後始末屋の特異点   作:緋寺

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フレッチャーの今後

 米駆逐棲姫から生まれ変わったフレッチャーは、ひとまず経過観察というカタチで受け入れられた。特に過激派である綾波やスキャンプが、それを案として出したくらいなので、現状はそれがベストと言えるだろう。

 

 そのフレッチャーは、ここからさらに調査をされるということで、その前に腹拵えをすることに。夕食時ということで、せっかく食堂にいるのだから、食べない理由などない。

 

「……私がこのようなものを……」

「そういうところの後ろ向きもやめような。ここにいる以上、飯はちゃんと食えよ」

「なのです。前を向くには、まずお腹いっぱいになっておくことが大事なのです」

 

 爪を露出しないように今は拘束具の手袋をつけているため、箸はおろかフォークも持てない。それをいいことに、深雪と電が食べろ食べろと口に持っていく。

 そうされてしまうと拒めない性格のフレッチャーは、しぶしぶ口を開けてそれを食べる。すると途端に表情が変わり、その美味しさに目を丸くした。

 食べやすさ重視で甘味を食べることになったのだが、それは艦娘でも唸らせる程の味を持つモノ。製作者は勿論──

 

「気ニ入ッテモラエタカシラ?」

 

 セレスである。目が覚めた時に食という世界の文化に触れたことで探究者となったセレスが、自分と同じようにこの世界に素晴らしさを感じてもらえるようにと、手製の甘味をまず食べてもらうことにしたようである。

 フレッチャーとしては、ツノが見えなくなっているとしても、当たり前のように深海棲艦が食堂にいることに驚きを見せた。だが、自分のような存在もここにいられるのだから、深海棲艦の1人や2人いてもおかしくないかと納得していた。どうしたらここにいられるようになるかは一旦考えないようにして。

 

「……すごく、美味しいです」

「ソレハヨカッタワ。艦娘相手ナラ万人受ケスルヨウナ味ガ見エテキタカモ。間宮ト伊良湖ノオカゲネ」

 

 食堂のキッチンの向こう側で微笑んでいる給糧艦の2人も、フレッチャーが甘味で喜んでいることが嬉しいようである。

 

「満足ハ良イ考エ方ヲ生ムワ。甘イモノデ落チ着イテ、幸セノ中デ考エレバイイノ。何カ辛イコトガアッタラ、マタ甘イモノヲ食ベサセテアゲルワ」

「ありがとうございます……お世話になります……」

 

 最終的には、与えられた食べ物は時間をかけてしっかりと食べ終えていた。

 

 

 

 

 フレッチャーはその後工廠へ。ここからはまた工作艦達が調査を進める。うみどり出港までの間に調べられることは全て調べておき、最終的にはうみどりで調べきれなかったことを調べるという方針。

 徹夜作業になるかもしれないというのも前以て言われており、今回ばかりは保前提督もそれを許可している。時間が足りないというのもあるが、事と次第によっては軍港都市の市民を説得するための材料にもなる。そうでなくても説得するつもりではあるが、手段が増えるに越したことはない。

 

 フレッチャーが姿を消してから、食堂はまた別ベクトルの騒めきがあった。

 

「記憶はあるけど、まともな艦娘だよねぇあの子」

 

 ここにいる者の考えを代弁するように口を開いたのはグレカーレである。

 

「ハルカちゃんも言ってたけどさ、あのフレッチャーはお前達第二世代の時に犠牲になったフレッチャーの魂がまた艦娘に戻れたっていう存在なんだと思うぜ。第二世代の時の記憶とかは無さそうだけどな」

「てことは、殆どあたし達の仲間ってことだ。じゃあ、毛嫌いする必要も無いね。記憶はあってもそれがくっついちゃっただけだもんね」

 

