後始末屋の特異点   作:緋寺

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互いの本心

 夕方に停泊を終わらせて出発する旨のイリスによる艦内放送が響く。昨晩の戦闘から続いていた清浄化率100%の維持が完了したということになる。

 深雪は結局、丸一日を自室で過ごすことになっていた。途中交換日記の件があったことを除けば、身体も心も休まる休日。交換日記も、今後の生活を良くしていくための一歩目なのだ。やらない理由がない。

 

「晩飯はどうすりゃいいかな」

 

 いつもなら間違いなく食堂に向かう時間帯。だが、今日は電のことを考えなくてはならない。今日は電が食堂で食事をするというのなら、時間をズラすか自室で食べるかのどちらかになる。

 出来ることなら電に苦しんで欲しくないため、深雪が一歩退くつもりだった。うみどり所属初日は、歓迎会もあるだろうしと、電がまず楽しむべきと考えて。

 対面出来るようになれば、食事も一緒に食べることが出来るのだが、それもまだ早い。ならば、電がうみどりの良さを知るべきだ。深雪はもう充分知っているのだと自分で納得して。

 

「はぁい、深雪ちゃん。お邪魔するわね」

「夕食、持ってきたわ」

 

 考えているうちに扉がノックされ、中に入ってくるのは伊豆提督とイリスである。カートに載せた夕食を部屋の中に運び込むと、ベッドの傍の椅子に腰掛けた。

 朝は睦月と子日、昼は秋月と梅と来たのだから、夜は神風と誰かかなと考えていたところにコレである。まさか提督自ら食事を持ってきてくれるとは思っておらず、それが伊豆提督でもあって驚きを隠せなかった。

 

「え、ハルカちゃんが持ってきてくれたのか!?」

「深雪ちゃんにも話があったから、ちょうどいいと思ってねぇ」

 

 カートをそのままテーブル代わりにして、夕食を食べられるように準備する。ここまで上司にしてもらうと、逆に申し訳なさまで感じてしまうものなのだが、伊豆提督はいいのいいことにこやかに準備していく。

 

「電ちゃんのこと、知っておきたいでしょう?」

 

 電の名前が出るとどうしても身体が硬直してしまう。勿論和解を望んでいるのだが、電側からそれを拒まれたらおしまいだ。ここでこの話題を切り出してくるということは、あの交換日記が何かしらの進展に繋がったのではないかと考えられる。

 

「深雪ちゃんの思いを書いた日記、電ちゃんはまだ読めてないみたいよぉ」

「そ、そっか。そりゃそうだよな……。電の方が傷は深いだろうし」

「地道に待ちましょ。あ、当然だけど内容は聞いてないから安心してちょうだい。教えてとも言わないわ。勿論、酒匂ちゃんも口外しないって」

 

 深雪が持つ電への思いに対して、誰も冷やかすつもりはないし、むしろ頑張ってほしいと応援しているくらいだ。

 伊豆提督だって、そのうちの一人。深雪のことも電のことも考えて、この交換日記による距離を近付けるという流れを邪魔なんてするはずがなく、二人が苦しまないように全力でサポートしたいと考えている。

 

「で、その電ちゃんだけどね、()()()()()()()()()

「えっ!?」

「深雪ちゃんだけ除け者になっちゃうなら、今は保留にしておいてほしい、ですって」

 

 深雪が電のことを思って部屋に篭っているように、電も深雪のことを思っての発言。互いに遠慮しあっており、互いに一歩引いている。

 故に、電も今、隣の部屋で夕食を食べているとのこと。それを運んだのは神風と長門。神風はわかるが、長門がそこで動いているというのは意外だったようで、深雪は咽せかけてしまった。

 

 深雪という前例が出来ているとはいえ、電にも警戒は必要と考えており、ゆっくり話せる時間を作るためにもまず動き出した。その真意を深雪は知らないものの、伊豆提督とイリスという組み合わせを艦娘で表現するのならば、長門と神風というのがちょうどよく見えた。

 

「そっか……電が」

「だから、アナタとの関係がもっと良くなったら、改めて歓迎会を開くつもりよ。電ちゃんもそれを望んでいるから」

「わかった。でも、焦らないように距離を縮めていくよ」

 

