米駆逐棲姫からの謝罪を受けた深雪は、非常に複雑な心境だった。深雪も推しているのは第三案、米駆逐棲姫としての本質は極刑、人間としての中身を取り戻して更生させるもの。それが、既に更生は終わっているようなものになっていたのだ。
この状態の米駆逐棲姫に対して、それでも第一案、どうなったとしても罪は罪であるため極刑に処す結末を推す者はいるだろう。心を入れ替えている米駆逐棲姫も、死罪として自分の命が絶たれることに対しても受け入れている状況なので、その結末であっても誰も文句は言えない。
「にしても、なんであそこまで心入れ替えたんだ……? 丹陽が何かしたのか?」
懲罰房から離れたところで、素直な疑問を口にする深雪。知っているのは米駆逐棲姫が出洲一派の一員である阿手という先生に意図的に壊された、同情出来る部分があること。それくらい。洗脳教育がしっかりと行き届いていたため、捕らえられている状態でも謝罪という雰囲気ではなかった。
そのため、今の米駆逐棲姫はその洗脳教育が失われているとすら感じる変貌ぶりである。土下座までするほどに反省しているのは相当だ。何をすれば、何を知ればあそこまで変わるのか。
「昨日の夜に、何かがあったのでしょうか……」
電もあの様子には疑問が多いようである。勿論、昨晩のことは誰も知らない。米駆逐棲姫に原元元帥の口から真意を聞かせているだなんて、誰も想像しない。
原元元帥──深海鶴棲姫の生首がおおわしで保管されており、それが当たり前のように生きているという情報を知る者は、そこまで少なくない。海賊船の戦いでおおわしが駆けつけた時、伊203がそこに運んでいる姿を見ている者はそれなりにいる。
この状態でも生きているという情報を知っているのは、そこから減りそうではあるが。
「ちゃんと話さないと納得出来ませんよね」
その後ろ、同じように懲罰房から離れた丹陽が苦笑する。
「昨日の夜のうちに、ハルカちゃんや保前提督には話させてもらっています。彼女が心を入れ替えた……というか、私の話を聞いてくれるようになった理由は、私が過去を打ち明けたからです」
「過去を?」
「はい。私は阿手さんのことを知っています。明確に、
その瞳の奥に、怒りと憎しみが灯ったものの、それはすぐに消える。深雪は一瞬の、電は確実な違和感を覚えた。ここまで感情を露わにする丹陽は、これまでそこそこ一緒に過ごしてきた中でも初めて見る。
「これを話しておかないと、私の考えは納得してもらえないでしょうね。なので、これから皆さんの前で話そうと思います。それで納得しろとは言えませんが、少しでも違う考え方が出来るかなとは思って」
「ああ、頼むよ。あたしもよくわからねぇ。ちゃんと話してもらわないと納得は出来ないからな」
「昼目提督にも参加してもらわなくちゃですね。あの時の録音データは残っているはずですし、彼女が何故あそこまで変化したのかを知る上で絶対に必要なことですから」
そこでなぜか昼目提督の名前が、と思ったものの、調査隊が裏で行動したおかげでいろいろとわかったということなのだろう。深雪はそう納得して、丹陽の話を聞くことにした。
場所は再び食堂。全員を集めるにはここが一番手っ取り早い。既に話を聞いている伊豆提督と保前提督は、米駆逐棲姫関連の雑務のために離席。代わりに、まだその話を聞いていない昼目提督が実質この話を回していく役割となった。
「オレ達調査隊は昨日の夜、一旦おおわしに戻っていた。その理由は、おおわしに置いてきた
生首のことが初耳の者はキョトンとしてしまっていたが、知っている者はそれはそれで驚いている。伊203からこのままでも生きていると聞いていても、本当にアレがあのまま話す姿が想像出来なかった。
「その時の音声データがコイツだ。これを、懲罰房の米駆逐棲姫に聞かせた」
鳥海が準備していたタブレット端末をスピーカーに繋げて、あの時の音声を全員に聞こえるように流す。
最初の方は、昼目提督が煽るだけの音声。この男がこういう者であると知っているから普通に聞いていられるが、そうでなかったらただの脅し、恫喝のようにすら聞こえる。
「ここからだ」
昼目提督の声に、突如交ざり出す女の声。この声を知る者の方が少なく、あの戦闘の際に深海鶴棲姫を相手取った者だけが大きく反応した。
「あの時の声だ……」
清霜が呟いた。深海鶴棲姫と相対しているからこそわかるその声は、録音データであっても間違えようがなかった。
そこから繰り広げられる舌戦。昼目提督が煽り、原元元帥から言葉を引き出し、最終的に判明するのが、自分達の利益のために洗脳教育を施した上、悪びれることなくその方が彼女のためだと言い切る態度。人一人の人生を自分勝手に破壊し、最後まで責任を持たずに捨て駒として扱っていることの実証。
米駆逐棲姫は出洲一派の手により、本来の道から強引に外れることとなり、それが真の道だと誤認させられ、やることだけやってから捕らえられたら放り出された哀れな存在。それをやった者はそれが当然だという言い分なのが余計にタチが悪い。
「平和のためだ正義のためだと言いながら、奴らはその手駒を
その名前を聞いて反応する者は、この中にはいなかった。
「ここからは私が話しましょう。昨晩にハルカちゃんと保前提督には話してあります。昼目提督には今からが初めてになりますね」
「おう、頼む。お前さんの人となりは聞くのが躊躇われるからな。自分から話してくれるならありがてぇ」
「本当に、思ってくれてありがとうございます。これについてはちゃんと知ってもらわないといけませんからね」
