深雪達が目を覚ましたのは、それからかなり時間が経ってから。後始末屋としての仕事をしていた時よりも疲労が濃く、煙幕の力を何度も使ったことによる消耗が非常に激しいことの裏付けとなった。
以前から深雪が奇跡の煙幕を発生させた時は泥のように眠るのが当たり前になっていたが、今回は電も揃って爆睡。外が明るくなっても目を覚すことなく、最終的には昼に近いくらいの時間まで、一度も目を覚すことなく眠り続けていた。
2人で一緒に眠ったからか、悪夢を見るようなこともない。共同作業をしたということがそれだけ大きなことだったのかもしれない。
特異点同士が互いを支え合うことで、互いの悪夢も打ち消したようなもの。これからは、今まで以上に共に生きていくことを望むだろう。
「……今何時だ……」
「すごく……明るいのです……」
目が覚めても消耗が取り切れていないか、ガタガタの身体をどうにか動かして、モゾモゾとベッドから降りる2人。
白雲とグレカーレは流石に部屋にはおらず、今は何処か久しぶりのように感じる2人きりである。
「うわ、そろそろ昼メシ時じゃねぇか。意識し出したらすげぇ腹が減ってきた……」
「なのです……電もペコペコなのです」
「じゃあ……食堂に食いに行くか。流石に昨日の今日で街に遊びに行くなんてことは無さそうだし」
話している内に、少しずつテンションが下がっていく。疲れ果てて眠ってしまい、夢すら見ることなく爆睡したわけだが、昨晩の戦いは心身共に辛い戦いだった。
今思い返しても腹が立つし悲しい。ついさっきまで仲間だった者達に敵意を向けられ、罵倒され、攻撃された。それだけで心はいくつも傷付いた。
「……どうなってんだろうな、みんな」
「電達が寝ている間に、処置とかしたのでしょうか……」
「とりあえず、飯食いに行きがてら見に行こうぜ」
ここでジッとしていても何も始まらない。2人はまずは部屋を出て、今鎮守府が、この軍港がどうなっているかを知ろうと行動を開始した。
本来ならば賑やかな鎮守府なのだが、今日は昼間なのに静かなものだった。本来この鎮守府に所属する者も、かなりの人数が量産の餌食になっている。無事だったのは戦いに参加してくれた者と、普段の夜間哨戒のために外に出ていた者くらい。それ以外はほぼ全滅と言っても過言では無かった。
それ以上に酷かったのは、うみどりと潜水艦勢。それこそ深雪一行以外は全滅。丹陽や明石など、そもそもが戦闘に参加出来なかった者は無事だったが、最初から梅と秋月の捜索に出ていた者は軒並み餌食になっている。
それを思い出すと、2人して大きな溜息が出てしまった。仲間は敵となり、未だに噛み付いてくるというのならば、気落ちしても仕方ない。
「……誰もいないな。白雲とグレカーレは何処に行ったんだ?」
「今ならお昼ご飯かもなのです。やっぱり食堂が一番早いかもですね」
「だな。むしろこれでまだ治療が出来てなくて全員外で放置されてるとかだったら……」
「……あり得そうで怖いのです」
トボトボと食堂に入ると、そこにはセレスが用意した昼食を食べている見知った顔ぶれ。
白雲にグレカーレ、夕立、そして、毒から回復した暁と、過保護な雰囲気で甲斐甲斐しく寄り添っている綾波である。
「お、2人ともBuongiorno〜。まだ目が覚めないかなって思って置いてきたけど、タイミング悪かったかな」
グレカーレがヒラヒラと手を振る。深雪と電もそれに手を振り返して、近くの椅子に座った。
するとセレスがすぐさま2人のための料理を持ってくる。まるで、今必要な食事を既に用意していたかの如く。
「消耗ガ激シイナラ、マズハガッツリ食ベナサイネ。起キ抜ケデモ、コレクライハ大丈夫デショ」
「まぁ、うん、大丈夫大丈夫。腹減ってるしペロリだぜ」
「電も大丈夫だと思うのです。セレスさん、ありがとうなのです」
並べられたのは、少々重めの肉料理。ついさっきまで眠っていたところにコレはキツそうではあるものの、空腹感が凄まじくなってきた2人には、コレもしっかり腹に収まりそうであった。