 ケラケラ笑いながら話すグレカーレだが、その言葉にはこれからのうみどりの空気を良いものにしようとする思いが含まれていた。

 重い空気が苦手で、何かあったらおちゃらけてでも弛緩させようとするグレカーレの本領発揮。その上で、フレッチャーの立場を上手く作り、これからの戦いに重い空気を持ち込まないようにしようとしていた。

 

「純粋種なんだから、あたし達が何か言う必要は無いよねぇ。そう思わない? シグレ?」

「なんで僕に振るのさ」

「んー? こういう時に弄りやすいから」

「本当に失礼だね君は」

 

 だが、話を振られた時雨は真面目にグレカーレからの問いに対して答えを出す。

 

「正直なところを言うと、僕としては彼女を毛嫌いする行為自体があまり気分のいいものじゃないね」

「その心は?」

「やってることが、奴らと同じだからだよ。生まれただけで咎人だなんて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 時雨がそれを言ったことで、何人かはハッとした。自分達も植え付けられた、何の脈絡もない思想。思い返しても何故その考えに至るかが全くわからない、敵の狂った考え方。()()()()()()()()()()()()()()()()という妄言。

 記憶は引き継いでしまっているものの、それ以外は完全な別人であるフレッチャーに対して、過去の罪を命を以て償えと迫るのは、殆どそれと同じだ。それが米駆逐棲姫のままならば、まだ言い分があるかもしれないが、今のフレッチャーならば話が変わる。

 

「特異点とは話が違うかもしれないけれど、少なくとも彼女は反省の意思も見せているし、そもそもその反省自体が自分の罪じゃないようなものだ。ある意味、やってることは後始末屋と同じじゃないかい?」

「確かにな。第二世代の人間がやったことの後始末をしてるのが後始末屋ってハルカちゃんから聞いてる。フレッチャーは米駆逐棲姫の後始末を背負わされたようなもんか」

「そういうことさ。だったら、彼女もその実、僕達と同じだってことになる。なら、受け入れてやるのが道理なんじゃないかと、僕は思うね」

 

 時雨にしては良いこと言うじゃないかと深雪が冷やかすものの、この意見には素直に感心していた。

 深雪が言われて一番気に入らなかった敵の言葉である、『いるだけで罪』というもの。フレッチャーは今、それと同じ状況に立たされている。

 

「それもあるから、彼女には開き直ってもらいたいくらいだね。深雪くらい図々しくなってほしいね」

「誰が図々しいだって?」

「いい意味でだよ。君は少し言われたところで落ち込むなんてことはないだろう。彼女にももう少し前を向いてもらいたいと思っているだけさ。知らない記憶になんて負けずに、本来のフレッチャーとなってもらいたいと願うよ」

 

 言葉はアレだが、時雨の言いたいことはよくわかった深雪。フレッチャーにはそれくらいになってもいい理由があるのだ。

 

「よそよそしくなるのは仕方ないとしても、受け入れてやらない理由にはならないよ。ここから人間を守るために戦うと言うのなら尚更さ」

「ぽい、時雨も偶には良いこと言うっぽい」

「偶にはは余計だよ夕立。僕は割と考えている方さ」

「ぽ……」

「……なんだいその顔は」

 

 ここの漫才はさておき、時雨の言い分は間違っていない。フレッチャーは今は内向的で後ろ向きではあるものの、前を向こうとしているのだから、それを応援しない理由なんてなかった。深雪や電がそう言っているからとかではなく。

 

「夕立は別にどうなっても構わないっぽい。でも、何もしない奴を痛めつけても面白くないから、どうせやるならゲームで決着つけるっぽい!」

「ゲームって……君ねぇ」

「アレは心に余裕が無いっぽい。昔の夕立みたい。だから、まずは遊んで楽しんで、余裕を持つっぽい」

 

 遊びという娯楽によって心に余裕が出来ている夕立も、そんなことを言えるくらいになっていた。自分の余裕のなさを自覚出来るところまで来ており、それを仲間に突きつけることすら出来た。素晴らしい進歩に、遠目にそれを見ていた妙高が小さく頷いていた。

