後始末屋の特異点   作:緋寺

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これからの空気は

 那珂による米駆逐棲姫との面会が終了。懲罰房から出てきた深雪達は、ここで那珂とも別れた。

 今頃治療を受けている仲間達に歌を届けると、笑顔のままで大浴場に向かった。凄い場所でライブをしようと考えるものだと呆気に取られるものの、面会の前に既に一曲歌っており、さらには懲罰房という場で3曲も披露した那珂ならやりかねないなと察して、頑張ってと応援している。

 

「……なんつーか、あれも同情出来るところはあったんだな」

「なのです……那珂ちゃんさんの話から察するに、本当ならあんなことにはならないような人だったのですよね」

「だよな、向こうのなんとかってヤツのせいで、性格が捻くれちまったんだよな」

「阿手、というそうです。米駆逐棲姫も許し難い存在ではありますが、白雲は、裏で笑っている輩の方が気に入りませぬ。白雲には呪いがありますゆえ、過剰かもしれぬと思うところはありますが」

 

 那珂と別れてからも、少しの間は米駆逐棲姫の話題になってしまうほどである。

 

 軍港都市でこれほどの騒ぎを起こし、深雪も怒りや憎しみを持っていたくらいの米駆逐棲姫が、そうなってしまった理由が出洲一派に属する、阿手という先生にあると思われた。

 無論、米駆逐棲姫の罪が失われるわけがない。事を起こしたのは当然米駆逐棲姫だし、それによって多大な被害を受けている。心に一生治らない傷を負ってしまった者もいるし、そもそも物理的に家屋が破壊された地域もあるのだから、積もり積もって極刑とされてもおかしくは無い。

 しかし、そんな性格になってしまったのは、その阿手という先生の教育の仕方に問題があるとしか思えなかった。しかも、その先生が高次に至ったものであるということは、間違いなく出洲の息がかかっているということに繋がる。

 

「……人様の人生までぶち壊しておいて、何が平和だよ」

「被害者が被害者を生み出す()()()()でございます。到底許せるものではありませぬ」

「なのです。こんなの、平等でもなんでもないのです」

 

 白雲だけではなく、電すらもそのやり方に明確な怒りを持っているようだった。悲しみに包まれた表情であっても、内側では怒りの炎が燃え上がっているのがわかった。

 

「でも、今はこっちのことをどうにかしないとな……」

 

 出洲一派への怒りはあるが、それ以上にどうにかしなくてはならないのは、精神的な瓦解が見えている量産化された者達の処遇。

 真っ先に治療されたのが、メンタルのバケモノである那珂と、反骨心が人一倍ある時雨とスキャンプだったおかけで、今はまだマシというくらいなのだが、ここからはだんだんと精神面でも難しくなってくる面々が治療されてくる。大人しい者、優しい者は、今回の一件で精神的にガタガタになるのが目に見えていた。

 

「……医務室……行くか?」

「得策では無いと、白雲は思います。梅様も秋月様も、今は苦しいかと」

「だよなぁ……。あ、じゃあ神風の様子見に行くか」

 

 阿鼻叫喚の鎮守府内では、行くところも限られてくる。特異点(深雪)の存在そのものが刺激が強すぎると言われてしまっては否定が出来ない。洗脳がまだ解けていない状態では怒りと憎しみを向けるが、それが失われたらその全てが罪悪感と羞恥心に引っ張られてしまうのだ。その度合いが高ければ高いほど、()()()は酷くなるだろう。

 そこから考えると、その心配のない場所──力を使いすぎて消耗が激しい神風の見舞いに行くのが妥当かと考える。夕立のように演習をしてもいいかもしれないが、今はそんな気分にもなれなかった。

 

「なのです。神風ちゃんのことも心配なのです」

「だよな。昨日フラついてたくらいだし。あそこまで疲れてるの見るの、下手したら初めてじゃないか?」

「長い後始末の時も、フラつくなんてことは無かったのです。あの技……でいいのかはわからないですが、使い続けると凄く疲れるのですね」

 

 深雪と電が話すところに、白雲が不意に疑問を呟く。

 

「神風様は、何故あのような力をお持ちなのでしょう。あの力は、艦娘の域を超えております故、白雲はどうも不思議に思えてしまいます」

 

 神風の事情は非常に込み入っているので、深雪や電の口から語れる程簡単なものではない。それに、必要に迫られない限りはその事実──家族を失ったことによることで人間を辞めたこと──は知られない方がいいこと。そもそもうみどりでも神風の真実を知る者は片手で数えられるほどくらいしかいないほど。

 白雲の疑問に対して、深雪と電はなんと答えていいかわからなかった。だが言えることは、艦娘になる前から鍛えていたからここまで出来るようになったということ。詳細はぼかしている。

 

「なるほど……だから艤装が無くとも人間どころか艦娘すらも凌駕する力をお持ちなのですね。恐ろしい鍛錬、白雲はおみそれ致しました。ですが、どのように鍛えればあれほどの力を……」

「……そうだな。でも、神風のおかげであたし達は今こうしてピンピンしてるんだ。馬鹿みたいに疲れちまったとしても、五体満足でな」

 

 今はそうとしか伝えられない。神風のためにも、あまり余計なことは言えない。

 

 

 

 

 神風の眠っているのは与えられている部屋。今は声も聞こえず静かなものであるため、眠っているかもしれない。

 

「神風……起きてるか……?」

 

 あまり大きな音を立てないように扉を開け、中の様子を見る。すると、神風は既に身体を起こしており、何やら読書中。

 

