時間は夕方を回り、外が暗くなるくらいに。深雪達は神風と話をした後は、なるべく医務室や工廠には近付かずにその日を過ごした。行動出来る場所は限られてくるが、それでも休息は取れたと思える。
ただし、メンタルで言うならば、神経を使わざるを得なくなるので、あまり休めているとは言えなかった。今でこそ治療が完了して普通に出歩いているのは、時雨、スキャンプ、那珂の3人だけ。他の洗脳経験者達と顔を合わせてしまうと、最悪発狂、そうでなくてもぎこちない会話が待っている。
時間的にはもう何人かは治療が完了しているのだが、気を遣っているだけあって、今のところ誰とも顔を合わせていない。一応優先順位は一般市民にあるため、仲間達の治療は少し後回しにされているというのはあるのだが。
「なんか変に疲れちまった……」
夕食の食堂。深雪は少しぐったりしていた。こうやって気を遣いながら生活するのは初めてではないにしろ、なるべく誰にも会わないように鎮守府で待機というのは初めて。休息の時なのに、精神的に疲れる結果となった。
今回の件、特に深雪は今は誰にも姿を見せない方がいいというのが被害者への配慮になっている。特異点の姿は非常に刺激が強く、罪悪感をこれでもかというほど刺激してしまうためだ。
一般市民は特異点と言われてそれが誰かを知らない者の方が多いのだが、万が一のことを考えると、やはり顔を合わせるべきではないだろう。
「お姉様は何も悪いことをしておりませんのに、迫害されているように見えてしまいます」
「迫害って程じゃあ無いとは思うんだけどな。全部米のせいなんだけどよぉ」
白雲もお疲れ様ですとしか言えない状況。迫害という少々強い言葉を使っていたが、実際はそれに近い状況ではある。米駆逐棲姫の侵略を止めるために苦心した特異点が、その存在そのものが刺激が強いとされているのだ。
「でも幸いなことに、一般市民の治療は全員終わったそうですよ」
そう話しながら食堂に入ってきたのは丹陽である。医務室が落ち着いたようなので、一度食事をとりに来たらしい。
「そっか、それならよかった。すぐに家に帰れるのか?」
「それは難しいかもしれませんね。被害者は被害者ですが、全ての記憶を持ち合わせている加害者でもありますから。事情聴取は必要だと思いますよ。それに、艦娘と違って身体が強いわけでは無いですが、治療法的にも一晩休んでから明日に帰されるカタチになると思います」
「ああ……そういや時雨も言ってたな。身体が動くようになるまで少し時間がかかるって」
丹陽の言う通り、治療された一般市民が帰されるのは明日の朝とされていた。治療そのものに体力を大きく削がれることもあり、精神的な部分は二の次にしても、まともに動けるようになるためにまずゆっくり休むというのがベスト。
被害者はひとまず、鎮守府が運営している宿泊施設に移動させられ、そこで一晩を過ごすことになる。必要ならば睡眠薬の提供もあり、まずはゆっくり身体を休めるというのが最優先にされている。
「提督達も今晩は心を休めると、外で食事をしてくるそうです。私も誘われましたが、流石に全員で鎮守府を空けるのはどうかなということでお断りさせてもらいました。そもそも私はお酒呑めませんしね」
「へぇ……まぁここ最近ずっと働き詰めだったもんな。そういうカタチで休みたいってのもわかる」
「はい。今日くらいは息抜きしてもらいましょう。明日からはまた大変でしょうから」
それこそ、治療が終わった一般市民や艦娘達の事情聴取がある。保前提督は一般市民のケアを優先するだろうから、より
軍港都市の民度は非常に高く、住まう者達は全員が保前提督や艦娘に協力的。こんなことがあっても、言うことはちゃんと聞くし、文句も出ていない。敵の詳細をちゃんと伝えているから、鎮守府の落ち度とは誰も言わなかった。
しかし、被害者となった物達は、ここで何を言い出すかわからない。納得はさせるものの、保前提督に罵詈雑言を捲し立てる可能性も無くはないのだ。やれ事前にどうにか出来なかったのか、やれ救うのが遅いのではないか、やれやり方が荒っぽいのではないか、などなど。その責任を取るのも鎮守府の長たる保前提督。
