時雨、スキャンプ、そして那珂が治療完了したことによって、量産化を施された者達への手段が確立。ここからは、あちらが何を言おうとも、一切の容赦なく洗浄液で満たされた浴槽にぶち込んでいくことになる。勿論、漬け込みながら飲ませるまでして、体外体内両方ともを綺麗にするために。
そのために、今の鎮守府の大浴場は一時的に封鎖。大規模の治療に使われることになってしまった。しかし、こればっかりは早急に終わらせる必要がある。何故なら、今回の被害者には一般市民もいるのだ。
「悪いが、今日は大浴場が使えない。代わりにシャワールームを開放しているから、夜はそちらで頼む」
治療法が確立出来たと呼ばれたことで工廠にやってきた保前提督からそう言われてしまっては仕方ない。それに、治療が最優先なのは当然のことである。
シャワールームは出撃の後に艦娘達が戦闘の汚れを取るための設備。うみどりでは穢れを洗い流すために服を着たまま浴びていたあの施設だが、軍港鎮守府ではそうではない。穢れを落としつつも、どちらかと言えば汗を流す要素の方が強い。
そのため、風呂代わりには都合がよかった。湯船に浸かってゆっくりまったりすることは出来ないものの、清潔感を維持することは可能であるため、全く問題ない。
「あと、風呂には近付かないでほしい。治療中の者達がそこにいるというのもあるが……そのだな、特異点の姿は
「わかってる。あたしもあんな目で見られるのは気分がいいもんじゃないからさ」
「すまない。こればっかりはな」
申し訳なさそうな保前提督に、深雪は苦笑しながらそれを理解し、受け止めた。
ただでさえかなり強引な部分がある治療法であるため、それをするだけでも普通ではない文句が出たりする。ただでさえ口が悪くなっていた時雨とスキャンプは、それはもう酷いものだったらしい。
そこにさらに罵る対象である特異点がいたならば、より一層酷くなるだろう。深雪も傷付くが、治療を受けている者も正気を取り戻した後にその言葉を思い出し、頭を抱えることになる。
今以上に傷付けたくないのならば、今は顔を合わせない方がいい。米駆逐棲姫を残酷に捕える様を見せつけ、それでも折れない者を治療して、もう抵抗は不可能だと思い知らせた状態なのだから、これ以上
「ここからは治療に専念する。ハルカや忠犬にも話してあるが、全員が治療されるまでは、うみどりもおおわしもここで待機だ。ただでさえ、うみどりは追加で破壊されているからな。修復にさらに時間がかかっている」
「……そっか、そりゃあ仕方ない。そろそろ後始末の仕事もヤバいくらい溜まってんだろうな……」
「そこは……まぁ心配するな。もう大本営が手を打ってくれている。別の場所の後始末屋に救援を頼んでいるからな」
うみどりがここまで長期に動けなくなることは今までに無かった。しかも状況が状況だ。うみどりに無理を言うわけにもいかない。ならばどうするかと問われれば、同じ業種の仲間達に助けてもらうというのが一番妥当。
後始末屋は後始末屋同士の付き合いがあまり無い。というか
だとしても、情報共有くらいはちゃんとしているし、それを受け持つ提督同士の仲も悪いどころかかなりいい方。特に伊豆提督は、そういうところの人間関係を大切にしているため、互いにいい協力関係を結んでいる。
そのおかげで、今回の件を伝えたところ、ならば是非と持ち場が隣接する後始末屋がすぐに駆けつけてくれたという。伊豆提督に貸しが作れるなんて最高だという打算的なことを言う者もいるが、それは絶大な信頼関係が為せる業。
「だから、お前達は心配しなくていい。修復が完了したら、また嫌と言うほどにやることになる。それに今、お前達に必要なのは休息だ。ちゃんとわかっているのか。この戦いが終わって、まだ1日も経ってないんだからな?」
「なんかすげぇ長い期間戦ってた気分だからな……昨日の今日って感覚が全然しねぇよ」
