「こんにちはー! 艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー♪」
相変わらずの那珂の第一声。澄んだ声が懲罰房の中で響いた。
その那珂の視線の先にいるのは、『量産』の曲解が封じられた米駆逐棲姫。猿轡まで噛まされて、言葉は何一つ吐き出すことが出来ない状態ではあるのだが、目は口ほどに物を言うなんて言葉があるように、那珂を見る目は非常に冷たく、しかしすぐに現れた感情は
自分が何者かわかっている状態で、こんなことをしようと思ったのなら、余程の愚か者だと米駆逐棲姫は思った。
量産化によって妹となり、自分の言いなりになっていたというのに、
「今日は、少しだけでも那珂ちゃんのお姉ちゃんになっていた貴女と、お話しをしに来たんだ。今は話せないようにされちゃってるけれど、那珂ちゃんの言うことに答えてくれると嬉しいな」
那珂は笑顔のまま、しかし淡々と話を続ける。あくまでもここに来たのは保前提督が言うように面会。しかも、恨みつらみをぶつけるために来たのではなく、ただ話がしたいからという理由である。
米駆逐棲姫はそれでも那珂のことを睨む。彼女からしてみれば、那珂は一度妹になったにもかかわらず、今は特異点についている
「前に駆逐水鬼ちゃんとも話をさせてもらったんだ。戦場で、戦いながらだったけれど。その時にも聞いたことなんだけどね。貴女は、深雪ちゃんのことを魔王だと思ってるの?」
割と直球に聞き出した那珂。米駆逐棲姫は、駆逐水鬼と聞いても誰のことかピンと来ていないようだった。そもそも
そういうところはやはり軍属ではない。一般人が改造を受け、深海棲艦の姿となり、凶悪無比な力を手に入れただけの存在。それを宗教的な教えで洗脳教育を施された者と考えるのが良さそうである。
ともかく、那珂が知りたいのはそこではない。深雪のことを魔王だと思っているかどうか。まずはそこに尽きる。
米駆逐棲姫は那珂の質問に対し、当たり前だろうと言わんばかりの冷たい視線を送った。那珂を睨みつつも、奥にある深雪を見つめ、やはり鼻で笑うような素振り。
「うーん、そこが本当にわからないんだよね。駆逐水鬼ちゃんにも話したけれど、なんで深雪ちゃんのことを全然知らないのに、そう言われたってだけで魔王なんて悪口が言えちゃうのかな」
可愛らしく首を傾げ、指を立てながら本気で疑問を投げかける。
これまでの敵は全員そうだった。盲目的に深雪が悪であり、平和を壊す魔王であると信じきっていた。そう言われたから、そうなのだと。
「那珂ちゃんも貴女のことは全然わからないよ。まぁ、那珂ちゃんのお姉ちゃんになったってのはあるけど。確かにあの時は、那珂ちゃんも貴女と同じ考え方になってたから、深雪ちゃんのことはただただ悪いヤツ! って感覚しか無かったんだよね」
その時の感覚を、苦しげもなく飄々と話す姿に、深雪達は驚きを隠せなかった。
あの時のことを思い出して、羞恥心を刺激されていた時雨、苛立ちを全く隠さなかったスキャンプと見てきているが、両方とも、
しかし、那珂はあの時のことであっても自分の過去として受け入れ、笑い話には出来なくても、覚えておかねばならない情報であると認識し、体裁を取り繕うこともせず、素直にそのままを曝け出す。
「でもさ、今考えたら本当に何も裏がなく深雪ちゃんのことを悪人って思ってたんだよね。何かされたからとか、何かするつもりだからとか、そういうのもない、
大きな身振り手振りを交えて、それこそこの質問そのものをエンターテイメントにするかのように大袈裟なアクションで聞いていく。那珂のアイドル魂はそういうところでも見え隠れ。
対する米駆逐棲姫は、相変わらず冷たい目で那珂を見ていた。そんな質問をされても答える義理はないと目が語っていた。だよねと、那珂は大きく溜息を吐く。
