「好きで特異点になったわけじゃあ、無ぇんだよ!」
スキャンプに促されて吐き出した、深雪の本心。そして、そんな叫びと同時に、深雪は子供のように涙を流す。興奮したせいで鼻血も止まらず、酷い顔になってしまっていた。
「何が特異点だ! 知らねぇよそんなもん! なのに、なんであたしがそんなよくわかんねぇモンになっちまったせいで、みんなが嫌な思いしなくちゃいけねぇんだよ!」
深雪に溜まっていたストレスは、そこにある。深雪はただそこに生まれ、後始末屋として生きていく普通の艦娘だというのに、自分にもよくわからない特異点という存在であるせいで、仲間達に嫌というほど迷惑をかけ続けてしまっていた。
敵が何度も言ってくる、『特異点がここにいるせいで』という言葉。深雪としては
特異点が必要な証明をしてもらったものの、その後に治療された被害者側からそんなことを言われたら、いくら深雪とて気にしないわけがない。
言う側は言うだけで終わりだが、言われた側はずっと心に刺さり続けてしまうもの。
「あたしが何したってんだ……ただ生まれて、みんなに助けられて、そこでこの戦争を終わらせるための後始末をしてただけだろ……。誰も傷付けてないのに、何にも悪いことしてないのに、それの何がおかしいんだよ……」
歯を食いしばりながらも零れ落ちる言葉が、深雪の奥底に眠っていた、本当に吐き出したかった言葉。
それを聞いたスキャンプは、自分も同じように思ったことがあると回想していた。
ただ生まれただけなのに、何故あんなことをされなくてはならないのかと疑問に思い、そして文句すら言う余裕を与えられなかった。いや、言ったところで何も変わらなかった。故に苛立ちを常に持ち続けていた。ずっと理不尽を叫び続けていた。
深雪は過去の自分なのだと、スキャンプは今なら思えた。心身共に陵辱されていたあの頃と近しい、
今の深雪はそれに近い。特異点としての宿命を勝手に押し付けられ、それが何かもわからないのに狙われ、自分だけでなく周りまで傷付く。この世界すら呪ってもおかしくない程に、深雪は今壮絶な虐待を受けているようなモノ。
「おかしくねぇよ」
そんな深雪に、スキャンプは返す。
「テメェは悪いことなんてしてねぇよ。あたいはそれでもテメェの甘ちゃんっぷりにはイラつくこともあるけどな。いい子ちゃん過ぎて気分が悪ぃんだよ」
「スキャンプ……」
「テメェには権利があるっつったろ。そいつは、
ゆっくりと近付いたスキャンプは、深雪の胸ぐらを掴んで引き寄せる。苦しそうに涙を流す深雪の顔を見据えて、睨みつけて、静かに伝える。
「我慢なんてするんじゃねぇよ。溜め込んだ鬱憤、全部吐き出しちまえ。聞かれて恥ずかしいことじゃねぇ。そんなクソッタレな感情捨てちまえ。それでテメェが苦しむなら、そんなモンいらねぇんだよ」
掴んだ胸ぐらを離して押し出す。少し体勢は崩すが、倒れることはない。前を向いて、スキャンプを見据えて、再び構えた。喧嘩はまだ終わったわけじゃない。
スキャンプも同時に構える。当然我流の喧嘩殺法だが、深雪のムエタイ風の構えに合わせているわけではないが、片手を前に突き出すような、何かにハマったものではない構え。
「あたいが受け皿になってやらぁ。まぁただじゃやられねぇし、しっかりやり返させてもらうけどな」
「上等だ。お前なら殴りやすくて助かるぜ」
「言ってろ。おら、来いよ!」
突き出した手を、招くようにクイッと曲げる。挑発的な、それでいて受け止めてくれるような、器の大きさすら感じる。余裕を持ったスキャンプは、過去はどうであれやはり深雪の大先輩だった。
大きく深呼吸をして、体内に溜まった熱を押し出す。苛立ちは次から次へと湧いてくるが、多少は頭が冷えた。
どうしてこんな目に遭わないといけない。どうして仲間を手にかけようとする。どうしてこんなことが出来る。怒りと同時に生まれる疑問が、冷えた頭に駆け巡る。だが、それに呑まれるわけではなく、深雪はその疑問に答えを作った。
「全部!