「嫌な方向で濃厚だったんだろうさ。だから、まずは休め。ただ、街に行くのは今日は控えておいてもらいたいがな。こちらもあの米野郎のせいで戦力が駄々下がりだ。鎮守府防衛のために、待機で頼む。ハルカにも話は通している」
代わりに鎮守府内では好きにしてくれて構わないというお墨付きも貰った。そのため、今はただ、鎮守府で自由に過ごすだけとなる。
ここから、各々別行動を始める。
軍港鎮守府所属の綾波と暁は、ゆっくりと休息しろという保前提督の指示により、一度ゆったりと昼寝でもすると自室に向かっていった。暁は今日は病み上がり判定を受けているため、業務も原則禁止。そうなるとやることが無くなってしまうため、部屋に篭って適当に休むとのこと。綾波もそれについていくカタチで去っていく。
さらに、伊203は事を早く終わらせたいという気持ちが強いため、量産化の治療を手伝うと言って気付けばいなくなっていた。あの淡々とした性格ならば、元仲間を顔面から浴槽に叩き込むのにも躊躇は無いだろう。その方が早いというのなら、率先してそれに参加する。
各々が自由に過ごしていいということで、夕立は時雨の手を引いて演習をしようとノリノリ。実際は、治療されたばかりの時雨の心情を汲み取って、暴れることで少しは気を晴らせという思いやりだったりするため、時雨は苦笑しながらそれに便乗。夕立がやらかさないようにとグレカーレもそちらについていくことにした。
スキャンプは復帰したのも束の間、爆雷投擲中の丁型海防艦達に見つかり、飛びつかれるようにして抱きつかれた。治ったことを見た子供達は感極まっており、スキャンプはスキャンプで少々恥ずかしげではあるものの、内心では苦手な子供達にヒーヒー言っている。このまま捕まったようなものなので、ここからは子供達と行動することになるだろう。本人の意思はさておき。
深雪達も何するかと思っていたところ、量産化を施された元仲間達の前で一曲歌い終わってきた那珂が、ふらりと工廠の奥へと向かうのが見えた。そして、保前提督に少し話をした後、そのまま奥へ。
「ん? 那珂ちゃんどうしたんだ? 治療を手伝うならあっちじゃないよな」
「なのです。あっちは、お試しの治療を受けた時雨ちゃん達が来た方なのです。何か他にあるとは思えないのです」
「気になるのなら、追いますか?」
「……話だけでも聞いてみっか」
その那珂の行動が気になった深雪達は、少し早足で那珂達を追うことにした。
そこまで急ぐことなく、深雪達は那珂に追いつくことが出来た。追いかけてきた深雪達の姿に驚いたのは、那珂よりも保前提督。
「自由にしろと言ったはずだが」
「その結果がこれだよ。気になったからこっちに来た。那珂ちゃんが何をしに行くか気になったからさ」
「んー、深雪ちゃん達は、あまり来ない方がいいかも。今から行くところは
俄然何をするのか気になる言い方である。ハッキリとした言い方では無かったため、保前提督が補足説明を入れた。
「那珂は米野郎に会いたいと言ってきたんだ。俺としてはやめた方がいいと思ったんだが……」
「那珂ちゃんのお仕事は、みんなを笑顔にすることなのです! それは勿論、敵も味方も。お米ちゃんだって、その対象だからね♪」
何と、那珂はこの期に及んで米駆逐棲姫との面会を申し出たという。那珂自身も妹にされ、その掌の上で好きに扱われた被害者。だというのに、その加害者たるカテゴリーYに対して、笑顔にすることと言い出した。
深雪も流石にこれには驚きを通り越して唖然とした。自分ならその顔を見た時点で怒りが溢れ出す。言葉を聞いただけでぶん殴りたくなる。いや、
保全提督もこれは、無茶を通り越して無謀、むしろ無駄だと言ったのだが、那珂はやりたいと言って聞かず、最終的には折れたカタチになる。
「マジかよ那珂ちゃん……アイツは流石に……」
「まあまあ、やらずに諦めちゃいけないんだよ。だって那珂ちゃんは、アイドルだから!」
