後始末屋の特異点   作:緋寺

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渾身の一筆

 イリスが提案した、深雪と電の意思疎通手段。それが、文字を使った文通である。ノートのよる交換日記でも、端末によるメールでも何でもいいので、顔も合わせず言葉も交わさずにお互いの気持ちを伝えることで、徐々に精神的に仲良くなっていくところから始めるのだ。

 

「あー、その、なんつーか、あたし電話とかはわかるんだよ。でもメールってのはよくわかんねぇ」

 

 そもそもイリスが持っているタブレットに関してもよくわかっていない深雪。本は昔からあったものだから読むことは出来るが、電子書籍となったらさっぱりわからなくなる。

 休暇の際に通信端末を渡されていたが、それは電話と電子決済くらいしか使わないため、取り扱いは出来たものの、それでメールなどをしろと言われても、深雪にはかなり難しかった。

 

「そうよね。ヒトのカタチを手に入れることが出来たとしても、()()()()に適応出来るかはその艦娘次第だものね。すぐには難しいと思うわ」

「やってみたいとは思うけど、時間が無いからちょっとキツいな。今日から始めるならメールってのよりは、紙に書いた方がいいと思うな。鉛筆なら使えるから」

 

 深雪が艦である時代からあるものならば、既に覚えている状態として生まれている。電話は出来るし、筆記という行為も可能。人間と比べるとどうしてもかなり古いと言わざるを得ないが、基本的な営みは古くから変わらない部分だ。故に、タブレットや最新の通信機器のような、()()()()()()()()()()()()は、どうしても覚えるという一拍が必要となった。覚えてしまえば終わりなのだが、そこまでに時間がかかるのは火を見るより明らか。

 

 今回の件は、今日からでも始めたいことである。そうなると、今からメールの使い方を覚えるのは流石に遅い。

 

「ハルカに頼んで、書くモノを用意しておくわ。その間に、何を書くか考えておきなさいね。深雪が先攻でいいでしょ」

「先攻て。でも、あたしから始めるのは賛成。電からやれってのもちょっと、な」

 

 そもそも交換日記をしてみるのはどうかと言い出したのは、今このタイミングである。電はそれすら知らない。ならば、お互いに知っている状態でやるよりは、深雪からの先制攻撃で電の心を解きほぐしていきたいところだ。

 

「よし、じゃあちょっと考えてみるよ。こういうことするのは初めてなんだけど、後からあたしの文章見てもらってもいいかな」

「プライベートなことだけど、私達が見てもいいの?」

「見られて恥ずかしいことを書こうだなんて思ってないよ。ただ電に向けて自分の思いをぶつけるだけだから」

 

 とはいえ、言われてみれば確かに全員に見られるのは嫌だなと苦笑する深雪。文章が問題ないかを添削してもらいたいという思いはあるので、伊豆提督、もしくはイリスに一度内容を見てもらい、電に向けてもショックを受けないかどうかを確認してもらう方向で決定した。

 

 

 

 

 イリスが交換日記のための筆記具を探してきている間に、深雪は電に向けて何を伝えればいいかを考える。都合のいいことに、今はベッドの上。寝転がりながら目を瞑り、文章をツラツラと脳内に記そうとしてみる。

 

「手紙……か。あんまり考えたことなかったな」

 

 当然ながら、艦が字を書くことなんて出来ないし、思いを伝えることも出来ない。ただ漠然とそこにいたという記憶しかない。

 故に、自分で望んだこととはいえ、いきなりやるのは難しかった。文章構成なんて初めてのこと。一文や二文、それに拙いにしても俳句や川柳ならば、多少なり思いつくかもしれない。しかし、思いを文章にするというのは、なかなかどうして上手くいかない。

 

「書き始めってどう書きゃいいんだ……いや、ああやって……こうやって……」

 

 悩みに悩んでいるうちに、また部屋に来訪者が。イリスがノートを持ってきてくれたのかと思ったら、中に入ってきたのは酒匂だった。

 

