フレッチャーの持つ、変質した『量産』の曲解の実験は終了。イリスの目までもコピー出来ることが判明したことで、今はその力をそのままにしておくこととなった。フレッチャーはイリスを姉として認識するようになってしまっているものの、イリスはそれならそれで別に構わないと容認。むしろ、それが何処まで続くのかも調べておくべきだと考えている。
工廠での実験は、変化後にフレッチャーの意思でコピーの解除をしていたが、ずっとコピーをそのままにしておいた場合、勝手に消えるということもあり得るため、それがあるかないかを確かめるためにも今はイリスの妹として活動する。
「えー、なんでそんな面白そうなこと教えてくれなかったのさー」
夕食の時間、神風のトレーニングを受けていたグレカーレが、フレッチャーの件を聞いて残念そうに話す。フレッチャー七変化は大半の者のトラウマを抉るようなモノではあるのだが、グレカーレにとっては是非とも見せてもらいたいものだったようである。
「だってフレ子がアンアン喘ぐところ見放題なんでしょ?」
「お前なぁ……」
「あたしだって我慢してるだけで敏感肌治ってないからね。気を抜けばフレ子と同じなんだよ。これはこれで仲間だねぇ」
ケラケラ笑うグレカーレだが、深雪は苦笑くらいしか出来なかった。
「あ、でもあたしやシラクモのコピーとかしたらどうなるのかはちょっと知りたかったってのはあるんだよね。ほら、あたし達、身体は深海棲艦なわけじゃない?」
「確かにそれはあるな。でも、今日はダメだからな。一回のコピーがどれだけ続くかとかを調査中だから」
「重ね重ねざーんねん」
話題の渦中のフレッチャーは、イリスのコピー中であるため、変化した時から変わりなくスーツ姿で食事中。制服姿ではないことを物珍しそうに見られることもあったものの、今は多少は溶け込み始めており、丹陽が近くにいるというのもあるが、居心地悪そうにしていることはなかった。
うみどりはまだ疾り続ける夜。風呂も終えて後は眠るだけという時間帯。本当に久しぶりの、うみどりでの一夜。
軍港鎮守府の時は一部屋にベッドが2つあったため、なんだかんだ深雪の部屋に4人入っても余裕があったが、今の部屋はベッドが1つ。悪夢回避のために深雪と電は必ず添い寝。そこに同じくらい添い寝必須な白雲が加わり、ベッドは満員である。
「いやぁ前もこうだったよね。あたしはまたカミカゼの部屋にお邪魔しよっかな」
「いつも悪いな……」
「だいじょーぶだいじょーぶ。さっきも言ったけど、あたしまだ敏感肌治ってないからね。深雪達と添い寝なんてしたら、夜ずーっと耳元で喘ぐよ。フレ子とか目じゃないよ」
それは勘弁してもらいたいと苦笑する。今もグレカーレは慣れているだけでずっとその肌から送り込まれる感覚を我慢しているようなもの。
「それもどうにか治したいよな」
「ホントにね」
普段の生活にも支障が出かねない後遺症。忌雷の寄生を受けた者全員が同じ症状があるかはわからないが、妙高を筆頭とした新規カテゴリーWの面々はそのようなことを言っていなかったため、挟んでひっくり返した時点で、敏感肌も全て治っていると考えられる。
実際は本当にそれが正解であり、あちら側でいる時は、常に身体中が敏感だった。だが、今はそれが失われている。忌雷によって身体に深海棲艦の要素が含まれた場合はそうなるのが当たり前のようだが、ひっくり返ったことで深海棲艦の要素が外見から失われて、同時に治っている。
グレカーレに対して挟んでひっくり返すのは、非常にリスクが高い。カテゴリーYである米駆逐棲姫がひっくり返った結果、カテゴリーBになったほどなのだ。イリスに言わせたら、色としての性質がひっくり返っている。
それを現在のグレカーレーー純粋種Bに深海棲艦Rが混じってしまった、時雨や白雲とは少々違うカテゴリーMが受けた場合、その反対側の色はG、つまりは
「まぁあたしはこの身体との付き合い方もわかってるからね。今はこのままでもいいよ。アデとかいうイカれ科学者はぶっ飛ばすけど。責任取れって」
「……そうだな。まだツラも知らねぇけど、全員分の責任を取ってもらわねぇとな」
出洲以上に直接的な迷惑を被っているのが阿手だ。本人の顔すら見たことはないとはいえ、あまりにも規模が大きい攻撃を受けてしまっているため、今は出洲よりも強く深い恨みが溜まってきている。
うみどりの面々も、潜水艦ーー現在のこだかの面々も、出洲よりまずは阿手を始末するという気持ちが非常に大きい。ほぼ満場一致と言ってもいい。
「それじゃ、また明日の朝ね〜」
「ああ、おやすみ」
グレカーレはここで去っていった。本当に神風の部屋に向かおうとしている辺り、一人で眠るというのはもう嫌なようである。
「……今度妖精さんにどうにかベッドをデカくしてもらえないか聞いてみるか」
「なのです。グレカーレちゃんも一緒がいいと思うのです」
そんなカタチで特別を要求していいのかはわからないが、メンタル維持のための処置としてその選択を提示することは間違ってはいないだろう。可能であれば、グレカーレも一緒に夜を明かしたい。
と思いに耽っていると、突然部屋がノックされた。深雪達には他に用がある者はいなかったので、何かあったのかと扉を開けると、そこには去っていったばかりのグレカーレ、そして神風を筆頭とした駆逐艦の面々がズラリと揃っていた。