「結局みんなそうなんだけど、理由もないのに深雪ちゃんのことを悪人呼ばわりするのって、流石におかしいんじゃないかなって那珂ちゃん思うんだ。何処をどう見ても悪人じゃないよ? なのに、なんでそんなに
那珂は絶えずニコニコ。しかし、真正面の米駆逐棲姫だけは、その那珂の瞳の奥に燃えているものを感じることが出来た。
本気の疑問。ただ深雪は悪だからと盲目的に信じて、だから何をやってもいいと何故考えられるのか、それを教えてほしいと突きつけている。
ここまで聞いたところで、保前提督が能代に合図を送る。それに頷いた能代は立ち上がると、なんと米駆逐棲姫の猿轡を外した。那珂の質問に答えられるように。それが悪態であっても、正しく論戦が出来るように。
「ありがとー。やっぱりファンとの交流はお喋りが無いとね♪」
「今回だけだぞ。だが、俺も興味がある。何をどう考えたらここまでのことを正義と宣ってしでかすことが出来るかをな」
そう、米駆逐棲姫はあくまでも正義のためという名目で、軍港都市全土を巻き込んだ戦いに発展させたのだ。巨悪を斃すためには致し方ないと言わんばかりに。
「それじゃあ、もう一度聞くね。なんで深雪ちゃんのことを何も知らずに悪だって断言出来るのかな?」
今はマイク型の探照灯は持っていないので、ただ握り拳をインタビューのように突きつけて、問いに答えるように促した。
猿轡を外された米駆逐棲姫は、いくらでも話せる状態。故に、解放されたかのように話し出す。
「そちらの艦娘にも話したことだよ。特異点はいるだけで人類の進化を阻害する──」
「えっとね、那珂ちゃんはそういうのを聞いてるんじゃないんだよね」
ニッコリ笑うが、米駆逐棲姫は気付いた。那珂の目の向こう側は、
「貴女の考えを聞かせてほしいな。何でそれを信じることが出来るのか。だってそうでしょ? そんな突拍子もないことを突然言われても、疑問を持たずにその通りですだなんて言えないと思うよ? 那珂ちゃんはお姉ちゃんの妹にされた時にはそんな感じだったけど、今思い返せば何で疑問に思わなかったのかが疑問だもん」
那珂は常に、米駆逐棲姫自身の言葉を、借り物ではない本心を教えてほしいと言い続けている。上辺だけの正義ではなく、正義でなくてもいいから米駆逐棲姫が何を考えて何をしようとしたかを。
「話せないかな。何か考えがあるからその言葉を信じて、ここまでの大事をしたんだよね。何も知らない普通の人達まで巻き込んで、でもそれが正義だからって信じて。それ、本当に正義かな。那珂ちゃんは思うんだけどね、自分の考えを強制するのは正義じゃないよ。それに、本当に正義だったら、自分の思い通りにならない人を攻撃するなんてことは絶対にしないもん。そこまでしないといけない理由が、貴女の中にはあるはずなんだ」
淡々と、笑顔を崩さず、心を抉るように突きつける。正義と信じたこの行動は、敗北によって別のモノに変えられようとしている。米駆逐棲姫はそれが気に入らなかった。
「自分が正しい。だから自分に異を唱える者は全員が悪だ。誰が何と言おうと、正義は自分にある。周りがそれを認めないのが悪い。それを信じて揺るがない。それって……
グサリと、音が聞こえたように感じた。那珂の言葉は、的確に米駆逐棲姫の
「でも、そう考えるようになった理由がきっとあるはずなんだ。だから、那珂ちゃんはそれを教えてほしいんだよ。貴女の言葉で、何を思ってここまでしたか、ちゃんと教えて。那珂ちゃんはそれを否定することはしないよ。そこには納得出来る理由があるはず」
心を揺さぶり、痛いところを突き、しかし優しく寄り添い、本音を引き出そうとする。それでも何も言わないならば、本当に考え無しでここまでの大事を起こしたということになる。
だが、それはないと那珂は確信していた。何か思うところがあるから、ここまで大事にした。それが歪んでいようとも、
「話せないかな。じゃあ、一度休憩しよう。それでは那珂ちゃん、1曲歌わせてもらいます」
