隣の部屋の電が目覚めたことを知ったが、深雪は部屋から出ないことを選択した。今頃、イリスからの説明を受けている頃だろうと予想しながら、運んできてもらった昼食に手をつける。
朝食は睦月と子日だったが、昼食は秋月と梅。食事を介しながら、今日あったことを聞いていた。
「今日はどちらかといえば休息ムードでしたね。深夜に後始末をしましたし、今は清浄化率の維持を確認しているところなので」
「動き出すとしたら、夕方くらいからですかね。目的地まで辿り着いていませんから」
「そっか、そういえば今、そっち方面に向かってるんだったな。いろいろありすぎて忘れてた」
今のうみどりは、深海棲艦との戦いが発生している海域に近付くことを目的としている。昨晩に移動を止められる事件が起きてしまったものの、その目的は変わらないため、ここで起きた戦いの穢れが失われていることが確認出来たら、また目的地に向かって航行を始めるとのこと。
いつもなら丸一日待機して清浄化率を確認するが、今回はうみどりの面々で処理をしたため、少しだけ待機が短くて済む。とはいえ半日は費やすようで、今は停泊中である。
「深雪さんは午後も休息ですか?」
「ああ、そのつもり。梅から借りた本もそろそろ読み終われそうだよ」
「それはよかったです! 次も持って来ますからね!」
本のことになると勢いが増す梅に苦笑しつつ、午後からの隣の部屋のことに思いを馳せる。
防音が施されているとはいえ、隣から何も聞こえてこない辺り、電はイリスの説明を静かに聞いているのだろう。もしかしたら、深雪の時と同じように、午後からうみどりの艦内を案内されるかもしれない。
深雪が午後からも部屋に篭るのは、それも考慮してだ。電が部屋の外に出るというのなら、顔を合わせないようにここから出ない。それが今の電のためになるはずだから。
「やっぱり、電さんのこと、気になりますか?」
秋月に聞かれて、勿論だと首を縦に振る。お互いに同じトラウマを持つ者同士と言ってもいい存在。まだこの世界で二人しか見つかっていないカテゴリーWの片割れ。ここまで来ると、
互いにその存在そのものがトラウマを刺激し合うが、それを乗り越えることが出来れば、間違いなく親友と呼べる仲になれる。深雪はそう確信していた。
「みんなに頼んでるけどさ、電のこと、よろしく頼むな」
「ええ、大丈夫です。必ず深雪さんと仲良くなってもらいますから」
「うみどりの仲間ですから。笑いあって過ごしていきたいですね」
頼もしい返事である。秋月も梅も、それ以外の仲間達も、電のことは気にかけている。もう、うみどりの仲間として認識しているからだ。
深雪だって同じ。電は仲間であり、共に同じ道を歩く者。仲違いなんてしていたくない。
昼食を終え、食器は秋月と梅が持っていってくれて、また部屋に一人となった深雪。食べてすぐに寝るのはどうかと思い、梅から借りている本に手を伸ばしたところで、すぐに扉が叩かれる。
このタイミングで来そうな者に見当がつかなかったので、ひとまず招き入れると、そこにはイリスがいた。その手には、今まで電と話していたためか、タブレットを携えていた。
「電への説明が終わったから、貴女にも説明しておこうかと思って」
「そっか。その電はどうしたんだ? 目を離してもいいのか?」
「今は神風が艦内を案内してくれているわ。まずはハルカに会わせに向かっているでしょうね」
最初から神風というのは違うものの、概ね深雪と同じルートを歩いているようである。
伊豆提督と顔を合わせた後は、そのまま艦内の案内。そして、うみどりのメンバーとの顔合わせ。しかし、そのメンバーの中で唯一、深雪とだけは顔を合わせることは無い。
「で、イリスがあたしのところに来てくれたってことは、電のこと、だよな」
「ええ、貴女にも知っておいてもらわなくちゃいけないもの」
伊豆提督のところに連れて行くことを神風に任せて、深雪のところに来たくらいなのだから、イリスが話すべき進展があったということになる。
「貴女がここにいることは、電も自覚しているみたいね」
いきなり本題。今の電が、深雪に対してどういう感情を持っているか。
昨晩の朦朧とした中での邂逅は、電の中でもしっかり記憶に残っていたらしい。そして、その時に目に入った艦娘が深雪──艦の時代に衝突によって沈めてしまった仲間であることも理解していた。深雪と同様に、顔を見たことで直感的に誰であるかがわかるようである。
しかし、それ以外のことは全て朧げだという。電という艦娘が海上に生まれ、この海域まで導かれた経緯は本人にもわからないらしい。それこそ本当に夢遊病の如く、ただフラフラと動き回っていたら偶然うみどりが戦う場所へと迷い込んでしまったようなものである。
「殆ど意識していなかったけど、貴女だけは認識していたというのが電が話していたこと」
「そりゃやっぱり、あたしが、その、トラウマの元凶だから」
「そもそも純粋な艦娘は、親密であれば顔を見ただけで相手が何者かわかるらしいわ。姉妹とか、
電にとっての深雪は、前者でもあり後者でもある。特型という大きな括りでいえば、深雪と電は姉妹という扱いになるし、心に刻まれているのは言わずもがな。電からしてみれば、深雪は間違いなく見ただけでわかる存在である。
「ともかく、電は深雪のことを知っている状態でここにいる。その上で、このうみどりの一員として活動してくれることを望んでいるわ」