「あれ、酒匂さん?」

「うん、酒匂だよ。イリスちゃんからね、文章の書き方を深雪ちゃんに教えてやってくれって言われたんだぁ」

 

 今頃深雪は手紙の書き方自体に悩んでいるのではと考えたイリスが、それに適任であろう人材に声をかけて、深雪のサポートに向かわせたようである。手回しが完璧。

 

 酒匂は深雪に交換日記に使うためのノートと筆記具各種の入ったペンケースを渡した。考え方が古い深雪でもこれくらいは使い方は知っているようで、シャープペンシルも芯の詰め替えの方法を教えてもらうくらいで終わっている。

 

「よし、それじゃあ……書いてみるか」

「そんなに力まなくてもいいよぉ。思っていることをそのまま文字にするだけでいいんだからね」

 

 文字を書くことに緊張しているような深雪に、酒匂は力を抜けと肩を揉む。

 

「力んでたら、力んでる文字しか書けないからね」

「お、おう、そうだよな。手紙を書くくらいで力んでたら、顔を合わせた時にもっと酷いことになるよな」

「そうそう。だから、リラックスリラックス♪」

 

 力を抜けと言われても、今からやることはトラウマの元凶となってしまっている電への手紙だ。相手を傷付ける言葉を選ばないように、それでも自分の思いが伝わるように、仲良くなれるようにと考えていくうちに、どうしても筆が進まなくなる。

 何を書けばいいのかわからない。だが、お手本を見ながら書くようなことでもない。今の心、仲良くしたいという思いを文章にしていくだけなのだから。

 

「……え、これどうすりゃいいんだ。マジでわかんない」

 

 頭を抱える深雪。初めてやることというのは、その一歩目がなかなか踏み出せないのが普通。深雪も例に漏れず、その一歩目が出ない。

 

「深雪ちゃんは、電ちゃんに何を伝えたいのかな?」

 

 そんな深雪を見て、酒匂は早速助け舟を出す。思いを文字とするために、まずは深雪の思いを言葉にしてもらうため。言葉を文字にすることは出来るはずだ。出た言葉をそのまま紙に書いていくだけでいいのだから。ちゃんと順を追っていけば必ずゴールに辿り着く。

 

「そうだな……知ってもらいたいのは、あたしは電のことを恨んでないってことだよ。全部水に流して、電と友達になりたい。もう終わったことなんだからさ」

「うんうん、じゃあ、それをそのまま書いてみたらどうかな?」

「こんなこと書いて、電が傷付かないかな……」

 

 トラウマは残っているが、深雪はそれを乗り越えたいと思っている。だからこそ、あの時(艦としての死)のことについては、全て水に流す。

 そもそも最初から電に対しての怒りも憎しみもない。あれも事故であり、電が故意に起こしたモノではない。

 しかし、電はそんなことを言われたら余計に傷付くかもしれない。そう考えると、深雪は手が止まってしまう。結局のところ、電のことを何も知らないのだから、何で喜び、何で悲しむのかがわからないのだ。

 

「うーん、それを気にしてたらお手紙なんて書けないからなぁ。酒匂は気にしたことないかも」

 

 そんな深雪に、酒匂は身も蓋もないことを言い放つ。手紙を書くにあたって、そこまで相手のことを深く考えたことはないと。

 

「そりゃあ、酒匂さんが仲の良い人としか手紙のやり取りをしてないからじゃないか?」

「それはそうかもしれないけど、思いを伝えたいならまず全部書いてからにするかなぁ。だって、お互いに何も知らないんでしょ? 自分はこうなんだよって伝えるためには、隠し事は無しにしなくちゃ」

 

 つまり、酒匂は深雪が今電に対して思っていることを全て書けと言っているわけだ。隠さず、全てを詳らかに。

 

