スキャンプとの
だが、この荒療治、お互いにガチの殴り合いをしているため、怪我を伴うものだった。スキャンプは深雪に蹴られた腹を押さえており、骨に別状は無いと感じつつも打ち身としてジンジンと痛みを感じていた。深雪はようやく鼻血が止まってきたかというほどなのだが、こちらもまだ痛みが止んでおらず、いつ再発してもおかしくない。
修復材が混ぜられた風呂に入れば2人ともすぐに治るだろうが、実は現在、大浴場は大清掃中だったりする。被害者の治療に大量の洗浄液を使い、その場で穢れを吐き出させる治療を行なっていることもあり、今はかなり混沌とした状態になってしまっていた。主体は妖精さんだが、それ以外でも艦娘達が手伝っているほどなのだ。
そのお手伝い筆頭は、ただ広い風呂に入りたいからという理由を口に出した加賀達空母隊。鎮守府前の戦闘で陸上で放たれた魚雷の爆発に巻き込まれて怪我をしていたものの、軽傷だったため少し休んだことで回復。しかし、風呂は治療に使われているし、シャワーでは物足りないしで、率先して風呂掃除に参加しているという。
「風呂に行けないってなら、医務室に……って、もう使えるんだっけか」
深雪がひとまず応急処置をするために医務室に向かうことを提案しかけたが、今はまだ忌雷から復帰した4人が使っている可能性が無くはないので、若干慎重になっている。
実際は、医務室の4人は既に部屋に帰っており、2人ずつを割り当てて療養中となっていた。相変わらず工廠に呼ばれることも多く、調査はずっと続けられているようであるが。
「あたいが先に行ってやる。テメェは待ってろ」
「お、悪いな。頼むぜ」
スキャンプが真っ先に動くことは珍しく、そんな態度を見せたことでグレカーレがニヤニヤしていたようだが、見て見ぬふりしてトレーニングルームから出ようと扉を開けた瞬間、声を上げて飛び退いた。
「ぼ、Boss! 驚かすんじゃねぇよ!」
そこに立っていたのは丹陽。深雪も同じような登場をされて面食らったことがあるが、スキャンプも同じように驚かされたようである。
相変わらず神出鬼没。こういう時には必ず顔を出すとはいえ、そろそろこうやって驚かすことを愉しんでいるのではないかと思えるタイミングである。
「流石に何処で何をやっているかくらい、私で無くてもわかります。むしろ、人払いをしておいたんですから感謝してほしいくらいですよ」
こんなことを話す丹陽だが、表情は何処か柔らかい。
「人払いなんて必要だったのか? みんな療養中だし、そもそも動けるヤツは何かしら仕事してると思ったんだけど」
スキャンプの向こう側から深雪が丹陽に問うた。今療養中では無くフリーな艦娘達は、半数以上は軍港都市の見回りや復旧作業の手伝いをしており、それ以外は療養中の艦娘を見て回っているような状態。その仕事をほっぽり出して、深雪とスキャンプの
「深雪さん、今の皆さんはどういう状態かはわかっていますね?」
「ん? そりゃあ……なぁ。本来の艦娘から離されちまって、すごい嫌な気分になってるよな」
「それ以上に、貴女に申し訳ないと思っているんです。あの時だけは、貴女に敵対心を植え付けられてしまったんですから」
その話題が出たことで、スキャンプが嫌そうに舌打ちをした。
スキャンプだって洗脳をされていた経験があるのだから、その時の感情も覚えている。深雪は敵であり、始末するべき悪だと認識させられていた。姉の言うことは絶対。それが正しくてそれ以外は全て間違っている。心酔させられていたその時の全てを、覚えてしまっている。
スキャンプとしては、別に深雪のことを仲間だとか友人だとかは強く感じてはいない。うみどりに住まうことになり、酒匂と出会うことになったきっかけを作ってくれた者。感謝をしていないわけではない。
