深雪と電を守るために、神風を師事することにした白雲。殺意を込めた攻撃ではなく、仲間を守るために刀を振るうその姿に感動し、まさに自分が今求める力であると確信し、土下座のように頭を下げるまでして神風に教えを請うた。
最初は疑問に思ったものの、白雲の持つ信念は自分の持つもの、
「それではお師匠様、白雲は何をすればよろしいでしょうか」
「いつも通り神風でいいわよ。その呼ばれ方本当にくすぐったすぎるから」
「礼儀としてなのですが」
「だったら師匠の言うこと聞いてちょうだい」
とは言っても、神風も少々困ってはいた。自分がどのように鍛えて今の力を得たのかというのを語ろうとすると、まず鎮守府のトレーニングルームでは不可能なことばかりであるからだ。10年以上前のことを再現するのは不可能と言ってもいい。
何故なら、それまでの人間関係を完全に断ち切った上に、山籠りまでして自分の身体を苛め抜くところから始めたからだ。心がボロボロになった後、身体もボロボロにして、出来そうなことは自分のことを顧みることなく延々とやり続けた。それこそ、拳だけで木を叩き折るだとか、巨大な石を蹴り割るだとかの、明らかに人間業ではないことをやり続けた。
今ここでそれをやることは出来ない。設備もそうだが、現在鎮守府に滞在中の3人の提督が間違いなくやらせないからだ。それだけ神風は他の者にやらせてはいけないようなことばかりをやってきたことになる。
「そうね……やっぱり必要なのは基礎体力なのよ。私も滅茶苦茶やりはしたけど、土台がキチンとしていないと、何もかも出来なかったから」
「それは確かに。基礎あっての技だと、白雲も思います」
「私も最初は技じゃなくてそちらを鍛えたわ。だから、まずは貴女の基礎の部分を見せてもらおうかしらね。今を知らないと、次が見えないもの」
今の白雲がどれほどのものかを知らなければ、トレーニングメニューなんて組み上げられない。自分の技の伝授なんて以ての外だ。
白雲としてはすぐにでも守ることが出来る力が欲しいだろう。だが、世の中そんなに甘くない。誰でも教えを請うだけで神風になれれば苦労はしない。
「かしこまりました。白雲の現在の基礎を知り、今の白雲でも可能な技術を教えていただけるということですね。今の時点で神風様のお眼鏡に適わぬのならば、基礎から鍛え直し、我が身の未熟さを振り返ることとなるでしょう」
「察してもらえてありがたいわ。
「ごもっともでございます。我が身が壊れてしまえば、守ることも出来ませぬ」
「そういうこと。貴女の目指すところって、そういうところよね?」
白雲は勿論だと言わんばかりに力強く頷いた。
「あと、そのままだと動きにくいでしょ。ここでくらいはトレーニングウェアでいいのよ。着替えてらっしゃい」
「かしこまりました。まずは身軽な状態で白雲の実力を見ていただけるということですね。すぐに着替えて参ります」
神風の指示に従い、白雲はすぐに行動に移す。制服のままでトレーニングをするのも、実際の戦いと同じ状況のままに行動することになるため、それはそれで必要なことにはなるのだが、今はまだその段階でもない。そういうのは、しっかりと基礎トレーニングをこなしてから。
白雲が部屋に戻ったため、残ったのは神風と、この話を身近で聞いていたグレカーレのみ。
「グレカーレはどうしてここに?」
「シラクモが何を選んだのかなって、興味本位でねー」
「貴女らしいわ」
ニコニコしているグレカーレを見て苦笑する神風。だが、すぐさま指摘する。
「それだけじゃないでしょ」
「うーん、カミカゼは流石だなぁ。ボスくらい御見通しじゃない?」
「丹陽は異常。私でもあそこまで先読みとか心を読むようなことは出来ないわよ。誰よりも早く動いてるし」
観念したようにグレカーレも真意を話し始める。
「あたしもさ、ちょっと鍛え直したいんだよね」
「鍛え直す……ねぇ」
「あたしもあの戦いに参加してたわけだし、自分の実力ってのはちゃんと見直すことが出来てるわけよ」
白雲がいないことをいいことに、グレカーレは本心を曝け出した。神風には強めに心を許しており、丹陽相手に弱音を吐いたのと同じくらい、神風にはなんでも話せた。
姉の魂を鎮めてもらった恩があり、神風の在り方に尊敬の念を抱いているから。うみどりでは数少ない、神風の正体を知る者として、よりその生き方を応援したく思っているから。
その敬意を持って、グレカーレはこのように接する。
「多分、今のままだと、あたしも
「そうかしらね。貴女だってしっかり動けていたじゃない。港では暁を庇ってダウンしてたけど、仲間を守るために身を挺するって凄いことなのよ?」
「そこで満足してちゃあ、前には進まないよ。ミユキもそうだけど、イナヅマもシラクモも強くなろうとしてるんだからさ。あたしだって今以上にならないとね」
みんなが鍛えているのに、自分だけ今のままで胡座をかいているわけにはいかない。グレカーレにだって、意地も誇りもある。
「対等にはなれないかもしれなくても、やらないよりはやった方がいいっしょ。さっきカミカゼが言ってた通り、基礎の部分を底上げするだけでも大分変わると思うしさ」