そう割り切る。悶々とする感情はあるかもしれないが、何もやっていないのに何かされるなら、それは一切合切深雪には関係ないこと。勝手に行動して、勝手に滅茶苦茶している、出洲一派が悪いに決まっている。それを特異点のせいにする連中の方が悪い。そう、断言した。
「納得出来る理由も言えない連中に! 全部あたしのせいだなんて言われる筋合いなんて無ぇ!」
「おう、それはあたいも同じだ!」
深雪は床を強く蹴り、大きく跳んだ。ムエタイスタイルから一転、テコンドースタイルへ。身体を大きく捻りながら強烈な回し蹴りを放つ。
迎え撃つスキャンプは、その強靭な足腰から同じように蹴りによる攻防一体の一撃を繰り出した。
蹴り同士がぶつかり合った時、先程はスキャンプが押し勝っている。だが、この深雪の一撃は一味違った。ただの回し蹴りではなく、捻り以上に回転も加えた、遠心力まで力に含めたそれは、スキャンプの地力を僅かに超え、深雪に軍配が上がる。
「くっ……あたいにガチの脚で勝ってくんのかよ。面白ぇ!」
「言いたいこと、言わせてもらうぜ。お前がそれを引き出してきたんだからな」
「おう、好きに言えよ。何度も言うが、テメェにはその権利がある。体裁なんて捨てちまえ。テメェはテメェだ。特異点だとか艦娘だとか知ったこっちゃねぇよ。人間だろうが仲間だろうが、気にせずぶちかませよ」
深雪はニッと笑いながら華麗に着地し、その回転をそのまま残したまま次の一撃に繋がる。軽くしゃがむと、スキャンプの顎を狙った蹴り上げ。Y字バランスをするような、脚でアッパーカットをするような軌道。
それをモロに喰らったら気絶では済まないだろう。脳を揺さぶられ、顎やら何やらが砕かれかねない。
しかし、これは喧嘩。試合形式にしているかもしれないが、
「っの、おらぁ!」
その蹴りに対して、スキャンプは両手を打ち下ろすことでガード。脛にぶち当てることによって勢いを殺しつつ、自分への攻撃を完全に食い止めた。
「何を思って全部あたしのせいにしやがるんだ! こっちが何も言えないからって、好き勝手言ってんじゃねぇ! 今回の被害者だってそうだ! お前らはそうかもしれねぇけど、あたしにとっては、そうされた時点で加害者なんだよ! 守りたくなくなるぞクソッタレ!」
思いを乗せた蹴りは、ガードされると同時にもう片方の足も動かした。体勢を崩してでも、スキャンプに一発入れるために。
一撃目を両手で受けたことで、脇腹がガラ空きになっていた。そこへ、もう片方の足を叩き込む。
「っぶ……!?」
流石にこれはスキャンプも苦悶の息を漏らす。しかし、そこですぐさま両手でのガードを解き、脇腹に食い込んだ深雪の脚を抱えるように掴む。
もう片方の脚を無理矢理動かして4の字に持っていこうとしたところで、深雪はスキャンプの狙いがわかった。四つ葉固め、テキサス・クローバー・ホールドの構え。
「そのまま持ってろ」
「何……?」
そのスキャンプの攻勢を、無理矢理身体を捻って突破。抱えられている片脚が嫌な音を立てるものの、深雪は気にせずロックされかけたもう片方の脚を強く伸ばした。その先にあるのは、スキャンプの腹。
「っが……!?」
こうまでされたら流石に片脚のロックは外れてしまい、深雪もその場に倒れ込む。腹を蹴られたスキャンプは悶絶しているが、表情は怒りや憎しみではなく、楽しそうで愉しそうなニヤリとした笑み。
「自分のことばっかり考えやがって! 言われる身になれよ! やられる身になれよ! 生きてるだけで罪とか言われるこっちのこと考えたことがあんのかチクショウが!」
鬱憤を叫びながら、深雪は再び跳んだ。腹を蹴られて悶絶しているスキャンプには、それをすぐさま回避出来る余裕など無かった。
飛び掛かられたことにより、背中から床に倒される。そして、深雪はその上に。完全なマウントポジション。
そして、
「いい加減にしてくれ!」
スキャンプの顔面……ではなく、真横の床に、深雪の拳が打ちつけられた。グローブを着けているのに、凄まじい音が鳴り響く。
心の底からの叫びを拳に乗せたことで、ここまでの威力を発揮した。艤装も装備していないのに、まともに喰らったらスキャンプの頭が吹き飛んでいたのではないかという錯覚すらあった。
「……スッキリしたかよ、ミユキ」
スキャンプの言葉に、深雪は小さく笑いが溢れた。
「……ああ、少しはモヤモヤしてたモンが取れた気がするぜ。ありがとな、スキャンプ」
「最初から言ってる通り、あたいはウジウジしてるヤツを見ていたくねぇんだよ。鬱陶しいからな」
深雪の肩を押し退けながら、一発貰った腹を撫でる。この頃には、深雪も興奮が失われていた。
互いに呼吸を落ち着かせ、顔を見合うと、徐に拳を突き合わせた。
同じ部屋でこの喧嘩を見ていた者達は、もう何も言えなかった。深雪の溜まりに溜まったストレスの一端を垣間見たことで、むしろ涙すら流している者すらいた。
その筆頭が、電である。深雪ばかりが辛い目に遭い続けた。それを身近で見続けた。ストレスが溜まっていることは顔を見ればわかっていたことだった。それなのに、ここまでの鬱憤が溜まっていただなんて思っていなかった。発散させてあげることが出来なかった。それが悔しくて、辛くて、自分の無力さをまたもや思い知ることになった。
「深雪ちゃん……そこまで思い詰めていたなんて……」
「……そうですね。白雲も妹失格やもしれませぬ。姉の心の闇を上辺しか気付いてさしあげられなかった。それが……まこと悔しい」
白雲も涙目でそう告げた。しかし、いくら電でも白雲でも、こんな発散のさせ方は出来ない。こんなことが出来るのは、おそらくスキャンプくらいだろう。
深雪からしたら、電も白雲も絶対的な信頼を置くが故に、攻撃をすることが出来ない相手でもある。喧嘩なんて絶対に出来ない。だからこんな殴り合いなんていう手段でストレス発散なんて出来なかった。
「……強く、なりたいのです」
「そうですね……白雲も、今よりもっと強くなりとうございます。お姉様にあんな思いをさせぬ程に」
「なのです。深雪ちゃんばかり辛い思いをしてほしくないのです」
電も白雲も、今より強くなることを望んだ。しかし、電はそれで無理をしすぎて深雪と仲違いまでしてしまっているので、より良い手段は考えなければならないが。
深雪はある程度ストレスが発散出来たことで、心の疲労は解消された。心配事は沢山あるものの、今の深雪なら少しは違うことが出来るだろう。
ここまでの大喧嘩が出来るのは、スキャンプか時雨くらいでしょうね。殴り合いが出来るような気の許し方をしているのはそれくらい。