今やかなりの人数となっているため、部屋の前の廊下は相当なことになっている。
「おやすみと言った矢先に戻ってきちゃった。カミカゼが面白いことしようとしてるからさぁ」
「ええ、せっかくなんだもの。こういう時だからこそやらなくちゃって思ってね」
「……何を?」
神風がニッと笑って答えた。
「久しぶりの、
歓迎会みたいなものではあるのだが、ここ最近はバタバタが多すぎたためにそういったことも出来なかったが、フレッチャーという完全新規加入の駆逐艦が来たなら、やらねばならないだろうと神風が言い出したという。
どうしても明るい雰囲気になりにくい今、そうやって交流を深め、改めて仲間意識を確認し、これからを楽しく過ごせるように持っていく、一種の配慮。
「電の時はいろいろあったし、時雨や白雲の時はそういう雰囲気じゃなかったし、問題児の時もちょっと言い出しにくかった。潜水艦勢は一気に増えすぎてやりようがなかった。でも今回は大丈夫でしょ。ハルカちゃんにも丹陽にも許可は貰ってるわ。アポ無しなのはフレッチャーだけ」
相変わらず突然の突撃になるようである。深雪が歓迎を受けた時はまだ人数がそこまで多くなかったために一部屋で充分だったが、今は駆逐艦だけでも当時の倍を超えてしまっているので、一部屋に入ることは不可能と言える。
結果、フレッチャーを部屋から連れ出してレクリエーションルームで飲み食いしながら駄弁るという、何とものんびりした時間を過ごすことになるだろう。
「というわけで、サクッと
「おい拉致っつったぞコイツ」
「許可は貰ってるから大丈夫」
このままの流れでフレッチャーのいる丹陽の部屋に突撃。アポ無しであるため、ノックした直後に返しを聞くまでもなくその部屋に突入。
「え、えっ?」
動揺するフレッチャー。丹陽は既に話が通っているのでニッコニコ。
「うみどりは駆逐艦の新規参入があると歓迎会を開くの。アポ無しでね。だから来てもらうわ。みんなー」
驚きから立ち直れていないフレッチャーを、子日や夕立、舞風や清霜が上手いこと担ぎ上げ、ニコニコしながら部屋から引っ張り出した。丹陽も小さく拍手しながらついてくる始末。
「君達は歓迎会にここまでやるのかい」
「ここはそういうところなんだよ」
呆れ顔の時雨ではあるが、ここにいるということは、フレッチャーの歓迎には多少は乗り気ということになる。仲間になった直後の時雨ならば、まず間違いなくこんな騒ぎには参加しない。される側ならばどうであっても突っぱねて、する側としても便乗しない。時雨も丸くなったものである。
そのままレクリエーションルームまで運ばれたところ、そこにはなんと全員分の布団が用意されていた。部屋で寝るのではなく、今日は全員ここで雑魚寝だと言わんばかり。
潜水艦勢はこれも経験しているため、逆にうみどりに帰ってきた感が、うみどり所属の者もこんなことはやったことがないため新鮮な気持ちに。
「今日はみんなで就寝時間まで好きに楽しむわよ。夕立はトランプとか持ってきてたわよね」
「ぽい! 眠くなるまで遊ぶっぽい!」
「フレッチャーが主役なんだから、遊ぶにしてもフレッチャーがメインよ。遊び方はもう知ってるはずだものね」
その主役が完全に置いてけぼりなのだが、話が次々と進んでいく。駆逐艦の会はこんなもの。みんなで集まって、好きなように楽しむ。そして眠くなったら眠る。ただそれだけである。
「フレッチャー、ここはこういうところなんだ。だから、変に悩んでも無駄だぞ」
目を丸くしているフレッチャーに深雪が説明した。うみどりの結束力の強さはこういうところから生まれていることを。もうフレッチャーもその一員なのだと知ってもらうために。
「お前がどうあっても寄り添うのがここの仲間達だ。勿論、あたしもだからな」
「皆さんがこうしてくれていますからね。フレッチャーさんも気持ちを楽にして、この空気を受け入れましょう」
深雪だけでなく、丹陽も背中を押す。
「貴女の過去がどうであれ、今は艦娘フレッチャーです。今日一日艦内を見て回ってわかったでしょう。うみどりは、どんな者を相手にしてもそのスタンスを崩さない。貴女はもう仲間なんですから」
「丹陽の言う通りだぜ。仲間は支え合うって相場が決まってるもんだ。だから、気にしなくてもいいし、遠慮もしなくていい」
そんなことを話しているうちに、全員の視線がフレッチャーに集まる。奇異の目で見ているわけでもない。恨み辛みなんて以ての外。全員が全員、フレッチャーを受け入れている、仲間を見る目。
「改めて、筆頭駆逐艦である私から言わせてもらうわね」
そして神風がフレッチャーの前にまで移動して、手を差し出す。
「ようこそ、うみどりへ。フレッチャー、貴女を歓迎するわ」
この後、駆逐艦の会は就寝時間を少し越えるほどまで盛り上がった。眠る時もみんな一緒。ただそうするだけでも、心が温かく感じたフレッチャーであった。
アポ無し突撃というえらい風習ではあるけど、今回久方ぶりの駆逐艦の会を開催。レクリエーションルームで潜水艦勢を全員寝かせていたノウハウを活かすことで、大人数でも開催することが出来ました。アポ無しだけれど、準備は万全っていう。