コホンと小さく咳をした丹陽は、昼目提督から場を引き継いで話し始める。ここからは米駆逐棲姫の境遇ではなく、米駆逐棲姫をああいうカタチに教育した阿手の話へ。
「阿手さんは第二次深海戦争の時に提督を務めていた人です。今の元帥である瀬石さんと同期でしたね。なので、今でこそコレですが、元提督であり、艦娘のこともよく知る人です。
丹陽の声色に僅かに怒りが混ざるのが、感情の機微に敏感な者にはわかった。
「第一次から活動している艦娘……私のような艦娘は、第二次の時もその力が残っていました。私もその時は老朽化はしておらず、戦力として参加しています。ですが、私達の時から軍の内部は大分変わっていました。それは当然のことで、第一次当時の元帥や提督は、その頃には現役を引退しています。若かった人はそのままの流れで提督を任せられていましたが、若い風というのも必要です。そのため、半分以上は新たに任命された提督が艦娘達を管理していました。管理といっても、今の鎮守府の在り方と殆ど変わりません。共に戦い、共に苦楽を共にする同胞という位置づけです。第一次もそうでした」
過去を懐かしむように話す丹陽だが、次第に表情は暗くなる。いや、実際は本当に微々たる変化。
「ですが、皆さんご存知の通り、その時の元帥……原さんの考え方は、第一次の時の元帥とは違いました。艦娘のことを兵器──いや、
純粋種の艦娘達が、ぐっと強張るのがわかる。原元元帥にはいい思い出が無いという者もいるくらいであるため、そのやり方は相当だったのだろう。そもそも、純粋種を材料にしてカテゴリーCを作った時点で、そういう考えが起きてもおかしくない。
「その中でも、今挙がった阿手さんは、非情……というか、異常でした。第二次の際に現れた純粋種……貴女達の同胞はおろか、第一次から残っていた艦娘に対してすら、自分のやり方を押し通した。それが、洗脳教育です」
元々の人格がある純粋種に対して、その考え方すらも歪ませる教育を施したという。どういう手段を使えばそういうことが出来るかは、丹陽もよくわかっていないそうだが、それこそ洗脳装置的なモノを使ったのではないかと予想している。頭に取り付けて無理矢理考え方を変えたか、それとも入渠ドックのように身体すらも弄っていたか。
「その中に……私の姉にあたる艦娘、初風がいました。彼女は、第一次から私と共に戦い抜いた、歴戦の戦士です。少しドライなヒトだったんですけど、戦力としては有り余っている程の強い姉でした。ですが……」
小さく拳を握っていた。他の者には見えない場所ではあったが、強張ったのが誰が見ても明らかだった。
「阿手さんの鎮守府に配属された時から、少しずつその片鱗を見せ始めました。提督の言うことは絶対であるとか、命を投げ捨てるような作戦でも喜んでやるようになるとか……第一次の時からは絶対考えられない言動もしていました。演習の際に久しぶりに顔を合わせた時、本当に自分の知っている初風さんなのかと疑問にも思ったくらいでした」
阿手の洗脳教育がそれだけ強固なモノであるという実証。第一次からいた、自己を完全に確立している艦娘相手でも、それだけのことをしでかす。ここを丹陽は異常と称した。
「そして……初風さんの最期は、捨て駒でした。強大な深海棲艦の姫級に立ち向かい、文字通り自分の命を擲ったんです。風の便りで聞きましたが……初風さんは
その命令を出したのも当然、初風の当時の上官だった阿手である。何を思って自爆させたのかはわからない。丹陽がその質問をしたところで、所属違いの提督の情報なんて高が知れている。
本来の初風ならば、そんな命令を受けても確実に無視をする。嫌だとハッキリ言うタイプだった。そんな初風が自分の命を粗末に使うだなんて考えられなかった。
「阿手さんは、その時から何も変わっていないどころか悪化しています。その名前を聞いた瞬間、米駆逐棲姫は彼女の被害者だとすぐにわかりました。本来の人格も上書きされて、善悪の区別もつかず、彼女の言うことが絶対になっています。そして今、捕らえられたところで奪還もない、捨て駒にされています。おそらく、一定以上の戦果を挙げたから、もう不要となったのでしょう。あのヒトならそう考えてもおかしくない」
だから、丹陽は米駆逐棲姫に同情したと語る。自分が失った姉、初風と境遇が似ているから。
「私の自分勝手な話になりますが……せめて彼女には、更生して真っ当な道に戻ってもらいたいと思いました。勿論、犯した罪はとても重いことはわかっています。謝罪なんて意味が無いほどに、彼女のやったことは皆さんの心に突き刺さっていると思います。死罪を突きつけられても、いくら反省していても避けられないくらいに。それでも、コレだけは言いたい」
丹陽とは思えないほど非情な表情を浮かべた後、絞り出すように告げた。
「この事件で誰よりも裁かれなければならないのは、米駆逐棲姫じゃない、彼女をそういうカタチに教育して、不要になったら捨てるという所業を是としている阿手という黒幕です」
食堂は静まり返っていた。こういう時こそ声を上げる時雨やスキャンプですら、丹陽のずっと隠していた過去、本音を聞いたことで、何も言えなかった。
これを聞いたからと言って、自分の考えは変えないという者はいるだろう。しかし、丹陽の意思を否定することは誰にも出来ない。
この話を書いていて、ふと思い出したものがありました。それは、一人の少女の人生を自分勝手にぶち壊した者の話。SCP-014-JP-EX、メタタイトルは「君のその顔が見たくて」。
あれとは事情も都合も違うけれど、阿手はその話で出てくる資産家がイメージとしてピッタリになってきています。つまり、ド外道。