 今すぐに距離を縮めることなんて出来やしない。だが、焦って縮めようとしたら間違いなく傷付けることになる。だから、ゆっくり慎重に、間違いを起こさないように。

 

「艦内の案内をしてもらって、みんなと顔を合わせたけれど、やっぱりどうしても浮かない表情だったわ。アナタのことが気になるのね。思い詰めてるようにも見えたもの」

 

 まだ目を覚まして間もない電だが、深雪のことが気になって仕方ないのだろう。

 そして、そこにある感情の大半は()()()()()である。自分に意気地がないことで深雪に迷惑をかけてしまっていると悔やみ、しかしどうしても前に進めない自分に苛立ち、だからといってその気持ちを晴らすことが出来ないでいることに悲しむ。ストレスは失われるどころか積み重なる一方。

 艦内の案内と同時に、深雪を除いたうみどりの仲間達と顔を合わせていても、深雪のように最初から仲良く出来そうかと言われると、それは難しかった。この感情、元来の気弱さも相まって、人見知りのようになってしまっている。

 

 結果的に、電はここに来てまだ一度も()()()()()()()()()

 

「アタシ達からも焦らないように伝えておくわね。現状を変えたいって気持ちは痛いくらいにわかるんだけれど、だからといって無茶をしたり自棄になったりしたら、間違いなく失敗するもの」

「だよな……。本当なら、あたしだって電の部屋に突撃して、最初から顔を合わせて話がしたいけど、そんなことしたら電がぶっ壊れちゃうかもしれないと思って」

「ええ、そこで慎重になれたのはいいことだと思うわ」

「そりゃあ……あたしは一回やらかしてるわけだしさ」

 

 昨晩の失敗は、深雪に慎重さを与えている。仲間に迷惑をかける行為は、後々に響いてしまうはずだから。電相手なら尚更だ。

 

「ゆっくりやれば、得てして早く解決するという時もあるわ」

「そんなもんなのか」

「そういうものなのよ。意外なことにね」

 

 まだ生まれて1週間前後の深雪と比べれば、伊豆提督の方が人生経験は豊富であることは当然。人生の先輩の言葉を、深雪はしっかりと胸に刻んだ。

 

 

 

 

 一方その頃、隣の部屋。神風と長門が夕食を運んだ先にいたのは、丸一日を俯いた状態で過ごしていた電である。

 目を覚ましてからイリスに説明を受けた後、制服に着替えて艦内を歩き回ったが、この艦内に深雪がいるということを知っているだけで、どうしても気が重くなってしまっていた。

 

 艦の時代に、自分の不注意で沈めてしまった仲間。そんな深雪が、自分のことをどう思っているのかが、今もずっと気になっている。

 恨んでいるかもしれない。怒りが収まらないかもしれない。怖がっているかもしれない。悪い方向にしか考えが向かなかった。

 

「夕食よ、電。御所望の通り、部屋まで持ってきたわ」

「あ、ありがとう……なのです」

 

 そんな電の手には、扉の前に置かれていたノートがあった。深雪が電と仲良くなるために始めようと考えた交換日記。表紙には何も書かれていなかったが、開けばどういう意図でそれがあるかがわかるモノ。

 

「まだ読めていないの?」

 

 その存在を知っていた神風が電に問う。対する電は、無言で首を縦に振るのみ。

 案内から戻ってきた時にはそれがあったのだが、誰がそこに置いたのかは一目瞭然であったため、電は開くことが出来ずにいたのだ。

 どうしても勇気が出ない。白紙かもしれないし、思いの丈が書かれているかもしれない。どういうモノであっても、深雪の言葉が書いてあると思うだけで怖かった。

 

「先にも話したが、深雪は君に対して怒りも憎しみも持っていない。安心していいぞ」

 

 長門からの言葉も、電には届かなかった。どうしても勇気が持てない。深雪の本心を知るのが怖い。

 

 悪夢を見てしまったため、後ろ向きな気持ちはより強くなってしまっていた。電が見た深雪の顔にあった感情は、疑問と悲しみ、そして瞳の奥の()()だった。

 深雪のことを知らないため、()()()()()()()()()がそこに出てしまっているだけ。深雪はそんなことは思っていないのだが、電からしてみたら、沈められたことに怒りを覚えていてもおかしくはない。

