後始末屋の特異点   作:緋寺

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癒しの力

「ふぃー……さっぱりしたぜ」

 

 シャワーを浴び終えて、汗を流し終えた深雪は、用意してもらった制服に袖を通した。ついでに、何処にも血がついていないことも確認していた。

 温まったことで応急処置しておいた鼻血が再発し、シャワールームにポタポタと散ってしまった時は少し慌ててしまったものだが、一緒にいたのが一応救護班であるスキャンプだったおかげで、簡単な処置を教えてもらい事なきを得ている。

 今は改めて完全に止まっており、再度噴き出すようなことは無い。念のため制服を隈なく確認していたのはそれが理由。

 

「ったく、手間かけさせんな」

「悪い悪い。でも、あたしの鼻血はお前のせいでもあるんだからな。おもっくそ顔面蹴りやがって」

「テメェだって腹を蹴りやがっただろうが。青痣が出来てやがったぞクソが。だからおあいこだっつーの」

「はは、違いねぇや」

 

 この程度の怪我なら、普通のトレーニングでも起きかねないこと。そして、それくらいならば風呂に入れば治る。それが艦娘というモノ。目に見える傷を負ったり、骨が折れたりしなければ、入渠の必要すらもない。だが、今回のシャワーはあくまでも汗を流すためだけのモノであるため、軽傷でも治ることはなく、殴られたところの痛みも簡単には消えない。

 

「……でもまぁ、一度これくらい暴れても良かったのかもな」

 

 深雪が本当にスッキリしたような表情を見せたことで、スキャンプは見えないように薄く笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 シャワーを終えた深雪は、スキャンプと別れる。今でもまだ精神的に参っている被害者達──スキャンプとしては一番親身になっている酒匂達救護班の様子を見に行く必要があると、足早に去って行った。

 

「……まだまだ、傷は深いんだよな……」

 

 あれだけ激しく澱みを吐き出した深雪だが、やはり今回の件で心に傷を負った仲間達のことを思うと、どうしても溜息が出てしまう。

 

 丹陽が言うには、深雪に謝罪したいという仲間達がトレーニングルームに訪れては、丹陽と神風によって撤退させられている。つまり、それ相応に深雪に対してそう思っている者がいるということになる。そんな思いをさせてしまったということに気を揉み、そしてまた心の澱みを増やしてしまう。

 ここで深雪はハッとした。スキャンプにはいい子ちゃんと言われ、私闘を通して思い切り吐き出すことになった澱み。それが少し意識出来るようになったからか、今の感情があまりよろしくないと察する。

 

「こういうのを溜め込むなっつーことなのかな」

 

 スキャンプの真意は深雪にしっかり伝わっている。だが、それが簡単に出来るのならば苦労はしない。

 

「……まぁ、これは上手いこと乗りこなしていくしかないよな、うん」

 

 今はそう考えることしか出来ない。これまで生きてきた中で出来上がった考え方、やり方を、すぐさま変えることなんて出来ないのだから。意識して、少しずつ自ら矯正していくしかない。

 それが上手くいくかは何とも言えない。そういうことこそ、仲間に頼るのがいいのかもしれないが、深雪はやはりそこを遠慮してしまう傾向にある。もっと無遠慮に生きてもいいのだが、なんだかんだで相手のことを考えてしまうのがこの深雪である。

 

「っし、ここからはいろいろと覚悟しないとな……」

 

 おそらくこれ以降は仲間とも顔を合わせる機会がやってくる。そして、その都度謝罪されるだろう。

 それを受けても、心が悪い方向に揺さぶられないように、先んじて覚悟は決めておく。そうされるとわかっていれば、少しは心構えが出来るというものである。

 

「さて、と。ここからどうすっかな……」

 

 今はまだ工廠でうだうだしていたものの、これから何をしようかというのはまだ考えていない。シャワーを浴びるにあたって、電達と別行動を始めたものの、今何処にいるかはわからないというのもある。