「あら、いらっしゃい。今日はゆっくり休ませてもらっているわ」

「大丈夫そうで良かったぜ。つーか、ハルカちゃんがいるんじゃなかったっけか」

「ハルカちゃんなら、ついさっき保前司令に呼び出されてイリスも一緒に緊急会議に行ったわ」

 

 深雪達とはちょうど入れ違いになったらしい。緊急会議にも思い当たるところがあった。間違いなく、阿手のこと。

 

「まぁどうせ寝ているだけだし、一応こうやって暇潰しもあるもの。看病は別に大丈夫だからってことで行ってもらったわ。事実、疲れは大分取れているから、心配しなくていいわよ」

 

 読んでいた本をヒラヒラと見せる。深雪には少々理解が難しい小説のようだが、不思議と神風には似合っていた。

 

「本で思い出したけど、梅達が目を覚ましたらしいわね」

「……ああ、梅と秋月はあたしも見てきた」

「酷いものだった?」

 

 深雪は無言で首を縦に振る。電は俯き、白雲は目を伏せる。

 

「記憶を残したまま、今の意識に戻ってしまったから、酷すぎる罪悪感に苛まれているのね……。こればっかりは私達からは何も言えない。自分の中でケジメをつけてもらうしか、立ち直る手段は無いと思うわ」

 

 周りが何を言ったところで、罪悪感を払拭するのは最後は自分の精神力だ。最初から規格外すぎる那珂はさておき、時雨もスキャンプも、反骨心という精神的な力でどうにか乗り越えている。

 しかし、その心があまり強くない者は、このまま崩れてしまうことだってあり得る。

 

「だけど、言えないだけであって寄り添うことは出来るわ。私ももう少し休んだらそっちに向かうつもり」

 

 崩れてしまうならば、崩れないように支えてやればいい。神風の考え方はこれである。

 自分が被害を受けていないからそんなことが言えるのだと自嘲しつつ、しかし被害を受けていないからこそ真っ直ぐに前を見据えることも出来る。

 

「これから次々と正気を取り戻していく子が増えていくでしょ。その中でも、心配な子は何人かいる。そういう子達には、出来る限り寄り添ってあげたいわね」

 

 そんなことを話す神風の表情は、何処か()()のようだった。事実、神風は母親なのだからそういう思いを持つことだってある。

 ここにいる艦娘達は、丹陽を除いて全員が歳下。第二世代ですら軒並み歳下というなかなか無い状態。故に、母としての慈悲が全員に向く。

 

「神風様は、慈悲深いのですね」

 

 そんな神風を見たことで、白雲は不意にそんなことを呟いた。皮肉というわけではなく、単純に感心していた。

 

「慈悲……ねぇ。それに該当するのかしらね」

「少なくとも白雲にはそう思えます。戦場では鬼神の如く振る舞い、しかし日常では共に歩む者達を支える。人間とは、そういう心を持つ者もいるのですね。うみどりでは、学びも多いものです」

 

 素直に神風のその在り方を認め、褒め称えている。どうしても呪いがチラつくにしても、神風のことは本気で尊敬しているように見えた。人間が嫌いであっても、うみどりの面々は認めている。その中でもこの神風は上位ということ。

 

「ともかく、ここからが一番大変だと思うわ。特に深雪」

「やっぱりあたしか……」

「全員が貴女に罪悪感を持っているんだもの。貴女が気にしないと言っても、あちらは全員気にしていると思った方がいいわ。だから、深雪の不容易な発言が、みんなを傷付けてしまうかもしれない。貴女は一切悪くないのにね」

 

 深雪は最初から誰のことも悪いと思っていないし、むしろ元の関係に戻りたいと思っている。しかし、それを簡単に許さないのが皆の精神状態だ。

 全員が全員、特異点に対して敵意を持っていた記憶があるため、その該当者である深雪と、あの戦場で完全に覚醒した電に対して、その敵意を思い出してしまって罪悪感が増してしまう。結果、前までとは違う()()()()()()がどうしてもついて回るだろう。

 

 深雪は何も悪くないのに、深雪のせいで空気がギスギスするという、誰も報われない状況。誰もが時雨やスキャンプのように振る舞えれば話は変わるのだが。

 

「……あの3人を早めに知れてマジで良かった……」

「なのです。時雨ちゃんも、スキャンプちゃんも、殆ど態度は変わってなかったのです」

「那珂様は変化すらございませんでしたね」

「あの子達は元々の性格がああだから大丈夫なのね。でも、それこそ梅や秋月をもう見てるんでしょ? 基本はアレだと思った方がいいわ」

 

 泣き叫ばれる。謝罪される。そして、()()()()()()。それが今後ずっと続くかもしれないと思うと、気が滅入った。

 

「精神面は本当に難しい問題。しかも、一番解決したい貴女が手出し出来ない。……それが目的なのかもしれないわね。特異点から仲間を奪い取ることが。量産化で物理的に、元に戻せたとしても精神的に、特異点を孤立させる。精神は、明確に実力に影響を与えるんだもの」

 

 神風も、現状を憂いていた。深雪のことを第二の愛娘と思っているからこそ、今後辛いことが確定している深雪をどうにかしてあげたい。

 

「深雪、何かあったら私のところに来なさい。話は聞いてあげられるわ」

「……ああ、そうさせてもらう」

 

 

 

 

 何事もなく終わるわけがないことがわかっているからこそ、それ以上何も言えなかった。

 




何もしていないのに深雪はそういう目で見られるようになると思うと、本当に可哀想である。米駆逐棲姫の罪はそれだけ重い。
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