白雲とグレカーレが神風の下で鍛え始めたその時、深雪と電は2人で工廠へと向かっていた。呼び出したのは伊豆提督。
「ハルカちゃんに呼び出されるって、なんか緊張しちまうな」
「なのです……何か良くないことが起きたりしちゃったのでしょうか」
鎮守府待機を命じられている2人が、直属の上司に呼び出されるというのは、それが何も無くても少し緊張してしまうもの。悪いことをしていないのだから、胸を張って出向くべきではあるのだが。
今工廠で何かやっているとしたら、カテゴリーWとなってしまった妙高達の徹底的な調査であるため、その結果に異常か何かが出たか。もしくは、工廠の奥に捕らえられている米駆逐棲姫に何か進展があったか。
前者は深雪がグッドニュースとして聞いており、神威の排煙すらひっくり返って癒しの能力になっていると聞いている。そこから異常が見つかったというのなら酷いバッドニュースになってしまうのだが、何が起きてもおかしくないことから、2人とも覚悟だけはしていた。
後者に関してはさらに厳しいだろう。那珂による説得もあって心が揺さぶられてはいたようだが、まだ何も話していなそうではある。まともに口を利いているかもわからない。そこに2人を呼び出しても、何が出来るかと言われたら、何も出来ないが答え。
「何も無けりゃいいけどな」
「なのです」
工廠に入ると、そこには既に数人、2人がやってくるのを待ち構えていた。すぐにわかるのは、そもそも2人を呼び出している伊豆提督。だが他は──
「……お、おう」
療養中であった被害者の中でも、トレーニングルームまで来て深雪に謝罪をしたかったが、丹陽に追い払われた者達だった。深雪達はそれが誰かは知らずとも、ここにこうやっているのだから、自分達の前に立つことを辛いと思っていない者であることはわかる。
流石に予想外だったか、深雪は少しだけ足が止まってしまった。電も驚いて止まってしまうが、すかさず深雪の手を握る。心を支えるということを念頭に置いた結果、これが一番お互いのためになると2人で納得した手段。
自分は1人ではないとわかるのは、触れ合うことが一番である。特に電は、深雪と共にいる唯一の相棒。
「ごめんなさいね、2人共。急に呼び出しちゃって」
「いや、大丈夫。あたし達はほら、鎮守府待機だったから、ぶっちゃけ何もやること無かったんだ。電とこれからどうやって強くなっていこうって相談してたくらいだし」
「なのです。心を強くする方法を考えていたところだったのです」
身体を鍛えるならば、やることは非常にわかりやすい。今この裏側で白雲やグレカーレがやっているトレーニングをただひたすらにこなしていけばいい。
だが、メンタルトレーニングとなるとすぐにはわからなかった。自信が持てるようにお互いを褒め合うとか、うまく出来ている人を思い出してそれを真似てみるかとか、いろいろと考えていた。特に大きな進展は、お互いに辛いと思ったことは溜め込まないで口に出そうと決めたことだ。心の底の澱みは、定期的に吐き出しておこうと。発起人はまさかの電である。
こうやって考えるのも多少はトレーニングに繋がってはいるのだが。メンタルは実感が湧きにくいので、いいと思ったことをただひたすらにやるしかない。
「メンタルトレーニングについて、ということよね。それじゃあ、また後から相談に乗るわね。みんなで考えてみましょう」
「ありがてぇ。頼んだ」
「お願いするのです。電達だと暗礁に乗っちゃいそうなのです」
こういう時も遠慮せずに仲間を頼る。深雪には、ただそれをするだけでもメンタルトレーニングにはなっていたりする。
丹陽が言っていた通り、深雪はもっと無遠慮になってもいい。遠慮しすぎているから心の底に澱みが溜まるのだ。
「で、それは一回置いておいて、だ。呼び出された理由って……」
「ええ。深雪ちゃんと電ちゃんには、治療の結果ってちゃんと話していなかったでしょう。だから、それを知ってもらおうと思ってね」
深雪と電が知っている治療後の者と言えば、人柱となった3人と、カテゴリーWとなった4人。特にスキャンプとは、血まで見るほどの大喧嘩を繰り広げたくらいなのだから、どんな感じなのかは多少はわかる。
しかし、人柱となった3人は、例外中の例外であることをちゃんと理解しておいた方がいいと、伊豆提督は注意した。
「今はみんながメンタルケアに奔走しているけれど、あの時の記憶がどうしても立ち直るのを邪魔してしまうの。時雨ちゃんやスキャンプちゃんは、それを怒りや苛立ちに変えているから前に進めているけれど、どうしても進めない子もいる」
「……だよな。そういうヤツは、まだあたし達の前に出てこれていないだけ、なんだよな」
「ええ。それでも前に進めている子はいるわ。ここに集まってくれている子は、みんながそちらのタイプ」
そう言いながら、伊豆提督はここに集まってくれていた艦娘達に視線を促す。
その筆頭は、被害者の中でも大人の方である長門。申し訳なさそうな表情はしているものの、現実から目を背けていない力強さも感じる。
その長門は、深雪と電の前へと歩み寄ると、膝をついて視線を下げる。それは、敬意を示しているようにも見えた。
「深雪、まずは言わせてほしい。救ってくれてありがとう」
ここで謝罪が出てこなかったのは驚いた。謝らないでほしいと伝えたのは妙高達だけ。それ以降はまだ被害者とは顔を合わせていないどころか、そもそも他の者達にも会っていない。もしかしたら長門は妙高達に先に会っていて、深雪は謝罪を求めていないと聞いていたのかもしれない。深雪はそう判断した。