 こういう時は大概、自室か食堂のどちらかだと思われるため、まずは食堂に向かうかと歩みを進めた。勿論、誰かと顔を合わせる可能性を考えつつも、なるべく会わないようにと気を遣って。

 

「あ」

 

 そして、そういうのは得てして起きてほしくない方向に向かうもの。療養中ということにはなっているが、外を出歩く者も出始めている上、中には工廠で調査を受けている者もいる中、シャワールームから工廠を通って食堂に行こうとすれば、あちらが深雪の行動を全て把握していない限り、ほぼ確実に誰かと出会ってしまうものである。

 

 今工廠でやっていることといえば、忌雷に侵蝕されていた者達の度重なる調査。カテゴリーWとなってしまった4人の身体が何処までこれまでと乖離しているか、そして残ってしまった曲解能力がどのように機能するのかを確認するため、軍港鎮守府の冬月と涼月、そして潜水艦の明石が協力して調べ上げているところ。

 

 故に、ここで顔を合わせてしまうのは、その4人である。

 

「よ、よう……身体の調子はどうだ?」

 

 たまたま会ってしまったのだから、平静を装い笑顔で手を振る。顔が強張ったのは自分でもわかっていた。

 それもそのはず、カテゴリーWとなってしまった4人は、深雪の顔を見た瞬間に硬直。特に梅と秋月は、深雪自身に自分の酷い姿を見せてしまっているため、表情もあまりよろしくない方向へ。

 そうさせているのは勿論、激しい罪悪感。深雪は何も悪くないのに、あの時だけは悪と断じて散々なことを言ってしまっていたのだから。

 

「幸い、人の身を離れてしまったものの、体調自体は何ら変わりませんよ」

 

 その中でも、妙高だけは受け答えをするために一歩前に出た。勿論気にしていないわけではない。いくら妙高とて、深雪の姿を見たら、あの時の感情を思い出してしまい、酷い罪悪感に苛まれる。

 だが、今の妙高ならば、他者の感情を察するくらいは出来る。自分達以上に、深雪も苦しんでいることを察したため、自分達の感情をあまり表に出さないように努めた。

 

「深雪さん、私は貴女に謝らなくてはいけません。あの時、貴女達にとんでもないことを……」

 

 と、妙高が言おうとした時、深雪がちょっと待ったと掌を突き出した。思わず妙高も口が止まる。

 

「あのさ、あたしのワガママ聞いてもらってもいいかな」

「なんでしょう。それが私達の償いとなるのなら」

「そういう()()()、止めてほしい」

 

 深雪は意を決して、本心を曝け出す。スキャンプ相手に澱みを吐き出したからか、それともこうなる前に覚悟を決めたからか、自分の伝えたいことはまず伝えるという方向に舵を切った。

 

「妙高さんも、みんなも、自分の意思でああなったわけじゃあないだろ。ああいうこと考えさせられるように、まずあの米野郎に仕込まれたから、あんなことをやっちまった。そうだろ?」

「……そうですね。今考えれば悍ましい限りです」

「だったらさ、みんなだって嫌な思いしてるってことだろ。そこからもっと嫌な思いしてほしくねぇんだよあたしは」

 

 気を遣っているとかではなく、深雪自身が自己防衛のために思っていることを口にしている。相手のことを考えているのではなく、自分のことを考えての発言。だからワガママと称した。

 

「この際だ、もうハッキリ言っちまおう。今回の件で謝られると、あたしも嫌な気持ちになるんだ。()()()()()()()()()。だから、前と同じように付き合ってほしい」

「……前と同じように……ですか」

「ああ、頼む。あたしのためと思って、さ」

 

 そう言われると、反論しようが無くなってしまう。妙高達は、深雪と電に救われたという気持ちが非常に強い。人間を辞めてしまったかもしれないが、ヒトのカタチを取り戻しているため、それだけでも充分すぎる救いだと。

