後始末屋の特異点   作:緋寺

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無遠慮と自重

 今の深雪の望みは、うみどりの面々と前までの関係に戻ること。あの時の言動が本心からの言葉では無いことはわかっているのだから、やられた側である深雪は全てを割り切る道を選んでいる。

 愚痴も鬱憤も仲間達には吐き出し、自分の弱みも見せて、遠慮もしない。仲間にならそれくらいやっても嫌がられることもないはず。少しくらいのワガママは許容範囲内だし、むしろいい子過ぎるのも考えものだ。

 伊豆提督からも、そんな愚痴を聞いたからと言って深雪に対してのスタンスを変えるような者はここにはいないと保証してもらったことで、深雪は暗い道であっても前に進む方法を手に入れたと言えよう。

 

 工廠には、深雪に謝罪をしたいと思いつつも、深雪からのほんの少しのワガママ、謝らないでほしいという願いを叶えるため、謝罪ではなく感謝の言葉を贈るために集まった仲間達がいる。

 長門を筆頭に、罪悪感を持ちつつも心を落ち着かせ、深雪との関係を軍港都市にやってくる前、後始末屋の仲間としての関係に、今すぐ戻ることを受け入れられる者達。

 

「……ハルカちゃん、姿が見えない人が何人かいるけど……やっぱりまだしんどいってこと、なんだよな」

 

 逆を言えば、ここにいない者はまだ深雪への罪悪感、自分がしでかしたことへの恐怖、持った感情への怒りなど、負の感情によって前へと進めなくなってしまった者は、今ここにはいない。

 深雪の顔を見ると、どうしてもその()()が刺激されてしまい、表情や態度に出てしまうのだろう。そして、それを深雪に強いることで余計に罪悪感が増幅されてしまう。

 

「ええ……特に酷いのは酒匂ちゃんとニムちゃんでね、それぞれに誰かをつけるようにはしているわ」

「そっか……そうだよな。誰も彼もが立ち直れるわけないんだ。時間をかけたって無理かもしれない……んだよな」

「アタシからは何とも言えない。でも、きっとまたあの時のように戻れるわ。深雪ちゃんは、信じて待っていてあげて」

 

 伊豆提督からも、今はそうとしか言えなかった。

 

 名前が挙がった2人、酒匂と伊26は、うみどりの中でも特に優しく気遣いが出来る者。

 酒匂は言わずもがな、救護班の班長として常に仲間のことを気遣い、スキャンプの心をも解きほぐしたという実績がある。自分の境遇もあってか、他者を思う力は誰よりも強いと思わせるほどである。

 伊26はその陰に隠れているようにも見えなくもないが、あの伊203の手綱を握ることが出来ているというのが一級の優しさの証拠。振り回されてもちゃんとついていき、ダメな時はダメとハッキリ伝える。そして伊203がそれにしっかり従っているところからして、伊26の影響力がかなり高いことが頷けた。

 その2人が、今回やらされたことへの罪悪感に苛まれて、なかなか部屋から出てくることが出来ないでいた。特に酒匂は、元々が鬱病だったこともあり、それを再発してしまっているようなもの。

 

 酒匂にはスキャンプを筆頭にした救護班が、伊26には伊203や桜がついているらしい。睦月もあまり立ち直れていないタイプではあるのだが、酒匂が輪をかけて落ち込んでいるため、それを見て前に進む決意が出来たのだと、伊豆提督は語られたらしい。

 それ故に、該当する者達は工廠には来ていない。今挙がった睦月などは、深雪に顔を合わせに来るだろうと予想もしていた。

 

「あたしが見舞いに行くのは、多分まずいよな、うん。それくらい空気は読める」

「ごめんなさいね。まだ()()()をつけるには時間が足りないのよ。遠慮するなとは言ったけれど」

「大丈夫だって。そりゃあ、酒匂さんともニムとも、もう一度前みたいにやっていきたいけどさ、今は無理だってんなら無理強いはしないぜ。もし大丈夫ってなったら、すぐに教えてくれよな」

 

 ニカッと笑い、深雪はその状況を受け入れた。口に出す愚痴もない。遠慮しているわけでもない。図々しく突撃なんてことも考えていない。今はそうするしかないのだから、素直に受け入れているだけである。だから、()()()()()()()()()

 

