米駆逐棲姫から得られた阿手という存在。これについては、今すぐにでも上位陣の中で情報共有が必要であると感じた保前提督は、伊豆提督と昼目提督、そして可能ならばと丹陽も呼び出した。
伊豆提督は戦闘により消耗して倒れた神風の看病中だったが、優先順位が高い業務が割り込んできたため、申し訳ないと部屋から離れた。むしろ神風から早く行けと言われたくらいなので、イリスと共にそそくさと向かっている。
昼目提督は量産化を施された面々の治療中だったが、その場は他の調査隊に任せて大浴場を後にした。ここにいる者は全員が昼目提督の意志を継いでいるため、いなくても強引にぶち込むのはお手のもの。特に秘書艦鳥海は、艤装まで装備して無理矢理押し込んでいるほどだった。
丹陽は医務室で忌雷から復帰した4人の看病をしているのだが、申し訳ないが手が離せないと辞退。黒井兄妹の助けにより少しはマシになっているが、人数的には丹陽も含めてマンツーマンが可能になる人数。欠けるのはまずいと、誰かしらの増援を頼んだ。黒井兄妹が有効であることを考えると、平瀬辺りが妥当。
ひとまず丹陽を除いた2人の提督と、議事録係としてのイリスが執務室に入ったところで、保前提督は既に大本営との連絡をとっていた。
「先に連絡はしておいた。座ってくれ」
瀬石元帥には、先んじてこの街で起きたこと、そして米駆逐棲姫を鹵獲していることは伝えている。その上で、この罪を大本営の前で裁き、現在この世界が置かれている状況を知らしめることも伝達済み。
その際に来たのは、胃薬を増やしてくれるなというのが元帥からの伝言だったのだが、そこからそこまで時間が経たずに新たな情報が発信されたことで、無言で胃薬を飲んだという。
「米駆逐棲姫への尋問……まぁ、那珂が面会をしたいと言ってな、俺がそれを許可して、ついさっきまで懲罰房で話をした。裁く前に、何かしらの情報を吐くならそれに越したことはないと思ってな」
那珂の名前が出たことで伊豆提督は少々驚くものの、彼女ならやりかねないとすぐに納得。伊豆提督も那珂に面会したいと言われたら、そうかと思いつつ許可を出していただろう。
「那珂は……その、すごいな。俺ではあそこまで親身になれなかった。というか、おそらく誰にもあそこまで心の奥底を突いた発言は出来なかった。提督としてやってきたが、まだまだだと思い知らされた」
「あら、しおらしいことを言うわねトシちゃん」
「そりゃあそうだろう。あの米駆逐棲姫が、那珂と話したことで少しでも敵意を失くしたんだぞ。それに、奴の厄介なバックボーンにまで辿り着いた。お前達にも話しておきたいのはそれだ」
米駆逐棲姫の厄介なバックボーン。そこで現れた新たな名前。それについてを話し出す保前提督。通信が繋がっている瀬石元帥にも、それが今伝わっていく。
「ああするための……洗脳教育……?」
『本来の才能を踏み躙り、あるモノを無いモノとし、自らの思い通りに人間を仕立て上げる……落ちこぼれをわざと作り、精神的に疲弊させ、そこに付け入り
通信の向こう側から聞こえる瀬石元帥の怒りに震える声が聞こえた。ただ戦うだけでは無い、未来の有能な才能を壊してまで自らの手駒を増やしているという事実が、元帥に憤りを感じさせていた。
『して、その者の名は何と?』
「米駆逐棲姫は、阿手先生と呼んでいました。高次の存在であり、目指すべき存在だと」
『阿手……じゃと!?』
珍しく声を荒げる瀬石元帥。通信の向こう側からバタンと大きな音までした。おそらく、想定していなかった名前を聞いたことでその場で立ち上がり、椅子が音を立てて倒れた。
伊豆提督も昼目提督も知らない名前だが、瀬石元帥は知っている名前。
「元帥、ご存じなのですか?」
『……うむ、その名は知っておる』
倒れた椅子を起こしてしっかりと腰掛けた。流石に胃薬は飲んだばかりなので飲まない。
『阿手……フルネームは、
「同期……ということは、それなりに歳を召されていると」
『うむ。儂よりいくつか歳下じゃが、少なくとも還暦は過ぎておる。しかし……ふむ……確かに言われてしまえば、そういうことをする者と思えるかもしれん』
その阿手のことを淡々と語る瀬石元帥。
阿手はかつての提督であり、純粋種である艦娘を指揮して深海戦争を戦う者だった。しかし、その戦い方は、どちらかといえばあまり褒められたものでは無かったらしい。
ブラック鎮守府というわけでは無かったのだが、艦娘を良い意味ではなく悪い意味で兵器として扱い、ぞんざいに扱うわけでは無いが人としても扱っていないやり方。
そのやり方の筆頭というのが──
『彼女は、艦娘に
「教育……ですか」
『うむ。ヒトのカタチを持ったとしても、お前達は兵器なのだと徹底しておった。言ってしまえば、愛だの情だのを取っ払っておったんじゃ。出洲や原元元帥とは別の意味で、艦娘を娘と思っておらん』
この一種の洗脳教育である。艦娘の長所であり短所でもあるのは、人間と同様の感情を持つこと。その感情があるからこそ、チームワークが秀でている代わりに、恐怖で戦えなくなる。
