妙高の持つ『ジャミング』の曲解を突破する策。それは、深雪の過去の経験から思い付いたものである。その条件は全て揃っていた。
それを小さな声で通信から保前提督に伝えたところ、たった一言、『やれ』である。暁からもその案をやろうと合意を得られたため、この戦場で実行に移した。
「当たらねぇのはわかってんだ。でも、やれることはいくらでもある! 夕立!」
「任せるっぽーい!」
深雪の合図と同時に夕立がまたもや魚雷の投擲。流石に見ないで投げるということはしなかったものの、そもそもが妙高を狙ったわけではない。飛んだのは、
狙わなければ真っ直ぐ飛ぶというのは既に分析済み。狙いを定めることでジャミングの影響を受けるのだから、そもそも狙っていない。見る者によっては、この夕立の魚雷の投擲は、ただただすっぽ抜けたようにしか見えない。
これがいつもの妙高ならば、まず間違いなく警戒する。後ろに守るべき仲間がいるなら尚更だ。
そして、量産化による思考の劣化を受けている妙高であっても、あからさまに真上に投げてきたことに対しては訝しげな表情を浮かべる。だが、ジャミングに絶対的な自信があるのか、それをどうにかしようとはしない。
勿論、米駆逐棲姫やそれを護衛する伊26とZ1も。神威の射線上に投げることをしていたのに、それでも何をしてくるつもりだと避けることもしない。
「フーミィ!」
「了解」
すっぽ抜けたかのような軌道を描いたその魚雷を、伊203が拳銃で撃ち抜いた。これを妙高に狙いを定めていたらあらぬ方向に弾丸は飛んでいただろう。だが、こちらも妙高のことは見てもいない。妙高の真上に辿り着いた魚雷を、ただただ破壊するための一撃。
「何をしようとしているのかは知りませんが」
「わからねぇならわからねぇままでいてくれよ。ほら、アンタはあたしを狙って撃ってればいいんだ。視線外していいのか?」
妙高の意識を自分に向けるために、ここでも深雪は挑発。ただでさえ劣化している思考に、怒りを植え付けてより周りを見えなくする。
「あたしの知ってる妙高さんは、ちょっとした動きでも何枚も裏側を読んできたよ。でも、アホのせいでアホにされてっからな。こんなことも読むことが出来なくなってやがる。ホント、姉が姉なら妹も妹ってことだよなぁ。おら、
真上で破壊された夕立の魚雷。それは爆発を伴って洗浄液を妙高にぶちまけることになる。当然ながら近くにいる米駆逐棲姫達にもその飛沫は飛び散った。妙高から少し離れているとはいえ、飛沫はどうしても当たるもの。
ジャミングは攻撃にしか反応しない。魚雷による攻撃ではなく、たまたま真上で破壊されただけであり、洗浄液が降り注いだのは
いきなり水をぶち撒けられたようなものなので、妙高はわかりやすく苛立ちを顔にした。
「たかが水をかける程度……」
「だったらもっとあげるっぽい!」
すかさず夕立は魚雷を投げ続けた。1本2本と投げていき、それを伊203が的確に撃ち抜く。そこに妙高が、元凶である米駆逐棲姫がいるにもかかわらず、そこにもう目を向けていない。ジャミング回避のためにそうなるのは当然といえば当然なのだが、やっていることがやっていることなだけあって、夕立と伊203が戦場で遊んでいるようにしか見えない。
魚雷を投げる。破壊して洗浄液をぶちまける。そしてまた魚雷を投げる。この繰り返しに、いい加減気分が悪くなったか、まず片方のウツボ型生体艤装が水飛沫を払うようにのたうち回り、もう片方の生体艤装は深雪ではなく夕立を狙って砲撃を放ち始めた。
勿論、ただ狙っただけの砲撃を喰らう夕立ではない。それは軽々と避け、それでも魚雷を投げることはやめない。残弾尽きるまで、あくまでも妙高の頭上狙いで投げ続ける。
流石にここまでされたら同じことを続けることに違和感を覚える。直接攻撃出来ないようにしているのは妙高ではあるが、だからといってここまで無駄な攻撃を何度も何度も繰り返す理由が何か。