「心配なのです……」

「そりゃあな。でも、あたし達にゃどうにも出来ないこともあるってもんだ。あたしだって、今すぐ様子を見に行きてぇくらいだけど、今は我慢だ。これは悪い我慢じゃない、よな」

 

 ただひたすらに仲間のことを考えて遠慮し続けるのではなく、状況を見て引くときは引くということを学んだ。

 いい我慢と悪い我慢が判別出来るようになったのは、充分すぎる成長。伊豆提督も、深雪のこの考え方の変化には喜ばしいものを感じた。

 

「ええ、もう少しの我慢だと思う。深雪ちゃん、電ちゃんも、辛いと思ったら我慢せずに話してちょうだいね」

「ああ、そうするよ。みんなが相談に乗ってくれるんだよな」

「愚痴も聞いてもらえるのです。遠慮は……うん、止めるのです」

 

 それもまた、心の強さである。愚痴も相談も、自分を曝け出す行為なのだから、やるのは勇気が必要。それを躊躇わずに出来ることは強みだ。

 

 

 

 

 今回の件で、仲間達の半数とは関係の修復が出来たと思われる状況に。居心地が悪いなんてことは無くなるものの、まだ心配事は多い。

 

「本当に元の鞘に収まるには、時間は必要なんだよな……。今回の被害、今までで一番デカいぜ……」

「なのです……本当に全部元通りには……ならないかもしれないのですよね」

「かもな……でも、あたし達はやれることをやっていこうぜ。酒匂さんやニムとも、きっとまた前と同じ関係に戻れるはずだ」

 

 深雪も電も、受け入れる準備は出来ている。誰のことも恨んでいないし、引け目も何もない。変わってしまっているのは被害者側のみである。

 何もしていないのに敵対され、それが治れば罪悪感を持たれ、ただただ関係を壊された。深雪も電も、そのやり方だけは本当に許せなかった。

 

「……あの米野郎のせいで、こんなにグダグダになっちまった。後始末もぜんぜん出来てねぇし。仕事も出来なきゃ、いらない戦いばかりで、マジで参っちまうよ」

「なのです……こんなに戦うこともないのに。それに、あのお米さんだって、本当は被害者……なのですよね」

「話を聞いてる限りだとな。そういう教育を受けてたみたいなことを言ってたもんな。アイツにとって、常識が常識じゃあ無ぇんだろうな」

 

 阿手の洗脳教育、本来の才能を潰されて植え付けられた劣等感を刺激された挙句、深海棲艦化によってあちらに都合のいい精神性にも変えられ、それこそ正しいと刻まれて、取り返しのつかない状態になっているのが米駆逐棲姫である。

 仲間達は米駆逐棲姫に心を壊されかけたが、その加害者がそもそも出洲一派の被害者。人生そのものを既に完膚なきまでに壊されている存在なのだ。

 そのせいで、同情心も芽生えてしまっているからタチが悪い。素直に完全な悪ならば、極刑を課すことも全く苦ではないのだが、そういう事情を知ってしまったが故に、非常に面倒臭いことになってしまっている。

 

 そこまで狙って米駆逐棲姫が使われたのならば、敵のやり方の悪辣さは、あまりにもレベルが違った。

 

「……みんなはどう思うんだろうな。多分まだそのことは聞かされてないと思うけど」

 

 ふとした疑問が深雪からの溢れた。米駆逐棲姫の事情を知ったとして、実際に被害を受けた仲間達は彼女に対して何を思うか。

 同情を誘うバックボーンを知ったとしても、やられた仕打ちはそれを塗り潰す程に重たい。今でもその記憶に苛まれて、前を向けない者すら出ている始末だ。

 そんなことをしでかした米駆逐棲姫を、許せると思うか。それは、何とも言えない。那珂のように既に割り切り、米駆逐棲姫であっても友達になれると言っているが、誰もが同じ思いを持てるとは思えない。

 

「電は……あんなことをされましたけど、救えるものなら救いたいのです。でも……」

「アイツ自身の考え方が変わらない限り、あたしは無理だと思う。今は大丈夫でも、またやらかすだろうしな」

「……ですよね。電もそう思うのです。あの力を持っている限り無理なのです」

 

