後始末屋の特異点   作:緋寺

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交換日記

 翌朝。交換日記を始めたからか、悪夢を見ることなく目を覚ますことが出来た深雪。艦内放送による総員起こしよりも早い時間であったため、深雪自身も少し驚くほどだった。

 

「電……あたしの思い、読んでくれてるかな」

 

 自分の言いたいことは書けたと自負しており、あとは電が読んでくれればいいだけ。もしかしたらまだ読んでもいないかもしれないし、もう読んでくれているかもしれない。

 どうであれ、ここからはもう自分の手から離れている。自分に出来ることは全てやった。きっと大丈夫だと信じるしかない。

 

「大丈夫だ。酒匂さんも添削してくれたし、あたしの言葉は電を傷付けてない、はずだ」

 

 自分に言い聞かせながら、今日を始めるために制服に着替える。昨日は丸一日を休息に使ったため、筋トレ辺りから再開しなくては衰える一方になるため、流石に部屋から出ようと考えた。

 しかし、それは今までよりも慎重に事を起こさなければならない。まだ電と顔を合わせるには早すぎるからだ。生まれて目覚めて一日も経っていない電には、強い刺激がよろしくない。少しだけでも踏み出す勇気が出たとしても、その一歩を退がらせる可能性がある。

 

「頑張れよ、電。絶対に友達になろうな」

 

 まだ眠っているであろう電に声をかけるように壁に手を当て、よしと気合を入れる。昨日充分過ぎるほどに休んだため、身体はやる気に満ち溢れていた。悩みも交換日記を始めたことで少し発散出来ている。

 このやる気を筋トレにぶつけてやろうと勢い勇んで部屋の外に出るため扉を開こうとした途端、扉の下、足下付近でカタンと小さな音がした。

 

「ん?」

 

 おそらく、扉に立てかけてあったものが倒れた音。自分も同じことをやったからわかる。

 

「ま、まさか……っ」

 

 ゆっくりと扉を開いて足下を見ると、そこには予想通り、ノートと筆記具が置かれていた。昨日、電の部屋の前に置いたはずのそれがここにあるということは、電が中を読んだということ。そして、中に何かを書いてくれているはずだ。

 昨日の夜、加賀と妙高が部屋から出て行くまでに置かれた形跡が無かったことを考えれば、昨晩、深雪が眠った後くらいに置かれたと考えるとが普通。電は少しだけ夜更かしをしてしまっていると考えられる。

 

「よ、よし、まだ時間は大丈夫だもんな。電はなんて……」

 

 ノートと筆記具を手に取ると、踵を返して部屋の中へ。ベッドに座り、すぐさまノートを開いた。

 1ページ目は自分の書いた文字。少し大きく書きすぎたかと思いつつ、そこには電の言葉は書かれていないことを確認。

 そして、うっすらとだがページの裏側に何かが書かれていることがわかった。同じページに書けるスペースが無かったからと、次のページに書いたようである。

 

「へ、返事だ。ちゃんと返事を書いてくれてる……!」

 

 ドキドキしながらページを捲ると、深雪とは正反対の少し小さく丸めな文字が書かれていた。

 

『こんな電を許してくれて、本当にありがとうございます。電も、深雪ちゃんと友達になりたいです。顔を合わせるのはまだ怖いですけど、きっと近いうちに、この怖いのを乗り越えられると思います。だから、それまではこの形でお話をさせてください』

 

 充分過ぎる返答だった。電が自分のことを嫌っているわけではなく、迷惑とも思っていない。むしろ、向いている方向は同じで、友達になりたいと思ってくれている。それを知ることが出来ただけでも、深雪にとっては最高の気分だった。

 まだ面会まで行くには時間がかかるだろうが、互いの思いが交錯するのも時間の問題。少しずつでも距離が縮まっていければ、いつか必ず直接話が出来るようになる。

 

「っしゃあ……! これは、すぐに返事を書かなくちゃだな!」

 