とはいえ、トラウマを抉られ続けているのは変わらず、今でこそ艦内を案内してもらってはいるが、深雪と顔を合わせることにはまだ抵抗がある。嫌っているわけではなく、
うみどりに回収された後に気を失った電は、深雪と同じように悪夢を見ていたらしい。その内容も、深雪と全く同じモノ。当時の忌むべき記憶を艦娘の姿で再現させられ、本来無い
それが頭にこびりついて離れないのだと語ったらしい。電にとっては、深雪が自分のことをそう思っているだろうという気持ちから生まれた表情。そのせいで、まだ話してもいない深雪に対して、恐怖を抱いてしまっているようだ。
「怖くて怖くて、深雪とは話すことが出来ないって、泣きそうな顔で話していたわ。謝りたいとも言ってたわね。どうしても、心の傷が深いみたい」
「そりゃそうだろうな……。あたしでコレなんだ。電にはもっと深く傷付いてるだろ」
「ええ。ずっと浮かない顔をしていたわね」
電は目を覚ましてから一度も笑顔を見せていないという。最初に深雪という一番の傷を抉られてしまったことで、まるで笑顔を忘れてしまったかのように落ち込み続けている。
「カテゴリーWの話はまだしていないわ。ここは段階を踏まないといけないと思ってね」
最初に超弩級のトラウマを抉られているのだから、そこから追撃するようにこの世界のことを伝えると、電の心が壊れてしまいかねない。そのため、1つずつ順を追って説明していこうというのがイリスの、延いてはうみどりの方針となる。臨機応変に対応するというところがここに出ていた。
深雪の時は、全てを伝えられる前にカテゴリーMによる襲撃が来てしまったため、深雪はその場で全てを知る羽目になってしまったのだが、段階が踏めるのならしっかり現状を噛み締めた後に知るべきだろう。
今の電には、人類の罪について知るには早すぎる。
「深雪以外が全員カテゴリーCであることから伝えるつもり。でもそれは、貴女との関係がある程度軟化してからがいいと思ってるわ」
「あたしもそれがいいと思う。ただ、どうやってやりゃあいいんだろう。顔も見るのはキツいだろ。声も聞かない方がいいと思うし」
「だと思って、もう案は出してあるわ」
そう言いながらタブレットを操作し、何かいろいろとメモ書きをしている画面を出した。
「顔もダメ、声もダメ、でも意思を伝えたい。そんな時どうすればいいか。それは勿論、
視覚でも聴覚でも深雪を認識することが難しいのなら、手紙を出すことで自分の意思を伝える。文通、交換日記みたいなものである。
手紙であれば、顔も声も知らない者同士で会話が出来る。紙が難しいなら、通信機器でチャットやメールでもいい。文字による意思疎通さえ出来ればいいのだ。
「文字……かぁ」
「文字の読み書きは出来る?」
「それは一応出来るぜ。なんかそういうのは出来るようになってるみたいだから」
即戦力ということもあり、会話が出来るように文字の読み書きも出来るようになっているのが艦娘。見た目は子供でも、中身はある程度成熟しているというのが、こういうところにも出ている。
ただ、通信機器の扱い方に関しては教えてもらわなくては難しい。電話くらいなら出来るが、そこまで。
「じゃあ、また後から出来るようにするわ。いざという時はノートで交換日記でもしてみなさいね」
「……そうだな、そういうカタチでもいいから、電と繋がりが持てるといいと思ってた。そうやって仲良くなれるかな」
「なれるわよ。だって、貴女は電のことを嫌ってはいないんでしょ?」
「当たり前だぜ」
本心からの深雪の言葉。深雪は電に対して恨みも怒りも無い。ただ辛いだけ。あの時の死の恐怖も思い出しているが、だからといって電をどうにかしてやろうだなんて思っていない。
「なら、仲良くなれるようにみんな協力してくれるわ。仲違いはうみどりには必要ないし、空気が悪くなるのは控えたいしね。それに」
クスリとイリスは微笑み、言葉を続ける。
「電もね、貴女との関係がこのままなのは嫌みたいなことは言ってたわ。謝りたいのも、それが理由でしょう。でも、まだ勇気も覚悟も足りない。あの子、本当に優しい子なのね。その分、少し気が小さいみたいだけれど」
電だって深雪と同じように、この関係性を打開したいと思っているようだった。生まれたばかりであっても、その思いはしっかり持っていた。
とはいえ、電の本来の性格がどうしても足を引っ張っている。持ち前の優しさから、恐怖心が先に出て来てしまう。勇気がすぐに湧いてこない。覚悟が他の者よりも足りないところもある。
「それも電の持ち味なんだろ。優しいことが悪いことじゃないし」
「ええ、勿論否定はしないわよ。後始末のことも、いいことだって賛同してくれたしね」
「なら、うみどりの活動も肯定的なんだな。仲間になってもらえてよかったじゃん」
うみどりのことを否定していないのなら、ここで一緒に活動出来る。それだけでも充分だ。
この関係性だけどうにか出来ればいいのだから、それをじっくり進めることで深雪にも電にも楽しく生きられるような場所に持っていければいい。
深雪はもう覚悟は出来ている。決意も終わっている。あとは電だけだ。
うみどりに仲間は増えたものの、もう少しだけ時間はかかりそうである。
まずは深雪と電の文字による対話から。そこから最終的には顔を合わせ、言葉を交わし、触れ合えるようにしていきたい。
深雪と電の甘酸っぱい交換日記が次回から始まります。流石にメールになるか、それとも古典的にノートになるか。