後始末屋の特異点   作:緋寺

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振り返る余裕

 レクリエーションルームでのひとときの後は、深雪と電がフレッチャーを適当に連れ回すことになる。目についたところにはとりあえず入っていく方針。

 今の自由時間、このうみどりの中では、誰もいない場所なんてまず無いと言える。食堂も、デッキも、トレーニングルームも、医務室ですら、誰かがいると断言出来る状況。歩けば確実に顔を合わせて、何かしらの話題で話をすることになるだろう。

 フレッチャーにはまだキツいかもしれないが、少しずつでも慣れていくためには、若干の荒療治も必要である。

 

「マジで適当に行くからな。フレッチャーも、気になるところがあるなら言ってみてくれよ。そこに優先的に行くからさ」

「え、と……その……ここに何があるかを把握していませんので……」

「そりゃあそうか。じゃあ、やっぱり手当たり次第だな。それが一番の案内になる」

 

 これといった目的も無く、うみどり艦内で一筆書きに進むわけでも無く、ブラブラと散歩をするようなもの。その時に誰かと顔を合わせれば、その都度話すだけ。

 そうするだけでも、このうみどりの空気に触れ、慣れていくことが出来るはず。深雪も電も、それが正しいかどうかはさておき、まずやってみようと考えて行動した。

 

 フレッチャーも今はついていくことしか出来ない。自分だけで行動するというのは難しく、どうしてもいろいろ考えて俯いてしまうため、今は俯く暇を与えられず手を引っ張られることでどうにか動いていた。

 今のフレッチャーの頭に渦巻いているのは、罪の意識ともう一つ、三隈に語られた道のこと。

 

「……私が歩いていない道……」

 

 ボソリと呟く。余程強く刻まれたのか、それを気にしていた。

 

 三隈はフレッチャーが持つ記憶を獣道と称している。フレッチャーが歩いたわけでは無いが、誰かが踏みならしたことで道となったモノ。その道が生まれたばかりのフレッチャーの後ろに続いている。

 三隈は振り返らなくてもいい、振り向く必要が無いと話していた。それは道ではないのだからと。

 

「どうした?」

「……い、いえ、大丈夫です」

 

 まずは前に拡がる道を見る。これも三隈が語った言葉だ。前を向く余裕も、振り返る余裕も無いのならば、まずは明るく拡がる自分の前の道を見るべきではあるのだが、やはりフレッチャー自身の力ではそれが難しいと言えた。

 

 

 

 

 そこから艦内を渡り歩いていくのだが、フレッチャーはまだ()()()をしていないということもあり、うまく話すことは出来なかった。初日でどうにか出来るものではないのはわかっているため、話す者達はみんな、フレッチャーのことを気遣っていた。

 今のフレッチャーにはその気遣いも申し訳なさを助長してしまうため、どちらかといえば夕立くらい図々しく手を引っ張ってくれる者の方が話はしやすい。うみどりにはそういう者もいる。

 

「お、散歩中かな?」

 

 その筆頭というわけではないが、割と押しが強めなのが、黒井兄妹の妹側、蛍。艦内清掃を率先してやっているこの兄妹は、今も仕事の一環として一通り館内を歩き回っていたらしい。改修直後であるため基本的には掃除しなくてはいけないような場所なんてないのだが念のため。明日にはまた日課となった掃除を始めることになるだろう。

 深海棲艦の中でも特に大柄な港湾水鬼が2人並んでそこにいるのだから、フレッチャー的にも威圧を感じてしまっていた。それに気付いた蛍はあははと笑い、その場に膝をつく。それでも頭の位置がようやくフレッチャーの背丈と同じくらいになっているのはご愛嬌。

 

「ここには慣れること出来そうかな?」

「あ、あの……頑張っています……」

「そっかそっか。ここのヒト達はみんな優しいからさ、甘えちゃってもいいの。勿論、私にも甘えてくれて構わないからね。落ち着かなかったら()()()()してあげよう」

 

 ニンマリ笑う蛍に少々困った顔を見せるフレッチャー。見兼ねた透が蛍の後頭部を軽く叩いた。

 

「蛍、あんまり変なこと言わないように」

「えー、でも俯いてる子がいるなら力になってあげたいっしょ。透だってそう思ってるじゃん?」

「そうだけど、そこまで強く行かないよ。フレッチャーさんだって、急に触れられたくないとかあるんじゃないかな」

 

 透もフレッチャーの視線に合わせるように、威圧感を与えないようにしながら膝をつく。

 

「ごめんね、うちの蛍が。怖がらせるつもりも、困らせるつもりもないんだ」

「そうそう。私はフレちゃんと仲良くしたいだけだからね。境遇も知ってるわけだしさ」

 

 境遇と聞いてビクッと震えるフレッチャー。

 

「私達も()()()()この身体にされた口でさぁ、ありがたいことに洗脳みたいなのはなかったんだけど、なんかよくわからない兵器に縛り付けられて、うみどりを攻撃させられたんだよね」

「固定砲台……って言えばいいのかな、僕達は生体パーツ……バッテリーみたいに扱われてね。意思と関係なく、うみどりを攻撃する羽目になったんだ」

「ホント最悪だよね。人のことなんだと思ってんだか」

 

 島出身であることを聞いて、フレッチャーは驚いた。しかし、米駆逐棲姫の記憶にはこの2人のことは存在しない。海賊船のことについては知っていたが、その中で何をされていたかなどは詳しくは知らない。

