原元元帥の口から出洲一派の真意を聞くことによって、米駆逐棲姫に施された洗脳が解かれた。これまでやってきたことが、何処まで愚かなことであったかを自覚することが出来たために、その場で死すら望んでしまう程であった。
だが、保前提督はそんな米駆逐棲姫に対して、死は罪からの逃げであると諭した。謝罪も贖罪もせずに、元凶となった自分が被害者よりも真っ先に逃げるなと。
その米駆逐棲姫は今、罪の重さから項垂れており、拘束はそのままではあるが、血涙を流しながらまるで反応がなくなってしまった。
「自分がやってきたことが、平和のためでも何でもなく、大罪であることが骨身に染みたみたいだな。そもそも街が破壊されている状態で、平和に繋がるってことがおかしいんだ。もし破壊の後の再生とか言われても、やられた側からすりゃあ堪ったもんじゃない」
保前提督が溜息を吐いた。そもそもあの行為が平和に繋がると思っていたこと自体がおかしなことなのだ。それが
そんな米駆逐棲姫に、伊豆提督が近寄る。危険かもしれないが、話をするなら触れられるくらいの距離で話したいという、思いやりのカタチ。
「アタシ達が何か言えた話じゃあないかもしれないけれど、今回のことが悪いことであるとわかったのなら、まずはしっかり反省して、そこから前を向きましょ。ここから新しいアナタになろうって、ね」
前に進めるように声を投げかける伊豆提督。間違いを間違いと理解出来たならば、そこを基点に前に進めばいい。簡単に言うものの、今米駆逐棲姫に残された道はそれくらいしかない。
罪を償うために必要なことは、落ち込んでいることではない。前を向き、その罪を認め、そうしたことを過去にするべく、恥も外聞もかなぐり捨てて、みんなのために動くこと。
それで罪が失われることはなくとも、償う気持ちがあればまだ報われる時は来る。前を向かねばそこに辿り着くことも出来ない。
「確かにアナタのやったことはとんでもないこと。それを悪いとも思わずやったのだから、死罪にもなってしまうでしょう。だから、その前に1つ聞いておきたいの。その罪、
死罪であるから、もう償う必要がないだなんて思っているのならば、それは慈悲なんて必要がない。それこそ死ぬことで償いたくもない罪から逃げようとしているだけ。落ち込んでいるのも、それを本当に罪と思っているのかもわからなくなる。
「……死んで償う……私は許されないことをしたんだから……」
「それが間違っているの。贖罪は、アナタの行動で行なわれるモノよ。だから、一度死んだと思って一からやり直してみない?」
「……そんなこと……出来るわけがない……」
「諦めていたら、それは償うことも放棄しているのと同じよ? 本当に、心の底から償いたいなら、アタシだったら死ぬんじゃなくて、死ぬ気でみんなのために働くことを選ぶわ」
あくまでも優しく接する。言っていること自体は、米駆逐棲姫に突き刺さる言葉かもしれないが、こちらは贖罪を受け入れるという姿勢を常に見せる。
米駆逐棲姫が全力で償うというのならば、それを同じように全力でサポートしてあげたい。そのバックボーンを知ったのだから同情心もあるし、自ら更生を求めるのならば協力してあげたいとも思う。
しかし、今の米駆逐棲姫はそのような優しさすらも棘になってしまっていた。ただただ苦しさだけが心を襲い、壊れていくだけ。
故に、死しか望まなくなっていた。それが逃げだと言われても、それしか答えが無いと思い込んでしまっている。
「ハルカちゃん、私がお話ししてもいいですか?」
そんな堂々巡りを見ていた丹陽が立ち上がった。伊豆提督でも埒が明かないと思ったか、自分なら説得出来ると思ったか。
丹陽の申し出を伊豆提督は受け入れ、米駆逐棲姫から離れる。同時に丹陽はゆっくりと近付いた。
「貴女の罪の償い方は、少し雑すぎます。保前提督の言う通り、それは逃げですし、ハルカちゃんが言う通り、償うことを放棄しているとしか思えません」
丹陽の物言いは少々キツめ。しかし、その後の言葉で度肝を抜かれることになる。
「ですから、まずは考え方を少し変えてみましょう。貴女にもおそらく芽生えている感情があるはずです。そちらにまず素直になってみませんか?」
「丹陽ちゃん、何を……」
「貴女は裏切られました。最初から、何もかもを壊されています。それに対して思うこと、ありませんか? 例えば……
米駆逐棲姫がピクリと反応する。贖罪だとか罪から逃げているとか、そういうことを考えると、その罪悪感によって頭がおかしくなりそうだった。だからそれから逃れるためにも死を望んでしまっていた。それは真に反省しているとは思えないものの、丹陽は別の考え方をした。
米駆逐棲姫は、