絶対に誰にも言わないが、スキャンプとしても申し訳なさがあるからこそ、ここで深雪のストレス発散に付き合ったというのもあった。
当然、その真意を看破していない丹陽ではなく、そしてわかっているからこそ、何も言わずにやらせた。
「療養中であっても、貴女に謝りたいと思う子は沢山います。顔を突き合わせて頭を下げたいと思う子もいるんです。だから、ここに来た子は何人もいます。でも、今回の試合は、邪魔をしてもらいたくなかった。だから、私が人払いをしたんですよ」
深雪がスキャンプと殴り合っている間にも数人はここに来たという。そしてそれをやんわりと帰した。終わるまで待つと言った者もいるらしいが、それでも今ではないと諭して。
だが、1人だけ丹陽と共にここにいた者はいる。それは、深雪に対して謝罪がしたくてここに来たわけではない。単純に、この後のことを考えてここに来た
「神風も……その、人払いを?」
「途中からは手伝っていたわ。今はやめてちょうだいと伝えただけだけどね」
神風も丹陽と共にここにいる。誰にも邪魔させないように。
「だって、せっかく貴女が何も我慢せずに本心を曝け出す機会を貰えたんだもの。誰かが外にいると思って躊躇ったら嫌じゃない。だから私も丹陽もなるべく気配を消してここに陣取ってたんだから」
「……じゃあさ、お前達……聞いてたのか」
「はい、嫌でも聞こえるものです。でも安心してください。私と神風さんしか聞いていませんから」
にこやかに言う丹陽だが、深雪は大きく溜息を吐いた。同時に止まっていた鼻血がツーッと垂れてきてしまう。
それを見た丹陽が、すぐに応急手当のキットを取り出し、電に渡す。
「電さん、これで深雪さんの手当てを」
「ありがとうなのです。深雪ちゃん、すぐに血を止めましょう」
「あ、ああ、悪い」
鼻血に対して出来ることは限られているが、血塗れにならないように消毒で拭きながらティッシュを丸めたりして止血。格好が付かないと苦笑しつつ、深雪は電のそれを受け入れる。
「スキャンプさんは見た目には何もないですが、何処か痛いところはありませんか?」
「ああん? そりゃ痛ぇところはあるけどよ、別にどうってこたぁねぇよ」
「そうですね。深雪さんの心の痛みよりはマシ、ということですね。スキャンプさんだからこそ、そこに気付けるでしょう」
スキャンプが少しだけ顔を赤くしながら丹陽を睨み付けるが、当の本人は素知らぬ顔である。ニコニコしながら次の話題へ。
「貴女達は一度休んだ方がいいですね。ただ、お風呂はまだまだ入れそうにありません。夜になったら大丈夫になる見込みらしいので、それまでは我慢してもらうしかありませんね」
「チッ……まぁ仕方ねぇ。あの有様じゃあな」
大浴場の大惨事はスキャンプも知っていること。片付けが大変なのも理解しているので、素直に諦める。
「深雪さんとスキャンプさんは一度シャワーでも浴びた方がいいと思いますよ。汗だくですし、深雪さんは血を洗い流した方がいいです」
「そう、だな。服にも付いちまった。着替えてぇし、シャワー浴びるか。スキャンプ、行こうぜ」
「……そうだな、暑苦しいし、汗は流してぇ。ついでにテメェにやられた痣でも見てやるよ」
「そりゃあお前、あんな殴り合いをしたんだから仕方ねぇだろ」
「はっ、次はああは行かねぇ。だから……」
スキャンプは少しだけ目を逸らし、深雪に伝えた。
「また、晴らしたくなったら相手してやる。テメェはいい子ちゃんすぎるんだよ。さっきも言ったが、テメェが鬱憤撒き散らしても、誰も責めねぇし、責める資格が無ぇ。それだけの権利を持ってんだ」
「……改めて、ありがとなスキャンプ。またやらせてくれ。なんか次もありそうな気がするんだ」