妙高だけでなく、米駆逐棲姫も深雪が考えていることが掴めていない。しかし、この水飛沫は何か良くないことが起きるような気がしていた。
「そもそもよぉ、こっちの水鉄砲は洗浄液って知ってるよな。ニムとレーベは無力化させてもらうぜ」
洗浄液の水飛沫は無差別である。いくら妙高の能力の範囲内に入っていたとしても、自らの身体で回避しない限り当たってしまうだろう。流石に2本目の魚雷からは水飛沫を回避し始めてはいたものの、それでも付着は免れない。
何故なら、ジャミングの範囲に入るために、全員が近しい場所にいるのだから。自分の身を守るために身を寄せ合っているようなもの。米駆逐棲姫的には妙高ですら盾や壁程度にしか考えていなそうだが。
カテゴリーYである米駆逐棲姫や、深海棲艦化させられた妙高には効かないであろう水飛沫──洗浄液ではあるが、未だただ量産化させられただけの伊26とZ1には充分に効く。ほんの少しだけの付着であっても穢れを浄化していき、少しずつ蝕み、そしてある程度時間が経過したところで──
「あっ……っ」
まず伊26が膝から崩れ落ちる。洗浄液の効果がしっかりと出てきており、この戦いの真っ只中であっても容赦なく力を失わせた。
「ニム、だいじょ……うぁ……」
勿論Z1にもそれが効き始めてくる。ただの量産されただけの者に回避する術などない。
これまでは姉を守るための最後の壁だったが、こうなってはただのお荷物。こんなところで倒れていては、今は多少離れていても、妙高の蠢くウツボ型生体艤装に擦り潰されてしまう可能性すらある。
「邪魔なら退かしてやれよ。妹なんだろ。姉ちゃんが妹のこと守ってやらねぇでどうするんだよ」
妙高ではなく、その後ろにいる米駆逐棲姫に忠告だけはしておいた深雪だが、最初から信用なんてしていない。力が抜けてそこにいるだけとなった2人すら、保身のために利用するのではないかと考えている。
事実、2人がその場に崩れ落ちても、米駆逐棲姫はそれに手を差し伸べるようなことすらしない。壁が剥がされた程度にしか思っていないようにしか見えない。
「まぁいいか。クズだってことは知ってたからな。どうせそうすると思ってた。電、追加で行くぞ」
「なのです! 当たらなくても撃つことはするのです!」
夕立と伊203の魚雷による雨に追加し、深雪と電は牽制するように撃ち続けた。妙高を見据えて放っているため、その砲撃は直撃などせず、あらぬ方向に飛んでいってしまうものの、撃ち続けることでジャミングの傾向がわかってきたか、本当にどうにもならないところに飛んでいくのではなく、付近の地面に飛び散った。
これは妙高のジャミングをコントロールして、
何せ2人が見ているのはあくまでも妙高。米駆逐棲姫は眼中に入っていない。綾波のような背面撃ちは出来ずとも、意図的に視界にいれないで攻撃する方法を編み出そうとしていた。これもまた不可抗力なのだから。
「……姉様、申し訳ございませんが、なるべく私の陰に隠れていただければ」
「だね……アイツら、君の力を利用し始めてる。そんな穴があるなんて知らなかったよ」
あくまでも米駆逐棲姫が主体。この状況でも守るということは考えているようだが、その思考自体が米駆逐棲姫に植え付けられたモノ。結局のところ、自分のことしか考えていないのが丸わかり。深雪も電も、そうだろうとは思っていたからこそ、より容赦なく撃ち続けることが出来た。
妙高は鬱陶しいと思った方に砲撃を放とうとするが、深雪達も夕立達も揃って洗浄液をぶちまける方向で動いているため、砲撃が乱雑になっている。近くに寄ってくるわけでもない。狙いを定めてくるわけでもない。ただ無駄に水をぶち撒けているだけ。
本来の妙高ならばこの時点で気付いていてもおかしくはないのだが、ここまで来ても全く気付いていない。
白雲が何処で何をしているか、目に入っていない。
「準備出来たか!」
「はい、お姉様方、この白雲に時間を与えてくれてありがとう存じます。お陰様で、
白雲が今いる場所は、陸ではなく海。そこで深雪達が時間を稼いでいる間にやっていたこと。それは──
