後始末屋の特異点   作:緋寺

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勇気の一歩

 うみどりの航行が再開され、目的地とされている海域に進む夜。そろそろ眠る時間となっていた。

 本来なら駆逐艦がうみどり所属となったその日の夜は駆逐艦の会を開くのだが、歓迎会を断った電の部屋にアポ無しで押しかけるのは流石に気が引ける上、やらかしても深雪が参加出来ないということで、会を開くことなく神風だけが明日からの説明に向かっている。

 

 代わりに、深雪の部屋にも明日からの活動の方針を考えるため、加賀と妙高がやってきていた。寝る前にこの二人が来るというのは今までに無いことであるため、妙な緊張が走る。

 

「今日は休息に使ったけれど、明日からはまたトレーニングを始めることになると思うわ。でも、電とは顔を合わせないように活動しなくてはならないのよね?」

「そのつもり。まだ電からの返答も無いし、あいつのことを考えるなら、出来る限り顔を合わせないようにするのが一番だと思う」

「電さんは明日、海上歩行訓練だと思います。なら、トレーニングルームを使う方がいいでしょう。長門さんに話をつけておきましょうか」

 

 トントン拍子に流れが決まっていくのは、加賀も妙高もそういうことに秀でているから。深雪の意思を汲み取りつつも、何処で何をしたら最高の効率になるかを即座に組み立てていた。

 

 うみどりは明日も航行を止めることはないため、艦内でのトレーニングになるだろう。歩き回らない限り、互いに姿を見ることもなく動けるはずである。

 少々危惧しているのは食事時。どちらかが少し早くか遅くかで行動することで、うまく時間をズラすことが出来るため、そこは深雪がうまくタイミングを図るようにする。

 

「あたしと同じ流れで行くなら、午前中は海上歩行訓練で、午後からは那珂ちゃんのスタミナトレーニングだよな。だとしたら、あたしは午前中はトレーニングルーム使って、午後からはまた別の場所に移動するか」

「水泳訓練で全身運動も出来ますね。やれることは沢山ありますから」

「だね。筋トレはここでも出来るし」

 

 電と顔を合わせずにうみどりでやらねばならないことをやっていくことは、そこまで難しいことでは無い。深雪だけの力では厳しかったかもしれないが、これだけ仲間達が力を貸してくれるのだから、お互いの最善を確実に掴み取ることが出来る。

 毎日こうやって相談する必要はあるが、それさえしてしまえば何も問題が無くなるというのなら安いモノだ。

 

「こちらでも連携していくわ。だから、大船に乗ったつもりでいなさい」

「艦だけに?」

「ええ、特に私は大型艦だから、安定してるわよ」

 

 意外とノリのいい加賀に、深雪は笑みが溢れる。そして妙高はそんなやりとりを見てクスクスと笑い続けていた。

 

 

 

 

 その頃、電の部屋。神風が明日からの活動のことを伝えつつ、顔色を窺っていた。うみどり所属となってまだ半日足らずというところだが、やはり表情は浮かない。隣の部屋の深雪のことを意識しつつも、勇気が出ないために一歩も動けないという状況が続いている。

 

「とりあえず、わかったかしら」

「はい……明日からは、艦娘としての訓練、なのですね」

「そうよ。まずはちゃんと海の上に立てるか。そこから動けるかになるわね」

 

 話はちゃんと聞いているようなので安心はしているものの、こんな心持ちでは海上歩行訓練もままならないかもしれない。

 しかし、朦朧としながらとはいえ、電はここまで航行して辿り着いているのだ。この訓練は必要ない可能性もある。順序として、本当に出来るかどうかの確認だけとなるかもしれない。

 

「多分その後はスタミナのトレーニングになると思う。もしくは筋トレね。後始末は身体が資本だから、暇があればみんなトレーニングしてるわ。勿論、やるかどうかは自由だけれど」

 

 鍛えるのも休むのも自由という、一種の放任主義。だが、ここにいる者達は後始末をすることに使命を感じているため、伊豆提督が何かを言うまでもなく、自主的にトレーニングに励んでいた。

 当然、きっかけは作っている。多少なりの指示はあったりする。それでも、何をどうしたいかは艦娘達が自由に決めているのだから、ここは鎮守府としては相当風変わりと言えるだろう。

