時間は午後。あいかわらず鎮守府待機を命じられている深雪なのだが、朝と比べるとかなり気が晴れていた。
スキャンプとの私闘で心の底に溜まっていた澱みを吐き出すことが出来た上、その後に忌雷に侵蝕されていた4人から、自分からお願いしたとはいえ、謝罪ではなく感謝の気持ちを伝えられたことで、深雪自身も前を向けている。
遠慮も我慢もせずに、少しだけワガママを言ったことが功を奏した。そのおかげで深雪は心が重くなるようなこともなく、妙高達も感謝の気持ちを伝えることが出来たのだ。関係性が悪くなることもなく、あの4人とはまず関係を元に戻すことが出来たと言える。
「この調子で他のみんなとも元通りになりたいもんだぜ」
「きっとなれるのです。みんな、深雪ちゃんの気持ちはわかってくれるはずなのです」
深雪のその話を聞いて、電も嬉しくなっていた。深雪が辛い目に遭っていないこともそうだが、丹陽が話していた通り、少し無遠慮に進んでいたことが喜ばしい限りだった。
遠慮をして心を痛めるくらいなら、多少ワガママでも平然といてほしい。精神的に苦しんでいる姿をこれ以上見たくはない。そんな気持ちが溢れており、今の深雪の姿を見ているだけでも笑顔が絶えない。
「とはいえ、やっぱりまだ刺激が強いんだよな。妙高さん達とはマジでうっかり会っちまったんだけど、自分から会いに行って話すのは流石に早いか」
「どうなのでしょう……みんな部屋に篭っていますし、わざわざ1人ずつ訪ねるのは……でも早く終わらせたいというのもありますし……うーん」
悩む電に、深雪は苦笑しながら一緒に考える。療養という体裁である以上、本当に体調が悪い者もいたなら、刺激物である深雪が顔を見せるのは、余計に体調を悪くしそうである。
こういう時は流石に無遠慮とはいかない。
「やるなら晩飯時とかで、みんなに一斉に話してみるか?」
「それがいいかもしれないのです。誰も来なくて部屋で食べてるとかだと難しいですけど、スキャンプちゃんとの試合の時に人払いで帰ってもらったヒト達なら、また会いに来てくれると思うのです」
今のところはまだ、丹陽や神風が人払いのために一度帰した者達とは顔を合わせていない。だが、今はもうフリーであるということは、何処かしらから耳に入っているだろう。丹陽辺りがみんなに伝えているのではと、深雪は勘繰ったくらいである。
謝罪の勇気があるのならば、部屋から出てきてもおかしくない。何処かでじっとしていれば、その内対面するだろう。深雪はそれを待つことにした。余計なことをしたら、傷付かなくてもいい者すら傷付いてしまうかもしれない。
「ま、鎮守府の中にいりゃあ、そのうち確実に顔を合わせるだろうな。今はそれを待つことにする。あたしから無理に行ってもどうかと思うし、来るってことは覚悟を持ってるってことでもあるからな」
「はい、それがいいと思うのです。それまでは電が一緒にいるのです」
「ありがとな、助かるよ」
独りでいると悲観的な考えに向かってしまいかねないので、誰でもいいから隣にいてくれるとありがたい。深雪は素直にそう話すと、電は任せてほしいと胸を張る。
「電は、今よりももっと強くなりたいと思ったのです。でも、前みたいな無茶なことはしません。深雪ちゃんを支えられるくらいに、心を強くしたいと、そう思ったのです」
それを真正面から話せるだけでも相当メンタルが強いのではと深雪は思ったものの、電にそう言ってもらえると恥ずかしさもありつつ喜びが勝る。
電は強くなりたいと望みながらも、主体は深雪として、相棒が折れないように支えられる力を望んだ。並び立つのではなく、全力のバックアップ。同じになるのではない。
ここからの戦いを乗り越えるための、精神的な力。深雪の心に大きなダメージを受けていることを理解したために感じた、自分に必要な力。
「電も今は特異点……深雪ちゃんと同じになりましたし、同じようなことをされてもおかしくないのです。むしろ、深雪ちゃんを壊すために、電自体が狙われるかもとも思ったのです。電が深雪ちゃんにあんな思いをさせたくないですから、もっともっと、強くなりたいのです」
「そっか……そうだよな。電もあたしと同じになったんだもんな。じゃあ、2人で強くならなくちゃな」
「なのです! 深雪ちゃんと電、2人で一緒に強くなるのです!」
2人の特異点として、共に強くなる。深雪は心を癒され、電は心を強くすると決意した。
今はまだ仲間達のことが心配だが、ここで折れていては、まだまだ続く出洲一派との戦いを乗り越えられない。
1人なら無理でも、2人ならきっと大丈夫。片方が折れそうでも、もう片方が支えればいいだけ。2人でならずっと立っていられる。
一方その頃、深雪と電から一時的に別行動を許してもらった白雲。深雪からはそんなに畏まらなくても、自由に行動すればいいと苦笑されていた。代わりにグレカーレが興味本位でついてきている。
奇しくも、どちらも出洲一派のせいで本来の姿から変えられた者同士という組み合わせ。白雲もグレカーレに関しては自分と同じような被害者として若干の仲間意識を持っていたりする。
「シラクモは何をするつもりなの?」
「……お姉様の心からの叫びを聞き、白雲は強くなりたいと望みました。それを叶えてくださるお方が、この鎮守府、延いては我々の仲間にいらっしゃるのです」
その足取りは確固たる意志を持ち、その者がいる場所へと向かう。今何処にいるかわかっているような、迷いが一切ない行動。
「……やはりいらっしゃいましたね」
やってきたのはトレーニングルーム。深雪が思いの丈を吐き出した場所に立っていたのは──
