後始末屋の特異点   作:緋寺

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開かれている道

 フレッチャーに艦内の案内をする深雪と電。自分がされたように、適当に歩いては、そこにいた仲間達と談笑して次の場所にというイメージで進めていくつもりである。

 フレッチャーにはそれだけでも緊張感があるもの。時雨が中心となってフレッチャーのことを受け入れる姿勢を見せたものの、まだ本人の中では罪悪感が払拭出来ていないこともあり、うみどりの仲間達と顔を合わせること自体に未だ恐怖心を持ってしまっている。

 

「そんなに緊張しなくてもいいぜ? みんな優しいし、お前のことも受け入れてくれてるからさ」

「なのです。何も心配はいらないのですよ?」

 

 深雪と電はそう言うものの、それでいきなり立ち直れるわけがない。徐々に慣れていくしか手段が無いのだから、2人はひとまず同じことを伝え続けることで、少しだけでも落ち着いてもらおうと考えた。

 フレッチャーは前を向きたくてもまだ俯いたまま。開き直ろうとするのも難しい心境。今は深雪と電に手を繋いでもらっているため少しは落ち着けているものの、やはり一人にはさせられないような状況。

 

「ま、ここでいろいろとやっていこうぜ。身体を動かすことも出来るし、遊ぶことだって出来る。夕立に誘われてただろ。今からは早速そこに行ってみるか?」

「え、あ、あの……」

「どうせレクリエーションルームも案内するんだ。今回はそれが真っ先ってことにすりゃあいい。電、それでいいかな」

「大丈夫なのです。うみどりの中でも大切な部屋ですし、フレッチャーさんには早めに知ってもらった方がいいと思うのです」

 

 そんなこんなで、案内はまずレクリエーションルームに向かうことに。今頃は、夕立が筆頭となって心に余裕を持たせるための遊びに興じているところだろう。

 フレッチャーは少し戸惑ってはいたが、意を決して深雪と電についていく。顔を合わせるのは怖くても、みんなは前を向くことを後押ししてくれている。それに応えたいとも思えた。

 

 

 

 

 レクリエーションルーム。そこでは既にゲームに興じている者が数人。その筆頭はやはり夕立である。

 

「あ、フレ子来たっぽい! ほらほら、ここから一緒にやるっぽい!」

「え、ちょ」

「問答無用! 人数が多い方が楽しいからね!」

 

 フレッチャーが目に入った夕立はすぐさま飛びかかるように接近し、フレッチャーの手を取ったかと思えば、かなり強めに引っ張ってテーブルにつかせる。その速さたるや、この時ばかりは伊203を超えているのではと思えるほどであった。

 フレッチャーが困惑する目で深雪と電を見るが、ニカッと笑って遊んでこいよと頷く。電も同様だ。助ける助けないではなく、むしろ自分も仲間に加わってもいいと思っているくらい。

 

「ゲームが初めてなフレッチャーさんが加わるのなら、まずはルールが簡単なモノにしましょうか」

「だったらやっぱりババ抜きっぽい! 覚えること全然無いし」

「うん、僕もそれでいいよ。フレッチャー、簡単だから覚えてみて」

 

 今ここで夕立と共にゲームに興じていたのは、妙高とZ1。妙高は夕立に余裕を持たせるためにゲームを教えていたという縁から、Z1は夕立と同じように心に余裕が必要だからという理由からの参加。

 他にもレクリエーションルームには時雨と三隈もいるが、今はフレッチャーに教えることが優先だと席を譲っている。ババ抜きは4人くらいでやる方が程よいと、まずは楽しめるように。

 

「夕立に誘われてたから早速連れてきたのかい?」

 

 深雪と電に話しかける時雨。夕立との付き合いでゲームに興じることも多いらしく、それなりに勝率も高いらしい。そういう意味では、妙高との関係もここで深まっている。夕立をここまで手懐けた手腕に感心しており、時雨としても一目置いているほど。

 心に余裕が出来てきた夕立であっても、負けが込んでくるとヤケになることもあるので、定期的に一旦ゲームから離れるとのこと。勝ち続けることも負け続けることも良くないことであるため、人数が集まっているのならメンバーの交代は必須。

 

「ああ、フレッチャーに必要なのはまずこういう交流だと思ってさ」

「そうだろうね。方向性は違えど、最初の夕立と近しい余裕の無さだ。あれは良くない」

 

 そんな時雨は精神的な部分に心配は要らないようである。そういった割り切りが早いのも持ち味ではあった。ついさっきまで夕立にゲームで勝っていたらしく、いわゆる()()()()を決めたようである。

 

「こ、こう、ですか?」

「それで大丈夫です。同じ数字があったものを捨てていき、全て捨て切ることが出来れば勝ちとなります。簡単でしょう?」

 

 フレッチャーについて説明しているのは三隈。いくらババ抜きのようなトランプゲームの中でも特に簡単な方なゲームであっても、最初の最初はルールを教えてやらねばならない。

 

 ババ抜きは実際、フレッチャーにとってはなかなかに()()ゲームであった。カードを抜く時も、抜かれる時も、対戦相手の顔を見ることになるからだ。

 目を合わせるのも躊躇いがある状態でそれはキツいものではあるものの、そうしなければゲームを進行出来ないということもあり、フレッチャーはおずおずと進めていく。

 

「夕立は考えてこのゲームを提案したのか?」

「そんなわけないだろう。ただやりたいからやってるだけさ」

 

 フレッチャーの人間関係改善のためにあえてこのゲームを選んだわけではない。しかし、ドンピシャで今やった方がいいゲームを選択したと言える。それは本当にたまたま偶然の産物。だとしても、フレッチャーの歩くべき道では最善が選択された。