 そんな妙高も、米駆逐棲姫に人間を辞めさせられた内の1人。ここにいる者の中でも、米駆逐棲姫に対する憎しみは特に強くてもおかしくない者であるが、夕立のその意見、フレッチャーには心に余裕がないというのに同意し、遊ぶなり何なりでまず余裕を取り戻すところから始めなくてはいけないのではと思っていた。

 

「経過観察っつってんだからさ、まずは観察するために支えていきたいよな。見てもいないのに批判することなんて出来ないんだから」

 

 そんな深雪の言葉に、おおよその仲間達が頷いた。どうしてもフレッチャーに対して懐疑的な者はいるものの、上役からの決定が経過観察となりそうなのだから、それに従うしかない。

 特に懐疑的なのはスキャンプなのだが、酒匂がフレッチャーを支えていくことに非常に前向きであることを察すると、大きく溜息を吐いてそれに同意した。

 

 

 

 

 フレッチャーの調査は本当に徹夜ペースになりそうらしく、夕食が終わり、全員が入浴も終わらせ、あとは眠るだけとなっても、工廠から出てくることは無かった。

 

「みんなで支えてやれば、きっとアイツも前向きになれるよな」

「なのです。フレッチャーさんには罪は無いのです。それに、純粋種ならみんなと同じなのですから」

「だよな。何もしてないのに嫌われるとか、気分悪すぎるぜ」

 

 深雪はその覚えがあるからこそ、フレッチャーに親身になれた。時雨が言っていた通り、生まれたことが罪であるだなんて理不尽が罷り通るわけがない。共感すべき部分も見えたことで、深雪はよりフレッチャーを支えようと思えたようである。

 電や白雲は笑顔で従う。勿論、深雪の意思に従っているだけではない。フレッチャーが置かれた状況から、深雪と同じような考え方に至っただけ。

 

「まぁ何かあったら後ろから張っ倒せばいいでしょ。あたしが容赦なくやっちゃうから任せてよね」

「グレカーレ……いや、でもマジでダメなところがあったらそれくらいしてやった方がいいな、うん。アイツに悪意なんて何処にも見えないけど」

「万が一だよ万が一。一応は米の記憶が残ってるんだからさ。例えば……そのアデとかいう先生に会った時とかね」

 

 島を襲撃するとして、その時に阿手と直接対決になる可能性は非常に高い。その際に、本人を見たフレッチャーはどう思うか。残されている米駆逐棲姫の記憶に引っ張られてしまわないか。そこは心配点ではある。

 丹陽のおかげで阿手に対しては裏切られたという気持ちを持ち、素直に従うようなことはもう無いと思われるものの、それでも何が起きるかはわからない。それこそ、阿手が何か()()()仕込んでいるなんてことだって考えられる。

 

「でも、出来るならフレ子にトドメ刺させたいけどね」

「フレ子てお前」

「渾名とかつけた方が愛着湧くでしょ。よっぽどおかしなのじゃ無い限り、仲良い証拠にもなるんだから。あたしだってグレ子って呼ばれてた時あるよ?」

「まぁ……そうか……? ともかく、確かにフレッチャーに終わりをやらせてやりたいってのは、あたしも思う。つーか、阿手は出洲以上に恨み買いまくってるからな。誰が始末しても文句無ぇよ」

 

 その時は必ず来る。誰がどうするかはまだわからずとも、いい死に方はさせてやらないと、深雪は内心思っていた。

 

 

 

 

 軍港鎮守府で過ごす夜もコレが最後になる。波乱に次ぐ波乱だったが、後始末屋が後始末屋に戻るのもあと少し。

 




フレッチャーを支えていこうということにはなりそうです。深雪と同じような、生まれたらそれが罪と言われたら堪ったものじゃない。
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