 とはいえ、島では米駆逐棲姫として、そこにいる者達の中では上位の存在に仕立て上げられたこともあり、黒井兄妹の話を聞くと、それも自分の罪なのかもと思い込んでしまう。そんなわけがないのに。

 

「もしかして、それも自分のせいかもなんて思ってる?」

 

 そんな透の言葉にドキリとさせられた。見透かされているのかと。

 

「あはは、無い無い。フレちゃんも被害者なんだからさ。あれがフレちゃんのせいだったら、私達のせいにもなっちゃうよ」

「あれは……というか、僕達もフレッチャーさんも、あちらのいいように使われていただけなんだよ。でも、そうしていた記憶はどうしても残っちゃうから、堪ったモノじゃないよね」

 

 黒井兄妹も、身体が自由に動かせない中で艦娘相手に立ち回らされたりしたことを嫌でも覚えている。透の方は体力も奪われてかなり危険な状況であっても、無理矢理動かされて酷い目に遭っている。

 さらに言えば、透はもう一つ()()()を感じている部分があった。それが──

 

「それに、僕は直接的な原因じゃないけれど、グレカーレさんをあの姿にした張本人にもなっちゃうからね……」

 

 髪の中に深海忌雷を仕込まれていたせいで、グレカーレがその犠牲になってしまったこと。あれこそ誰のせいでも無い事故のようなものであり、言うなればそれをそこに仕込んだ者、つまりは阿手が全ての元凶なのだが、やはりどうしても罪悪感には繋がってしまうもの。

 

「グレカーレさんとは直接話して、許すも何も無いって言ってもらえたんだけどね。それでも、どうしても自分のせいかもと思っちゃうよ」

「……その……それをどのように乗り越えられたのでしょうか……」

「みんなが許してくれているのに、ウジウジしている方が失礼かなって思って。気にしてないと言われてるのに、こっちが気にしてばかりいると、それだけでも空気が悪くなるなって。それに、蛍がコレだから、前を向かざるを得なかったんだ」

 

 なんだとと蛍が反論しようとするものの、その表情は明るいものである。こうなる前の透は、不治の病のこともあって非常に暗い性格だった。それを思うと、こういう物言いが出来るようになったこと自体が蛍としても喜ばしいこと。

 自分をダシに使ってくれても、笑っていられるのならそれでいいと思えるくらいにさっぱりした性格だからこそ成り立っているというのもある。

 

「フレッチャーさんは、まだ振り返る余裕が無いと思う。だから、今はまだ前を向くだけにした方がいいよ。そうしたら、振り返る余裕も出てくるから」

「……はたしてそうでしょうか……」

「僕はそう思う。フレッチャーさんの中にある記憶は、フレッチャーさんのモノではないんだから。まずは自分のことに専念して、その後にそちらを気にかければいいと思うな」

 

 この透の言葉から、先程の三隈の言葉に繋がった。まず前に拡がる道を見る。今後ろにある道は、自分の歩いた道ではないのだから、今は気にしなくてもいい。

 後ろにある道は、フレッチャー自身が歩いた道では無いのだから、そこに気を向けるのは余裕が出来た時。余裕がないのに振り向いていたら、前にも進めなくなる。

 三隈が獣道とまで言い放ったのも、今のフレッチャーには枷にしかならないからだ。道に見えるだけの別モノとすら言い切ったが、それくらい言わないと前を向けないから。三隈自身にも思うところがあったために強い言葉になってしまったのだろうが。

 

「……それでも……気にはなってしまいます」

「だろうね。だから、まずは全員と話してみることが大切だと思う。僕がグレカーレさんと話したように、フレッチャーさんもみんなとね。多分、誰もとやかく言わないよ。……多分……おそらく……うん、ちょっと自信が無くなってきたけど……」

 

 言ってみたものの、フレッチャー相手にも強く出る者の顔が思い浮かんだため、透の声色は少しずつ弱まっていった。そんな姿に、深雪と電も苦笑。蛍に至っては大笑いである。

 

「ちょっとちょっと、最後に説得力無くしてどうすんのさ。いいこと言ってたのにまったくもう」

「ご、ごめん、あまり断言出来ないなって思ったら」

「私も思い当たるところあるから困っちゃう。でも、その1人2人のことを気にして、受け入れてくれる人のことを蔑ろにしちゃいけないからね。フレちゃん、今は踏ん張りどころだよ」

 

 肩をポンと叩いた後、いい笑顔でサムズアップする蛍。透も笑みを浮かべていた。

 

「……頑張ります。まずは……獣道を振り返らずに、見えている明るい道を、皆様に手を取っていただいて、歩いていきたい、です」

「獣道? なんかくまりんこみたいな表現だけど、まぁそーゆーことだよ。今は前を向くことに全力使った方がいいね。いざとなったら振り向かないように頭を押さえておいてあげよう。私達が後ろに立ったら、振り向いてもおっぱいしか見えないからね」

 

 その発言はいただけないと、透は再び蛍の頭を引っ叩いた。

 

 

 

 

 黒井兄妹と別れてから、フレッチャーは少しだけ雰囲気が変わった。前向きになったというわけではなくても、今は振り向かない、前を向くことに全身全霊をかけるべきだと自覚したからだ。

 ここからは仲間達とはなるべく話す。自分から話しかけることは難しいかもしれないが、それでも一歩踏み込んでみる。そう決意して。

 




多分グレカーレは透に謝られた時、気にしてないし許すも何もないと言いつつ、ケジメ云々言われたらあの胸を力いっぱい揉んでる。
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