「嫌な予感だなクソ。でも、いいぜ。次は逆にボコボコにしてやるから覚悟しておけよ」
2人は改めて拳を突き合わせた。間柄が、戦友というより、悪友というイメージに見えた。
深雪とスキャンプは工廠のシャワーを使いに先に撤収。他の者達もついていこうとしたのだが、丹陽と神風がそれを止めた。実際に演習をしたわけでは無く、汗を流す必要もないのだから、ちょっと話をしないかと誘われた。
「深雪さんのことを見て、どう思いましたか?」
「深雪の初めての
場所を移して食堂。まるで面談のように向かい合うように座らされ、丹陽が放った第一声がコレである。
トレーニングルームの外で番をしていたということは、あの心からの叫びもしっかり聞いていた2人。深雪の鬱憤、心の奥底に溜まった澱みの真相を知り、やはり心配にもなっていた。
「……電は、深雪ちゃんのことを深く知りませんでした。だから、もっと寄り添いたい、その心を守ってあげたいって、そう思いました」
「お姉様の深い闇に気付いてさしあげられなかったことが、まこと悔しい。白雲にはそれしかありませぬ。せめて、白雲がもっと強ければ、支えられるのかと思い至りましてございます」
電と白雲は、やはりもっと強くなりたい、強くなって深雪を支えたいという気持ちでいっぱいだった。
あんなに激しい闇を吐き出したのは、やはり初めてのこと。丹陽の前で泣き言を叫んだ時もあそこまでではなかった。
好きで特異点になったわけではないという言葉は、仲間達には強く突き刺さる言葉である。その宿命を知っていても、隣に寄り添っていたつもりでも、そう思ってしまうほどには心が疲弊していたのだ。
「あたしもねぇ、ミユキがあそこまで思い詰めてるとは思わなかった。そのくせ、自分のことよりも周りのこと考えてたでしょ。ちょっと我慢しすぎだよね」
グレカーレも軽い口調ではあるが、深雪の闇を知って少々辛そうにしている。戯けて本音を包み隠すタイプのグレカーレだからこそ、深雪がそういった行動に出る気持ちもわかるから。
深雪は我慢しすぎというのが、最も的確な言葉かもしれない。あれだけのことが起きても、声に出さず行動に起こさず、周りに気を遣ってじっとしていた。そのせいで、心の底で澱みが生まれていたのだから。
グレカーレが喧嘩というカタチで提案し、スキャンプが行動を起こさなかったら、深雪は爆発していたかもしれない。
「そうね、深雪はもう少し自分を出してもいいと思うわ。パンパンに張り詰めた水風船みたいなものなんだもの。ここで行動に移せてよかったけれど、もしずっと我慢したままだったら、何処かで確実に壊れるわよ」
「定期的な発散は必要でしょうね。でも、深雪さんは暴れることでの発散を控える傾向にありますから、それも難しい。なら、貴女達が愚痴とかを聞いてあげるのが一番でしょう。でも、深雪さんは貴女達には少し遠慮をしてしまいます」
寄り添ってくれるからこそ、傷つけたくない。その思いが、遠慮というカタチで出ていた。そしてストレスが溜まっていく。
「その辺りは、私が深雪さんに伝えておきましょう。もっと無遠慮に生きてもいいと自覚してもらわなければいけません。むしろ、大切だからこそ、自分の全てを曝け出しなさいと、それくらいは言っておかないといけませんね」
こう聞いていると、やはり丹陽は保護者の極みであった。
一度は発散された深雪の心の中の澱み。しかし、今の戦いを続けていけば、また溜まって行ってしまうだろう。それを常に発散出来るようにしたい。
ここには出てきていませんが、カテゴリーCの深雪はもう少しちゃらんぽらんというか、ここまでいい子ちゃんでは無いですね。なので、育ってきた環境の違いがよく出てます。