 米駆逐棲姫を挟んでひっくり返すことが出来るかと言われても何とも言えない。そもそも、深雪と電がそうしようと思えるかの問題もある。ひっくり返して妙高達のようにカテゴリーWにしたとしても、能力据え置きということは、量産化の力もそのままということになる。

 神威のように穢れがないから能力自体もひっくり返るということも起こり得る。米駆逐棲姫から穢れが失われた場合、爪を刺して注入する穢れも失われるのだから、量産化は全く別の力になる可能性は普通にあるのだが。

 とはいえ、元の力が洗脳である。別の力になったとしても、それがいいものになるとは到底思えない。そして、米駆逐棲姫の精神性が何も変わっていないならば、そんな力を持っているだけで悪いことが起こる気しかしない。

 

「……ハルカちゃん達に任せるしかないよな。どういう決断をするか」

「なのです。電達には決められません。でも、思っていることは話しておきたいのです」

「勿論。遠慮はしねぇよ。その時に思ってることを、ちゃんと伝える。それで自分の考えとは違う結果になったとしても、ちゃんと受け入れる。駄々を捏ねるようなことはしねぇ。それが一番お互いのためになりそうだもんな」

 

 自分の思いは伝えても、それが思い通りにならないからといって腹を立てるようなことはしない。それが深雪と電の選択。思い通りにならないから駄々を捏ねるなんて、そんな()()()ことはしたくないと、深雪は微笑む。

 

「よくぞ言いました」

 

 そんな宣言を何処で聞いていたのか、やはり現れたのは丹陽である。その不意打ち気味の登場に、心臓が飛び出るかと思った2人は、それこそ我慢することなくギャアと声を上げた。

 

「お、驚かすなっつーの! 何なんだよお前いつもいつも!」

「先回りされているのです!?」

「たまたまですよ、たまたま。今はちょっと近くの部屋にいたので。お茶を持って行こうと思った帰りにいたというだけですから」

 

 本当かと疑問を持ってしまうものの、本当に飲み物を持っていたのだから信じることにした。とはいえ、あまりにもタイミングが良すぎるのは引っかかるところではあるのだが。

 

「深雪さんも電さんも、もう少し遠慮なく生きていくべきだと、お婆ちゃんは思うわけです。そこに自分から気付けたのは、とてもいいことだと思いますよ。子供の成長は見ていて嬉しいものですね」

「そ、そうか……これが成長と言えるのかは、あたしにはちょっとわからねぇんだけど」

「充分すぎるくらいの成長です。自重すべきかせざるべきかを判断出来るようになるというのは、とてもいいことです。自重しすぎると、失わなくてもいいものまで失いますからね」

 

 何処か、実体験があるような口振りである。そのため、深雪はそれこそ無遠慮に問う。

 

「お婆ちゃんにはそういう経験があるってことか?」

「はい、長く生きていると、そういうこともあるものです」

 

 少し寂しそうな、そして()()()()()()()()()()()()()目をした。深雪にはそれがわからなかったが、電にはその微小な変化も目についた。

 だが、深掘りは良くないかと思ってそれ以上聞くことはない。酸いも甘いも知る丹陽だからこそ、隠し事くらいはしていてもおかしくないし、触れられたくないことの一つや二つはあるだろう。

 

「お二人とも、頑張ってくださいね。私は応援していますから」

 

 それだけ言い残して、飲み物を運ぶために去っていった。深雪も電も、少々キョトンとしたものの、その応援を噛み締めて頑張ろうと何度目かわからないくらいの決意をした。

 

 

 

 

「……悪いものを悪いと言い切れないと、仲間を失うことにもなりかねませんからね。()()()()()

 

 聞こえなくなったところで独りごちる丹陽。

 

「……阿手さんの名前をまた聞くことになるなんて思いませんでしたよ。あの人、まだあんなことをやってるんですね……」

 

 その名は、伊豆提督達から聞いていた。潜水艦のトップ、ボスとして過去のことを聞きたいと名前を出されていたのだ。

 その名は、丹陽にも因縁のあるものだった。第二次から艦娘の洗脳教育を施していたこともあるような提督。

 

「……初風さん、私自身では貴女の仇を討てそうにないですが、仲間達がどうにかしてくれるでしょう。待っていてください」

 

 珍しく、丹陽が怒りを露わにしたが、それもすぐに終わった。

 




丹陽にだって、そういう過去はある。
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