米駆逐棲姫を守る深海棲艦化した妙高との戦いは、深雪が過去に実行した作戦を模倣した策──水鉄砲で空間全体を冷やし、白雲の凍結の力による面の攻撃で全てを凍らせることにより、『ジャミング』の曲解すら乗り越えて行動不能に陥らせることで終了した。
動けないのならばジャミングしたところで意味がなく、触れられるところまで近付ける。主砲も凍りついて砲撃を放つことも出来ない。もう見ていることしか出来なくなり、深雪と電がウツボ型生体艤装に触れると、一気に煙幕を流し込む。
これによって、妙高の治療は完了。これまでと違って頭と脚というカタチで挟むのではなく、右と左で挟むことになったものの、不都合も不具合もなく、妙高は元の姿に戻ることになった。
ウツボ型生体艤装が直接生えていた下半身も、今はもう人と同じ脚に元通り。何処にも後遺症のような跡すら残っていない。それがわかっただけでも上々である。忌雷によって異形にされたとしても、治療さえすれば人間のカタチに戻れるのだから。
そのため、同様に下半身が異形化してしまっている神威も、治療さえ出来れば元に戻せる。そう確信した。
「次は神威さんだ。クソ寒いここで素っ裸で寝かせるのは悪いんだけどさ。……つーか、ニムもレーベも悪い。寒いだろうけど我慢してくれ。運んでもらう時に湯を持ってきてもらうから」
先に無力化されて力無く倒れていた伊26とZ1も、当然白雲の凍結に巻き込まれている。今や自分の力だけでなく凍結によっても立ち上がれず、ただでさえ妹と化したことで薄着にされていることもあり、寒さと恐怖でガタガタ震える羽目となった。この状況に文句も言えない。
伊203がどうせ自己修復があるから無理矢理剥がそうかと案を出したものの、それは流石に残酷すぎると電が制する。あと通信先の保前提督も。いくら軍港都市を破滅に追いやろうとした敵の仲間にされたとしても、流石にそれは可哀想だという見解。
だが、そうやって思われるのは、あくまでも被害者の面々のみ。元凶はそれでは済まさない。
「待ってろよクソ米。まずはお前の妹達を全員元に戻してやる。お前は最後だ」
凍り付き動けない米駆逐棲姫に吐き捨てた深雪は、あえて視線を合わせることなく次の相手、神威に目を向けた。
綾波と神風の牽制によって毒ガスは吐けない状態になっており、ギリッと歯軋りが聞こえていたレベル。深雪も電も、神威のそんな表情を見たことがなかったため、それがまた米駆逐棲姫への怒りを増幅させることになる。
「神威さん……次はアンタだ」
「私はそう簡単にやられはしませんよ」
「大人しくしてくれ。そうでないと、
深雪が脅威に思っているのは神威のその能力ではない。その後ろ、神威の首ならいつでも取れるぞと言わんばかりの笑みを浮かべる綾波だ。これ以上街に害を及ぼすならば、本当に命の保証はないと、コンバットナイフをクルクル回しながらゆっくりと近付いてきている。
妙高が失われた今、ジャミングもなくなり守るものは自分の力しかない。その力が無差別に蝕む毒ガスであるため、守らねばならない姉ごと巻き込んでしまう。
今向いている方向的に、毒ガスを吐いても姉には影響はない。しかし、吐いた瞬間に神風が風を起こすのは目に見えている。そして、そうなったら最後、次に毒ガスを吐くまでの時間で綾波がその首を斬り裂いているだろう。
「動かないでくださいねぇ」
こう話している間も、綾波は水鉄砲を放ち、神威の下半身、異形化した艤装を攻撃している。洗浄液をかけたところで毒ガスを止められるわけではないのだが、今の状況では全く意味合いが変わってきた。
「白雲、頼めるか」
「かしこまりました。あの艤装がよろしくないのですね。綾波様が濡らして下さっているので、白雲の力を効果的に注ぐことが出来るでしょう」
深雪の言葉に頷いた白雲は、すぐさま神威に鎖を振った。先端に生成した氷塊は、妙高の艤装が噛み砕いてくれているため、今はもうそこまで重たくない。むしろ程よく小型化され、分銅のように反動が付けやすくなっていた。
