この辺りの人達に声掛けよろしくお願いしますねぇ」
『ああ、勿論だ。すぐにでも伝えておく。少しの間閉じ込められることになるが、すぐに救出するから安心していてくれとな』
綾波も保前提督にいち早く連絡しており、この界隈に住む者達を少しでも安心させられるように動いていた。
後にここにいた住人達は、『事前に聞いていたおかげで助かった。鎮守府には感謝している』と言葉を残すことになる。
「誰か怪我をしている人はいないですか。応急処置するのです」
これは電。マルチツールの中の修理施設から、応急処置用のアイテムも取り出していた。包帯や絆創膏、止血用の薬などが、入れられる限界まで。やれても1人分が関の山かもしれないが、無いよりはマシである。
今回の戦い、弾幕と瓦礫の山を回避するという、軍港都市には厄介なモノとなっているため、全員が怪我はなくても土埃まみれ。ラバースーツがかなり汚れてしまっている。とはいえ怪我はなく、制服に傷がついている者もいなかった。
「頑丈で助かるねぇ。破れてたら大変だもんねぇ」
「隙間から爪を入れられる可能性を考えると、今のうちに入念に調べておくべきね。フーミィ、貴女もよく見せなさい」
「ん」
ここは絶対に落とせないところであるため、徹底的に、少しのほつれもないように。見落としのせいで最悪の事態になられても困る。
グレカーレは神風に見て見てと全身を隈なく確認してもらい、それが終われば逆に舐め回すように観察する。神風は苦笑するものの、それくらい見ないと万が一があり得るため容認。
「……秋月に着せてやれるようなものは……無ぇよな」
「流石に無いのです……ここまで考えてモノを持ってくることが出来なかったのです」
深雪がちらりと見る方向には、全裸で寝かされている秋月。治療が完了するとこうなってしまうのはもう仕方ないこと。むしろ、こうならないと治療完了でも無いため、複雑な気持ちになる。
せめてと瓦礫に座らせるように運び、あまり大っぴらに見せられない場所は本人の手足で隠せるように姿勢を変えてやった。本当なら毛布の1枚2枚持ってきたかったが、戦闘が目的の部隊にはそれを持ってくる余裕などない。
「よし、これで一旦落ち着いたな。じゃあ暁、さっきのこと話してくれるか」
「そうね、正解じゃないかもだから、あんまり信じなくてもいいんだけど」
全員が一通り落ち着いたため、ここで回収隊を待つ少しの間、暁がここまでの戦闘で気付いたことを共有する。勿論、通信もオープン状態で、あちら側の提督達もそれを聞くことに。
暁がボソリと呟いたこと、『米駆逐棲姫は
「今回の敵の能力って、量産化なのよね。自分を量産して、妹に変えるって感じの」
「ああ、そんな感じだな。姉さん姉さん鬱陶しいくらいに言ってたし、本人も妹達って言ってやがった」
「で、見た目はとりあえずいいとして、みんな
妹にされた者達は総じて、姉のために特異点を始末するという一点に向けて行動する。見かけた者を妹に変えながら。次から次へと量産化が施され、あれよあれよと敵が増えて四面楚歌というのが、ついさっきまでの状況。今でこそ対策が出来ているが、そうで無かったらここまで前のめりな戦いは出来ていなかったかもしれない。
「その妹達のやること、基準が米駆逐棲姫なのよね。コピーっていうことだし、考え方も全部同じにされてる。違うのは、お姉ちゃん至上主義っていうのかな、お姉ちゃんの言うことが全部正しいってされてるくらい」
「そうだな。耳にタコが出来るくらいに同じこと聞いてる」
「……そうでもしないと、
そんな暁の言葉に、全員がキョトンとした。今でこそ妹達は姉にゾッコンであり、姉のためなら何でもするみたいな言動を常にやっている。『特異点を始末する』という目的に向かって、仲間すら見捨てるような外道な手段もいくらでもやる。だが、そんな性格になっているのは、そこまでしなければ
「あくまでも予想だけど、米駆逐棲姫って戦う力が全然無くて、でもあの量産って力で自分の手元に引き込んでるけど、ほら、それを束ねるのが弱かったら……ねぇ?」
「間違いなく離叛されるわね。似たようなゲスな性格にされるなら、上がそんなだと私だって裏切りを考えるわよ。そんな奴に従ってられるかって。力もないのに何やらせるんだってね」
神風が暁の憶測に同意する。仲間を切り捨てるような性格になっているのなら、
そして、そうしたことにより引き起こされているのが、本来の思考能力の劣化。攻撃方法が雑になる。同じようなことしかしない。頭を使わない。使い方次第ではもっと凶悪な能力であっても、基礎のみを使い続けることしかしないから、そこをつけ込まれて敗北する。梅の『解体』も、秋月の『連射』も、やりようによっては深雪の仲間を1人や2人葬ってもおかしくない力だ。それなのに、これで済んでいるのは至極単純なこと。