那珂以外がえっという表情をした。これに関しては本当に何の脈絡もない行動。何をいきなりと思い、米駆逐棲姫すらもキョトンとした顔に。
しかし、少し離れて那珂が歌うために口を開いた瞬間、視界が真っ白になったかのように錯覚した。誰もが息を呑んだ。アイドルの歌唱力がこれほどのモノなのかと、保前提督でも驚きを隠せなかった。
歌ったのは子守唄のような鎮魂歌。後始末の最中によく口ずさむ、魂に安らぎを与えるための曲。それをフルで歌い切る頃には、何処か夢見心地な気分になっていた。ここまで身近で、アイドルのワンマンライブを体験することなんて生涯でもほぼ無いような出来事。
那珂が歌を終えると、自然と拍手が出ていた。素晴らしいひと時を味わうことが出来たことへの感謝を表すため。
「はい、それじゃあ休憩はおしまい。さっきの話の続きをしようか」
今度は目の奥が笑っていないなんてことはなかった。本当の笑顔で、改めて米駆逐棲姫と向き合う。
この歌を歌うという行為、実際は那珂が自分を落ち着かせるために使っている。心落ち着く楽曲を歌い、それに自分を乗せることで、感情的になりそうなところを引っ込ませる。その副次効果として、それを聞いた者もまた、心を落ち着かせることが出来た。
鎮魂歌は荒ぶる魂を鎮めるための歌だ。それが死者の魂だけに効くなんてことはない。生きている魂にもしっかり届く。故に、この場にいた全員の心に安らぎを与えた。結果は言わずもがな。懲罰房という閉鎖された空間が、今や和みのスペースのようにすら感じられた。
別にそれが那珂の特別な力というわけでは無い。強いて言うなら
「少しは落ち着けたと思うから、改めて聞かせてね。なんでこんなことをしたのかな。大丈夫、那珂ちゃんはそれを聞いても何もしないから怖がらないで。納得が出来る本心を語ってくれればいいんだよ」
笑顔を向けられた米駆逐棲姫は、今の歌で確実に揺らいでいた。本来なら考えなくてもいいようなことまで考えさせられた。
ただ拘束され、監視の中でジッとしているときは、ただただ反骨心しか燃え上がらなかったが、その緊張感の中で突如、全てを緩めるようなことをされたのだ。凝り固まったところに血が流れるような、そんな感覚。
「やっぱり、理由のない空っぽの目的だったのかな。それだったら、もう自分は正義じゃないって言っているようなモノになっちゃうんだけど……」
少し悲しそうな表情を見せる那珂だが、それもすぐに振り払った。アイドルがファンにそんな顔を見せるものじゃないと。
だが、ここで米駆逐棲姫に変化が訪れる。
「……なんなんだ君は。何故、ここまで出来るんだ」
那珂の存在に疑問を持ったことで、本来の質問の回答ではないものの、今までとは違う言葉を紡ぎ出す。
「最初に言った通り、那珂ちゃんは艦隊のアイドルだよ♪ みんなに笑顔になってほしいだけ、それは勿論、貴女にも♪」
本当に、敵味方の区別なく、笑顔を振りまくだけ。
「……狂ってる。私は……そんな笑顔なんて出来なかったのに……」
歯を食いしばるように吐き出した言葉は、初めて嘘偽りない米駆逐棲姫の本心を表していたように聞こえた。
那珂はそこにすぐさま切り込む。米駆逐棲姫が何を思ってこんなことをしたか、そこに触れる。
「そっか……貴女は苦しかったんだ。この世界が。だから、世界を変えることが出来ることに、縋り付いた……ってことかな?」
「そうだよ。私は、こんな世界無くなってもいいと思ってた。でも、それが変えられるっていうなら、自分の思うままに変えられるっていうなら、どんな手段でもいいからやってやるって、私の世界を変えてやるって、そう思っただけだよ」
感情的に出した言葉の中には、強い怒りが含まれていた。
「私は……ただ
そして、その歪みも吐き出す。歪みに歪んで、もうどうにもならないところまで行った本心を。
認められるのと、認めさせるのは違う。