しかし、保前提督はそういう相手に対しても気丈に振る舞い、確実に納得させる話術でどうにか丸く収める。今回の対処法は全て最善と言えるモノだったのだから、納得させるしかない。その都度胃は痛くなっているであろうが。
それが待っていることがわかっているのだから、今くらいは一度気を抜いた方がいい。張り詰めすぎるといずれ爆発する。ここで保前提督が倒れたら、軍港都市はおそらく終わる。
「そちらのことは、私達ではどうすることも出来ません。冷静に対処出来る方々に任せましょう」
「だな……手伝いたいって気持ちはあるけど、あたしだと多分口論になる」
「でしょうね。だって深雪さんは、今回の件の
深雪に関しては本当に文句を言われる筋合いがないのだ。それこそ、正気に戻った一般市民の中には、深雪がここにいるから自分が被害に遭ったのだと言う者もいるかもしれない。何も悪くないのに。だから深雪も口を出すだろう。なんでそんなことを言われなければならないのだと。
今そんな人間を見てしまったら、深雪すらも人間不信になる。ただでさえ出洲一派のやることで呪いが生まれてしまっている程なのだから、人間に対してそんな感情は持つべきではない。
誰もが同情してくれるわけではなく、自分のことしか考えない人間もいるし、言葉を我慢出来ない人間もいるということを事前に知ることで、その後起きてしまいかねないことを回避しておく。それがベスト。
「人間は善人ばかりじゃありませんからね。自分に嫌なことがあれば、責任を他人に押し付ける者もいます。自分が被害者になると本性を現す者なんて数え切れないくらいいますから。深雪さんは、言葉で知るだけにして、それそのものは見ない方がいいです。それでも救うと思えるようになるのは、本当に難しいことですから」
「ああ、わかった。ありがとな、丹陽」
「いえいえ、これも年の功ですよ」
そんなことが過去にあったのかと聞いてみるものの、人差し指を口元に当てて、一言秘密ですとだけ話した。
夕食を終え、人目を気にしつつ工廠へ。本来ならば大浴場でさっぱりするのだが、現在絶賛治療中。風呂の湯すら張られていないため、事前に保前提督から言われている通り、工廠のシャワーを使わせてもらうことになる。
治療された一般市民は既に鎮守府から退去しているため、もし顔を合わせるにしてももう見知った顔くらいになるだろう。それならばまだマシ。何も知らずに罵るなんてことは絶対にしない。
「シャワーの準備はもう出来ているからな。自由に使ってくれて構わない」
工廠の管理者である冬月がそう言うのだから、好きに使わせてもらう。
だがその前に、その管理者に引き止められた。
「そうだ、深雪。それに電」
「ん、どうしたのです?」
「君達には先に話しておいた方がいいと聞いている。風呂の前に少し話せるか」
少々真剣な表情。これは後に出来ないと、2人は冬月についていくことにした。白雲も一応聞いておこうと深雪の後ろに侍る。
移動した先は工廠の中でもいわゆる休憩室みたいなもの。基本的には冬月と涼月が休憩に使う場所。お茶も淹れられるし仮眠も取れる、そこそこいいスペース。
「すまないな、まぁ座ってくれ」
促されて座ると、すかさず涼月がお茶を出した。そういった手際の良さは素晴らしいものを感じる。
「忌雷の侵蝕から元に戻れた4人の調査が終わった。その結果を伝えておきたい」
深雪も電もそれを聞いて身体が強張った。目を覚ました時に泣きじゃくった梅、死にたいとまで叫んだ秋月、2人が医務室にいる時はまだ眠っていた妙高と神威、その4人は工廠で身体の調査を受けたという。
深雪と電によって深海棲艦から今の身体に戻ることが出来た上、量産化も含めた洗脳からも解き放たれることになった。しかし記憶も残したままであったため、精神がズタボロになっている。
「結論から言えば、彼女達は君達と同じカテゴリーW、しかし
