港に回収隊が到着した時には、グレカーレは自己修復完了。しかし暁は毒の影響が酷く、死には至らずとも非常に具合が悪そうにしていた。排煙が皮膚から染み込んだだけでもこうなってしまっており、酷い風邪を引いてしまったような症状である。
この頃には綾波は米駆逐棲姫に興味を無くしており、暁のことを気にかけるだけになっていた。守ってもらっていた川内に礼を言いつつ、暁を心配しながら隣で撫でたり抱きかかえたりと親身になっているほど。これが本来の綾波なのかと言われたら、それはそうという曖昧な答えであった。
その米駆逐棲姫はといえば、白雲による凍結をさらに念入りに入れられており、自己修復も込みにすれば死ぬこともなく、しかし身動きは一切取れないという状況。
殺すことなく、あえて
しかし、それでも生かしておいた方がいいと考えたのは、相応の利益が得られそうだからである。
「白雲、大丈夫か?」
「問題ございません。もう少し長く凍らせ続けることが出来るかと」
「しんどくなったら言えよ。交代することは出来ねぇけど、休んでる間の監視くらいは出来るからな」
米駆逐棲姫をここから逃さないように出来るのは、白雲が凍結を維持しているからである。そのまま置いておいてもそう簡単には逃げられるような状況ではないが、念のため何も出来ないようにしておくのは必要。
結局一度も見ていないものの、米駆逐棲姫は艤装を装備しているのだ。今でこそその全てが凍り付いているため、砲撃はおろか、出力を上げることすらまともに出来なくなっているが、万が一のことを考えれば処置を続けるに越したことはない。必要もあらば水鉄砲でさらに水分を足して凍り付かせるようにしている程。
最初のうちは置かれている状況がわかっていないのか、グチグチと文句を言っていた米駆逐棲姫だが、その都度綾波が笑顔で引っ叩いたことによって、ついには喋らなくなっている。いくら頭が悪くても、ここまでされたら終わりであるとようやく自覚したか。
「……問題はこっちだよなぁ。あたし達がやっておいて言うのもなんだけど」
深雪が視線を向けるのは、ひっくり返されたことによって元に戻っている妙高と神威。これまでと同じように全裸になっており、この銀世界では非常に寒そうにしていた。気を失っているにもかかわらず、小さく震えて身体を丸くしているくらいだ。
そして、それに輪をかけて酷いのは伊26とZ1。こちらはまだ量産化されている敵対状態。しかし、凍りついた地面に貼り付くカタチで固定されてしまっているため、引き剥がすと生皮が剥がれるだけでは済まないような大変な状態。ここまでされると敵対心すら失われるようで、寒さの中で恐怖しかないようである。
事前に連絡を貰っていた通り、2人は湯をかけられながら救出されている程であった。隙を見て量産化をしてやろうと考えていたかもしれないが、当然ながら回収隊もラバースーツ着用。かつ艤装も装備しているためパワーでも勝てない。絶対に思い通りにならないとわかると、なんだかんだしおらしくはなっていた。
『聞こえるか。暁が厳しそうだから、神風を旗艦代理として扱う。こちらの状況を説明しておくぞ』
ここで保前提督による通信が入った。空母隊の艦載機による都市上空からの調査の結果、何処かで隠れ潜んでいるならわからないが、ひとまず敵対している艦娘や一般市民の姿は無くなったとのこと。勿論それだけではまだ終わったとは限らないので、戦力が整い次第ローラー作戦で確実に探し出して殲滅するとのこと。少なくとも明るくなってから。
また、綾波の発案である洗浄液に漬け込む話も既に準備が始まっており、本当にそれで効くかどうかを確かめるために、誰かを適当にドラム缶風呂に叩き込んで実験するという話である。現在は準備をしながらその代表者を決めているところらしい。
「梅の様子はどうかしら。一番初めに治療を受けているから、もしかしたら目を覚ましているかと思ったけれど」
『梅はまだ意識を取り戻していない。一晩は見越した方がいいだろう。落ち着いてはいるが、そのまま眠りについているらしいからな』
丹陽が見ていてくれているお陰で、リアルタイムな情報が手に入っている。その上で、梅はまだ目が覚めておらず、しかし普段眠っているような表情に戻ったとのこと。
深海棲艦化と強引な治療によって体力を著しく消費していると考えれば、朝までは起きないと予想するのが妥当か。
『米駆逐棲姫については、別個で搬送させる。お前達は撤収でいいだろう。歩いて戻ってこれないならば迎えを寄越すが』
「そう、ね。暁が厳しいと思うから、迎えがあると助かるわ」
『ならばもう少し待っていてくれ。よく頑張ってくれた。苦労をかける』
この保前提督の言葉によって、改めて軍港都市での戦いは幕を閉じた。
だが幕を閉じたのは物理的な戦いだけ。ここからは別の戦い──破壊された都市の復旧や、被害に遭った者達のケアなどの事後処理が始まる。
迎えに来てもらって鎮守府まで戻ってきた一行。艤装を下ろしてようやく一息ついたところで、数人に異変が起きる。
「……そろそろ限界ね」
そう呟いてフラついたのは神風。この夜の戦いで、普通ではない技を何度も繰り出しており、その度に体力を消費していた。しかも、最初のうちは艤装すら装備していない状態で。鎮守府からの再出撃の際にも心配されていたことが、ここでついに発露した。
それを支えたのは伊203である。ここで倒れたら
そして、倒れかけるのは神風だけではない。
「っやべ……」
「うぅ……」
