後始末屋の特異点   作:緋寺

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平和から遠い力

 妙高の持つ『ジャミング』の曲解の穴は綾波が完全に見つけることに成功した。

 見えない攻撃に加え、()()()()()()にも対応出来ておらず、綾波のような天才的な戦闘技能を持つものなら、その視覚に頼ることなく背面撃ちまで披露し、神威に向けて砲撃を放った。それはジャミングの影響を受けることなく突き進み、回避を要求する結果に。それだけでも充分すぎる。

 

「それで? 貴女の能力は何なんです?」

 

 タネがわかってしまえばこちらのものと、綾波は神威に視線を向けることなく撃ち続けていた。背面撃ちだというのに、その砲撃は全てが的確。神威は否が応でも回避せざるを得なくなる。

 これまでの圧倒的有利が、こんなことで失われるなんて思ってもみなかった。実際それは慢心と言わざるを得ないのだが、思考が劣化している今であれば、そんな馬鹿らしいことに陥っても仕方ないこと。

 

「くっ……いいでしょう、それを望んだのは貴女です。どうなっても知りませんから。姉さん、使()()()()

「うん、わかった。そこまでしないと勝てない相手なんだね。いいよ、使って」

 

 そんな神威の言葉と米駆逐棲姫の許可。それと同時に、神威の周囲にゆらりと黒い靄が滲み出始めた。深雪や電のように体表から溢れ出ているのではなく、異形と化した下半身、その主砲がまろび出ている大口の中から。

 

 綾波の問うた能力を既に出し続けているかという質問。それに対して神威は小さく反応を見せたが、それは半分正解で半分間違いである。

 神威の能力はこの靄──いや、煙である。同じ煙であっても、深雪や電のような煙幕とは違う、本当にただの煙。目眩しでもなんでもない()()である。

 出し続けているのではなく、()()()()()()()。気を抜くとこのように漏れ出してしまうから。そしてこの煙が()()()だから。

 

「妙高さん、すみませんが、私は少し離れます」

「そうですか……わかりました。危ないと思ったらすぐに戻ってきてくださいね」

「勿論。抑え込まなくなると、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 おそらく妙高の能力の範囲内から外に出た神威は、挑発してきた綾波に睨みを利かせる。しかし狙いは当初の目的の通り分析を続ける暁。綾波を見ながらも、クレーンと剛腕を駆使して再び跳んだ。

 先程はそれに合わせてグレカーレが飛び込み、同じように剛腕をぶつけて暁を守ったが、同等の膂力があるものは今ここにはいない。艤装同士のぶつかり合いとなった場合、まず間違いなく押し負ける。

 暁も流石にそれは理解しているため、跳んだ時点で移動を開始。分析よりも優先せねばならないのは死の回避だ。

 

「逃がしませんよ」

「こっちのセリフですよ」

 

 妙高の範囲から出たと判断し、綾波が暁を守るために地を蹴る。今ならば妙高のジャミングはないため、真っ直ぐその姿を見据えて突撃しても逸れるようなことはない。

 艤装にぶつかりに行くのは自殺行為。そのため、狙いは上半身のまだヒトのカタチを残しているところ。それこそ首を絞めるだけでもその行動は止められるはず。

 

 しかし、問題は漏れ出ている煙。わざわざ安全圏から離れたこと、そして、米駆逐棲姫にも害を与えるという発言。突っ込みながらも思考を巡らせ、どういう意味かを考え続けた。

 だが先に気付いたのは分析屋の暁。綾波の突撃はまずいと考え、しかし今の暁には主砲は無いため、一か八かの策に出る。

 

「近付かないで」

 

 取り出したのは、駆逐艦ならば誰でも持っている簡易爆雷。限られた数、さして殺傷力がそこまで高くないものの、緊急で潜水艦を発見した時にある程度の抵抗が出来るようにと携えているそれを、跳んでくる神威に向けて投げつけた。

 爆発したら相応のダメージは出る。当たりどころ次第では致命傷になりかねない。だが、今はそんな悠長なことは言っていられなかった。神威本人が質量兵器みたいなもの。そしてあの煙がよろしくない。

 

「関係ありませんよ」

 

 煙を吐き出す大口から垂れた大舌が、投げつけられた爆雷を弾き飛ばした。その方向は咄嗟とはいえ向かってくる綾波の方向。

 

「運がいいですねぇ。でも、綾波もなんですよぉ」

 

 さらに咄嗟に動いた綾波が、弾き飛ばされた爆雷にピンポイントで水鉄砲の砲撃をぶつけた。神威に押し込むように再度弾き飛ばされた爆雷は、ここまでの衝撃を受けたことで爆発。陸上で魚雷が爆発するよりはマシではあるものの、やはりかなりの衝撃がその場で発生し、身体が軽い暁はそれだけで小さく吹っ飛ばされてしまった。

 だがそれが功を奏し、神威の着地位置からは大きく離れることが出来ており、神威の攻撃は勿論のこと、吐き出す煙に触れることもない。

 

 神威は綾波を一瞥しながらも、狙いは暁から変えていない。爆雷の爆発を喰らいながらも暁に向けて、その大口から思い切り煙を吐き出した。揺らいでいるだけでなく、意図的にぶつけるように。

 

「暁ちゃん、口を塞いで!」

 

 綾波が言うが早いか、暁はすぐさま腕で自分の口と鼻を塞ぐ。どう見ても排煙であるそれを意図的に吹きかけられたのだから、それが攻撃になっていることなど一目瞭然。

 しかし──

 

「っ……っ!?」

 