聞いただけではよくわからない。そのため、深雪はおうむ返しのように聞き返す。
「違う存在って、どういうことだ?」
「単純に言ってしまえば、特異点ではない。これはカテゴリーYの人に見てもらった。手小野さんと言ったか。彼女も特異点を見分けることが出来る目が備わっているだろう」
カテゴリーYには全員にその目が備わっている。深雪は輝いて見えるというのがそれ。
その目で今回カテゴリーWとなった4人を見てもらったところ、明確な違いが判明した。それが、
「あくまでもカテゴリーはWとなったようだが、君達とは根本的な部分が違うということだ。『挟んでひっくり返す』ことによって黒が白に変わったものの、それはあくまでも黒の配列を白に見えるように並び替えただけということになる」
「……悪い、あたしにはよくわからねぇ」
「忌雷は彼女達の中にまだ残っているということだ。本人に許可を貰って試したが、戦場で発揮したあの力は残ったままなんだよ」
あの4人の中でもまだわかりやすく見える梅の解体を試したところ、元の姿に戻った今でも扱えてしまうらしい。試しに廃材に使ったら崩れ去ったとのこと。
つまり、秋月の連射も、妙高のジャミングも、神威の排煙も、そのまま残ってしまっている。まだ秋月と妙高はいい。非常に有用な能力であるため、むしろ精神的に大丈夫なら戦場でも活躍させられる。しかし神威は本格的にまずかった。敵味方問わずに害を及ぼす毒ガスをばら撒く能力。それは脅威以外の何モノでもない。
「それともう一つ。それが一番大事な話だ」
「……覚悟して聞く」
「彼女達に忌雷が残っているということは、だ。それはもう
冬月も少し苦しそうに話していた。あの4人はもう、手の施しようがない程に人間から逸脱してしまっているということ。細胞の配列を変えたところで、それは侵蝕されていることに変わりないということ。
「……じゃ、じゃあ……純粋種……ってことか?」
「それとも違う。いや、言葉にするのは難しいんだが、混ざり合っている時点で純粋ではない。ただ、人間としての要素に施しようがないほどの傷がついてしまっていると思ってくれ。私達の調査でも、それくらいしかわからない状態なんだ」
全てはあの深海忌雷のせい。アレに寄生された時点で、そのものはもう人間としての性質を奪われてしまうということ。
つまり、治るのは姿だけであり、性質はもう全てから逸脱した何かということになる。
「見た目は艦娘、しかし艦娘の器の中身は
事実を突きつけられるとショックが大きい。だがと冬月は付け加える。
「君達のおかげで、深海棲艦の姿のままでは無くなった。艦娘の姿に戻れただけでも充分すぎる。人間の姿に限りなく近いんだ。それだけでも当人達は君達に感謝していたよ」
特に妙高と神威は強い感謝を見せていたという。何せ、下半身が生体艤装になっていたりしたのだ。それが人間の脚に戻っているのだから、それだけでも余りある効果。
「あの忌雷を使われた時点で、人間では無くされてしまう。奴らは高次の存在と言っていたが……そういう問題ではない。無理矢理人間を辞めさせることに意味なんてあるものか」
冬月もこれには悔しそうな顔をして見せた。今の自分の持つ技術では、それをどうにかする手段が全く見当がつかないのだから。
「少なくとも、君達がやったことは善行だ。感謝されているんだから、悲観しないでほしい」
「……ああ、そうする。あたし達が否定したら、もう何も残らなくなっちまうもんな」
「そうだ。君達のお陰で姿は元に戻れたんだ。今はそれだけでも充分と言える。私達にも出来ないことなんだからな」
これだけ言われても、深雪と電は笑顔を返すことは出来なかった。
こんなことをしでかした出洲一派に対しての怒りは、膨れ上がる一方。だが、それも今は耐えるしかない。苦行は続く。
新たなカテゴリーWの4人は、解体されても人間には戻れません。今の姿が基礎となります。そのため、間接的にですが不老を手に入れたことにもなります。