「では、参ります」
垂らした鎖を海水に浸し、その先端に凍結の力を流し込むことで、ゆっくりと、しかし確実に作られていた『氷塊』。凍らせて、そこにまた力を流し、それをまた凍らせてと続けていった結果、それは並のものでは振り回すのも困難な程に成長を続けた、直撃すれば死は免れない程の質量兵器。
それを軽々と振り回せるのが深海棲艦の身体の膂力。自ら作り上げた氷であるためにより手足のようにコントロール出来るようである。
軽く跳んで陸に戻るや否や、その氷塊が接続されている鎖を思い切り横向きに振り回す。妙高を見据えながらの攻撃であるためジャミングが反応する攻撃ではあるのだが、白雲を中心に360度、点ではなく線での攻撃であるため、長さが足りていれば当たらないわけがない攻撃となる。
最初は足りてなくとも、白雲が一歩、また一歩と妙高に近付けば、ジャミングなど関係なしに距離が詰まる。そして、逸れることもなければ届かないこともない一撃が繰り出されるわけだ。
「そんな雑な手段で!」
しかし、ゆっくりとだが確実に距離が詰まったところで、妙高はそれをウツボ型生体艤装で受け止めた。その口を使い、氷塊を噛み付くようなカタチで押し止めた。サイズもさることながら、その咬合力も異常だったようで、氷塊そのものがウツボの頭よりも大きいものであるにもかかわらず、しっかりと噛みついて完全に遠心力すらも止め切った。
だが、それがこの作戦の狙いである。こうされなくても大丈夫だったが、艤装で止めてくれたのはあまりにも都合が良かった。
「王手、でございます」
瞬間、妙高の艤装が一気に凍り付き、それどころか周囲のさんざん降らし続けていた洗浄液にまで凍結の力が結びつき、妙高の周囲一帯を銀世界へと変えた。
深雪がおもいだし、実行に移した作戦は、海賊船での戦いで出来損ないをどうにかするために
白雲の力を使い、出来損ないの動きと自己修復を止めるため、わざと海面を撃ちながら水飛沫を巻き上げ続けて、空間の温度をなるべく下げた後に凍結を実行する。それを今、この場で近しいことをやってのけた。
氷塊を振り回すのも、早く空気を冷やすため。そして今の時間帯は夜。三隈の策の時と同様に、陽の光が無いのだから熱されることもない。ここまでさんざん
これもまた、見えない攻撃の一種。冷気なんて、感じることは出来ても見ることは出来ない。艤装をフル稼働させているのならば、周りの空気が冷えたことなんて理解も出来なかったかもしれない。
「な、なっ……っ」
凍りついてしまったならば、艤装ももう動かない。それどころか、地面に張り付いて移動すら出来ない。さらに言えば、今の妙高の艤装は下半身から直接生えているようなもの。凍結が身体を通り、艤装だけでなく身体まで芯から凍りついていく感覚。
主砲も凍り付き撃つことは出来ない。もう、妙高には何もすることは出来ない。このままだと凍死に行ってしまうのだが、そこは白雲が寸前で止めることで、殺しはしない。
「おしまいでございます。お姉様、電様、よろしくお願いいたします」
「ああ、ありがとな白雲。お前がいなかったら詰んでた」
「ありがたきお言葉」
こうなってしまえばジャミングもなにもあったものではない。ゆっくり近付くだけでも触れられる場所まで来れる。
特異点が近付くのを黙って見ているしか出来なかった妙高の目を見て、深雪は悔しそうな息を漏らしつつも、意を決して凍りついた艤装に触れる。
「妙高さん、こんな手段で終わらせちまってすまねぇ。でも、アンタに教えてもらったことだからさ」
電はその逆側について、同じように艤装に触れた。これでも挟んだことになると信じて。
「挟んで、ひっくり返すのです」
「ああ、妙高さん、救うぜ」
そして、煙が一気に流れ込んだ。
米駆逐棲姫はその光景を見ていることしか出来なかった。何故なら、この凍結に巻き込まれているのは米駆逐棲姫も同じ。洗浄液で濡らされて、それが凍りついて何も出来なくなっていたからである。