目を覚ました梅の謝罪は、深雪が止めようとしても終わらず、丹陽が止めるまでずっと続いていた。ようやく土下座をやめたかと思っても、その表情は見るに堪えないものであった。
その悲痛な謝罪を聞き、深雪は当然のこと、他の者も辛い気持ちでいっぱいだった。梅は何も悪くないのに罪悪感に支配され、これまでに見たことがないような、それこそ止むを得ない
冗談を言う隙すら与えられない重すぎる空気に、誰もがそこから動けなかった。ただ見ていることしか出来なかった。それがまた辛かった。
「……う……」
そして、それは
軍港鎮守府の医務室はそれなりに広く、忌雷を埋め込まれた後に治療を施されたことで運ばれてきた4人は、全員が同じ場所で寝かされていた。与えられた部屋の方が良かったかもしれないが、丹陽が全員纏めておいた方がいいだろうと話し、それが実現したに過ぎない。これならば、丹陽と明石だけで4人を見ておくことが出来る。
ただでさえ、今はこれだけの規模の被害を受けているのだから、人員不足が酷いことになっている。本来なら戦闘には絶対参加しないカテゴリーYの面々も、今は鎮守府内を所狭しと駆け回っている程だ。それこそ、定期的に誰かが医務室に顔を出しに来るくらいには。
そのため、なるべく1つの場所に割く人員は少ない方がいい。特に丹陽は老朽化もあるため、あまり激しく運動をしないこういう見ているだけの仕事を与えられるのも妥当。とはいえ、ここで梅達が身体だけが元に戻っていて心が敵のままならば、そのまま押し倒されて殺されていたかもしれないのだが。
「秋月さん、おはようございます。目が覚めましたか」
丹陽が立ち上がり、ほんの少しだけでも落ち着いた梅から少し離れ、秋月の側へ。梅は梅で、明石が支えながら立ち上がらせ、もう一度ベッドに戻していた。その間も俯いた表情は何処か虚ろで、止まらない涙が流れたままだった。
当然ながら、深雪達は何も言えなかった。声なんてかける余裕すら無かった。握った拳は、まだ解かれない。
そして、すぐに弾けるような叫び声である。梅がビクッと震えるが、
「……秋月さん、少し落ち着きましょうか」
先程まで梅にやっていた通り、軽く抱きしめながら背中を摩る。まずは罪悪感に押し潰されてしまった心が壊れないように、少しずつでも落ち着けるように。
泣きじゃくる梅には、丹陽がやっているようなことを明石がやっていた。丹陽ほどの温もりはないかもしれないが、思いを込めればそれは通じる。
「大丈夫です、落ち着いて、息を整えましょう。いいですか、深呼吸です。大きく息を吸いましょう。叫ぶのではなく、呼吸を意識してください」
丹陽の言っていることを理解しているのかいないのか、秋月は罪悪感に押し潰され、ただ叫ぶことしか出来なかった。そこには何故あんなことをさせられたのかという疑問や怒りが、嫌と言うほど含まれていた。
その叫び声がダメだった。罪悪感に押し潰されたことで、出てきた言葉は──
「嫌だ、嫌だぁ!
自ら、死を望む言葉。やらされたことなのに、その時は自ら望んでいた。陥れることに快楽すら感じていた。そんな感情を持った自分が、どうしても許せなかった。死罪を受けなくてはと思ってしまうほどに。
深雪達にとってそこは、
「泣き声聞こえたよ! 目が覚めたのかな!?」
その声が聞こえたからだろう、定期的に顔を出しているという黒井兄妹が駆けつける。改造により大型にされてしまった体躯であれば、艤装を身につけていない梅と秋月くらいなら、簡単に押さえつけることが出来る。透は少々抵抗があるようだが、状況から鑑みて、躊躇は置いてくる。蛍はそもそも何の遠慮も躊躇もない辺り、性格の違い、そして
「丹陽ちゃん、私が代わるよ。秋月ちゃんの方が起きたばっかりかな?」
「はい、少しお願いします。私より蛍さんの方が落ち着けると思いますので」
「体型的な話なら、そうかもしれないね。やたらでっかくされた母性の塊を使わせてもらうよ。ほら透、そっちは梅ちゃんお願いね」
「うん、わかった。僕も今は同性にされているんだ。蛍と同じように……出来るはずだよ」
丹陽でも抑えられていたが、2人が手伝ってくれるならと丹陽は一歩引く。すると、蛍は丹陽と同じように正面から抱き締め、その胸に頭を押し当てるようにして温もりを与えた。流石にやりすぎると呼吸が止まってしまうので、そこはやんわりと。勿論、今は見えていない頭のツノには細心の注意を払って。
顔から出ているあらゆる液体で服が濡れていくが、気にした素振りもなく、大丈夫大丈夫と笑顔で秋月の背中を撫で始めた。
透の方も同じように梅を抱き締める。やはり元男性ということで少々勝手の違いを感じてはいたものの、そこは一旦完全に忘れて、宥めることを優先。むしろ表情だけでいえば、蛍よりも母性を感じさせるものであった。
「大丈夫、辛くない、怖くない。みんなが秋月ちゃんのことを許してくれてる。だから、死にたいだなんて思わないでね」