「そうね。貴女の場合は基礎はしっかりしすぎってくらい出来てると思うけれど、慢心せずにまだまだ伸ばそうと思えば、多分今以上に成長すると思うわよ」
「だよね。それにあたし、今の身体になっちゃってるから、むしろ艦娘の時より伸び代出来ちゃってるんじゃないかな」
「そこはやってみないとわからないかもしれないけれど、やる気があるなら成長はすると思うわ」
深海棲艦の姿で涙を流したグレカーレだが、今やこの身体の優位性を利用しようとしている。うみどりで後始末屋として艤装が非常に有用だったこともあり、深海棲艦の身体とその艤装を戦いでもしっかり使い切ってやろうと考えている。
そのためには、これまでの直感的なコントロールだけでは足りない。より強くなるために、まずは基礎をさらに底上げしてやろうというのがグレカーレの考えである。それに精通しているのは、やはりうみどりの中ではトップであろう神風に鍛えてもらうのがベストであろう。
興味本位で白雲についてきたが、神風とトレーニングするというのなら都合がいいと、グレカーレも便乗する。
「だからさ、あたしにもいろいろ教えてほしいな、
「貴女の言語はよくわからないけど、大体なんて言ったかわかるわ。その呼び方はやめなさい。そろそろ本当にキツいわ」
「あはは、かーわいっ♪」
おちゃらけている素振りではあるが、グレカーレは至って真剣である。深雪達
若干不純な要素もあるものの、それは欲はあれど悪意はない。前を向くためならば、別にそこまで咎めるような理由でもない。
「それじゃあ、あたしも着替えてくるね。シラクモと一緒に鍛えてよね」
「はいはい、わかったわ。
「はーい。一応体裁は白雲のお目付役ってことでよろしくね。ミユキからも離れて行動するっぽいし、シラクモもそういうのが近くにいた方が安心だと思うからね」
こういうところが、グレカーレの真面目で優しいところである。本質的に、ここの深雪と似たり寄ったりな性格と言えよう。
トレーニングウェアに着替えた白雲とグレカーレは、神風に言われるまま設備を利用して基礎体力の向上と、現段階の限界を知るために動いていた。
筋トレや柔軟、持久力などを確認すると、やはりここでいろいろとわかることがある。
「深海棲艦の身体だからかしら……最初から普通にスペック高いわね。筋力も駆逐艦よりも少し上。持久力も同じくらいちょっと高いわ。柔軟性は個性だからなんとも言えないけど、貴女達は柔らかい方よね」
「多分それ、馬鹿みたいに身体が硬いシグレを見てるからそう思えるだけなんじゃないかな」
「まぁ……あれはちょっともう少し柔らかくなってほしいものだけど」
何処かでクシャミをするような声が聞こえたような気がしたが、神風はスルー。
「全体的にスペックが高いわ。確か艤装のスペックも深海のそれだからそもそもが強いのよね」
「実感がございませんが」
「自覚は難しいものよ。最初からそれだったんだもの。グレカーレは少し思うところあるんじゃない?」
「……無いって言ったら嘘になるかな。でも、その分身体中が敏感なのは勘弁してほしいんだけどね」
ここ最近は慣れてきているため、不意に声を漏らすようなことは無くなっているものの、この植え付けられた体質は未だに治っていない厄介なモノ。トレーニングウェアも変に擦れると敏感肌に影響があるので、肌になるべく張り付くタイプを選択しているものの、それだと変化させられて少しだけでもあちら側に傾倒させられた時の姿を思い出させられるせいで気分が悪いという悪循環である。
とはいえ、そんなデメリットを上回るほどに筋力が上がっているのも確か。前までは持ち上げられなかったモノも持ち上げられたり、息が整うまでの時間も短くなっていたりと、30年付き合ってきた艦娘の身体よりも
「白雲も、割と強めの身体みたいね。これなら私の扱える技の最初の方は扱えるわ」
白雲も、身体が身体だからか、並の駆逐艦娘と比べれば格段に身体能力が高い。うみどりでは周りが並ではないというのが理由で普通に見えていたが、普通の鎮守府に紛れ込んでいたら、今の時点でエースになれるくらいの力を持っている。
これならば、神風もいろいろと教えやすいと笑顔になった。
「ありがとう存じます。流石にあの風を起こすような力は白雲には難しいとは思っておりましたが」
「あれはやめときなさい。私だって身体にガタが来るんだから」
神風にとっても、割と諸刃の剣な技がいくつもあるのだから、それを教えるわけにはいかないと先んじて忠告していた。
それを多用しているから神風は戦いの後にボロボロになってしまうのだが、白雲ならばそこまでにはならないのではないかと予想が出来た。時間があり、努力さえすれば、神風に匹敵、むしろ超えることが出来るくらいの逸材とまで感じていた。
「それじゃあ、少しずつ、確実に覚えていきましょう。ちゃんと強くしてあげるわ」
「よろしくお願い存じ上げ奉ります」
「あいよー」
ここから白雲は凄まじい成長を見せることになる。それこそ、誰が見ても神風の弟子と思えるほどに。
深海棲艦の身体というのは、それだけでも強いもの。その上、2人が持っているのは姫級の身体ですからね。基礎スペックから高いのは当たり前。それを悠々と超えている元人間の神風が異常なだけ。