 息を止めていても、暁は小さく苦しみ出す。吸わずとも、その煙は顔、()()()()()()()()()

 

「質問に答えますよ。貴女と言う通り、私は力が常に出続けています。ですが、それを抑え込んでいました。()()()()()()()()()()()()

 

 何もしていないのに暁が膝をつく。まるで力が抜けるように。死に至るかどうかはまだわからないが、煙に巻かれるだけでこれだけのダメージを受けてしまっていた。

 長く受け続けたら、命に影響があるかもしれない。しかし、一度受けてしまったことでそれ以上の回避も出来ず、

 

「貴女の力……()()()()ですか」

「ご名答。私は常に、毒性のある排煙を吐き出してしまうんですよ。無差別のね」

 

 神威の能力は、『排煙』の曲解。体内の毒性を穢れと共に吐き出し続ける、無差別の煙。この煙は敵味方問わず蝕み、一吸いするだけでも力が抜ける。直接、多く吸ってしまった場合は、それこそ命の保証は出来ない。

 

 そんな力だからこそ、神威は常に抑え続けてきた。明らかに平和に程遠い──()()()()()()()()()()()であるため、なるべく使わないようにしてきた。そもそもこれが()()()()()()みたいなものなので、妙高のジャミングでも回避不能。本当の無差別攻撃。

 だが綾波にアレだけ挑発されたことで、我慢をやめた。妙高の作り出す安全圏から出て、仲間に被害がない場所で排煙をばら撒く。

 最初からばら撒くということも作戦にはあったが、この力、突風が吹いただけでも危険であるため、米駆逐棲姫が使用を禁じていた始末。勿論それは、自分の命可愛さなのだが。

 

「少しでも吸えばこの通りです。どれだけ強くても、どれだけ優れていても、この力は全てを覆す。私以外は、どんな相手でも。故に……私でも怖いんですよ」

 

 周囲に排煙をばら撒きながら、身体に力が入らなくなっている暁に向けて主砲を構えた。綾波が突っ込んできても、自分がやられる前に排煙を吸うことになる。息を止めていても、皮膚に付着する。フルフェイスのヘルメットを被っていても、隙間がないわけではない。爪で刺されない対策も、()()には通用しない。

 

「なるほど、そういうことでしたかぁ。でも、煙というのは見慣れたものでしてねぇ。どうすればそれが回避出来るのか、こちらはわかっているんですよ。ねぇ」

 

 綾波はもう神威を見ていない。その向こう側で、刀を納めて構えている神風を捉えていた。

 

 神威はそれを聞いていなかったのか、それとも知っていても頭の片隅にも残っていなかったのか。ここには()()()()()()()()()()

 神風が妙高ではなく神威の方を向いていた。周囲に目が行かなくなっていた時点で、艦娘達の位置が大きく入れ替わっていたのだ。

 

 神威が米駆逐棲姫に許可を取ったときには既に動き出していた。その最初が、伊203。誰よりも早い、早すぎる程の直感力で、神風が神威についた方がいいと即座に脳内で計算していた。

 そこからはイヤホン越しの小声の通信。神風と伊203の立ち位置が入れ替わり、夕立は伊203と共に妙高を止める側に移動。神風はその時が来るまで納刀し、そして今に至る。

 

「煙を晴らすことくらい、朝飯前よ」

 

 ダンと、誰にでも聞こえるくらいの強力な踏み込み。港の地面にヒビが入るのではないかと思えるほどの衝撃。そして、いつ抜いたのかわからない程の速さでの抜刀。構えているかと思っていたら、既に刀は解き放たれていた。

 刹那、暴風とも思える風が吹き荒れた。艤装を装備せず、鉄の棒で振るうだけで突風を起こすその居合抜きを、艤装ありで本来の刀を握った状態で繰り出せばどうなるか。

 

 その場に滞留しかけていた毒の排煙はあっという間に霧散。毒素が拡がるのではなく、そこには何も無かったかのように綺麗な空気だけになった。

 

「これで、どうにでも出来ますよねぇ」

 

 綾波の突撃は止まらない。排煙が無ければどうとでもなる。だが、主砲の前で力が抜けてしまっている暁を救う方が先決。このまま煙関係なしに撃たれてしまったら、流石にどうにもならない。

 神威をどうにかするよりも先に、暁をその場から離れさせることを選択した綾波は、猛スピードで駆け抜け、暁を抱きかかえた。

 

「あや……なみ……っ」

「毒素は流石に暁ちゃんでもどうにも出来ません。ここまで分析ありがとうございました。今は休んでいてくださいねぇ」

 

 真後ろから神威が砲撃を放っていたようだが、その姿を見ることなく回避すると、暁をそのまま安全……とは限らないが、未だ朦朧としているグレカーレの方へと連れて行った。

 

「川内さぁん、暁ちゃんのこともよろしくお願いしていいですかぁ?」

「ああ、絶対に守るから安心してよ。そろそろアイツらにお仕置きしてやんな」

「勿論でぇす。街を破壊するだけでなく、毒までばら撒くような輩には……」

 

 もう邪魔だと言わんばかりにフルフェイスのヘルメットを脱いで投げ捨てた。視界の制限を取り払い、最も動きやすい状態になり、大きく深呼吸。

 ヘルメットをしていても毒の排煙は回避出来ない。ならばもう必要ない。より強く動けるスタイルで行く。

 

「一分一秒とここにいてもらいたくないですからぁ」

 

 コンバットナイフを構え直し、笑顔を見せた。

 

 

 

 

 笑顔の起源は威嚇である。綾波の笑顔は、まさにそれだった。

 

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