鹵獲した米駆逐棲姫の面会を所望した那珂は、時には真正面から言葉をぶつけ、時には歌を歌って心を揺さぶり、そして常に笑顔を向け続けることで、ついにその本心を導き出した。
歪みに歪んで、もうどうにもならないところまで行ってしまった本心。それは──
「私は……ただ
自己顕示欲。米駆逐棲姫の過去に何があったのかは誰もわからない。しかし、ここまでの大事を巻き起こした理由が、それである。
思わず保前提督が前に進もうとしたが、那珂が先んじて振り向き、来ないでという気持ちを込めたウィンクを1つ。当然、その時も笑顔は忘れていない。
「誰も私を認めてくれない。努力しても報われない。そんなの、平等じゃない。でも、
出洲に傾倒するようになったのはコレだろう。弱ったところに手を差し伸べ、力を与え、そして心酔させる。甘言は心に染み渡るし、力を与えてくれた出洲に対しては必要以上に依存もする。欲しいモノをくれたのだから。
だが、ここにいる者達は察する。この米駆逐棲姫、もしかしたら本当に落ちこぼれだったのかもしれない。故に高次の力を与えられた──
今でこそ当たり前のように何人もが深海棲艦化をしているが、適性が無ければ出来損ない、生ける屍となるのがオチ。そんなリスクがある実験に、優秀な素材を使うことを躊躇うのはわからなくもない。
「私はこの力で、世界を変える。平等な……誰もが平等に──」
「うーん、那珂ちゃんから見たらちょっと違うなぁ」
米駆逐棲姫の言葉を遮るように那珂が言葉をぶつける。
「この世界が辛くて苦しいって気持ち、実は那珂ちゃんも少しはわかってたりするんだ。世界を変えたいっていう気持ちもね」
米駆逐棲姫が本心を出し始めた時から、那珂は何処か雰囲気が変わっていた。米駆逐棲姫に対して持つ感情がそもそも見えなかったのだが、今は何となく全員が勘付く。
その感情は、『同情』。米駆逐棲姫の気持ちがある程度理解出来るから、こうやって話が出来る。言われたら嫌なことも把握しており、それを即座にぶつけることが出来る。
米駆逐棲姫の妹と化したことで、米駆逐棲姫の持つ感情の一部がコピーされている。世界を変える。平等にする。それを今でも覚えている。だからこそ、那珂は米駆逐棲姫との面会を希望した。
「でもね、その変え方を間違えちゃったんだよ。貴女のしていることは、ちょっと違う」
「……知った口を」
「まぁ、知ってるからね。那珂ちゃん──
ふと、悲壮感を含む瞳の色を見せた。深雪達には何を言っているのかわからない。
那珂が落ちこぼれだなんて、微塵も思えない。歌も踊りも、海上での戦闘だって、卓越したセンスを披露し続けているとしか思えなかった。
「
少しだけでも米駆逐棲姫の感情をコピーされたからこそ、自分に重ね合わせていたとも言える。
今の那珂からは考えられないような弱音。本当にその感情を持っているからこそ出てくる表情。過去を思い返して、でもそれを忘れることなく、そんなこともあったと言えるくらいのメンタルで、今ここに立っている。
「でもね、
那珂は自分の過去を語り続ける。本来なら話したくないような艦娘となる前の自分を、包み隠さず、嘘偽りなく、敵である米駆逐棲姫に晒し続けた。
仲間に話すならまだしも、敵にそれを堂々と話せるこのメンタルの強さは異常としか言えなかった。だが、それが正しいと信じているからこそ、那珂は一切ブレない。
「自分に向いてるやり方っていうのをわかってなかった。だから、それを教えてもらったことで、
米駆逐棲姫にとっての出洲のような存在が那珂にもいる。しかし、その性質はまるで違う。他者を陥れるために利用しているのではない、他者に自分の才を知ってもらうために親身になる。ただそれだけで、運命はこうも変わった。
努力の仕方を教えてもらえたことで、全く伸びなかった才覚が一気に伸びたと那珂は語る。その結果が、このアイドルとしての資質。人を笑顔に出来る才能。その先生というのは、那珂のそういうところを見抜いて手を差し伸べたのだろう。
「
満面の笑み。そして、そのまま2曲目へ。先程の心を鎮める曲ではなく、今度は心を揺さぶり昂揚させるテンポの速い曲。
いきなり歌い出したとも思えるが、しかしすぐさま自分の空気に持っていく那珂の手腕に、度肝を抜かれた。自分の感情を歌に乗せる、空気を読まないようでいて、今のタイミングしかないと思えるところで突っ込んでくる。
その曲により、懲罰房の中の空気は明るくなった。ただ1人を除いて。