自信満々、というよりはやる気満々。上手く行っても行かずとも、これもまた経験だと那珂は折れるつもりはないらしい。
「……それでもお前達は来るのか? 俺はやめておいた方がいいと思うが」
保前提督からもコレである。だが、那珂の決意を見たことで、深雪達はそれを見届けたくなった。これほどまでにメンタルが強い那珂が、米駆逐棲姫相手にどういうことをするのか。
深雪達は別の戦闘にかかりっきりだったため知らないが、那珂は海賊船との戦いで相手をしたカテゴリーY、駆逐水鬼と少しだけでも心を通わせた実績がある。最終的にはケジメというカタチで駆逐水鬼を討つこととなってしまったが、その心を溶かすことにはほぼ成功していた。
それが米駆逐棲姫に効くとは、どう考えても思えない。だとしても、カテゴリーYは話が通用することを知っているのだから、やってみたい。アイドルとして、チャレンジ精神は常に持ち続ける。それに何をされたとしても。
「あたしは……那珂ちゃんの
「電もなのです。本当に何か出来るのなら……例えあんな人でも、何か変わるかもしれないのです」
「万が一のことがあれば、この白雲がお姉様と電様をお守り致します」
3人とも、那珂の選んだ道を否定することなく、見届ける道を選んだ。そこでまた怒りを覚えるかもしれない。許せないことが起きるかもしれない。だとしても、それ以上に
「……わかった。ならついてこい。何が起きても俺は知らないからな。ハルカに文句を言われても、お前達が選択したの一点張りで行かせてもらうぞ」
「ああ。頼む」
深雪達も覚悟をした。それが本当にいいことかはわからない。その道が間違っている可能性すらある。だが、あえてそれを選択した。
那珂の生き様を見届けるため、アイドルの在り方をこの目に焼き付けるため、特異点はあえて茨の道を行く。
工廠の奥のさらに奥。普通ならば誰も立ち寄らないような場所に、地下に降りる階段があった。その存在は誰もが知っているが、誰も使うことのないその部屋は、
鹵獲された米駆逐棲姫はそこに放り込まれている。当然艤装は解体済み。また、その爪が危険であることは百も承知であるため、何も出来ないように皮の手袋で縛り付けられた挙句、拘束具を着せられることで身動き一つ取れないようにされていた。
舌を噛んで自害されないように猿轡までされ、本当にただ生かされているだけという状態。米駆逐棲姫に自害する勇気があるとは到底思えないのだが。
誰も見張りがいないというわけには行かないため、少し離れた位置に今は能代が座っていた。秘書艦ではあるものの、今は米駆逐棲姫の監視も重要な仕事。ここでも出来る仕事をバリバリとこなしている。
ちなみに夜は川内が見張り番をするとのこと。夜戦となれば真価を発揮する彼女ならば、夜の監視にはもってこいの人材。
「よう、米野郎。面会人が来たぞ」
保前提督の言葉にチラリと目を動かした米駆逐棲姫だが、那珂よりも先に深雪が目に入ったことで、ハッと鼻で笑ったのが聞こえた。猿轡のせいで話は出来ないが、どういう態度なのかは一目瞭然。
しかし、それを見ていたのかいないのか、いつものノリで一歩また一歩と前に出る那珂。
「提督、能代ちゃん、お米ちゃんの口、解放してあげてもいいかな? 那珂ちゃんはファンとのちゃんとしたお喋りがしたいんだけど」
「それは流石に我慢してくれ。善処はするが」
「はーい、それじゃあ……」
睨み付けるような表情の米駆逐棲姫を前に、那珂は満面の笑みを浮かべた。
「こんにちはー! 艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー♪」
そして、いつもの挨拶からこの面会が始まった。
本来ならば怒り狂っても誰も否定しないような相手でも、営業と称して笑顔を振り撒きに行く那珂ちゃんの勇姿。深雪にはどう映るでしょうか。