罪悪感はあれど、それを償う方法を知らない。辛い、苦しいと、頭の中で渦巻いているけれど、どうすればそれを払拭出来るかを明確に理解出来ていないからこうなっている。働くと言われても何をすればいいのか。これまで『先生』のためにやってきたことですら、間違いだと知った今、本当に何をすればいいのかわからない。
だから、より明確に負の感情を刺激する言葉を使って方向性を定めた。自分が悪役になってもいいと丹陽は内心思いつつ、優しい伊豆提督や、軍港都市を優先してしまう保前提督では、なかなか言い出せないような言葉。
「貴女を壊した、貴女を裏切った阿手先生のこと、今はどう思っています?」
表情を変えず、とんでもないことを言い出す。伊豆提督は最初、その言い方はと止めようと思ったものの、米駆逐棲姫が明確に反応を見せたことで、それを控えた。保前提督は止めることすら考えず傍観に徹した。他の者も何も言えない。
「……憎い……」
「そうでしょう、そうでしょう。ならば、死ぬ前にまずは先生を見返してみませんか。それをしないと勿体無いと思いますよ?」
生きる指標に負の感情を持ってくるのは、あまりよろしくない。しかし、死ぬことから遠ざけることが出来れば、その間に考え方を変える可能性もある。
まずは死にたいという気持ちから離すために、米駆逐棲姫の中に眠る、死ぬことよりも強い感情に触れる必要があった。それが、芽生えた復讐心である。
「そんな貴女に、1つ私の秘密を教えてあげましょう。あ、名乗っていませんでしたね。私は丹陽。齢85の、みんなのお婆ちゃんです。私にも、貴女と同じような感情があったりしますからね」
「……?」
「貴女の信じていた阿手先生に、私のお姉ちゃんが
そんなことを話している間も、まるで表情を変えない。むしろ、その方が驚きが大きい。
「阿手さんのやり方は昔からそうでした。自分よりも下の者はどう使っても構わない。艦娘は感情を持つ生物だというのに、道具としてしか見ていない。勝てれば何をしてもいいとまで思っている人でした。そのせいで、私のお姉ちゃんである初風さんは、その洗脳教育を受けて、人格すら変えられて、最後は死にました。第一次の時から戦ってきたのに、最後はそんな……
それでも表情は変えない。しかし、その瞳の向こう側には明らかにいつもの丹陽からは見られない怒りが見えた。
「私自身が被害を受けたわけではありませんが、これが私が潜水艦のボスを受け入れた理由でもあります。人間全員を恨むのは間違っているとは思いますが、
常に落ち着いている丹陽に眠る、本当はずっと隠していたい過去。丹陽の隠されていた怒りと憎しみ。これを米駆逐棲姫が前を向くきっかけに使えるのならと、全く臆することなく口にした。
「……貴女も……騙されたの?」
「私自身ではないですが、騙されたようなものです。何せ、姉妹が貴女のようにハメられて、最後は見捨てられて命を落としています。だから、私は貴女にそこまで他人の気持ちがしないんですよ。出来ることなら報われてほしいと。初風さんと同じようになってほしくないと。貴女には、お婆ちゃんのワガママを聞いてもらいたいんです」
復讐心を煽るという、あまり褒められた行動ではないものの、丹陽の……いや、
「私は老朽化が酷くてもう戦えません。だから、私はここでみんなが何事もなく終わらせてくれるのを見ていることしか出来ません。貴女も同じ気持ちを持つ者になるかと思いますが……みんなが私
にこやかに語る丹陽に、米駆逐棲姫の心は動いている。
「……でも……私はこんな巫山戯た身体で……」
「そこはこちらでも考えがあります。米駆逐棲姫を殺し、人間としての貴女を取り戻す手段を研究中です。もしくは……特異点に願うかになりますが……」
特異点という言葉にまた震える。
「……わ、私、特異点にも……酷いことを……」
「それは素直に謝りましょう。深雪さんはキチンと謝れば貴女のことを正しく見てくれます。貴女の今の気持ちをちゃんと見せるだけです。恥ずかしいだなんて、思いませんよね?」
「……うん、私に恥ずかしいなんてないよ……さっきまでの自分が一番恥ずかしいから……」
「その意気です。私が支えてあげますから、ここから新しい道を歩き出しましょう。ここでは学べることが沢山ありますから」
ほんの少しの対話で、米駆逐棲姫の気持ちを大きく変えることに成功させた丹陽。前を向かせるだけでも充分すぎる成果である。
「丹陽ちゃん……後から話をさせてもらっても?」
「はい、ちゃんとお話ししますね。初風さんのこと。私と阿手さんの因縁のこと。私の恨みを晴らしてくれるのは、今の艦娘ですから」
それはそれは悲しい笑み。心は落ち着いていても、その感情は計り知れない。
米駆逐棲姫から死にたいという気持ちを消すことが出来たのは、同じように阿手に奪われた者、丹陽。