「い、いいのかなそれでも。重いとか思われないかな」

「思われても良いでしょ。それくらい気にかけてるんだよって伝えられるわけだし」

「……いいのかなそれでも」

「いいんだよそれでも」

 

 酒匂は深雪に増してポジティブである。そうでなければ那珂の相方は務まらないと言わんばかりに。

 今の深雪はどうしても後ろを向いてしまっているが、前を向かせるには酒匂くらいのテンションがちょうど良いと考えられ、この場に適任と選出されたのだ。

 

「まずは書いてみようよ。思いの丈を、全部この紙にぶつけてみよう♪」

「よ、よし、それで行ってみよう。まずは思ってることを……!」

 

 そのポジティブに引っ張られて、深雪もついにノートに文章を書き始める。その様子を、酒匂はニコニコしながら眺めていた。

 

 

 

 

「こ、これでどうだ……!」

 

 しばらくして、深雪は渾身の文章が書けたのではないかと酒匂に見せた。電のことを思い、仲良くなるための最初の一歩として、自分の思いを全て書き連ねた。

 

「うんうん、良いと思うよ。最初は漢字とカタカナしか書かなかったからどうしようかなって思ったけど、ちゃんと今風の言葉になってるし、何より深雪ちゃんの思いが篭ってると思うよ」

 

 その一部始終を見届けた酒匂は、これを甘酸っぱい青春の一幕のように感じ、終始笑顔。文章の添削も逐一行ない、今回の交換日記の一歩目を書き上げるに至った。

 

 最初の深雪の文章は、軍規でも書いているのかと思える程にガチガチで、しかも漢字とカタカナしか使われていないというまさに昔の文面と思えるモノであったため、酒匂はそこを直させている。思いを伝えるのなら、柔らかい文章で、硬いとそのまま相手も緊張させてしまう。

 最終的には、自分が話す口調そのままを紙に記すことにした。そういう意味では、手紙としての体裁が整っているかはわからない。しかし、酒匂の言う通り、深雪の思いは全力で篭っているため、今回のやりたいことは全て出来ていると言える。

 

「じゃあ、これを電に渡すんだよな……。直接渡せないから……」

「酒匂が渡してくるよ? それか、自分で扉の前に置くとかしてみる?」

 

 今の電は神風に艦内を案内してもらっているはず。つまり、部屋にはいない。ならば、部屋の前に置くくらいなら今すぐ出来る。

 

「部屋の前に置くよ。あたしの手でやらなくちゃ」

「ぴゃん♪ そうだよね、それが良いよね♪」

 

 最初から最後まで自分の手でやらねばいけないと、深雪は立ち上がる。が、酒匂がそれを制する。

 まずは扉をゆっくり開けて外を見る。電が廊下にいないことをしっかり確認して、ちょいちょいと深雪を呼ぶ。

 

「今のうちにこそっと置いて、こそっと戻ってきてね♪」

「う、うす」

 

 そそくさと部屋を出て、隣の部屋、電の私室の前に、交換日記のノートと筆記具をそっと置いた。これを読んでくれたらどう思うかと考えつつも、手早く部屋に戻った。

 

「はい、お疲れ様でした。これから先は、自分の力で書けるかな?」

 

 酒匂の問いに、深雪は少し考えるものの、力強く首を縦に振る。

 

「大丈夫。一度やれたんだから、もう自分で書くよ。思ってることを全部文字にするだけだからさ」

「ぴゃん♪ それじゃあ、頑張ってね♪ 多分電ちゃんのサポートも酒匂がやることになるだろうから、今日はこの辺でね♪」

 

 

 

 

 交換日記の最初の一歩はこれで終わり。あとは電からの返答を待つだけ。この返答次第では、仲が進むか戻るかになる。

 深雪としては、いい方向に進んでほしい。いや、きっと上手く行く。そう思いながら、一仕事終えたということで今日の休息を続行することにした。

 




深雪と電の交換日記スタート。酒匂監修なので大丈夫のはず。
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