 

「砲撃訓練とかは、うみどりが停泊している時にしか出来ないから、今はどうしても身体を鍛えることしか出来ないわね。まぁ詳しくは明日になると思うわ」

 

 電は神風の言葉にある程度相槌を打つものの、どうしても俯いてしまっていた。神風がここに来るまでの時間、独りで部屋にいる時間も、考えていたのはずっと隣の部屋のこと。交換日記を持ちながらも開くことが出来ず、どうしようどうしようと悩んでいるうちにこの時間である。

 今はもう交換日記はベッドの横、サイドボードに筆記具と共に置かれている。開く勇気は出ないけど、それを手が届かない場所に置くのはなんとなく嫌だと思って。

 

「……私から言えることなんだけど」

 

 ほぼ全てを伝え終わった後に、コホンと咳払いをして神風は続ける。

 

「私は手紙の書き方を教えることは出来るわよ。1人で書くのは初めてだと難しいでしょ。時間は少ないけど、今なら手伝えるんだけどなぁ?」

 

 つまり、交換日記の返答の書き方を今なら教えられるぞと言っているわけだ。あまりにもわかりやすく。

 

「……電は、これを読む資格なんてないのです……」

 

 交換日記を手に取り、しかし開くことは出来ずにただ持つだけ。

 

「何故?」

「電は、深雪ちゃんに酷いことを……許されないことをしてしまったのです。だから、友達になりたいけど、それだとまた深雪ちゃんを……」

 

 ヒトの身体を手に入れた今回も()()()()()()()()()()()()と言いかけて、言葉を呑み込んだ。言ってしまったら本当に起きてしまいそうで、それがまた怖くて。

 そもそも自分は許されていないとしか思えていない。深雪の本心を、電は知ることが出来ないどころか、知ること自体を放棄してしまっている。自己嫌悪と罪悪感に苛まれ、その結果が悪夢の中の深雪の行動に繋がってしまう。

 

「深雪はそんな()()じゃないわよ。確かに貴女と対面したことで体調は崩したけど、それを送ってくるくらいの心を持っているんだもの」

 

 本当に電のことを嫌っているのなら、そもそも交換日記をしようなんて言い出さないと、神風は優しく説得する。

 

「それに、その言い方はちょっと深雪のことを()()()()じゃあないかしらね。艦娘になった深雪は半端ないわよ?」

 

 などと言っているものの、神風が知る深雪のことはまだ数日分しかない。しかし、その数日間で深雪のスペックがかなり高いことは理解している。

 

 身体的な面で言えば、砲撃の精度などの純粋な艦娘特有のモノ。練度が高くなくとも、妖精さんとの連携を駆使して熟練者と同等の動きを見せつける。時間を才能で飛び越えてくる様は、艦娘達としては驚き以外の何モノでもなかった。それはおそらく電も同じことは出来ることだろう。同じように純粋な艦娘なのだから。

 だから、深雪の半端ではないスペックというのは精神的な面の方が大きい。深雪のポジティブさは、艦娘の中でも目を見張るモノであり、元人間の艦娘達から見ても眩しいほど。一時は落ち込んだりもしたが、だからといって後ろを向くことはなく、今も前向きに生きている。電との関係を良くしていこうと考えているのも、トラウマを乗り越えようというポジティブさの表れだ。

 

「貴女にそれを強要するわけじゃないけど、もう少し深雪を信じてみるのはどうかしら。怖いのはわかるけど、みんな口を揃えて言っているじゃない。深雪は貴女のことを()()()()()で見ていないって」

 

 深雪のことを知らないから、電は深雪のことが怖いのだ。友達になりたいと思っていても、怖くて前を向けない。ただそれだけなのだが、それが電には本当に覚悟が必要。

 

「私達を今すぐ信じろとは言わないけど、深雪のことだけは信じてほしい。向かい合う勇気がすぐに出てこないのは当然のことだけど、深雪のことを少しでも知ることが出来たら、多分貴女の見る悪夢も内容が変わるわ」

 

 少なくとも、今の深雪は電を恨むようなことはしない。それだけは確信を持って言えた。

 