その先端が神威の下半身に触れた瞬間、先程の妙高と同じように、艤装部分が一気に凍結。綾波が水鉄砲で水をかけたことによって凍結が一気に早まり、あっという間に動けなくなる。
その大口も凍り付いたことで、毒ガスを吐き出すことすら出来なくなった。つまり、これで神威は無害化である。
「電」
「なのです。神威さんも、元に戻すのです」
「ああ、すぐにやろう」
毒ガスも吐けなければ、砲撃も不可能。当然ながらクレーンも凍り付いているため、物理的な攻撃も出来ない。魚雷も使えやしない。神威もこの凍結によって完全に詰みの状態となる。
拳を握りしめながら近付いてくる深雪と電に、怒りや憎しみを覚えつつ、最後に残ったのはただ恐怖だった。
深雪は凍り付いた艤装の正面に、電は神威の後ろに回り込んで、一緒にその艤装に触れる。
「挟んで、ひっくり返す」
「なのです」
そして、妙高の時と同じように煙幕を展開、流し込むことによって治療に成功した。
艤装は凍り付いていたものの、元の姿に戻ると同時にその艤装そのものが失われたことで、神威は綺麗な身体になっている。案の定全裸で凍り付いた地面に横たわることになるので、それだけは可哀想だったが。
これによって、米駆逐棲姫以外の敵は全て無力化に成功。残すところは元凶ただ1人。これまではその命を取らないように細心の注意を払いながら戦うことになっていたが、ここからは違う。
「さぁて、この街をこれだけ混乱させてくれた報いを、しっかり受けてもらわなくちゃいけませんねぇ」
心底楽しそうに前に出てきた綾波。しかし、殺意だけは人一倍である。米駆逐棲姫のやらかしたことによって、街の一部は大きく破壊されており、この戦いだけでもグレカーレと暁が傷を負っている。グレカーレは自己修復が大分進んでおり、もうそろそろ動けるだろうが、暁は毒を受けてしまっているため、今でこそここにいるが入渠は必須。未知の毒素であるため、それで治るかどうかも今はわからない。
特に暁がやられたことが、綾波の逆鱗に触れている。それもあってか、綾波はもう一切躊躇がない。拷問も辞さない程に。
だが、ここで米駆逐棲姫のダメなところがさらに出てくる。
「はっ……その混乱を生んだのも、特異点がここにいるからじゃないか」
この状況でもこのスタンスを崩さない辺り、米駆逐棲姫は本当にわかっていない。
「はぁ〜……本当に、本当にお子ちゃまなんですねぇ。なら同じことをお返ししましょうかねぇ。貴女がここでこんなことをしなければ、この街は壊れることは無かったんですよぉ。特異点を始末したいなら、なんで街にいる時を狙ったんですかぁ? 貴女には海の上でも戦える艤装があるでしょう? 何故正面から戦いを挑まないんですぅ? 勝てる自信が無いから、こうやってズル賢い……いや、賢くないですね、ズルいやり方でしか戦えないんでしょう?」
見下すような視線で、米駆逐棲姫に暴言を吐き続ける綾波。ここまでの鬱憤を晴らすように。
それを誰も止めようとしない。毒で辛そうにしている暁も、この綾波を止めようという気はさらさら無い。
「貴女のせいで、ここにいる仲間達は全員嫌な記憶が植え付けられました。もしかしたら、日常生活も難しくなるかもしれません。それ、どう落とし前をつけてくれるんですかぁ? 貴女がそういう手段しか取れなかったくらい弱いせいで、必要のない痛みを負うことになったんですよ? まさか、ここまでの混乱を巻き起こして、何人も苦しい思いをさせておいて、自分は悪くないなんて言うんじゃないでしょうねぇ?」
米駆逐棲姫の被害者は、簡単には数えきれないくらいの人数になっている。うみどりの面々、軍港鎮守府の面々、街の一般市民に至るまで、10人20人では収まらない規模の被害が出ている。
その上で戦闘があったせいで家屋もいくつか破壊されているのだから目も当てられない。軍港都市側は被害が出ないよう水鉄砲を使って戦っているくらいなのに。
