後始末屋の特異点   作:緋寺

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誠意

 深雪と電からのフレッチャーに対する質問はひとまずおしまい。あとは共に生活をすることで分からないことがあったら聞くという方向で進める。

 フレッチャーに対する調査はまだまだ必要であるため、今日のところは工廠に寝泊まりすることとなる。冬月と涼月が管理することとなり、その2人はフレッチャーに対して怒りも憎しみも持っていないため、完全に平等な立ち位置で、ただ事の真相を突き止めるために調査が出来る。

 

 とはいえ、今こうなったということを、ここにいるみんなに知ってもらわなければならない。せめて挨拶くらいはしておくべきだと、2人はフレッチャーに再び手を差し伸べる。

 

「遅かれ早かれ、みんなと顔を合わせるんだ。早いところやっておいて楽になろうぜ」

「なのです。良いも悪いも、まずは知っておいた方がいいと思うのです」

 

 フレッチャーは考える。今自分がここにいる艦娘の前に出たとして、どういう感情を持たれるか。

 量産化された者達からしてみれば、米駆逐棲姫の()()()であるフレッチャーは、この世界からいなくなった憎むべき相手の代替品として扱われてもおかしくない。それこそ、その姿を見ただけで怒りを露わにされ、良くても睨まれる程度、最悪喧嘩に発展し、痛みを以てその憎しみを知ることになる。

 それに対して、そうされても当然だという気持ちもあるのが今のフレッチャーだ。心の底から反省した米駆逐棲姫の記憶をそのまま受け継いでいるのだから、恨みを買うのが当たり前だし、殴られても蹴られても文句が言えない立場だと弁えている。自分の顔を見たくないという者も、数多くいるはずだと。

 

「……私が皆さんの前に立ってもいいのでしょうか」

 

 自分が苦しい思いをするのは、償いだから仕方ないと思える。だが、自分のせいで他の者が苦しむのは、フレッチャーとしては嫌なことと言えること。

 この優しすぎる性格は本来のフレッチャーと言える。しかし、そこに()()()()()()()()()()という、本来持ち合わせることがない感情が影響を与えて、ここまで後ろ向きになってしまっていた。

 前を向くと宣言したものの、そう簡単にそれが出来たら苦労はしない。ただでさえ、自己顕示欲が破壊されてしまっているのだから、自分を前に出すこと自体に抵抗があってもおかしくない。

 

「それ言い出したら、ここの連中全員引きこもりになるぞ」

 

 だがそこは深雪がきっぱりと断言した。

 確かにフレッチャーの中にある記憶は、この事件の当事者の記憶であるが、ここにいる他の者も、周囲に量産化をばら撒いた記憶は残っているし、深雪に対して敵意と殺意を持ったことも覚えている。それを気にし続けていたら、考えて深雪とはずっと顔を合わせることか出来ず、引きこもりになってしまうだろう。もしくはそれを気にした深雪が引きこもりになるか。

 

「お前には酷かもしれないけどさ、すぐには無理でも、みんな割り切ってくれるはずだ。お前はアイツであってアイツじゃあないんだ。それに……」

「フレッチャーさんが頑張ってるところを見せたら、みんなとも仲良くなれると思うのです」

 

 深雪と電にこう言われてしまったら、その手を取るしかない。自信を取り戻すためには、まずそのために行動をしなくてはならない。そのきっかけを、2人はここで提供してくれている。

 

「……わかりました。報いるためには、前進せねばなりません」

「ああ、あたし達が側にいる。勇気を出してみな」

「なのです。電達は応援するのです」

「あ、あの……でも、その前に、我儘ですがお願いが……」

 

 そのお願いとは、爪を隠す手袋が欲しいというもの。何か間違いがあって引っ掻いてしまった場合、制御出来ているかもわからない量産化がまた発動してしまって、その思いすら塗り潰してしまいかねない。

 この手袋自体は、先程まで拘束されていた時の手袋をつけることでひとまずは難を逃れることとした。手は使えないが、その方が落ち着けるのならば、今はそれで行くのがいいだろう。

 

 

 

 