「嫌な夢を見たくないのなら、深雪のことを少しだけでも知ることが一番じゃあないかしらね。貴女の夢の中にいる深雪は、貴女が思い込んでいる深雪の姿だもの。実際に怒られた? 罵られた? 虐められた? 会ってもいない相手でしょう?」

 

 電は俯くだけ。それに、と神風は続ける。

 

「深雪の中の貴女をアップデートするためにも、深雪とは顔を合わせてもらいたいとは思ってるのよね。深雪も悪夢に苛まれてるのよ。でも、それを夢の中だけでも打開出来るように努力してる。だから、少しだけ、ほんの少しだけ深雪のためにも踏み出してみない?」

 

 電のことではなく、深雪のことを考えさせて、一歩踏み出させようと画策した。自分のことを考えると前を向けないかもしれないが、仲間のためならばとなると力が出せるのが電かもしれないと考えて。

 

 これを読まなければ、深雪の勇気と覚悟が水の泡になってしまう。それは、電としても良くないことだと思っている。深雪の勇気を踏み躙る行為なのではとも考えている。

 一度その命を奪ってしまったのに、ここでその心すら否定するのは、余計に間違いを犯しているとしか思えない。勇気はないが、そちらの方が電には辛かった。

 

「……読みたいですけど、手が、動かないのです……。紙切れ1枚が、とても、とても重いのです。でも、でも……」

 

 電の中にある深雪への感情は、申し訳なさと、もし恨みを持たれていたらの恐怖で埋め尽くされている。しかし、神風はそれを深雪のことを知らないからと言った。

 このノートの表紙を捲るだけで、それが変わる。それがわかっていても、電には出来ない。ページが重すぎる。

 

 だが、深雪のことを考えれば考えるほど、今を変えなくてはという気持ちも湧き上がってくる。だからこそ、今。

 

「深雪ちゃんのためにも、電は……電は……!」

 

 勇気を持って踏み出す。時間はかかったが、ようやくその一歩が、踏み出される。

 震える手で、ノートの表紙をゆっくり、ゆっくりと開いた。目を瞑って、まだ中を見ることが出来なかっものの、重かった紙切れ一枚がようやく捲られた。

 

「……深雪ちゃんの……心……」

 

 そこには、初めて書く手紙が、やけに達筆で記されていた。硬い言葉ではなく、いつもの口調を文字にするように。

 

『あの時のことは、あたしは何も気にしてない。恨みなんて無い。怒りなんて無い。昔は昔、今は今なんだ。だから、艦でなく、艦娘として、あたしと改めて友達になってくれないか。あたしは、電と一緒にこの世界を生きていきたい』

 

 意思を示すように、力強く大きな文字。その文字からも、今の深雪がどういう性格なのかが透けて見えた。

 豪快でやんちゃ、しかし優しく思ったより真面目。ただこの文章1つで、電には手に取るようにわかった気がした。

 

「……深雪ちゃん……」

 

 涙がこぼれ落ちる。この文章だけで、電の心は救われたように思えた。

 

 恨みも怒りも無いと明言し、その上で今の自分と友達になってほしいと言ってくれる。深雪自身にも電にはトラウマがあるのに、それを見せないくらいのポジティブさ。

 そして最後の一文。一緒に生きていきたいというその思いが、電の心に突き刺さった。こんな自分にもそんな言葉をかけてくれたことに感動し、トラウマ以上の感情を生み出した。

 

「電も……深雪ちゃんと生きていきたいのです……。せっかく、せっかく生まれ変わったのですから……」

 

 グシグシと目元を拭い、ノートを閉じる。

 

「返答はどうする? 今からなら多少は書けるわよ?」

 

 まるで娘の成長を見届けたような表情の神風の問いに、電は少し考えた後、一緒に置かれていたペンケースを手に取った。

 

「今から書くのです。神風ちゃん、電にお手紙の書き方、教えてほしいのです」

「任せなさい。最高の文章を書けるようにしてあげるわ」

 

 

 

 

 電は、一歩を踏み出せた。深雪と電の線が交わるまでは時間がかかるかもしれないが、もうそう遠くないのかもしれない。

 




交換日記の1ページ目にしては、なんだか告白みたいになっちゃってるのは、酒匂監修の部分があるからでしょうね。
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