「神風やフーミィは?」
「フーミィもういろいろと動いてくれてるわよ。神風は今日はお休みだって」
そこは暁が説明。本当なら暁も行動に出るつもりだったが、毒が抜けて間もないため、
神風はその力を何度も発揮した代償で、今日は丸一日を休息に使わねばならない。案の定悪夢にも魘されたようで、そこは事情を知る伊豆提督やイリスがケアしたとのこと。その真実を知る者は少ないが。
伊203は速さを求める性格上、仲間達の治療を早期に進めたいと既に動き出しているらしい。それこそ、誰もが抵抗があるような、洗浄液のドラム缶風呂に無理矢理押し込むのも、洗浄液をガブ飲みさせるのも、全く抵抗なく行なえる。
「なんつーか、流石はフーミィっつーか」
「我々にはその勇気がございません。彼の方のその強い信念には、驚かされるばかりです」
白雲ですら感嘆の息を漏らすほど。昨晩の逃走劇でもそうだが、伊203のまるで
あの時は、伊203がいなければ詰みだっただろう。艤装が無くてもある程度以上の戦いが可能な者であり、速さのために率先して動き回る縦横無尽さも兼ね備えている者が仲間にいたから、あの場を乗り切ることが出来た。
「あ、いた。深雪、ちょっと来てほしい」
そんな話をしていたからか、食堂に伊203が入ってきた。相変わらずといえば相変わらずの、少々急いでいるような表情。今回はそれに輪をかけて急いでいるらしく、まだ食事中の深雪の手を取るほど。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。フーミィ、あたしまだ飯食ってるから」
「遅いのは嫌い。今回は
「じゃあその訳を説明してくれよ!」
伊203のために味わいつつも急いで食べる深雪だが、次の伊203の言葉で喉を詰まらせてしまいかけた。
「
深雪達の前で忌雷を埋め込み、深海棲艦化した梅。それが深雪の煙幕を生み出し、電の覚醒へと繋がり、この世界で初めて
本来何も力を持たぬ
その梅が目を覚ましたと聞いたら、深雪だけで無く全員がバタバタと動き出す。しかし出された食事はちゃんと平らげて、美味しく腹を満たしてから行動に移した。
今は治療された全員と共に、軍港鎮守府の医務室で寝かされている。そこには丹陽と明石も待機しており、何かあったときにすぐに動けるようにしていた。
「あ、深雪さん、お疲れ様です。フーミィさんに聞いたと思いますが、梅さんが目を覚ましましたよ」
そんな丹陽だが、そこから動けない状態にされていた。目を覚ました梅が、泣きじゃくりながら丹陽に抱きついていたからである。
その様子を見るだけでもわかるのが、梅は
うみどり勢の中では最初に米駆逐棲姫の餌食になり、暗躍し、仲間に害すら及ぼした。その記憶を持ったまま正気に戻ったら、これまでの行いに苦しみ、それこそ心が壊れかねないくらいの痛みを感じ、こうなっている。
「梅さん、深雪さん達が来ました。少し落ち着きましょうか」
泣く梅の背中を摩りながら落ち着かせる丹陽だが、梅が落ち着くことはない。
逆に言えば、梅は艦娘としての心を取り戻すことが出来ているということにも繋がる。身体だけが元の姿に戻って心は未だに米駆逐棲姫に囚われているということが無かったことだけは少しだけ安心出来た。
しかし、そうなっているから梅は苦しんでいるというのもある。これまでの行いがどうしても心を蝕み、善性を持つ心に戻れたからこそ辛い。その時の感情も快楽も何もかも覚えているのだから。
まるで違法薬物の依存症のようにすら見えてしまう現状。梅のそんな姿に、深雪達は何も言えなかった。戦いが終わってもその傷痕を強く深く残してしまっていることに、これまでにはない怒りの憎しみが湧いてくる。
「梅……大丈夫だよ。あたし達は、あの時のことは何も思ってない」
振り絞るように深雪が呟く。鎮守府前の戦いで言われたこと、されたことを、梅のせいだなんて微塵も思っていない。全ては米駆逐棲姫のせいであり、梅はあくまでも被害者。非は何処にもなく、あの時の発言も行動も、全てが米駆逐棲姫の模倣に過ぎないのだと理解している。