 時間としては夕食時。食堂なら全員揃いそうな場所に、フレッチャーを連れてきた深雪と電。フレッチャーはどうしても食堂に入るのに躊躇いがあるようだが、深雪と電がその手をとって、少し強引に食堂に入った。

 

 途端に静まり返る食堂。深雪と電だけならこうはならないが、フレッチャーの姿を見たらこうもなるだろう。

 何故なら、先程執り行われた特異点の処置は全員が見えるカタチで鎮守府内で放送されていたからである。第一案である極刑を望む者達も、第三案である米駆逐棲姫のみの排除を望む者達も、その結末は又聞きではなく直に見ておきたいというのが希望。それを叶えるには、生放送以外に無い。

 ちなみに軍港都市の市民には流石にこの光景を見せるわけにはいかないため、保前提督が言葉で伝えることになる。最悪は録画した処刑映像を見せることになるのだが、なるべくならそれは見せない方向で進めていくつもりである。

 

「あー……っと、まぁこんな空気になるよな、うん」

 

 少々居心地が悪そうに、だが後ろを向くつもりは一切無く、フレッチャーを出来れば受け入れてほしいという気持ちでここに立っている。

 

 話し出すことがあまり出来ていないところで、提督陣も食堂に到着。この空気を察したか、コホンと咳払いをして、伊豆提督から話し始める。

 

「深雪ちゃんがフレッチャーちゃんにいろいろと聞いてくれているわ」

 

 深雪がフレッチャーに質問した内容などは、艦娘達は知らない。そのため、フレッチャーを見ても中身がどうなっているかは見当がついていない。警戒が強いのはそれがあるからである。

 提督陣はフレッチャーの心の内もそこで理解しているため、今ここにいるフレッチャーに対してはある程度は許している。

 

「フレッチャーちゃんはカテゴリーB、つまり純粋種になっているわ。第二世代の子達と同じということね」

 

 人間に深海棲艦が出された存在であるカテゴリーYが、そのどちらの要素も失って純粋な艦娘になっているというのが驚きであり、静まり返った食堂がまた騒めく。

 

「アタシ達の見解として、米駆逐棲姫とするために犠牲になった艦娘の魂がフレッチャーちゃんのモノであり、今回の処置によってその魂が戻ってこれたということだと思うの。だから、米駆逐棲姫の過去の記憶を引き継いで、第二世代の記憶を持ち合わせていないとはいえ、このフレッチャーちゃんは第二次の犠牲者だと思ってもいいんじゃないかしら」

 

 つまり、潜水艦勢と同じ立ち位置であると、伊豆提督は説く。命を落とすことなくギリギリで逃げ延びることが出来たのが潜水艦勢。フレッチャーは命を落としたために救われなかったが、今回の件で蘇った被害者。ここまでの経緯はまるで違うものの、第二世代の被害者という一点では近しいものであると言い切った。

 

「この子のことをどう思うかは、アタシには何とも言えないわ。深雪ちゃんと電ちゃんはどう思っているのかしら」

「それは当然、ここから一緒に歩いていく仲間だ。あれだけ嫌なこともあったけどさ、せっかくこうやって生まれ変わったんだから、ここからは割り切るぜ」

「電もなのです。フレッチャーさんは米駆逐棲姫じゃないのですから、みんなと一緒に生きていけると思っているのです」

 

 おそらく一番嫌な思いをしたであろう特異点がこのスタンスなのだ。しかし、直接的な被害が無いというところで、考え方のベクトルが変わってくる。

 

「綾波ちゃん、アナタは?」

 

 軍港都市を守る者の中でも特に過激派な綾波に話題を振る。いきなりそこかよと深雪はすごい顔をしたが、説得力を出すには、それくらい強烈なところに発言をさせるのは悪いことでは無い。

 

「そうですねぇ。あの頃の記憶は持っちゃってるんですよねぇ。でも、今は街を壊そうとは思っていないんですよね?」

「……はい、勿論。許されるのなら、復旧もお手伝いしたいと思っております」

「まぁそれは残念ながら許されませんねぇ。艤装を装備したところで限界がありますから、ちゃんと心得のあるヒトと妖精さんに任せた方が早く済みます。なので、そういうお手伝いは必要ありません。後始末屋ならまだしも、素人も素人なんですから」