「あの三隈さんが陣頭指揮してたのに、妹達に突撃させて数で圧倒させるだけだったものね……」
「あの時フユツキ達が助けに来てくれなかったら押し潰されてたかもだけどね。そのあとガッタガタに総崩れしたけど」
神風とグレカーレが言うように、作戦と言っても力押しである。数的優位が自分達にあることは理解しているから、多くの妹を投入して逃がさないようにする。策としては悪くないのだが、だとしてもひっくり返された時に第二第三の手段が考えられていなかったのにも引っかかる。
「多分だけど……みんな米駆逐棲姫基準に頭の中も落ちてるんじゃないかなって」
暁の包み隠さない侮辱発言に、そこにいた全員が噴き出した。要するに暁は、米駆逐棲姫の頭が悪いと端的に表した。
だが、量産がコピーと同じであり、全員がオリジナルと同等になるという意味合いで考えるなら、それも納得出来る。
「とはいえ、まだちょっと怖いところはあるんだけどね」
「怖いところ?」
「米駆逐棲姫が、自分の弱さを理解出来てるかどうか。量産化に胡座をかいてるんだったら、多分まっすぐ行ってそのままぶっ飛ばすことも出来ると思うけど、自分が弱いとわかってるからこういう立ち回りを
梅や秋月を使って時間を稼いで、その間に逃げ果せるための罠をふんだんに用意している可能性も無くはない。警戒することに越したことは無いため、なめてかかりそうだったところだが気を引き締める。
「油断はしねぇよ。絶対に」
深雪の言葉に、皆が頷く。
『俺としては、暁のその分析はおおよそ当たってると思っている』
ここで保前提督からも、これまで聞いていたところから補完するように言葉を添えられた。
『弱いからこそ、誰も艤装を持たない状況で量産を進められるこの軍港を狙ったんだろう。真正面からぶつかれば間違いなくやられるとわかっているからだろうな。それを考えた奴が本人かそいつの上司かは知らないが』
米駆逐棲姫が弱いからこそ、誰もが癒されるために戦争を忘れて楽しむこの軍港都市で事を起こしたと言われれば、そうかもしれないと思えるくらいである。敵が自らの力を置いてきているこの時だからこそ、量産化をどんどん進めて内部崩壊を狙う。とはいえ、それもイリスというイレギュラーで完全に崩壊しているのだが。
結果的には軍港鎮守府の活躍と、割り切れる存在がいたこと、そして特異点の覚醒などによって全て打開出来ている。若干運に偏ったところもあるが。
『どうであれ、奴らの手段は最悪だ。後悔させてやらないといけない。このまま追い詰めてやってくれ』
その言葉に、全員が大きく頷いた。
回収隊が到着し、秋月を毛布で包みながら積み込んでいる最中、深雪に保前提督から通信が入る。
『深雪、俺は情に流されるなと言ったよな』
言われた瞬間にビクッと深雪が震えた。保前提督が突きつけたのは、秋月の弾幕に巻き込まれかけた睦月と酒匂を命懸けで救ったこと。一歩間違えれば、深雪はあの時死んでいた、
覚醒したことで命の危機を回避出来たとはいえ、睦月と酒匂を救った行為は、軽率だったところがある。元々仲間だったかもしれないが、今は敵。それを救うことで命を落としていたら意味がない。
「……ごめん、あたしの中の優先順位はあれだった。自分の命のために、ああなっちまった仲間を見捨てることも切り捨てることも出来なかった」
『美徳のために死んだら意味は無いぞ。それこそ、奴らはお前のことを狙っているんだ』
「……わかったよ。でも、全員で生き残らないと意味が無いんだ。だからあたしは、あの時身体が勝手に動いた」
『俺もそれはわかっているつもりだ。だから、こういうことを言うのは今回だけにしておく、現場で考えろと言ったのも俺だからな。命の優先順位をつけるのは簡単なことじゃ無いのはわかっているが、お前がお前の命を軽んじるな。全員生き残りたいなら、もう少し確実な方法を使ってくれ。簡単には思い付かないだろうし、身体が勝手に動いたなら仕方ないが……あちらの思うツボになって困るのは、お前じゃないんだからな』
軽めの説教ではあるが、保前提督の言いたいことも深雪は理解している。自分が死んだら全てが終わりであるとわかっている。
「あたしはまだまだ足りねぇなぁ」
『足りてる奴なんて世の中にはいない。だから仲間がいるんだろ。さっきの場合は頼りようが無かったかもしれないが、基本は仲間を頼れよ』
「ああ、そうする」
強めの口調ではあったものの、保前提督なりに深雪を心配した言葉であることもわかるため、深雪は口元を綻ばせながら肯定した。
残す敵はまだわからないものの、米駆逐棲姫を斃すためには、振り返らずに進むしかない。決意を新たに、深雪は前を向く。