実態は、先に動いていたのは丹陽である。深雪の心境的に、謝罪を受けるよりは感謝を伝えられた方がいいと察しており、既に前を向こうとしている者達には、メンタルケアと同時にそれを少しだけ仄めかしていた。
長門はそこから察することが出来る者であったため、謝罪の言葉は出さないと先に決めていた。これ以上深雪を苦しめたくない。ここまでずっと苦しんできたし、これからも苦しむことが多いことはわかっているのだから。スキャンプと私闘を繰り広げたことも伝わっているため、心の安寧は尚更必要だと。
「君達のおかげで、私達は今の姿を取り戻すことが出来た。ずっとあのままだったら、今頃どうなっているかわからない。だから、君達には感謝しか無い」
「ん、大丈夫。仲間が困ってるなら、あたしは意地でも救うよ。その時は嫌がられても、それが本当に思ってることとは違うことくらいわかってる」
「ああ、あの時の私は正気では無かった。今でも覚えさせられているが、今考えればとても悍ましい感情だ」
強制的に従わされ、それを本心から喜んでしまっていた自分がいたのは、紛れもない事実だ。しかし、それが米駆逐棲姫の能力であることもわかっているし、今はその感情そのものが気持ち悪いモノであると自覚出来ている。
「忘れることは出来ないかもしれないが、それが前に進めない理由にはならない。私の中ではそう思っている。だから、私はここからまた
「……ああ、あたしもそうしてほしい。あたしの願いは、前と同じ関係に戻ることだからさ。またみんなで後始末屋をやっていきたいから」
「勿論だとも。深雪は私達と同じく、後始末屋の一員だ。共に海を綺麗にするために尽力しよう」
頭を下げるわけでもなく、跪くわけでもない。視線を合わせた結果やることは、そのまま握手。改めて深雪と絆を深め、むしろこれまで以上に仲良くなるため。
長門がそうしたことで、ここにいる者達全員が深雪と電に同じことをする。元々は謝罪をするつもりだったが、誰よりも辛い思いをしていた深雪にこれ以上そんな思いをさせないために、笑っていてもらいたいという気待ちも表れていた。
結果として、申し訳なさ以上に、より絆を深めるために前に出ようと考える者ばかりであることがわかった。無論、それはここにいる者達だけではあるが、深雪にはそれでも充分だった。
「話を戻すわね」
一通り絆を深めあうことが出来た後、伊豆提督が本題に戻る。
「洗浄液に漬け込んでの治療は、見ての通り大成功。あの能力自体が、特殊な穢れを流し込んで外見だけを変化させるモノであることが証明されたことになるわ。内から外から浄化することで、記憶はそのままだけれど身体も心も元に戻っていることが確認出来た」
「本当によかったよ。まぁその残っちまった記憶ってのが大問題なんだと思うけどさ」
「ええ……それに対して向き合える子と向き合えない子がいるもの。そこはもう、時間をかけて寄り添うしかないわ」
前を向けた者が、また他の者に寄り添うことで、連鎖的に心を癒していこうという算段である。
深雪だと刺激が強すぎるかもしれないが、同じ被害者の方が心に寄り添えるだろうし、慰め合うことも容易。みんなで力を合わせて乗り越えていこうという、これまで育んだチームワークを全力で使っていく。
「あたしはみんなに寄り添うのは難しいと思うけどさ、出来れば、みんなに言っておいてほしい。あたしは何も気にしてない。みんなのことを嫌だと思っていないし、これからもまた前みたいに付き合っていきたいってさ」
「ええ、勿論。ちゃんと伝えておくわ。深雪ちゃんも遠慮せずに思ったことはバンバン言ってくれて構わないからね?」
「ああ、そうさせてもらう。……スキャンプのおかげで、大分吐き出せたしさ」
胸につっかえるようなものは、今のところ殆ど無い。言いたいことはさんざんスキャンプにぶつけることが出来ている。
それに、愚痴は電と言い合うことにした。溜め込まないで、知ってもらう。これが一番楽になれる道であると理解した。
「今回で教訓が出来たんだ。グツグツした嫌な思いは、溜め込むんじゃなくて吐き出すべきだって。でも、それを聞いた奴も嫌な思いするだろ? あたしにはそれも嫌だった。だからずっと溜め込んでたんだ。それがダメだったんだな」
「ええ、ここの子達は、愚痴を聞いたくらいで深雪ちゃんへの考え方が変わるようなヤワな子達じゃないわ。むしろ、もっと絆が深まると思う。勿論、アタシもね」
ウィンクをして、その思いを伝えた。うみどりの、軍港鎮守府の仲間達は、みんな深雪のことを悪くなんて思わない。むしろ、愚痴くらい話せと寄り添ってくれるようなタイプばかりだ。
だから、もう遠慮なんていらない。する必要がない。思ったことを思った通りに発言してもいい。
「まぁ当然言っていいこと悪いことくらいはあるけれどね?」
「わかってるぜ。そこがわからないほど馬鹿じゃあないからさ」
「充分すぎるわ。本当に、いい子に育ってくれたわ」
深雪の道は明るくないかもしれない。だが、今回の事件で得た学びによって、暗い道でも歩き方がわかった。頼れる者は、好きなだけ頼っていいのだ。
深雪はまた精神的な成長が促されました。小さな一歩でも、確実な前進。ここからは、少し無遠慮に考えを口に出していきましょう。