深雪と電も気が抜けたことで体力の限界が訪れていた。特に電は、この戦いの内に特異点としての力を覚醒させ、深雪と共にひっくり返すという治療を何度も行なっているのだ。深雪も煙幕を使った後は泥のように眠るが、電も同じようになるのは目に見えている。
神風以上に消耗していたようで、フラつくだけでは終わらず、脚がもつれてしまっていた。それを支えたのは白雲とグレカーレ。
「お姉様、もう少しの辛抱です。すぐにお休みさせていただきましょう」
「それがいいね。イナヅマも大変だったでしょ。さっさと寝よ寝よ」
風呂に入るどころか着替えるのもしんどいと思っていたようだが、こればっかりはサボっていられないと、最後の力を振り絞ってやることを終わらせ、部屋にたどり着いた時には倒れ込むように眠りについた。
一方、排煙の毒にやられてしまった暁はすぐに入渠。一晩かけて治療に専念する。綾波は気が気でないようで、暁の入渠が終わるのを待つと言って聞かず、保前提督もそれを許可した。
暁の状態は、言ってしまえば未知のダメージ。入渠中に何かあったら困ると、監視役はつけておきたかったというのはあった。そのため、綾波が自分から申し出てくれたのは正直ラッキーと思えるような展開。
とはいえ、保前提督に情が無いかと言われたらそんなことはない。戦場では情に流されるなと言ったが、今は戦場ではないのだから、流されても何も問題がない。綾波がそれだけ暁のことを思っているのだから、それを無下にする必要はないと考えている。
「暁ちゃんは治るでしょうか……」
こういう時の綾波はしおらしい。暁が入渠するということ自体が、この鎮守府では非常に珍しいことになっていたのだが、そうなった時は必ず綾波も付き添っている。
「毒なんて使ってくる輩は初めてだからな。だが、それが穢れの類だというのなら洗浄でどうとでもなる。当然だが、奴らと同じように洗浄はしておくから万が一もない。安心しろ」
保前提督が綾波のそれを慰めるように話し、ポンと頭を撫でる。綾波はそれを嫌がる素振りすら見せず、むしろもっとしてほしいと言わんばかりに身を寄せた。暁がいないと寂しいとすら感じているのかもしれない。
「提督、報告が」
そこにここまでずっと裏側で走り回っていた能代がやってくる。タブレットやら書類やらを抱え込んでいる辺り、秘書艦というよりは提督補佐としての動きが多い。
綾波のそんな姿を見ても、今はそうなっても仕方ないかと苦笑して、話を続ける。
「どうした」
「川内からの連絡です。潜伏している者は見つからず。朝からローラーをかけるとはいえ、今のところは全員を捕らえることが出来ているという認識になります」
「ハルカにも確認してもらっているからな。艦娘に関してはさっき連れてきたので網羅出来ているだろう」
港から搬送した者達を加えたことで、うみどりと潜水艦勢、そして軍港鎮守府の被害を受けた者達は網羅出来たという見解に。
無力化して鎮守府前に放置していた者達は、定期的な無力化が必要なので、準備が整うまでは未だ放置中。定期的な水風船と水鉄砲は欠かさずである。こうしなくてはいけないから外に置いておかなければならないというのもある。
ちなみに、港から文字通り剥がされた伊26とZ1も、この中に放り込まれている。それもまた驚くべきことだったらしい。伊26は当初情報収集のために単独で動かされており、ラバースーツによる対策と洗浄液による無力化を米駆逐棲姫に伝えたのも伊26。それがこのようなカタチで再会することになったのは悔しかったようである。
そんな量産化を施された艦娘達、鹵獲された米駆逐棲姫を見るや否や、より絶望的な表情を見せた後に、反抗的な態度をやめた。何せ、米駆逐棲姫は生きてはいるが氷漬けのような状態。攻撃どころか動くこともままならない。しかも綾波が髪を掴んで引っ張り、地面に擦り付けながら鎮守府に運び入れるところを見せつけたことがトドメとなった。
勝てないと思わせ、心を折ることが、黙らせるには一番手っ取り早い。綾波の乱暴さは既に見せているため、それを綾波がやったというのも大きい。
「街の被害ですが、やはり秋月との戦いが最も大きかったです。それ以外は基本的にはそこまでありませんでした」
「そうか。ならば明日にでもすぐに修復の手配をしてくれ。一部妖精を使えばいい」
「了解です。あと港での戦いでうみどりが被害を受けており、修復までの時間が延びてしまったようです。追加で2日見込みとのことです」
「……それは仕方ないな。ハルカにもそう伝えておく」
妙高や神威の砲撃を受けたうみどりは、本来修理する必要が無いところまで破壊されてしまっており、もうそろそろ終わりを迎えようとしていた修復完了がどうしても遠退いてしまった。
今は艦娘達の治療やメンタルケアのこともあるので、この街での滞在はどちらかといえば良かったことなのかもしれないが、その分後始末の再開が遅れてしまっているのも問題。
今は別区域の後始末屋に応援要請を頼んでいるほどであり、うみどりが執拗に狙われていることも大問題となっている。
そのため、保前提督はちょっとした策を立てていた。それは、軍港都市にもだが、うみどりにも大きく関わる話になるだろう。
「それと……はい、
「なんて?」
「これ以上胃薬を増やさないでくれ、だそうです」
「違いない。俺も増えてきてるんだ。元帥が増えないわけないよな」
その策は、元帥をも巻き込んだ非常に大きなものである。
何故なら、米駆逐棲姫という存在を、大本営の前で裁こうと考えているからだ。全てを包み隠さず、誰もが知るべきこととして、その場で詳らかにするのだ。
これにて軍港都市での戦いは一旦終了。武力から智力の戦いへと移行していきます。