 実際に知ってもらえれば、その悪夢も変化するだろう。その一歩目を、電は踏み出せない。

 

「本人と話すのが怖いのは仕方ないことよ。でも多分、そのノートには深雪の本心が書かれてるはず」

「酒匂に聞いているが、本当に悩んで、電のことを思って書いた渾身の手紙だそうだ。決して悪いことは書いていない」

 

 二人の保障を得られたとしても、最終的には電の勇気に行き着く。

 その中に書かれている文章がいいか悪いかは開かなくてはわからない。しかし、悪いことが書いている可能性はある。それを思うと怖くて手が動かないのだ。

 

「心を落ち着かせることが難しいかもしれないけれど、深雪のためを思っているのなら、中を見てあげてほしいわ」

 

 それだけ言われても、手が震えて動かない。涙目にもなってしまっている。

 

「電としては、それが見たいのか見たくないのか、どっちなんだ?」

 

 長門の問いに、電は震えながらも答える。

 

「見たいとは……思っているのです。でも……でも、手が動かないのです」

「動かしたいとは思っているんだな?」

 

 その問いには、すぐに答えが出せなかった。自分は本当に前に進もうという気持ちがあるのだろうか。それは自分でもわからなくなっている。

 

「だったら、私の手でそのノートを開こうか? 手が動かないのなら、私が見せてやることは出来る。勿論、中を見ることはしない。電だけが見ればいい」

「それ……は……」

「勇気を振り絞るのは難しいだろうが、進まなくてはこのままだ。選択は、君にしか出来ない。まだ始まったばかりの君の物語のページを開くのは、今かもしれないぞ」

 

 たった1ページ。ノートの表紙を開くだけのことが、どうしても出来ない。前に進み出す勇気がないから。

 深雪と仲良くなりたいという気持ちはある。だが、気持ちだけなのだ。身体がそれについてきてくれない。心の奥底では、深雪のことを遠ざけたいと思っているかのように。

 

「まぁまだ時間はあるわ。今は無理でも、明日には見ることが出来るかもしれない。だから今は、ご飯を食べましょ。あまり置いておくと冷めてしまうわ」

 

 神風は今すぐでなくてもいいと食事を促すが、電にはそれもあまり良いようには聞こえなかった。ネガティブが振り切れてしまっており、何をするにも後ろ向きになっている。一時期の深雪とは完全に真逆の状態。

 ここから少しだけでも前を向くことが出来れば、多少は変わるはずなのだが、生まれたばかりの電にはそれも難しい。

 

「……ごめんなさい……」

 

 そして、出た言葉はこれだった。みんなに迷惑をかけてしまっていると、気持ちはより一層沈んでいく。

 しかし、神風も長門も、別に電に対して怒りを持っているわけでもなく、苛立っているわけでもない。こうなってしまっても仕方ないと事情を知っているからこそ、温かい目で見守っているだけだ。

 

「ゆっくりでいい。そのノートは、ずっと君の手元にある。気持ちの整理が出来たら開くんだ。深雪の本心は、必ずそこに書かれている。そして、それは君に不利益を齎すようなことは絶対にない。今まで深雪を見てきたから、我々にはわかる」

「ええ。深雪はそういうこと考えるような子じゃないわよ。いっつも明るくて元気で、落ち込んでたこともあるけど、すぐに気持ちを切り替えられるくらいポジティブなんだもの。電のこと、悪く思ってないことも聞いてるわ」

 

 だから、二人は肯定的な言葉しか話さない。否定するところが無いのだ。深雪についても、電についても。

 

「まずは食べなさいな。お腹が空いていたら、ポジティブに考えられないわ」

「そうだな。まずは腹拵えをして、気持ちを穏やかにするといい」

 

 今出来ることはそれくらいしかない。電は素直に従うしかなかった。

 

 

 

 

 心の距離はまだ遠い。電は、まだ前に踏み出せない。

 




ポジティブが振り切れている深雪。ネガティブが振り切れている電。まだ交わることはないかもしれませんが、本当にちょっとしたきっかけで一気に進みそうな予感。
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