「もしかして、妹達がやったことだから自分は関係ないなんて言うんじゃないでしょうね。お姉さんなら、妹がやったことの責任くらい取ってくださいよ。とりあえず賠償請求から行きましょうか。貴女が奴隷のように働いても一生払いきれない金額になりますけど、いいですよねぇ。貴女の妹達がやらかしたことです。ちゃんと管理している貴女がどうにかしないとダメですよぉ。あ、その妹達がいなくなったんだからチャラとか思ってますぅ? そんなわけ無いじゃないですかぁ。だって、貴女の妹達は、貴女の量産品なんですよねぇ。コピーの罪は、オリジナルの罪でしょう? 意思を持っていないのならまだしも、貴女は明確な意思の下で、ここまでの被害を齎したんですから。でも、貴女みたいなお子ちゃまにお金を稼ぐなんてことが出来るでしょうかねぇ。やり方わかりますぅ? その無い頭で考えてみてくださいよぉ」
ここまで来ると、米駆逐棲姫が哀れに思えてきた。おそらく暁の分析は本当に間違っておらず、この米駆逐棲姫は艤装は持っていてもまともに戦えるかもわからないくらいに弱い。この戦闘でも一切手出しをしなかったことがそれを物語っている。やる勇気もないのにナイフを持っている悪ガキみたいなものだ。武器をチラつかせればビビって言うことを聞くとでも思っているタイプ。
ここまである程度自分の思い通りに事が進んで来たからこそ、ここまで図に乗ってしまった。あまりにも学が無さすぎて、逆に可哀想に思えてくる程に。
「質問に答えてくださいねぇ。貴女が妹に仕立て上げた子達、どうやったら元に戻せますぅ?」
その質問に対して、米駆逐棲姫はだんまり。その瞬間、綾波の足が米駆逐棲姫の顔面を蹴り飛ばした。
「っがっ!?」
「質問に、答えて、くださいねぇ。頭が悪くてもこれくらいわかるでしょう? もう少しゆっくり言わないと聞き取れませんかぁ?」
笑顔は絶対に崩さない。それが逆に恐怖を煽る。
「元に戻せるかどうかを言うだけなのに、何故黙ってしまうんですかねぇ。はいかいいえも言えないくらい頭が悪いんですかぁ? ああ、先に言っておきますけど、この街の裁判に精神鑑定なんてありませんからねぇ。責任能力だ行為能力だでこの被害を片付けられたら堪ったものじゃないですから。貴女がハッキリと自分の意思を持っていることは確認済みですしねぇ。では、もう一度聞きますよぉ。元に戻せるんですかぁ?」
対する米駆逐棲姫は、震えながらも頭を横に振った。寒さで震えているのか、恐怖で震えているのかはわからなかったが、この肯定には嘘が見えなかった。
もう、米駆逐棲姫は綾波に対して敵対心も持てなかった。ただただ恐怖心が上回っていた。
「あらあら、それは残念ですねぇ。まぁ、オリジナルが無くなったところでコピーがコピーで無くなるわけがありませんか。でも、治せる手段、心当たりがあるんですけどね」
その言葉に深雪も電も驚きで目を見開いた。
「綾波、どうすりゃ元に戻せるんだ?」
「洗浄液ですよぉ。ちょっとかかっただけでコレですから、もっと多く使って漬け込んであげれば、体内の穢れは失われると思いますよぉ。だってこの量産化、
「そういうことか……あたし達が後始末の後にやってる洗浄なんかじゃ足りないってことだな」
「そういうことです。それこそ、大浴場のお湯を全部洗浄液に替えて芯から染み込ませるくらいじゃないとダメですよ。だって注がれちゃってるんですから」
あくまでも心当たりというだけで、本当に成功するかどうかはわからないと後付け。
そこでふと思い出すことがあったようで、夕立がはいはいと手を挙げる。流石に戦いも終わっているため、フルフェイスのヘルメットは脱いで。
「涼月が那珂ちゃんに洗浄液飲ませてるっぽい。外側と内側両方綺麗になるからって。でも、お腹下してるかもって言ってたっぽい」
「お、おう、そうか……じゃあ、もしかしたら今頃、元に戻ってるかもしれないってことだよな」
深雪も流石に苦笑せざるを得なかったが、それで元に戻れているなら御の字である。尊厳に関しては今は考えないものとした。
「ということで、貴女の存在価値はもうありません。でも、どう罰を与えるかは、司令官に決めてもらうことにしましょう。今ここでは殺しません。良かったですねぇ」
米駆逐棲姫はひとまず、