神威の得た力が『排煙』の曲解──敵味方の区別なく、無差別に害を与える毒ガスであることが判明。そしてそれを受けてしまった分析担当の暁が倒れてしまった。
思い切り吸い込んだわけではなく、皮膚から吸収してしまったことで効果を受けてしまい、今は綾波の手で運ばれて、グレカーレと共に戦線離脱。川内に任せて、綾波はヘルメットを外しつつ溢れんばかりの殺意を見せつけた。
その手には、殺傷力はないものの威力は相当な暁の
「綾波……気持ちはわかるけれど、神威さんを殺すのだけはやめてよ」
神風が忠告するものの、綾波に理解出来ているかどうかはわからない。何せ、この鎮守府で共に戦う仲間達の中でも、一番と躊躇いなく言える大親友である暁がやられたのだ。
「保証は出来ませんねぇ。そうしないとあの毒ガスが無くならないというのなら、街の安全のためにも、ガスと一緒に息の根も止めなくちゃいけませんからぁ」
掌の上でナイフをクルクル回しながら語る綾波には、既に殺意以外無かった。量産化を施された者の治療法がまだ見えていない今、この毒ガスの対処法は
ここに気付いたことで、綾波の煽りは一層激しくなる。
「そういえば思い出しましたけど、そちらのおバカなお姉さん……というか、その思想に染められたおバカな妹さん達、みんな揃って特異点のことをいるだけで悪だと宣っていましたよねぇ。神威さん、貴女も同じこと思ってますぅ?」
ニコニコしながら少しずつ歩みを進める綾波に、神威は嫌そうな顔をしながら排煙を続ける。
「ええ、その通りです。特異点はこの世界には不必要なもの。いるだけで問題が」
「なら貴女が問題にならない理由を教えてもらえます? 敵味方関係なしに蝕む毒ガスをばら撒くような貴女が人のことをとやかく言える理由を。深雪ちゃんは軍港都市に被害を出していません。むしろ、街のために奮闘してくれています。誰にも被害を出さないように。それに対して貴女は何なんです。悪を斃す正義なら、何の無関係な一般市民も巻き込んでもいいと? 少しの犠牲で諸悪の根源を始末出来ればいいとか、そんな巫山戯たこと考えてますぅ?」
話しながらもノータイムで水鉄砲を発射。真正面から放たれたそれに対して、神威はただ回避するだけで済ませるものの、綾波の進行は止まらない。
「特異点を始末するためなら命を失ってもいいと言えるこの街の市民はいますかと聞いているんです。教えてくださいよ。貴女達の大義名分を証明してくれる無関係な人間をこの場に連れてきてください。ああ、勿論量産化なんていう頭の中を弄るようなことをしてはいけませんよ。自分の思っていることをただ言うようなお人形さんの言葉に説得力があるなんて思わないでくださいねぇ。それに、死体を持ってきて賛同したから死んだというのもダメです。本人からの言葉を聞きたいので。ほら、それが出来るんですか? 絶対に貴女達に賛同すると心の底から言えるんですか?」
ここまで突きつけられて、神威は無言になる。梅も秋月もそうだった。結局のところ、目的の達成ばかりを使命として植え付けられているだけで、その理由が全く無い。空っぽのまま、姉の言うことをただただ聞いているだけ。大義名分なんて何処にもない。姉がやれと言うからやるだけ。
そんな空っぽな妹達を束ねる姉の方に目を向ける。もう綾波は神威すら視界に入っていない。神威自体は神風──排煙の天敵である風を起こす者──が牽制している。行動も起こさせない。
「ねぇ、そこのお姉さん、妹達にこれだけやらせてるんです。よっぽど高尚な大義名分があるんですよねぇ。特異点の何が悪いか、綾波にわかるように説明してもらえますか? わざわざ精神を抉るような手段を使ってまで平和な軍港都市をここまで滅茶苦茶にしたんです。勿論、納得出来る理由がお有りなんでしょう? 今すぐ、ここで、誰もが納得するように、時間をかけずに話してもらえますかぁ?」
妙高の能力の範囲に入っているため、今攻撃をしたところで全て外れるだろう。そういう場所にいるから余裕そうにしている米駆逐棲姫に対し、綾波は笑顔を崩さずに問う。妹じゃ埒が明かない。その指示を出しているトップに、直々に説明してもらわねば困る。
綾波のそれを受け、米駆逐棲姫はハッと鼻で笑いながら語り始めた。
「どうせ話しても理解出来ないんじゃないかな。低能な君達に」
「何故話さずに決め付けるんですぅ? まさか時間稼ぎですかぁ? ハッキリ言いますけど、時間を稼いだところで貴女の立場は好転しませんよ。だから、貴女の生き延びる道は、正当な理由であることを綾波にちゃんと語り、綾波自ら貴女の考えを良しとさせることです。本当に特異点が悪であり、この軍港都市の平和を妨げる存在だと証明してくれるのなら、いくらでも力を貸してあげますよ。だから、早く話しなさい。貴女の道はそれしかありませんよ」
綾波は折れない。何をされても。故に、米駆逐棲姫にとって、
実際この時点で詰みなのだが、米駆逐棲姫はまだそれに気付いていない。
「なら教えてあげるよ。特異点の存在は、人類の進化を阻害する」
「進化、ですか。それはどのように?」
「人が皆高みに昇れば、戦争なんて起きなくなる。皆平等になり、戦いそのものが無意味になるじゃないか。それこそ平和だとは思わないかな」
出洲と同じことを語り始めた。つまり、米駆逐棲姫は
あの時の出洲の発言を聞いていなかった綾波と神風にもわかった。この発言は非常に薄っぺらいものであると。
