軍港鎮守府にもありとあらゆる設備は存在しており、それはうみどりと大体同じかそれ以上。医務室の大きさもそうだが、トレーニングルームやレクリエーションルームも存在し、そちらもうみどりよりは大きな一室になっている。
深雪達はそのトレーニングルームにやってきていた。理由はストレス発散のため。ただし、トレーニングで汗を流すとか、そういう理由ではない。
「……マジでやんのか?」
「ったりめぇだろうが。着替えまでして、やっぱり止めたなんて言わせねぇぞ」
やるならやるで、そのままというわけにはいかない。そのため、深雪もスキャンプも、うみどりの際に使っていたトレーニングウェアに着替えてきている。そういうこともあってか、喧嘩というよりは試合という見た目に。むしろ、体裁としてはそちらの方がいい。
私闘みたいなものなのだから、普通なら罰が与えられるような禁じられた行為。しかし、トレーニングとして各々の実力を測るための試合をするとなれば、全く問題がない。演習みたいなものだ。
故に、今回はそういう体裁で提督陣にも納得させた。じっとしていて身体が鈍っても嫌だからという理由で。スキャンプに関しては更に、治療が完了したことで練度と技術に影響がないかを調べるためと、最もらしい理由がちゃんと付いている。
「まあまあ、ミユキもScampも、それだけ
発案者のグレカーレは、少々呑気ではあるが、この流れを少しでも楽しむようにと2人に話す。とはいえ、心配も一応あるのだが。
「あたいは、あん時のRevengeのつもりでやるからな。覚悟しろよミユキ」
「……わかった」
スキャンプは相変わらず我流の喧嘩殺法。構えも出鱈目ではあるのだが、潜水艦の中での喧嘩の時よりも、自然と落ち着いているようにも見えた。とはいえストレスは溜め込んでいるため、表情には苛立ちが見えるが。
対する深雪は、潜水艦の時を再現するかのように、片腕を前に突き出しもう片方で顔をガードするムエタイ風の構え。近接戦闘ではこれが一番性に合っているのか、相手がスキャンプだからこそ以前の喧嘩をもう一度するために選択したか。
試合形式となっているため、互いにしっかりグローブや肘当て、膝当てまで装着させられていた。こんなことで怪我をするのもバカらしく、むしろ怪我なんてしようものなら何を言われるかもわからない。そちらの方がストレスになる。
「それじゃあ……行くぜ?」
「おう、かかってこい」
喧嘩なのだから誰かが合図するわけでもない。グレカーレも一番近くで見ているだけで何か言うわけでもない。ただ自分達のやりたいように暴れ、終わりだと思うまでやり続ける。そうでなければストレス発散にはならない。
故に、自分から相手をしてやると言い出したスキャンプが先制する。床を蹴り、真正面から相変わらずの足技。潜水艦であるが故の、強力な下半身を利用する攻撃。
「っ……」
対する深雪は、それを払い除けようと手を動かすが、ここで過去のスキャンプとの戦いを思い出す。この蹴りは途中で止まる。そして、すぐさまもう片方の足で踏み切って、回し蹴りを放ってきた。
流れは前回の同じだ。蹴りの角度も、速さも。スキャンプの最も得意とする初撃。
だからこそ、深雪は今回は違う受けを考えた。一歩後ろに下がりながら、その足に合わせるように深雪も蹴りを繰り出した。払い除けるのではなく、迎撃。
これならば、払い除けるのを空振ったとしても、以前のスキャンプの如くもう片方の足で踏み切って攻めに転じることも出来る。
これもまた、深雪の学び。過去にやったことやられたことを覚え、思い出してそれを自分で実行する。
「はっ、同じってわけじゃないってか。でも、なぁ!」
スキャンプは今回は蹴りを止めない。フェイントも何もない、全力の拮抗を狙いに行った。
そうなると分があるのはスキャンプだ。深雪よりも足腰が強く、さらには冷静さまで兼ね備え始めているのだから、その判断が前の喧嘩の時よりも確実。
そんな蹴りがぶつかり合ったものだから、深雪は逆に弾き飛ばされてしまった。一日の長を実感しつつも、その強力な一撃でのダメージで脚が痺れるのを感じる。
とはいえ、深雪だってしっかり鍛えているのだから、その程度で倒れるほど
「させるかよ!」
スキャンプはそれを読んでいたか、突撃に合わせてもう片方の脚を突き出す。向かってくる者に対する迎撃として一番手っ取り早い、相手の勢いを活かした動かない蹴り。
だが、深雪はそうされた時の対処法を知っている。それこそが、オールラウンダーとしての戦い方。すぐに身を捻ることで、蹴りを蹴りとして喰らうことを回避し、そのままその脚を掴む。グローブを嵌めているため、しっかりロックすることは出来ずとも、抱きつくように絞めることでより強固にホールドした。そして狙うのは、ここまで来るのに電が何度か見せた技、飛龍竜巻投げ。
「っらぁ!」
「このっ!」
身を捻ることによる遠心力でスキャンプの身体が浮くものの、そうなってしまった時も想定し、既にもう片方の脚は掴まれた時点で次のモーションへ移行していた。脇腹への踵である。
冷静さを失っていた潜水艦内の喧嘩とは違う。うみどりでの生活によって落ち着きを手に入れたスキャンプは、ただ乱れる激情のまま戦うのではなくなった。