 

 こういう時の綾波の物言いは非常に強い。高圧的にも感じるが、それは街を思ってのこと。

 

「あの時のことはとっても反省しているみたいですし、綾波としては経過観察かなぁと思いますねぇ。反省してなかったら、時間経過でボロを出しますし。そんな子を即座にデッドエンドは、綾波的には良いこととは思えませんねぇ」

 

 綾波はどちらかといえば極刑、第一案派閥である。だが、本来罪を犯した米駆逐棲姫、ならびにその元となった人間がこの世からいなくなっているというのなら、その記憶を引き継いでいようと処されたというカタチで考えている。

 そのため、このフレッチャーは米駆逐棲姫とは違うものと考えていた。記憶に引っ張られてまた街を破壊するようなことがあったら、今度はさらに容赦なく殺すと脅しまで入れて。

 

「ありがとう。それじゃあ次、スキャンプちゃん」

 

 またしても深雪がギョッとした表情を見せる。あからさまに過激派ばかりを指名している。

 

「……なんであたいなんだよ」

「この子と同郷だから」

「クソが」

 

 吐き捨てるように言うものの、スキャンプは腕を組んで思っていることを口に出す。

 

「あのクソ米の記憶を持ってんだろ。ならソイツもクソ米と同じだ。あたいとしちゃ気に入らねぇよ」

 

 スキャンプに真正面から言われたことで、フレッチャーは仕方ないと俯いてしまう。だが、それは覚悟の上。過去の自分がやらかしたことはしっかり覚えている。そう言われてもおかしくないし、もっと言われても文句は言えない。今この状態からもう一度処刑と言われたって、拒むことは無い。

 

「でもな、あたいだって最後は痛めつけてから消してやれっつったんだ。ミユキ、テメェのアレでソイツは苦しんだんだろ」

「ああ、あたしの中でも特に痛い技をかけた。電もだ」

「なら今回はそれでいい。痛めつけて、米とクソ人間も消えちまったんだろ。Death penaltyは果たされたってことにしておいてやる」

 

 スキャンプはフレッチャーのことを記憶を持っているのならば米駆逐棲姫と同じであるという認識。しかし、第三案としては成立しているようなものであるため、それ以上フレッチャーをどうこうするというのは一言も言わなかった。

 今は食堂に酒匂も来ているというのもあり、その思いを汲んだというのもある。反省する時間を与えたということ。

 

 他の者にもちょくちょくと聞いていくが、ここも二分した。フレッチャーは米駆逐棲姫と同じである派閥と、別物であるという派閥。しかし、最終的な答えは、フレッチャーまで処するなんてことはせず、経過観察というカタチがベストであるというところに行き着いた。

 

「……許してくださいとも信用してくださいとも、口が裂けても言えません。私が過去にこの街でやったことは、決して許されることではありません。私は彼女なのか、そうではないのかは関係なく、私は皆様に誠心誠意尽くすことを誓います。何をされても文句などありません。何を仰せつかっても全てやらせていただきます。死ねと言われれば勿論」

「フレッチャー、死ぬのは無しだ。それは反省から逃げてる」

 

 だが、フレッチャーの誠意はこれで見えた。純粋種として生まれ変わっても、過去の引き継いだ記憶によって死すらも受け入れ、虐げられることすらも良しとしている。

 うみどりの面々、ここにいる艦娘達がフレッチャーを虐げるなんてことをするわけが無い。しかし、米駆逐棲姫に対しての恨みを持つ者は少なからずいるため、フレッチャーという存在そのものがストレスになる可能性はある。

 それを誠意だけでひっくり返すことが出来るかはまだわからない。それがわかるまでには時間が必要である。

 

 

 

 

 まだ完全に受け入れられたというわけではないが、少なくともフレッチャーはこの場にいてもいい存在となったのは間違いない。

 




カテゴリーも違い、見た目も違うけれど、記憶だけは持っているフレッチャーは米駆逐棲姫か。テセウスの船みたいなパラドックス。
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