「特異点はそれを止めるために生まれたんだよ。人が高みに昇るための手段を是とせず、淘汰するために。存在そのものが進化を阻害する悪だ。人類全てを高次の存在へ押し上げることの何が悪い。私はいち早くその力を貰えたけれど、これほど素晴らしい力は無いよ。これなら戦争なんて起きない。起きるはずがない。それなのに、何故それを特異点は潰そうとするのかな。平和を目指している私達の邪魔をすることは、それはもう悪だろう?」
ひとまずここまで綾波は黙って聞いていた。そして、これ見よがしに大きく溜息を吐いた。
「
「は?」
「貴女の言葉はなーんにも面白くないんですよぉ。納得も出来ないし、意味もわかりません」
綾波の笑顔に嘲笑が含まれるようになる。
「そもそも、戦争が起きなくなる高次の力とかいう何言ってるのかわからない力を使って戦争を起こしている貴女みたいなのがいるから説得力がカケラも無いんです。気付きましょうよそれくらい。だから貴女はおバカさんなんです」
「……知った口を」
「そりゃあ知るでしょうに。ここまでやっておいて自分のことが知られていないと思っているんですかぁ? 貴女、平等を謳っているその高次の力を使って、お山の大将を気取ってるんですよ? 平等なんて何処にもない。今この場を見るだけでもわかることじゃあないですか。それもわからないくらいにおバカさんなんですかぁ?」
出洲の言い分からしておかしかったのはそこなのだ。あの時、高みへと至るために試練を課しているなどと話していたのだが、米駆逐棲姫にはそれすらない。出洲の受け売りを、自分の都合のいいように解釈しているようにすら思える。
高次の力を得て、周りの者を洗脳出来るようになったことで、
「本当に平和を望んでいるなら、無闇矢鱈にその力は使いません。それに、使ったとしてもそうやって自分の盾にするような戦い方はしません。洗脳術であっても、世界のために使う方法はいくらでもあります。綾波なら、その力で深海の身体が手に入ることを利用して、身体が不自由な人に生を謳歌させるとか考えますかね。勿論、頭の中を弄るなんてことはしません。どうしても洗脳しなくてはならないというのなら、そもそもその力が間違っています。人間の権利を剥奪する力に、平和なんてついてきませんよ」
心底興味なさそうに米駆逐棲姫を見下すような視線で語る。肩を竦めながら、そんなこともわからないのかと。
「結局、その力を振り回している時点で悪は貴女なんです。大義名分はただの言い訳。自分の言うことを聞く者が正義、文句を言う者は悪。そんなこと言えるの、知恵が足りない子供までです。……まさか貴女、それくらいお子様だったりします? その身体になったからわからないだけで、元はそんなこともわからないくらいの子供だったとか? ああ、それなら納得行きますね。我儘放題のお子様が力を手に入れたんですもの。貴女おいくつですかぁ? 迷子センターはここじゃありませんよぉ?」
煽りに煽って嘲笑はより深く。それだけ綾波が怒り狂っているということに外ならず、それを休息を取りながら眺めている暁も、辛そうではあるが溜息を吐いていた。しかし、通信を使って咎めることもしない。
「まぁ、貴女が法が裁けないような年齢であっても許すつもりはありませんけどね。ここまでやっておいてお咎め無しなわけがないんですから。もしかしてそこも狙ってました? 自分は子供だから刑罰は軽いし好き勝手やっても何も言われないとか思ってました? 残念ながら、ここはそういう国ではないんですよ。触法少年だなんて認めません。それに貴女は今や深海棲艦。人間様の法は意味を成しません。なので、貴女は最初から極刑と決まっていました。さっさと死ぬか苦しんで死ぬかの違いだけです。足りない脳味噌でもわかるように、もう少し簡単に説明しましょうか」
ジャミングによって逸れることを理解した上で、水鉄砲を本人ではなく足下にぶつけるように何発か放つ。当たらないと高を括っていた米駆逐棲姫が、ほんの少しだけ小さく震えるのが見えた。側近のように侍る伊26とZ1が壁になるように前に出る。
「貴女の行為は全て、この軍港都市では死罪です。なので、ここで死んでください。魚の餌にはしませんよ。そんな穢らわしい身体で生態系を狂わされたら堪ったものじゃありませんから。それに……」
嘲笑は自信のある笑みに変わる。
「これから、妙高さんのあの力も突破されます。貴女が怖がっている特異点が、ここまでの経験で得た策を巡らせて、しっかり終わらせてくれます。楽しみにしてください。貴女の余裕はそれで全てが終わります」
そう言って綾波は深雪の方へと目を向けた。
「神風があっちに行った代わりに、フーミィと夕立が来てくれたんだな。だったら都合がいいぜ。これなら、確実に行ける!」
「なのです。深雪ちゃんの
神威が完全に止められている裏側、『ジャミング』の曲解を攻略するため、深雪の立てた作戦が動き出す。
「何を考えているかは知りませんが、貴女達の攻撃は当たりませんし届きません。何をしようと?」
「はっ、好きに言ってやがれ。絶対に当たるし届く。その時になって吠え面かくなよ」
深雪の自信満々な笑みに妙高は苛立ちを感じていたが、その策が読み解けない時点で思考の劣化は相当であった。
「みんな、力を貸してくれ。白雲、フーミィ、夕立、お前達となら確実に上手く行くからな。電、やるぞ」
「なのです!」
ちらつく煙幕はより強く。その思いの強さを表すかのように溢れていた。