 

「夕立はなんだかんだでいい道を歩けてると思うよ。ここに来てからいいこと尽くしだと思うからね」

「まぁ……そうかもしれないか」

 

 心に余裕を持ってから、好き勝手やってはいるものの、その選択のおかげで大惨事からは全て回避出来ているようにも思える。量産化の餌食にもなっていないし、戦いたいときに大暴れも出来ている。仲間との関係も良好だし、今のフレッチャーとの接し方も完璧と言える。ストレスらしいストレスもおそらくは持っていない。

 もしかしたら、潜水艦勢の中で最もうみどりでの生活を楽しんでいるのは夕立かもしれない。しかもそれが直接的にも間接的にも強さに繋がっているのだから言うまでもない。

 

「カードが全部無くなれば勝ち……でしたよね」

「はい、これでフレッチャーさんの勝ちですわ」

 

 そうこうしている内に、初めてのババ抜きはフレッチャーが最初に上がっていた。とんとん拍子にカードが揃い、たまに揃わないハラハラ感も味わい、それでも一抜け出来ているというなかなかの強運。

 元々フレッチャーという艦娘はそれなりに運が強い方の部類に入る。うみどりにも豪運艦と呼ばれる者は丹陽や時雨といるが、そこに追従出来るくらいの運を持っていた。それが上手く働いたと言える。

 

 そんなフレッチャーに三隈は小さく拍手を送る。対戦していた3人も、驚きつつも勝利を讃えた。

 

「ババ抜きに初心者も何もないですからね。だからこそ簡単、それに誰でも勝てるいいゲームです。勿論、多少は偏ることもありますが、勝ちを経験しやすいゲームではありますね」

「すごいっぽい! 夕立は初めてやった時はドベだったよ!」

「ユーダチはポーカーフェイスが苦手だからだと思うよ」

 

 仲睦まじいゲームの空間。勝てば勝ったで喜べて、負けたら負けたで次は勝つと意気込む。誰も損しないテーブル上の戦いは非常に和やか。

 負けた者は交代ということで深雪や電もそこに加わり、今ここにいる者達でトランプゲームを堪能する。フレッチャーはただそれだけでも心が温かくなるような感覚を得ていた。

 

 

 

 

 何巡かババ抜きに興じたことで一旦終わりとして、フレッチャーはゲームから離れる。

 存外に楽しめたようで、フレッチャーの表情は明るい。俯いていることもなく、小さく笑みを浮かべるほどであった。

 

 だが、どうしても考えてしまう。本当に自分は幸せになっていいのか。食事の時にも出てきた感情が、今回も現れる。

 そんな素振りを見せたことで、時雨が溜息を吐いて再びチョップを決めようとした矢先、先に動く者が1人。

 

「そう、貴女は楽しんでもいいんですよ」

 

 そんなフレッチャーに三隈が語る。三隈も量産化を受けた者。米駆逐棲姫には少なからず複雑な思いを抱いている者。だが、フレッチャーに対してはそんな思いなどカケラも見せずに接していた。笑顔すら見せるほどに。

 三隈は既に割り切っている側。()()()()()()()自分は別のモノと考え、その記憶は植え付けられたモノとして無視する。その時の感情は敵の策略だから自分のモノではないと最初から思い返すこともない。

 

「貴女の道は、貴女の選択によって作られていくものです。これまで歩いてきた道は、別に振り返らなくてもいいのですよ?」

「振り返らない……?」

「貴女が歩き始めたのは今です。確かに貴女の道は後ろにも続いている。でもそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 フレッチャーの持つ記憶は、フレッチャーのモノではない。それを、自分の後ろに伸びる道と話す。

 誰かの足で踏みならされているかもしれないが、それはフレッチャーが踏みならした道ではない。知っているようで知らない道である。ならば、その道のことを振り返る必要すらない。

 

「貴女が見据えるべき道は、貴女の前に伸びる道です。その先はまだ見えていないでしょうが、貴女には選択することが出来る。それだけで充分なんです。自分で選択を放棄することが最も愚かなことですからね」

 

 三隈の言葉にフレッチャーはゴクリと唾を呑んだ。

 

「貴女が罪と思っている道は、貴女が歩いていない道です。何処かの誰かが踏破した、してしまった道。おそらく獣道でしょう。そこから貴女は綺麗に拡がる、あらゆる方向に伸びる道の始まりの地に立つことが出来た。なら、そこを原点にして、振り向くことなく歩き続ける。それだけでいいんです。三隈達は、貴女のその足を手助けしましょう。時には振り返ってしまうかもしれませんが、獣道は道じゃありません。誰かが踏み荒らした結果、道に見えるだけの別モノですよ」

 

 道でもないものを自分の道と思い、振り返っては後悔するのは、足踏みを止めるだけのただただ邪魔なモノ。ならば、無理矢理にでも前を向かせることも手段といえば手段。

 

「貴女はまず、前に拡がる道を見ましょう。やれることは沢山あります。その先には、ここの仲間達が必ずいますから。定められた道でもない、貴女が貴女のために選ぶ道を、その中から見つけてください。時間はまだあります。貴女が選び取ったということが大切なのですよ」

 

 フレッチャーは、おずおずと頷くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 過去の道は獣道。誰かが歩いた、自分の歩いていない道。だから振り向く必要もない。

 フレッチャーの心に、その言葉はこびりつくように染みついた。

 




三隈の哲学では、米駆逐棲姫の歩いてきた道はフレッチャーに繋がっているように見えて、その実、それは道とは言えないモノという感覚。
田んぼの横の側溝みたいなモノなんですよ。米だけに。(妙高破裂
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