 それだけのことをしてもらったのだから、深雪のためならなんでもやれるというくらいの心持ちになっていた。償いとして。

 

 だが、深雪がそれを拒んだ、罪悪感を持ち、謝罪の気持ちを口に出すと、逆に深雪が辛い思いをする。それを本人の口から聞いたのなら、もう謝ることなんて出来ない。

 

「わかりました。では、謝るようなことはしません。代わりの言葉を使います」

「代わりの言葉?」

「私達を救ってくれて、ありがとうございます。感謝しかありません」

 

 謝罪が深雪の心を苦しめるのならば、こちらで。負の感情より、正の感情を伝えた方が、深雪のためになる。

 

「私と神威さんは、特に異形の姿になってしまっていました。ヒトのカタチを取り戻せたのは、深雪さんと電さんのおかげです。そうですよね、神威さん」

「はい。私の脚は、ちゃんと人間のモノに戻っています。それだけでも本当に嬉しいんです」

 

 この2人はどうしても脚の違和感からまだ脱却出来ていない。足元が覚束ないというわけではないにしろ、どうしてもその感覚が以前とは違うらしい。それだけ異形化が強い感覚だったというのがわかる。

 

「それに、調査の結果、素晴らしいこともわかりました」

「素晴らしいこと?」

「はい、私の排煙の力なんですが……毒素が全て失われていることが確認されたんです」

 

 神威が最も恐れていた力、『排煙』の曲解。そこにいるだけで周囲を蝕む毒の煙。それだけでもここに存在していいのかと苦しみそうなところだったのだが、カテゴリーWとなり体内にある穢れが失われたことで、毒ガスを発生させることは無くなったのではと予想された。

 それを3人の工作艦──1人は定係工作艦でもう1人は工作艦補佐だが──によって調べ上げられた結果、毒素は一切存在していないことが判明した。

 

「神威さんは凄い力を得てしまいましたよ。その力も完全に()()()()()()()ようでして」

「どういうことなんだ?」

「『肉体を蝕む煙』が、『精神を癒す煙』となったんです。これもカテゴリーWの力……なのでしょうか」

 

 つまり、今の神威の煙に()()()()場合、その香りによってメンタルが落ち着くということになるらしい。その影響を受けた梅と秋月は、これまで悲観していた今の自分に対して、ある程度落ち着くことが出来たとのこと。

 

「す、すげぇ、今のあたしにもやってもらいたい力じゃん」

「よろしければいつでも。艤装があれば出来ますので。補給艦として、燃料弾薬だけでなく、コンディションも補給出来るようになれたのはとても嬉しいことです。深雪さん達でなければ、私をこのカタチに治療することは出来なかったでしょう。イヤイライケレ(ありがとうございます)

 

 微笑みながら頭を下げる。深雪はそれだけでも報われた気持ちになった。

 

「梅ももう謝らないことにします。この解体の力も、後始末に使える力であることがわかりましたし」

「私の連射も、もしまた戦うことになった時に皆さんを守ることが出来ます」

「私も勿論。ジャミングは本当に守りたい者を守れます。この力を持ったままに今の姿に戻れたことは、ありがたいことでもありますね」

 

 四人が四人、今のことを悲観していない。こうなったのも、神威の排煙による癒しの成果ではあるのだが、だとしても、深雪にとってとてもいい方向に進んでいた。

 

「改めて、深雪さん。私達を救ってくれて、ありがとうございました。まだ苦難はあると思いますが、前向きに生きていけると思います」

 

 

 

 

 カテゴリーWとなった4人は、少しでも進もうと気持ちを新たにした。人間ではなくなったという事実はあったとしても、今はそこまでの問題にはしていない。

 




神威だけは能力そのものもひっくり返りました。艤装を装備すると、周囲を落ち着かせる排煙が形成されます。
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