 眠気は既になく、朝の空腹も電の返信を見て吹き飛んでしまった。今すぐにでも、電に自分の思いを聞いてもらいたい。思いの丈を伝えたい。そう考えたら、居ても立っても居られなくなってすぐに筆記具からシャープペンシルを取り出す。

 今は添削をしてくれる酒匂はいないが、一度やり方を聞いたのだから間違った書き方はしない。昨日と同じように、ただ只管に心を文字にするだけ。

 

「電、友達になろう。すぐには無理だとしても、あたしの本心をここに全部書いていくからな」

 

 友達になってくれるという喜びと、無理せずに時間をかけてでもいいから近付いていこうという気持ちを、文章を考えながら少しずつノートに書いていく。そうしている時間も楽しく、顔も声もそこには無いが、電と会話をしている気分になった。

 

 あまりにも一生懸命すぎて、総員起こしの声も聞こえていなかった。部屋までやってきた神風に呼ばれるまで、深雪は電のことを考えながらずっとノートに書き記し続けていた。

 

 

 

 

「ってわけで、交換日記は成功しそうなんだ。みんな、協力ありがとな」

 

 朝食の食堂、深雪がそこに集まった者達に礼を言った。電は残念ながら自室での食事となっており、交換日記の監修と同様に、神風がそちらに付き合っている。この後にやる海上歩行訓練のこともあるため、今日一日は、神風は電に付きっきりになるもしれない。

 

 深雪と電の関係は、うみどりの中でも全員が協力し全員で乗り越えるべき問題として認識されていること。誰もが快く協力し、力になってくれている。

 それこそ、今はまだ顔を合わせることも難しいとなれば、タイムスケジュールの管理から、何処で行動することが適切かまで、全てを組み立てた。深雪はそれに乗っかることしか出来ないものの、自分と電のためにここまでしてもらえることに感謝した。

 

「上手く行ってよかったわぁ。アタシ達も応援してるから、この調子で距離を近付けていきましょうね」

 

 それを率先して行なっているのが、うみどりのトップなのだから、誰も文句は言わない。むしろ、そのおかげでより一層団結出来ているくらいだ。

 

「夜通し航行したから、目的地にはそろそろ到着するわ。多分、お昼くらいには停泊する地点というところかしらね。その間に依頼も来ているから、明日にはまた後始末の仕事が入ると思うから、そのつもりでいてちょうだいねぇ」

 

 今もそうだが、現在うみどりは航行中。依頼が来そうな地点へと先んじて向かっていた状態。そこで予想通りに後始末の依頼が発生したため、この行動が間違っていなかったことを証明された。

 電はまだ流石に後始末への参加は難しいかもしれないが、後始末をしている風景を眺めることにはなりそうだ。そして、その中に深雪がいることがわかれば、遠目かつ一方的とはいえ、対面が叶う。

 

「それじゃあ、今日は各々自由に過ごしてちょうだいね。明日のお仕事のためにも、やりすぎはダメよぉ」

 

 笑顔の伊豆提督が念を押したのは、おそらく那珂のスタミナトレーニングに向けてのこと。深雪はあれで済んでいるが、電にあそこまでやるのは間違いなく悪い方向になるからなという無言の指摘。

 対する那珂は、気付いているかいないか、いつも通りの満面の笑みだった。

 

 

 

 

 予定通り筋トレに向かうため、自室に着替えに来た深雪だが、その前に交換日記を書き上げてからにしようと、また机に向かう。

 朝起きて返答を書いていたのだが、熱心になりすぎて結局書ききれていなかった。それに加えて、明日の後始末のことについても書き足していく。

 

『怖いのはわかるよ。あたしも最初は会うことが怖かった。夢でもうなされたくらいだからな。でも、今は違う。電と顔を突き合わせて話したいって思ってる。夢でもあの時のことをひっくり返すことが出来そうなんだ。今のあたし達は、人の身体なんだから、同じようにはならないからな』

 

 ここまで書き上げた後、さらに追記。

 