「生きているだけでも充分なんだよ。死んで終わったらそれで何も出来なくなっちゃうんだから」
最初の内は泣き叫んでいたものの、黒井兄妹のあやし方で思うところがあるのか、少しずつではあるが落ち着いてくる。
「それを罪だと思っているのなら、死んで終わりにしようだなんて思っちゃダメだよ。そもそも罪なんかじゃないんだから」
「人の罪を自分のモノと思って、辛くて、死にたくなるだなんて、勿体無いよ。生きていれば、いいことはあるさ」
何せ、黒井兄妹も強制的に姿を変えられ、殺戮兵器に勝手に括り付けられて、深雪達を殺そうとさせられた者達。その上、姿は未だに深海棲艦のまま。思考の操作まではされていなかったにしても、敵に利用されて特異点を始末する道具にされたという点で考えれば、境遇は殆ど同じと言ってもいい。
「よくよく考えてみなよ。本当だったら死んでてもおかしくないところだったのに、今は姿も戻って生きてるんだよ。こんなに嬉しいことはないでしょ」
「
特に透の方は、不治の病が深海棲艦化で治ったという経緯もあり、命に対しては非常に敏感。死にたいと言う者に対して複雑な感情を持ってしまう。
しかし、そんなことなどおくびにも出さず、あくまでも2人に寄り添っていくスタイルを崩さない。そう考えてしまうのも仕方がないことと思っているため、罪の意識をあまり否定はせず、しかしそれを
これは黒井兄妹も思っていたこと。強制的にやらされていたこととはいえ、艦娘を襲ったことは間違いなく、その時の感覚も当然ながら覚えている。蛍はさておき、透はそれを自分がやったことと思い、罪の意識を持つにも至っている。
それから脱却出来たのは、そんなこともモノともしない
「だから、まずは乗り越えよう。辛い時はみんなが支えてくれるからね。勿論、深雪ちゃん達も。ね?」
「当然だ。あたし達は誰も、誰一人として、みんなに罪があるなんて思っちゃいない。悪いのは元凶のクソ米だけだ。今のお前達には、そんな意思なんて無いんだろ。今でもあたしが……特異点が殺したいか。そんなことないだろ」
少しその時の感情を思い出させるような言葉ではあるが、むしろ今は違うと自覚させるための荒療治でもある。
「あたしは、お前達がもうそんなこと思っていないってわかってる。だからそうやって悔やんでるんだと思ってる。大丈夫だ、あたしは気にしてない。あれはお前達の本心じゃないってちゃんと知ってるんだからな。誰が悪いかなんて一目瞭然だ。それは絶対にお前達じゃない」
深雪の言葉に、電達もうんうんと頷く。敵対はされたし、暴言も吐かれたが、それを梅や秋月の罪とはカケラも思っていない。
その2人だけではない。今回敵対した全員に対して同じように思っている。アレだけのことをされても、悪いのは
「だからさ……あたしは前までの関係に戻りてぇよ。一緒に後始末屋がやりてぇ。何かあったら助けるし、助けてほしい」
握りしめた拳を解いて、2人に手を差し伸べる。軽い気持ちじゃない。本当に、心の底から、元の関係に戻りたい。その気持ちを強く込めた。
そこには願っていても煙幕はなく、ただただ気持ちのままに行動したに過ぎない。無意識の内に、特別な力を使わずに。
そんな簡単に割り切ることは出来ないのはわかっているが、それでも少しだけでも前を向いて欲しかった。
「……難しいよね、やっぱり。でも、深雪ちゃん達の気持ちがわかったなら、あとは考えるだけだと思う。秋月ちゃん、こうやって思ってくれてる深雪ちゃんの気持ちを考えずに死にたいだなんて、まだ思うかな」
「梅さんはどうかな。辛いだろうけど、苦しいだろうけど、でも全てを受け入れてくれる深雪さんのことを、どう思うかな。それを口にした方がいいと、僕は思うよ。何も話さずに心に押し留めているから、もっと辛くなるんだよ。だから、口にしてみたらいいと思うよ」
黒井兄妹の言葉に、ほんの少しだけでも落ち着けたか、泣き叫ぶことはやめた2人。
そして、少しだけ離れて思ったことを口にする。
「ごめんなさい……ごめんなさい深雪さん……私はもう、貴女のことを邪魔だとか殺したいだとかは微塵も思ってません……あの時の私が……おかしかったんです……」
「梅も……梅も同じです……。深雪さんのおかげで元に戻れたのに……ごめんなさい……」
今はただ謝罪しか出来ない。落ち着くのにもすぐには難しい。しかし、ほんの少しでも前を向くきっかけが出来たなら、それでいい。深雪はそう思い、2人に笑顔を向けた。
「大丈夫だ。あたしは、誰のことも嫌いになったりしないし、あの時のことをグチグチ言うようなこともしない。態度にも出すつもりはないさ。だから、時間をかけてくれてもいいから、一緒に……うん、一緒に歩いて行こうぜ」
今は謝ることしか出来ずとも、折り合いをつけられる時がきっと来る。そう信じるしかなかった。
妙高と神威は大人ですが、梅と秋月は子供。こんな辛いことに耐えられるはずもなく、今はただ、泣くことしか出来ません。