それこそ、その言葉はスピーカー、その動きは操り人形であっただけ。まさに妹と称しているだけの傀儡だったのだ。傀儡はそれが悪いのでは無く、操る者に全ての罪と責任を問う。深雪はそういう考えでいた。
「梅はただの被害者だ。加害者になんて絶対にならない。悪いのはあのクソ米だけだからな」
「そうなのです。梅ちゃんは何も悪くないのです!」
深雪に続いて電も慰めるような言葉をかけた。梅の苦しみが全て理解出来るわけでは無くても、あの時の梅はこの梅とは別物であると割り切れているので、梅が許せないなんてことはない。
「ほら、梅さん。深雪さんも電さんもこう話してくれています。泣いていては、貴女の思いは何も伝わりませんよ。大丈夫、みんなが受け入れてくれます。貴女は悪くない。私もそう思いますから」
背中の次は頭を撫でて、丹陽は梅をあやす。
「いいですか、梅さん。確かに貴女は巻き込まれました。敵の思うツボに動かされて、悪虐非道な行為をやらされたかもしれません。でも、それは貴女の意思ではないんです。その時の意思は捻じ曲げられたもの。納得出来ないかもしれませんが、意思すらも手中に収められていたならば、それはもう貴女ではありません。貴女のガワを使っていた米駆逐棲姫の問題です」
優しい声色で言い聞かせるように話す丹陽に、深雪やグレカーレは海賊船の後の一時を思い出す。丹陽の前では、弱みを見せても苦ではない。全てを曝け出してスッキリした方がいいと思えるほどに、心の内が表に引っ張り出される。
「これはよくある喩えなんですが、包丁は料理にも使えますが殺人にも使えます。要は使う者次第ということなんですが、梅さんはその時包丁にされてしまっていたんですよ。包丁に罪はありますか? ありませんよね? よりによって米駆逐棲姫は包丁に罪を擦りつけようとしている愚か者ですけれど、私達はみんなわかっています。悪いのは米駆逐棲姫だけ。梅さんも、他の皆さんも、誰も悪くありません。保前提督にも聞いてみたらいいです。この鎮守府を、街を破壊したのは誰かって。あの人は間違いなくこう言います。米駆逐棲姫だけだ、と、お前達は使われただけの道具であり、道具を罪に問わない、とね。まぁ、それでも罪の意識が強いなら、街の片付けを手伝えとでも言うでしょうけど」
言いそうだと、暁や綾波は感じていた。保前提督ならば、実行犯に仕立て上げられた者の罪は問わない。しかし、納得させるために奉仕活動はさせるだろう。
あまりにも的確な保前提督の再現すぎて、内心驚いていた。まだ顔を合わせて少ししか時間が経っていないのに、ここまで理解しているのが怖いとまで。
「まだ罪の意識が重たいならば、まずは謝ってみましょう。ちょうど今、この戦いでも特に苦しんだ
撫でるのを一度やめて、ぽんぽんと背中を叩いた後、身体から引き剥がして深雪達の方へと向かせた。
その顔は、あまりにも酷かった。罪の意識に苛まれ、泣くことしか出来なかった、見ただけで落ち込んでいることがわかる顔。
「……ごめん、なさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
啜り泣くように何度も何度も謝りながら、崩れ落ちるように深雪達の前に跪くと、謝罪の気持ちを表すように土下座。そうしている間も、ずっとごめんなさいと呟き続けていた。心が壊れてしまったかのように。
そんな梅の姿を見て、深雪は血が滲みそうなくらいに拳を握り締めていた。戦いは終わったのに、後遺症に苦しんでいる梅の姿は、それだけ深雪の心に響いた。悪い意味で。
これを引き起こした米駆逐棲姫を、今すぐにでも殺したいほどに。
治療によってカテゴリーWとなりましたが、今のところ梅はああなる前に戻ったと言える状態。しかし、罪の記憶に苛まれている消耗した状態でこれなので、真に落ち着いたときにどうなっているか。