今のうみどりの面々はそれが特に顕著であり、その感情があるからこそ、これまでやらされていたことを悔やんで、前を向けなくなっている。
阿手はそこを排除することで勝利を掴もうとしていた。負の感情を排除し、仲間がその場で死んでも狼狽えることのない、機械的な兵士を作り上げることで、確実な勝利を掴み取ろうとした。
『賛否両論じゃったよ。何せ、戦績は高いが、入渠率も他の鎮守府と比べてかなり高かった。自らを顧みずに戦い、確実な勝利を収める代わりに消耗も激しい。そしてそれに対して、艦娘は何も思っておらん。さも当然という表情で従っておった』
「……今では考えられませんね」
『うむ。良くも悪くも、
しかし、ここで考えてしまうのは最悪な思想。
「だが、その阿手が人間辞めちまって高次の存在っつー巫山戯た存在になっちまったから、艦娘どころか人間にもそんなクソみたいなやり方をやるようになったってことか……」
昼目提督が呟くと、そこにいる者達は全員が俯きつつも頷いた。ここで阿手の思想が曝け出される。
当時は戦争に勝つためという大義名分があったために一部黙認されてしまっていたというのもある。それもそのはず、その時の元帥が
そんな思想を持つ者が高次の存在になろうものなら、自分達の仲間以外は全部実験材料に見えてしまってもおかしくない。
出洲は人間を物理的に変え、阿手は人間を精神的に変える。協力関係も結びやすいと言えるだろう、どうしてそうなったかは今は置いておいて。
「元帥、その阿手という者は……現役を終えた後はどうなったのです?」
伊豆提督が聞くと、瀬石元帥は基本的にはわからないとしか伝えられなかった。その後も軍に残る者もいれば、退役してそれぞれの道に向かう者もいる。機密を知っているために監視はつくかもしれないが、戦いから離れたい者というのは一定数いる。
阿手は退役を選択した者らしく、その後の足跡はその時はただの提督だった瀬石元帥には掴めていない。むしろ、退役した後にそのやり方を咎められて監視がかなり強くなっていたくらいには聞いている。
しかし、その監視を掻い潜り──むしろ、その監視も息がかかっていたと考えるのが妥当──今でも何の気兼ねもなく活動をしているとなれば、苛立ちも大きい。
『よくわかった。今回の敵は……あくまでも
瀬石元帥が大きく溜息を吐いた。その心労も計り知れないものになっている。
『保前君にはもう聞いているが、その米駆逐棲姫を裁かねばならんわけじゃが……そんな話を聞いてしまうと、嫌でも情が湧いてしまうものじゃなぁ。困った困った』
椅子にどっぷりと座り天を仰ぐ瀬石元帥。保前提督と、目の前でその話を聞いているため、この街を壊したという怒りの感情と同情が綯交ぜになってしまっている。自分でも正しい判断が下せるかはわからないと思えるほど。
それに決着をつけるためにも、ここにトップ層を集めて相談したいというのもあった。米駆逐棲姫に関しては、元凶は阿手であると言えるのだが、実行犯はあくまでも米駆逐棲姫。しかも、その被害が非常に大きいのだから目も当てられない。
「俺としては当然、極刑だ。あまりにも被害が大きすぎる。うみどりの連中もそうだが、うちの艦娘にも、市民にすら心の傷を負わせやがった。洗脳教育のせいだと言っても、それが正しいと判断して実行に移したのは米駆逐棲姫にある。当然その阿手とかいうのは極刑以上に苦しめてやらないと気が済まないが、今は置いておくとしても、米駆逐棲姫にはケジメをつけてもらわないとダメだ」
怒りも憎しみも一旦置いておいて、現状を鑑みて処置を考えるのならば、それが一番適切と言えよう。那珂と話して口を割ったとはいえ、まだ心の内で何を考えているかわからないことを考えると、通常通りの刑罰に持っていくのが妥当。あれだけ話しても反省の色無しという可能性は高い。
しかし、
「……出来るかはわからないけれど、うまく終わらせる方法がないわけではないわ。思い付く限りでは、だけど」
ここで伊豆提督が小さく手を挙げる。あまりいい手段ではないがと付け加えて。
「罪があるのは米駆逐棲姫。でも、変えられた人間は洗脳されてそうするように導かれた。罪があるけどないという複雑な状況、よね」
「そうっスけど、ハルカ先輩、どう決着つけるんスか。オレもトシパイセンと同じで、極刑しか落とし所が無いと思ったんスけど」
昼目提督も米駆逐棲姫がやらかした大きすぎる事件の終わりは、米駆逐棲姫を処罰することしか思いついていない。過激とかそういうのではなく、これまでのことを考えたらそれしかないからだ。
だが、伊豆提督だけは別の道を見据えていた。
「米駆逐棲姫
人間に戻すことで、米駆逐棲姫は死罪として消滅、人間は洗脳教育の被害者として保護という形式に持っていけないか、と。
ご都合主義かもしれないけれど、罪を持つのは米駆逐棲姫だけであるという考え方。ただし、被害者がそれで納得出来るかはといえば……。