米駆逐棲姫は複雑な表情をしていた。那珂が自分と同じように劣等感で悩んでいた者であることは理解出来た。那珂が嘘をついているようには思えなかったから。むしろ、那珂はおそらく嘘がつけないような人間だから。
それなのに、何故こんなに笑顔でいられるのか。世界が壊したくなるくらいに思えたのなら、笑うことなんて出来ないだろうに、何故こんなことが出来るのか。疑問が尽きない。
「なんで……なんでそんな風に思えるのさ。この世界は平等じゃない。壊してもいいと思えるくらいに、歪んでる。だから私は
米駆逐棲姫の声色は、とても弱々しいものだった。しかし、歌い終わった那珂から放たれる次の言葉は、やはり米駆逐棲姫の心に突き刺さるモノ。
「世界は、平等じゃないよ」
自分と同じように劣等感から世界を壊したくなるような感情を持った那珂からは聞きたくない言葉でもあった。
そして続く言葉は、那珂の今の心情をとてもわかりやすく表していた。
「でも、
それに気付いたことで、那珂はメンタルのバケモノとなった。自分の居場所に気付き、仲間の居場所を察し、そこから笑顔に繋げていく。その際たるモノが、アイドル活動だった。自分が居場所にもなれるそれは、世界の在り方を自分なりに理解し、それを自分だけでなくみんなに知ってもらいたいと思った那珂には、最も適した道だった。先生も後押ししてくれた。
故に、艦娘那珂とも強く強く同調することになる。
「那珂ちゃんは思いました。貴女はもしかしたら、その居場所を奪われたんじゃないかなって」
「……え?」
「1つ質問。何をやってもダメだったって言ってるけど、貴女は
とんでもない質問をぶつけた。自分が認められないと話しているが、そこまでの努力は何をやったのか。それを教えてほしいと。
米駆逐棲姫は目を見開いた。自分の半生を語れと言うのかと。
「努力が実を結ばなかったみたいなことを言っていたよね。その努力って何をやってたのかなって。いや、那珂ちゃんはちょっと違うことを思ったの。それ、
米駆逐棲姫だけではなく、他の者──特に保前提督が反応した。最悪の方向性を。
「……まさか、意図的に落ちこぼれにされていたとでも言うのか」
「ピーンポーン♪ 那珂ちゃんの言いたいところはそれ!」
本来なら別の才能があってもおかしくなかった何者かを、あえて劣等感に塗れさせ、世界の平等を望むように思考を歪ませ、そして力を与えた。用意周到に計画立てて、準備に準備を重ねた
ある意味、この米駆逐棲姫も出洲一派の被害者なのではというのが那珂が思い至ったところ。本来歩けたであろう道を私利私欲によって閉ざされ、無理矢理別の道に置かれ、更にそれを最善と思い込まされる。最低最悪のやり方。
「すまない、那珂。俺からもそいつに質問がしたい」
「あんまり酷いことは言わないでね♪」
「感情は置いておく。単純に聞きたいことだ。おい、お前に教育をしたのは何て奴だ。出洲か」
揺さぶられた米駆逐棲姫は、この保前提督からの質問には口を噤まなかった。
「……私達を育ててくれたのは、あのお方じゃない。あのお方直属の、高次の存在。私達が目指すべき高みに至った方」
「なら出洲が直々にお前達を教育し、選別しているわけではないということだな。そいつの名前、わかるか」
「……
初めて聞く名前が出てきたことで、事態が急変する。それがわかった時点で保前提督はその場から動き出す。米駆逐棲姫の監視を能代に任せて、すぐにでも調べなくてはならないことを調べるために。
この阿手という先生が、米駆逐棲姫から本来の道を奪い、出洲の思想に傾倒するように導いたと考えてもいいだろう。本名か偽名かもわからないが、調べてみる価値はある。
「それじゃあ、今日のラストナンバーと行きましょう。那珂ちゃんのライブはこれでおしまい。お米ちゃん、いろいろ話してくれてありがとう。那珂ちゃんは貴女とお友達になれると思います」
「……何を馬鹿な」
「
友達にはなれるが、許すとは一言も言っていない。この事件の被害者は、死者は出ていなくても相応の傷を負ったに等しいのだ。謝っても許してもらえない。殴られても蹴られても、何も文句が言えないくらいの深い傷をつけられたのだから。
それをまずは自覚して、心の底から反省して、自分の間違いに気付けるかどうか。誰もがまず無理だろうと思っていても、那珂だけは笑顔を取り戻してもらうために信じていた。
米駆逐棲姫との面会はこの後、バラード系の曲を歌って終了する。これもまた、心に響く歌声だった。
新たに出てきた名前、阿手。名前はまだ不明ですが、苗字の由来は、戦争の知略を司る神、アテナ。都市の守護神という側面も持ちます。