勿論、苛立ちは持ったままではある。今も、量産化を施されたことへの怒りは渦巻いたまま。そしてそれ以上に、今も療養中で酷く落ち込んでいる酒匂のことを思うと、より強い怒りが湧き上がってくる。
だが、ただ怒りに呑まれているわけではもう無い。『仲間を思う』という本質を手に入れているからこそ、その技にもキレが出ていた。乱雑ではない。
「っぐ……」
「どうしたよミユキ、テメェの苛立ちってのはそんな可愛いもんだったのか? あぁ?」
脇腹を打たれて息を漏らす深雪に、スキャンプは鼻で笑うような仕草をしながら追撃へ。掴みが緩くなったことで脚を抜きつつ、フリーの腕で深雪の後頭部を殴りつけながら、床に叩きつける。
いくらグローブを着けていても、床の硬さは変わらない。その一撃は脳天に響きそうな程であり、一瞬だけ視界が白く染まりかけた。
「腹が立ってんだろ。だったら、それを出せよ。あたいのこと、被害者だからとか思ってんじゃねぇだろうな」
床に這いつくばるカタチになってしまった深雪にさらに追撃するように、腹に蹴りを入れる。
だがこれは潜水艦の時とは違う、爪先を避けた足の甲での蹴り。内臓を潰すような一撃を入れるようなことはせず、床を転がすように蹴った。
「っはっ……んだと……」
「テメェはまだまだ甘ちゃんなんだよ。
まだ起き上がらない深雪に吐き出すように伝えるスキャンプ。これまでの苛立ちを持つからこそ、深雪の内に秘める苛立ちをちゃんと理解していた。
理不尽に巻き込まれたのはスキャンプも同じ。そこに生まれたというだけで、欲望の発散のために陵辱され、それから解放されても人間を信用出来なくなり、鬱屈した時間を長年過ごすことを強いられ、歪みに歪んだ人生を送ってきた。
それを溜め込む辛さも知っている。そして、それを見せずにヘラヘラしている深雪に苛立つ。腹が立つなら表に出せよと、それを身を以て教えていた。
「誰かに迷惑をかけるのな嫌だってんなら、そもそもつるんでんじゃねぇよ。ウダウダされてる方が迷惑だ。見てるこっちの方がイラつくんだよ!」
深雪を踏みつけるスキャンプ。だが、
「んだと……?」
その足をしっかり受け止めた深雪は、そのままイマナリロールへ。一度喰らったことがあるスキャンプは、そうさせる前に深雪の顔面に拳を叩き込み、それをキャンセルさせようと試みる。
「あたしだってな、あたしだって好きにこんな生き方してんじゃねぇよ!」
しかし、その拳が直撃する前に脚の力を使って無理矢理押し倒し、そのまま綺麗にトーホールドに入る。グローブを嵌めていようが関係ない。そのまま足首を折ろうと思えば折れるくらいの姿勢になっていた。
電がグレカーレに極めたそれよりも力強く、耐えようとしなければすぐに足が破壊される必殺の関節技。オールラウンダーだからこそ、打撃技も関節技も出来る。
「だったら! テメェはどうしてぇんだ!」
スキャンプはこれで終わらない。ロックする深雪の脚をこじ開けるようにした上、絞め上げられている足首ごと、深雪の顔面に叩き込む。綺麗に決まっていても、深雪にはまだ躊躇いがあったのかもしれない。突き抜けて顔面を蹴り飛ばされる羽目になった。
同時に、あたりどころが悪かったか、深雪は鼻血を噴くことになった。頭に血が上り始めたこともあってか、血が止まらない。
「あたしだってな、ただ後始末屋やっていきたいだけなんだよ! みんなと一緒に、勿論お前もだ! それをぶち壊そうとするアイツらが、絶対許せねぇ!」
すぐさま立ち上がり、スキャンプに向かう深雪。今度は打撃を中心に。ムキになっているようにも見える回し蹴りは、これまでのどんな一撃よりもキレがあった。
それに対するスキャンプは、先程の深雪と同じように一歩下がって脚を合わせる。同じように回し蹴りをぶつけて、攻撃と防御を同時に繰り出した。
「許せねぇなら、テメェはどうすんだ。泣き寝入りすんのか。違うだろ!」
やはり脚技だけで言うならばスキャンプの方に分がある。深雪はぶつかり合った時点で弾き飛ばされてしまう。
加えて、スキャンプは得意の軸足を浮かせての回し蹴りまで決めようとした。弾かれている深雪は体勢が崩れているため、その蹴りは脇腹にまっしぐら。直撃すれば内臓が揺さぶられてそのまま終わりにまで持っていかれる渾身の一撃。
「っの……」
体勢が崩れていても、同じように軸足を浮かせて膝を立てることでその蹴りを無理矢理ガード。いわゆるムエタイガードによって致命傷は免れる。
「腹が立つこと、全部吐けよ。お前の生き方ぶち壊した連中が許せねぇだけじゃねぇだろ。おら、吐けよ!」
「っ……」
「体裁なんて関係ないっつったろ。みんなに聞いてもらえ。誰も否定なんてしねぇ。あたいだって認めてやる。恥だって言うなら、テメェはその程度だってことだ。覚悟も何もねぇ、我慢しか出来ねぇ甘ちゃんのクソだ! そんな奴が特異点だとか、ちゃんちゃらおかしいぜ!」
「……あたしだってな……あたしだってな!」
少し涙目の深雪。鼻血を拭いながら、思いの丈を吐き出す。
「好きで特異点になったわけじゃあ、無ぇんだよ!」