『そうそう、明日は後始末の仕事が入るらしいんだ。電にはまだ難しいかもしれないけど、あたしは参加する予定。部屋の窓から作業をしているあたし達が見えるかもしれないから、もしよければ、そこで見てみてくれないか。無理にやれとは言わないけど、一応そういう機会があると思って、覚えておいてほしい』

 

 ここまで書ければ上等だろうと、着替え終わった後にノートと筆記具を持って部屋の外に出る。そして、閉じたままの電の部屋の前にそっと置いた。

 

 本当ならここで、部屋の中に声をかけたい。扉越しでもいいから話がしたい。しかし、今の電に声を聞かせるのは難しいのではなかろうか。そう考えると、声が出なかった。

 だから、何もせずにそのままそこから離れた。ノートを置いた音が電には聞こえているかもしれない。自分がそこから離れた音で、それを読んでくれるかもしれない。そう思うと、少し嬉しかった。

 

「見てくれるかな……後始末してる時のあたし」

 

 遠目でもいいから、自分の姿を見てもらいたい。それで気分が悪くなるかもしれないが、前を向くためにはそれも一歩になるはず。深雪からは知覚出来ないところから眺めるくらいなら、きっと出来ると信じて。

 

 その足でトレーニングルームに入ると、既に長門が待っていた。交換日記を書いている間に、長門の準備は万全だったようで、むしろ先にベンチプレスを始めていたくらいである。

 深雪の姿が目に入ったことで自分のトレーニングを一時中断して、やってきたことを歓迎する。

 

「長門さん、今日もよろしく」

「ああ、筋トレなら任せてくれ。今日も潜水艦達が便乗するからな」

「うす。ニムとフーミィもよろしくな」

 

 前回の筋トレの時と同じように潜水艦の二人も共にトレーニングを受けるらしい。二人は既に体幹トレーニングを始めており、相変わらず長時間のプランクが出来ているようだった。

 

「深雪ちゃん深雪ちゃん、もしかして交換日記書いてたの?」

 

 伊26に問われ、深雪は隠すことなくそうだと答える。プランクしながら余裕そうに話してくることの方が驚きだったが。

 

「いいねいいね。そうやって話せない人と話すのって、なんだか青春って感じがするよね」

「青春ってそういうものなのか? あたしには特によくわからないな」

「そうだよぉ。話が出来るのにお手紙出したりとか、何だか特別感があるもん。それに、やらなくても良くなったとしても、交換日記って残るから、後から見返すことも出来て、甘酸っぱい感じがするよね」

 

 深雪にはあまり理解出来なかったが、伊203は無言で首を縦に振っていた。長門も思い当たる節があるのか、何か過去に思いを馳せているような表情。

 

「勿論、我々も応援している。出来るようになれば、二人でトレーニングに来てくれると私も嬉しい」

「そう、だね。ストレッチとかも二人でやるヤツあったし、電と出来るようになりたいな」

「ああ。そうなったらそうなった時のプランも作っておく。そこまで遠い未来では無さそうだがな」

 

 長門としては、この交換日記もそう長くないのではと考えていた。文章での会話が出来るようになっており、そこから後始末での遠距離の対面を経てしまえば、それこそ扉越しの対話なんてものもすぐに出来そうである。

 

「さぁ、深雪。今日も始めていこうか。明日の後始末のためにも、身体を鍛えておかないとな」

「だね。明日も肉片集めかな……」

「かもしれないな。だが、それも身体を使う仕事だ。前傾姿勢になることも多いから、上半身から腰にかけてを鍛えていくのが良さそうだ。それでいいかな?」

「うす。よろしくお願いシャス」

 

 電の今後に期待しながら、深雪はトレーニングを始める。きっと今頃、あの交換日記も読んでくれているはずだと思いながら。

 

 

 

 

 距離は少しずつでも近付いている。後始末を乗り越えれば、また関係は変わるかもしれない。

 




甘酸っぱい交換日記はまだまだ続きます。文字というカタチでの対話であっても、二人の関係は間違いなく良くなっていますね。
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