「あら、珍しく別行動なのね。どうしたの?」
「白雲は貴女に、神風様に願いがあって馳せ参じてございます」
「お願い? 私に?」
神風である。まだ誰も来ないこの場所の真ん中で、いつもの制服姿で正座をし、瞑想をしているようだった。自分の部屋でもよかっただろうが、何か思うところがあるのか、今はこの広い部屋でポツンと座っているような状態。
そんな神風の側まで向かうと、すぐ近くで膝をつき、視線を合わせる。そして、両手を床につけた。
「神風様の力を見込んで、お願いしとうございます。この白雲に、稽古をつけていただけないでしょうか」
白雲の言葉に、神風は真剣な表情に。改めて姿勢を正し、白雲に正面から向かう。
「理由は?」
戸惑うこともなく、まずその理由を聞こうと考えた。白雲の態度からして、まだ短い時間かもしれないが思い至ってこの判断を下したと思われる。しかも、
「神風様もお聞きになられたかと思いますが、お姉様はとても深い
神風もそれは同じように思っていた。丹陽も話していたが、深雪は仲間達にかなり遠慮をするような性格をしているため、辛くてもそれを呑み込んだまま、取り返しがつかなくなるまで放っておいてしまう。
その結果が、あれだけの悲痛な叫びだった。常に吐き出していれば、軽口だけで済んでいたようなことだが、溜まりに溜まった澱みは、あれだけ暴れても全てが取り除けるとは思えないくらいに強くこびりついてしまうもの。
「お姉様の心を癒すのは、同じ特異点となった電様が適任でしょう。白雲よりも長く関係を持ち、その心に寄り添えるのは、電様しかおりませぬ。これは満場一致かと存じます」
グレカーレも後ろでうんうんと首を縦に振っていた。深雪を真に癒せるのは電だけだと確信していた。自分ではあそこまで支えられないし、むしろ電が深雪を支えている姿を近くで見ていたいと考えるのがグレカーレである。2人の推しの幸せを願っているようなもの。
「なので、白雲はお姉様の身体を守る力を得たいと思いました。しかし、今のままではまだ足りない。そう感じたのです」
「そうかしら。あの港の戦いでも、貴女大活躍してたじゃない。不殺のために全体凍らせるなんて、深雪の策だとしてもよくやれていたと思うけど?」
「あの時は上手く行きました。しかし、あの時にはすでに、お姉様の心は酷く傷付いておりました。それを未然に防ぐ力を、白雲は欲しているのです。お姉様と電様を守るため、白雲は戦いとうございます」
とにかく深雪が傷つかないように。それが白雲の行動理念。覚悟を決めているし、決意も固い。
「……なんで私なの?」
神風は純粋な疑問をぶつけた。そう考えるのはわかったが、それで何故自分を師として選んだのか。
「あの戦いで見ることが出来た神風様の太刀からは、殺意ではなく
実際、白雲にそんな力はない。思考を読み取るだとか、感情を読み取るだとか、そんなことは丹陽でない限り出来やしない。
それでも、神風の迷いの無い太刀筋からは、相手を殺してやるという負の感情があるようには思えなかった。敵を斃すではなく、仲間を守る。そんな意志をなんとなく感じ取れた。
白雲が今欲しいのは、敵を始末する力では無い。特異点を守る力だ。神風の振るうその力は、白雲が求める力そのものである。
「神風様、この白雲に、
そのまま頭を下げる。それは殆ど土下座のように見えてしまったのだが、それだけ白雲の思いは強い。あの深雪の深い闇を吐き出した様を、それだけ重く受け取っていたと言える。
トレーニングルームの外でその叫びを聞き、神風も非常に辛い思いをした。第二の愛娘がそこまで苦しい思いをしていたことを知り、涙が出そうにもなっていた。
大人だからその涙は呑み込んだが、神風も深雪のことを全力で守ってやりたいと思った程だった。
「……わかったわ。私で良ければ、貴女に教えられることを教えてあげる」
「真ですか! ありがとう存じます!」
「だけど……」
ここで神風は少しだけ表情を崩す。
「私も今に辿り着くまでに長い年月を使ってるの。それに、身体もボロボロにして。しかも最初のきっかけは復讐なんだもの。貴女が本当に求める力とは違うんじゃないかしらね」
グレカーレはその裏側を知っている。神風が経産婦であり、夫と娘を失っているからこそ、身体と心を壊してここまでの力を手に入れていることを。あえて何も言わないが。
「それでも、今は仲間を守るために太刀を振るう者。その時の思いを未だ秘めているのは承知の上。過去より今かと、白雲は考えます」
それは白雲自身にも該当する。人間に深い恨みを持って生まれたカテゴリーMたる白雲が、今は仲間を守りたいという気持ちで、その人間に教えを請おうとしているのだ。
大切なのは、今何をしたいか。それに尽きる。白雲はそう語った。
「……そう、なるほどね。貴女、私よりも充分に強い心を持っているわよ」
「ご謙遜を。神風様には及びませぬ」
神風はクスリと笑い、立ち上がった。白雲にも立つように促す。
「いいでしょう。それじゃあ、やりましょうか」
「はい、よろしくお願い存じ上げ奉ります、神風様。……いえ」
白雲は微笑みながら、神風に向き合う。
「
「うわ、くすぐったい。そんな呼ばれ方するの初めてだから変な感覚!」
かくして、白雲は神風を師事することとなる。短期間で何処まで伸ばせるかはわからないが、その思いを強く持つことに意味がある。
電は深雪と共に、白雲はその2人を一番近くで守るため、より強くなることを望みました。そしてグレカーレは推しの成長を身近で見えることに悦んでいます。